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サンセットの子守唄

 よく晴れた、風の強い朝だった。

 家にいるのも気が滅入ってしまいそうで、花純はひとまず外に出る。仕事も探さなければならないし、失業保険の手続きも早いほうがいいだろう。勤めていた会社から送られてきた書類を持って、靴を履く。ふうとこぼれたため息を、すかさず風が遠くへ運んだ。

 ただただ、恥ずかしかった。

 実家に逃げ帰ってくることも、不甲斐ない自分も。


 仕事を辞めようと思うと告げたとき、父親はしばしの沈黙をはさんだあとで、そうかと静かにうなずいた。帰って来なさい。怒るでもなく呆れるでもなく、そう言ってくれたことに涙が出た。

 仕事を辞めることに手間取ったが、なんとか退職届を受け取ってもらい、引継ぎをし、引っ越しの手続きと荷造り。文字どおり、寝る間もなかった。花純の顔から隈が消えることはなく、昨日の遅くに実家へと帰ってきたところだ。

 なにをやってるんだろうなあ。思いながら、花純はなつかしい道をゆっくりと歩く。


 都心から三時間ほどかかる港町。ど田舎ではないが車がないと不便な土地だ。自分の車を持っていない花純は、歩くしかない。坂が多くて自転車に乗る気にはなれなかった。勤めてからは年末年始に帰省するだけで、実家の周りを歩くだなんて何年ぶりだろう。

 パン屋がこんなところにできたのか。遠目に海を見ながらゆっくりと進むと、なつかしさと真新しさが目につく。このところは会社と家の往復ばかりで、こんなにのんびり歩くこともなかった。


 びゅうと吹いた風が潮のかおりをまとってとおりすぎ、木々の若緑をゆらしていく。さわやかな水色の空に、淡い緑。春と夏の間の色はきれいで、そんなことに目をとめる余裕もなかったのだと今更気づいた。

 角を曲がって、大きな坂にさしかかる。のぼりきるとかよっていた小学校があるため、冬のマラソン大会ではコースになっていた。心臓破りの坂なんて呼ばれていて、まだ少ししかのぼっていないのに息が上がってしまう。


「――木庭?」

「え?」


 運動不足だなあ。花純が苦笑を浮かべた、そんなときである。

 唐突にかけられた低い声に振り返ると、がっしりとした体に前掛けをした男性がひとり、店先に立っていた。

 短く刈り込んだ金髪で、ちょっと目つきが悪い。目を丸めた花純は、驚き顔の相手をまじまじと見つめた。太い眉に鋭い目。ぐっと響いた低い声。そして茶色いビンが並んだ店先には、端が錆びついた朝日酒店の看板。


「た、髙倉くん?」


 もしかして、と名をあげれば相手はあっさりとうなずいた。


「おう。なんだよ、おまえ帰ってきてたのか」


 高校時代の同級生であった。一度聞いたら忘れないような、低く、腹に響くような声。彼のような声を重低音というのだろう、花純は常々そう思っていた。

 当時はワックスで髪をつんつん逆立てていたから、今とまったく雰囲気が違うが、顔にはたしかに当時の面影もある。二、三年生のときにクラスが一緒だった男の子。

 よく制服を腰ではいて、上履きをかぽかぽ言わせては教師に怒られていた。不良というか、はみ出し者というか。授業は寝ていたり漫画を読んでいたりするのに、学校は休まないという不思議な彼だが、花純は意外とよく話したのを覚えている。

 花純は前髪をなでつけて、薄っすら浮かんだ汗を慌ててぬぐった。久しぶりに会った友人を前に、こんな格好だなんて。隈はちゃんと隠れているだろうか。ハローワークに行くだけだしと気を抜いた自分も、仕事にかまけて運動をしなかった自分も殴ってやりたい。

 冷や汗をかきながら、花純は焦りを押し殺して口を開く。


「髙倉くんはお店手伝ってるの?」


 たしか、朝日酒店は彼のおじいちゃんのお家じゃなかっただろうか。

 黄色のビールケースを持った髙倉は、やはりあっさりとうなずいた。うなずいてから、花純を不思議そうにながめる。


「そう。――ずいぶん半端な帰省だな。なんかあったのか」

「……うん、まあ」


 そりゃあ、そうだ。ゴールデンウイークも終わったのに、実家にいるなんて普通に考えたら世間とは違う休暇を取ったように見える。あとは、家の用事があったか、誰かの結婚式だったのか、そんな一時的な帰省を思い浮かべるだろう。

 花純はわずかに迷ったけれど、結局やんわりと首を振る。


「ちょっといろいろあって、仕事辞めて戻ってきちゃった」


 えへへ、と誤魔化し笑いをすると、相手はわずかに目を見開いた。

 ふっと表情を真面目なものに変えて、そっとうなずく。


「そうか。お疲れ」


 静かに、低い声が言った。

 花純をじっと見つめて、馬鹿にするでもなく、笑うでもなく。

 本当にいたわってくれている声色に、花純は言葉を詰まらせてしまった。すると、彼はふうとちいさく息を吐いてこわばりを解いた。

 半そでからのぞくたくましい腕がケースをガコンと足元に置くと、ゆっくりと口を開く。


「じゃあ、こっちにいるってことだろ。いいじゃん、ゆっくりしろよ」


 そうだった、髙倉はこういう人だった。

 見た目に反して、じっと相手の目を見て、あの体に響く声でまっすぐな言葉をくれる人だった。だから花純は、彼のガラの悪さなんて気にならずに二年間仲よくできたのだと思う。

 思わず花純は頬をゆるめた。なつかしい髙倉の空気のおかげで、変にこわばっていた体から力が抜けたのを感じた。


「時間あんなら、飯でも行くか」


 花純の心境なんて知らない髙倉は、そうだと声を上げると、色のあせた前掛けからスマートフォンを取りだした。

 そういえば、彼は仕事中だった。ここで長く足止めさせるわけにはいかない。

 食事に行くのはうれしいから、花純はこくこくうなずく。よし、と請け負って髙倉は液晶を指でいじりだした。


「今日じゃ急すぎだよなー。週末とかのがいい?」

「いえ、わたしはいつでも大丈夫ですから、髙倉くんの都合でかまいません」

「なんで敬語」


 思わず営業用の口調になってしまった。

 高校生のときと同じように、ちょっとだけ眉を寄せて、呆れたように言う髙倉。なつかしくて、あたたかくて、花純は思わずくすくす笑った。


「今日でも大丈夫だよ」

「なら行こうぜ。連絡先教えて」


 気を重くさせる書類たちにまぎれていたスマートフォン。

 一件、連絡先が増えたそれを、どこか弾む気持ちでポケットへとしまってから、またあとでねと花純は手を振る。

 じんわりと低い声の余韻を感じながら、足取りが軽くなっていることに気づいた。




 クラスメイトだった髙倉と、まさかこんな形で会うようになるとは。

 花純の頭に、高校生のときのことが鮮やかに思い浮かんだ。

 卒業式の終わったあとで、一枚だけ写真を一緒に撮っていたはずだ。嫌がって顔をしかめた髙倉に、お願いお願い! と必死に手を合わせたのを思い出した。

 日直を一緒にやったり、班の課題を進めたり、クラスではつるむことも多かった。突っ張った見た目のくせに、意外と真面目で面倒見の良い性格だったと思う。たぶん、それは今も変わっていないんじゃないだろうか。

 三年生の春。部活のことで行き詰っていた花純の話を、辛抱強く聞いてくれたことも、花純はずっと覚えている。

 剣道部の団体戦は七名で構成される。試合に出るのは五名、補欠が二名。花純はレギュラーとして試合に出ているが、二年生の秋ごろから調子を崩して校内戦でもなかなか白星がつかない。試合は迫る。仲間たちは花純を尻目に力をつけていく。あせりと苛立ちばかりが募った。


「誰を選んでどう使うかは、顧問が考えることだろ。おまえがおまえにできることを精一杯やっていれば、いいようにするさ。だから、周りがどうこうっていうのを気にしないで、のびのびやれよ」


 落ち込んでいるのを見て取ったのか、元気ねえな? と声をかけてくれた髙倉は、日誌を書いている花純の前に横向きに腰かけ、背もたれに腕をついた。

 夕暮れの教室には、日直のふたりだけしかいなかった。

 橙色の光が机や椅子の輪郭を染めていた、あの教室には彼の声がよく響いた。

 そう言う髙倉はサッカー部だった。怪我もあったが、レギュラーとして活躍していると聞く。

 彼は、どうやって乗り越えていったのだろう。怪我をすれば療養が必要だ。その間に鈍ってしまった体や、力をつけている仲間たちと、どう向き合っているのだろう。思いながら花純がぽつぽつこぼした話に、髙倉は最後まで耳をかたむける。ふうと息をはいて、低い声を響かせた。


「剣道って試合自体はチームプレイじゃないからな。それぞれのつながりは大事だけど、自分の得意なところを活かして勝ちを取れたら気持ちいいだろうなー」


 じんわりと入ってくる声を聞きながら、花純は技が入った瞬間を思い描く。

 あのときの手ごたえと、審判がかかげる自分の色の旗、仲間たちの歓声、会場の熱気。


「レギュラー外れたって、試合で負けたって、自分が全部出し切ったんだったら後悔しないぞ」


 花純は知っていた。負けは負けでも、次につながる試合があることも、仲間たちを奮い立たせるものになることも。

 もし、負けたら。打ち込んで失敗したら、一本取られたら。考えるだけで足がすくんで動かなかった。持っている力も出せないことが、いかにみじめで悔いの残ることか。

 嘆くばかりでぐずぐずしていた自分が恥ずかしい。

 あ、それまでの練習不足を後悔するのは別だからな。最後にそう付け足した髙倉のおかげで、真っ暗だった目の前に道がひらけた気がした。

 やわらかな橙色に照らされた横顔にありがとうと言うと、あの低く落ち着いた声がひと言、がんばれと花純の背を押してくれた。


 昼休みになっても寝ている背中を、つんつんと起こしたのがなつかしい。寝ぼけ眼の髙倉に、ノートやプリントを提供した回数だって多かった。低く、かすれた声がありがとうと言うのがくすぐったかった。

 剣道部は県大会に進出。髙倉のおかげで、花純自体も悔いのない試合ができた。

 部活を引退して、受験になって、そんななかで同じ部活だった男子と付き合うことにもなって。あのときは、毎日が慌ただしくて辛いこともあったけれど、楽しくて楽しくて。思い出すだけで目が細まる。まぶしくてたまらなかった。




 当時の彼とは、大学進学を機に遠距離恋愛になって破局した。

 その後、都内で就職をした会社で仲良くなった先輩と付き合うことになったが、同期の友達に浮気をされて、挙句相手に子供ができたから結婚すると振られたのが去年の今ごろだった。

 そのあとすぐに、職場では花純のほうが浮気相手で、男を誘惑していたのだと広められてしまった。仕事どころではない。くだらない。くだらなさすぎて泣けてきた。

 駆け引きもできないし、あまえてこないし、付き合っててもつまらない。そう評された花純に比べて、同期のあの子はかわいい声でちょっとしたわがままと、おねだりができる女の子らしい子だ。比べたら、そちらになびくのもしかたがないのかもしれない。

 すがる気にもなれなくて、自分もそれほど惚れていなかったのかもしれないなと思った。身を引いてさっぱり関係は終わりのつもりだったが、出勤すれば手のひらを返されたかのように周囲の目が変っていたのである。


 仕事をしたいのに、仕事以外のことを出汁にされて対応を変えられることばかりで。男漁ってる暇はあるのにこんなミスを確認する時間はないのね。やべぇ、俺今色目使われたわー。下世話で悪意のある笑い声が耳の奥から離れない。

 初めはきちんと否定していたけれど、もうそうすることにも疲れてしまった。

 そんな人間関係しか築けなかったのかと思うと、情けなかったりがっかりだったり。もういろいろ疲れてしまった。

 有休だって、たくさんあったけれど消化させてくれるような状態ではなく捨ててきた。それなのに引継ぎだなんだって、この時期まで引っ張られる。疲れた。情けないけれど、疲れてしまった。


 あんなに好きになった人とも別れることがあるのだと、高校生のときの花純は知らなかったし、まして大人になって自立したはずの自分が仕事を辞めることになる未来なんて想像もしていなかった。

 仲のよい友人に囲まれ、汗水たらして叱咤激励し合った仲間もいて、順風満帆。それがこんな結果になるのだから、世の中どうなるかわからないものだ。狭い世界しか知らなかったのだといえばそうだが、もっとしっかりと歩んでいける自分がいると思っていたのだ。

 花純は自嘲的な笑みが浮かぶことを否めない。もっとうまくできたことはたくさんあった。けれども、もう、そこを悔いる気持ちもない。戻りたいとも思えない。


「……ごめん、こんな話して」


 ぐっと眉間にしわを寄せて黙り込んだ髙倉に、花純ははっとして眉をさげた。

 初めは進んでいた箸もしばらく止まったままだ。

 失業保険の手続きを終えて帰るころ、髙倉から連絡があった。日が暮れてから待ち合わせをして、居酒屋へ来たのは一時間前のことだ。

 枝豆、漬物、サラダに焼き鳥。レバニラと揚げ出し豆腐、ふぐのから揚げ。

 湯気がたってほくほくしている料理たちをつまみながら、花純はいつの間にか出戻るに至った経緯を話していた。

 そしてつい、話しすぎてしまった。せっかく誘ってくれた食事の席で、こんな話をするつもりなんてなかった。楽しい席にしたかったはずなのに。


「おまえに怒ってんじゃねえよ」


 肩を落とした花純に、髙倉はきっぱりと首を振った。しかめ面が少しだけやわらぐ。

 三分の一くらいまで減っていたグラスに、とととととっと手酌する。お酌を買って出たら、接待じゃねーからいいんだよ、と断られたので花純もウーロン茶のグラスをちびちび飲んだ。

 しゅわぁぁと泡が涼しい音を立てて弾けるのを聞いてから、髙倉は満たされたグラスをくいっとあおった。


「なにがあったのか、言わせたのは俺だ。聞きたくて聞いたんだから、いんだよ」


 こん、とテーブルに空のグラスが置かれる。結露でできた丸い模様を増やして、彼は背筋を伸ばした。


「おつかれ。よく頑張った」


 まっすぐと花純を見つめる髙倉は、落ち着いた口調で続ける。


「頑張ったから、今は休憩しろ。水泳だって息継ぎしなきゃ溺れるだろーが。いいんだよ休んで。へとへとになるまで、ずっと気ぃ張ってきたんだろ」


 嫌味にも理不尽な嫌がらせにも耐えて、自分で決めたところまでやりとげてきた。たとえ、認められなかったとしても。やれるだけのことはやってきた。


「うまいもん食って、飲んで、泣いて笑って、そんで自分のことも許してやれ」


 ぽろりとこぼれそうになった涙を、花純は慌ててハンカチで受け止めた。




 こんなときは飲んだっていい。花純から目をそらして牛筋煮込みを追加するとき、花純の分のグラスも頼んでくれた髙倉は、黄金色の液体を注いで笑った。

 チン、とグラスをぶつけてくれたのに、花純もうなずく。滅多に口にしないアルコールだけど、口のなかでシュワシュワと泡がはじけてうれしくなる。冷めるから食えよ、とうながされた料理は少し味が濃いめだったがどれもおいしかった。

 高校時代の話と、仕事の愚痴と、朝日商店やおじいさんの話と、積もり積もったものをたくさん話して、食べて飲んで、笑った。笑っている自分にほっとしたし、あんなに疲れ果てていたのに皿が空になるころにはまた頑張らないとなと思っているんだからびっくりだ。


「……おいおい、おまえ酒めっちゃ弱いんじゃねーか」

「んー」


 ビールをグラス一杯。花純が飲んだのはそれだけだった。それだけで顔は赤くて頭はくらくらである。たぶん、見た目も完璧な酔っ払いなのだろう。

 唖然とした様子の髙倉の言葉に、花純はふわふわと笑った。


「だって、なんだかうれしくて」


 ん? と髙倉が視線をくれる。花純はふうと息をついて先を続けた。


「まさか髙倉くんとお酒を飲めるなんて、思ってなかったもの。戻ってきて、ごはんもおいしいし、楽しいし、つい飲みすぎちゃった。ごめんね」


 大学生でもあるまいし。自分がアルコールに弱いことなんて承知していたはずなのに。いい歳をして恥ずかしい。

 あんなダメダメな話も聞かせた上に、この醜態。

 ぐるぐるした頭でも羞恥心と自己嫌悪は健在であった。うなだれて言えば、髙倉はぐっと言葉を飲みこんで、そのかわりに大きなため息を吐き出した。


「……木庭。おまえ男と酒飲むのやめろ。危ねえ」


 危ない。危ないって、そんなことはないだろう。酔ったからって暴れはしない。でも、本当に弱いから、もうちょっと飲めたらいいなとは常々思っている。


「飲めるようになれたらいいんだけど……」

「んだよ、そんなことも言われたのか?」


 さすが、鋭い。飲めないのがかわいいと言われたこともあるが、付き合っていた彼にはひとりで飲んでもつまらないと言われていた。

 もし少しでも飲める質だったら、髙倉とだってもっと楽しく飲めたかもしれないと思うと残念だ。


「そんな男のことなんか放っておけよ。ただおまえと合わなかっただけだ。人に気をつかえないようなやつの言葉に合わせて、自分を変える必要なんてねーよ。好きなもん食べて飲んでいいんだって。今、俺は楽しいぞ。おまえが飲めないから嫌だなんて思ってない」


 はっきり、迷いなんてない声が紡ぐ言葉だった。

 髙倉はいつだって、ほしい言葉をくれる。

 花純は必死に受け止めた。胸に染み入っていくみたいに、髙倉の声が自分のなかに入っていく。

 まるであのときの、夕焼けに染まった教室に戻ったみたいだ。


「まっすぐで、正直。うまいもんをうまいって食える。俺は昔っから、そんなおまえがいいと思うよ」


 ふっと息をこぼして、笑った顔が、学生時代の彼と重なった。

 顔が、真っ赤なのがわかる。自分の考えすぎだろうか。そんなことを言われてしまうと、受け取り方を間違えてしまいそうだ。

 体が熱くて、心臓がどくどくとうるさい。

 花純はとんと背もたれに身を預けた。


「……髙倉くん、わたし酔っ払いすぎたみたいです」

「おい。酔いのせいにするな」


 まったく、しょうがねーなあ。呆れたように笑うのに、花純は必死に涙をこらえた。

 鼻の奥がつんと痛んで、瞼の奥が熱い。

 こんなぐだぐだでダメな自分に、どうして、彼はこんなにやさしいのか。どうして、胸がこんなにあたたかいのか。染み入ってきたものは、アルコールと一緒にとっくに全身に回ってしまったらしい。

 苦手なはずのアルコールがちっとも嫌ではなくて。ふわふわした心地のまま花純がありがとうとほほえむと、あの心地よく響く声がどういたしましてと笑った。


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