05 私と彼の婚姻事情
ロラン・ルヴィエール。
ベルナールド国の第二王子。
それが私の旦那さまだと主張する下衆美形の素性だった。
私がロランと出会ったのは、今から四年前。
十三歳の私アデリーヌ・スコット男爵令嬢は社交界デビューとなるダンスパーティーの会場で、ひとつ年上のロランに見初められたのだという。
それにしても見初めるって。
美人が相手ならわかるけれど……。
寝室で窓ガラスに映った自分の容姿が、脳裏によみがえる。
外見の恩恵で、異性から好かれる可能性は正直低いと思う。
出会ったその日に、好意を持たれるような何かが、私たちの間に起きたのだろうか。
まだそのことに関しては、ロランに確認できていない。
だってそのあとに続いた話が、あまりに衝撃的なものだったから。
聞いたのはこういう話だった。
***
ロランと初めて出会ったとき、私には婚約者がいた。
貴族ではないものの、大型商船を五隻も所有する大商人の息子で、私とお相手の関係は、そこそこうまくいっていた。
ロランはそれが気に入らなかった。
だから私の婚約者にハニートラップを仕掛けて、見事浮気をさせ、私と彼が参加したオペラ鑑賞の席ですべてを暴き立て、婚約を破断させた。
そして高笑いをした。
「さあ、アデリーヌ。これで君は自由の身。良かったね! 何の障害もなく僕の腕に飛び込めるよ!」
どう考えても良くないだろう!!
当時の私も同じことを思ったらしく、ささやかな幸せを壊されたことへの怒りと、衆人環視の中、恥をかかされたことへの絶望とで震えながら、ロランをぶん殴った。
グーパンチで。
勢い余って床に倒れ込んだロランは、鼻血をたらしながら、夢見る瞳でうっとりと言った。
「初めて君から僕に触れてくれたね。うれしいよ!」
――さてそれから。
ロランの思惑どおり、フリーとなった私に、彼は毎日つきまとうようになった。
豪華なプレゼントを贈ってくるのを断ったり。
ダンスパーティーに誘ってくるのを断ったり。
ていうか顔も見たくないので、会いに来ないでとはっきり告げたりしても、彼は平然と聞き流した。
断るたび返ってくるのは、甘すぎて胃がむかむかする類の愛の言葉の数々。
「アデリーヌ、最愛の人。僕の気持ちをどうか受け入れて。いますぐ結婚しよう! そして僕を世界一幸せな王子様にしてくれ!」
受け入れられるわけがない。
だって、その先の未来に破滅しか見えないもの!
だいたい愛しているのなら、相手の幸せを願うものじゃない?
私はロランが現れるまで、なかなか幸せだった。
それを彼はぶち壊しにしたのだ。
なのに僕を幸せにしてくれときた。
なんて図々しい男だろう!
そもそもロランの愛はいつも身勝手だった。
自分のことしか考えず、愛を押しつけてくる男など好きになれるわけがない。
たとえ美形であっても、王子様であっても、そんなやつ絶対にお断りなのである。
別に大商人の息子に未練があるとかじゃない。
ハニートラップにあっさり引っかかるような人は、やっぱりちょっとね……。
でもそれ以上にないのが、ロランだ。
徹底的に断り続ければ、いつか諦めてくれるはず。
と思っていた時期もあった。
でもさっきも言ったとおり全然だめ。
何度迎え撃とうが、不死身の心と不屈の精神で、彼は瞬時に復活する。
あまりの徒労っぷりに、こっちの心が先に折れそうになってきた。
もういいかな、って……。
こんなに愛されているなら、ありかなって……。
血迷いかけてハッとなる。
ありなわけがない!
断ってもだめなら、完全に無視しよう。
ロランを見えないものとして扱って、話しかけられても一切返事をしない。
目も合わせない。
そしたらロランてば、なんと私を拉致して監禁したのだった。