お姉ちゃんはなんちゃってリケジョ。
今回トンデモ科学話入ります。
まだ説明回ですよ。
「ねぇ、ミズチ」
「はい、なんでしょう」
私の隣を歩くクールビューティは蛇塚水智という。
名前からなんとなく連想されるように桜仁側の人間だ。『スタバス』の敵幹部だった時は『毒薬の蛇遣い座』としてルーンマスターの片腕をやっていた。
この世界では私の優秀な部下だ。スケジュール管理だけでなく、私生活でもいろいろと世話になっている。
研究所を守るために『いろいろ』とお世話になった協力者の一人である。
「この手は必要?」
私はミズチのとろけた顔の前へ、彼女から強制的に恋人つなぎとされた右手を上げる。何が悲しくて二十歳すぎた女二人が仲良くおててつないで出勤せねばならぬのだろうか。
おい、ミズチ、拒否してるのはわかるだろうに絡んだ指を絶妙な力加減でにぎにぎするのやめろ。なんかちょっと気持ちいいじゃないか。あとその顔、発禁手前だぞ。
「はい、お嬢に押しつけられた仕事で忙殺されそうな私の心を癒すのに一役買っています……あっ、爪なんて立てちゃだめじゃないですか」
悩ましげな声を出すな。あと手を離したのはいいとして爪痕を舐めるな。
ドキドキしちゃうじゃないか、このやろう。
え? ……その前のさりげない嫌味なんて聞こえませんね。
「ねぇ、ミズチってそんなキャラだっけ」
思わず聞いてしまった。「変えたのはお嬢ですよ」なんて聞きたくない。
私だってこんなに変わるだなんて思わなかった。自分の存在がイレギュラーだとは思っていたけど、まさか百八十度変わってしまうだなんて。
……まさかドS百合系お姉さまがドM百合系お姉さまに変わるだなんて。
あ、ミズチが百合キャラなのはゲーム時代からです。
任務に失敗した女幹部(つまり攻略キャラ達)にちょっとユリィなことをするお姉さまとして賛否両論食らってました。個人的にはバッドエンドで主人公を強制女体化してペットにするのが結構好きでした。また話それた。
つまりは私のご同類だ。
ミズチは『ご同類の嗅覚』を発揮して私のことを理解している。私、前世でも現世でも一度もそんなもの感じたことないんだけど。一回嗅ぎとってみたいわ、同類の匂い。
「変わった私はお嫌いですか」
「そんなことないけど」
そんな捨てられた子犬みたいな顔をしないでくれないか。私は拾いはしないが罪悪感で三日ほど寝付きが悪くなるくらいには善良なんだ。
ミズチはゲームでも三パターンほどしか表情がなかった。今でも他の人の前ではほとんど表情を変えない。私の前でだけだ、こんなにころころ表情を変えるのは。
「私は今の私を気に入っています。お嬢色に染められ、お嬢によって変えられた私を、ね」
そう言ってミズチは私の手を取って唇を押しつけた。
流石恋愛ゲームのキャラだ。甘い台詞と行動を恥ずかしげもなくしやがる。
「はいはい、ありがとう……で、今日の会議の話なんだけど」
「おや、つれないですね」
私としては好意を向けられるのは嬉しい。ミズチのことも仲間として好きだし、一緒にいて楽だからほだされてしまおうかと思ってしまう時もある。
でも今の私の一番は桜仁なのだ。せめて彼の成人式を見るまでは他の誰かなど考えられない。そんななか、妥協でなんて不義理なことはしたくない。
なんて考えて私はいつもミズチの好意を冗談として流してしまう。申し訳ないとは思うけれど。
「今日の会議は荒れますよ。この前うちが発表した仮説についてですから」
「あー、あれね」
ミズチは彼女のグロスがべったりついてしまった私の手の甲を拭きながら説明してくれた。拭いたらショック受けるかと思ってそのままにしてたから、自分から拭いてくれて助かった。
「“人は超次元原子を還元するための生物装置である”ってやつね。そんなに荒れるような話題かしら」
「荒れますよ。今まで超次元能力は人が生まれた時から持っているものだと思われていたんですから」
超次元原子(Dm)とは前世とこの世界の最大の違いである超次元能力を生み出すものである、と私が発表したこの世界に存在する原子のことだ。
こちらで元素周期表を見た時の驚きをどう表したらいいか。なんかナチュラルにこいつが紛れているのである。
おまけに空気はおろか人の構成元素にもしれっと混ざっているのだ。
塩基配列まで変わっていた。T、C、A、G、Dってなんだよ。一個多いよ。
黒確定だった。
ちなみに私の黒髪黒目だが、日本人的な茶みがかった色ではない。まさに小説なんかでよく見る『闇を吸ったかのような漆黒』なのだ。まさに二次元的。
これを可能にしているのも超次元原子のお陰らしい。空気中にこいつを含まなかった育成環境で育てただけで体毛が鮮やかなライトブルーから普通の茶色に変化したラットがいたのだ。
さてこの原子が具体的にどう超次元能力に関係するかという話なんだが、遺伝子に塩基配列Dの一部として組み込まれたこいつが人体内で能力を発動できる下地を作る。
そして空気中の超次元分子が肺に取り込まれ酸素と共に血中へ入り込む段階で酸化されることで、超次元能力を生み出す燃料へと変わるのだ。
人からエネルギーとして放たれた酸化状態の超次元原子は、超次元能力に変換されるなかで還元反応が起こり分子ではなく超次元原子へと戻る。
そう、空気中の分子が人を経由することで原子に変わる。これがポイントなのだ。
超次元原子は融点と沸点が恐ろしく低く、実験環境中でも気体状態のままで固体にも液体にもならない。だが空気中で分子状態にあると徐々に分子同士で集まり、固体化するのだ。
その反応こそ何百年単位の超鈍足だが、この世界の空気中でのこいつらの割合は四割。人が日常生活で行う超次元能力程度で還元し足りるわけがない。
そして需要以上に供給された超次元分子は長い年月をかけて固体となり一種の疑似生命体を生み出す。
それが『スタバス』や『レイカラ』でルーンマスターやブラックリリーが雑魚(いわゆる「イーッ」的なあれ)として使っていた超次元生命体。通称、ディーフォームズである。
……っていう、【超次元遊戯制作陣による『スタバス』『レイカラ』裏話1】に載っていた設定を社員に実験してもらった結果と共に超次元能力学会に発表したら、大荒れになった。
まあ、でも神による事実ですし。
「特に南斗研究所とセブンカラーカンパニーからの風当たりが強いですね」
「風当たりねぇ」
私はミズチから二社の名前を聞いて顔を小さくしかめる。できれば関わりたくない二つだ。
ゲーム知識で言えば南斗研究所はギャルゲーヒーロー『スターバスター』を、セブンカラーカンパニーは乙女ゲー戦隊『レインボーカラーズ』を生み出した所なのだ。
まだどっちのヒーローも表舞台に出てきてはいないが、そろそろだろう。今現在真っ当に生きている私だが、私達姉弟が悪役だった頃の正義のヒーローに会いたいと思うわけがない。
わざわざ度胸試しで李の木の下へ冠を直しに行く必要はないのだ。
「まあ、面白くはないでしょうね。ディーフォームズへの対応を国から委託されてるのはうちだけだし」
「二社ももうじき公表するでしょうね。自分達の超次元能力部隊、DETを」
ミズチの言葉に私は頷く。
DETとは「ディーフォームズ殲滅部隊(Dーforms Extermination Team)のことだ。戦闘能力に特化した超次元能力を持つ者達で構成されている。
まあ、ぶっちゃけゲームでブラックリリーとルーンマスターの部下達をやっていた人達にちょっと戦闘訓練させただけだ。
現世では一般人をやってる彼らだが、うちの会社で取ったデータを調べたらみんなの戦闘能力はランク上位だったのである。
私としては参加させたくなかったが、みんなにぐいぐいと押され渋々了承する羽目になったのは、つい二年前の話だ。
お読みいただきありがとうございました。