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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動四
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魔法少女と占拠

 空の色は朱から闇に変わり始めていた。

 約束の時にはまだ早い時間だったが、音無彩女はマガツ機関が占有する人工島へと足を踏み込んでいた。

 彼女が島内へ入ったのを確認したかのように、背後の気配が変化した。気付いた彼女がそちらへ手を伸ばすと、肘が伸びきる前に手の平は何かに触れた。

 さっきまで歩いてきた島へ通じる唯一の橋は見ることができる。しかし見えない何かに遮られ、そちらへ戻ることはできなくなっていた、

 彩女を逃さぬためか、外からの侵入を防ぐためかは分からない不可視の壁。だが彼女に退くつもりなどは毛頭なかった。

 歩きながら腰にスマートフォンを装着した時、暗がりに紛れるように彼女を窺う気配が幾つもあることをはっきりと知覚した。この施設の何処へ向かえばいいかはまだ分からないでいたが、気配の濃くなる方へ進んでいけば何かあるだろうと前進していく。

 瞬間、背後から襲いかかる気配。

 ゴッ、という鈍い音とともに彩女の背後を取ったと思われた少女は横に吹っ飛んでいた。

 前を見据えて進む彩女が振り向きもせずに繰り出した右肘が、少女のこめかみを正確に捉え撃ち飛ばしていた。

 一人倒すと次は二人、前方から躍りかかってきた。

 正面から二人の敵の顔を見て、初めてそれが同じ顔の灰色の髪をした少女だと彩女は知った。

 左右から空気の層を切り裂き飛来するものを感じ両腕を掲げた。皮膚を破り、肉を抉り、骨を軋ませ絡みついてきたもの、それは鞭。

 武器を携えた二人の少女は左右に大きく離れ、彩女の腕を引き伸ばし自由を奪おうとした。


「邪魔をするな」


 鞭を掴み体を独楽のように回せば、彼女の腕を絡め取る鞭はその先を持つ少女ごと大きく振り回された。

 一回転した彼女の衣装はブレイブウルフのものへと変わり、その腕を大地へ振り下ろした。

 鞭のように振り回された二人の少女は鞭の動きに倣い大地に叩きつけられ、動きを止めた。

 二人倒せば四人、八人、同じ姿形をした少女が雨後の竹の子のように顔を出す。


「……邪魔をするな!」


 狼は吼え、次々に現れる少女の群れに真っ向から突っ込んだ。


――――――


「あっははは! 見て下さいよあれ! やはり大戦を戦い抜いた魔法少女はすごいですね!」


 中央センター管制室の正面モニターには、監視カメラが映す外の様子が流れていた。

 そこには量産人造魔法少女の一人を吹き飛ばし、二人を振り回し、その集団へと切り込む真っ黒な衣装に身を包んだ少女の姿があった。

自動小銃を手に愉快そうに笑う宇多川健二の背後には、モニターで黒い少女に倒された灰色の少女たちと瓜二つの少女が控えていた。

 彼から少し離れた床に座り込んでいたのは、銃で腕を撃たれた神木夜代と、傷の手当てを行う美弥子の二人であった。


「大丈夫ですか?」

「ああ……ありがとう」


 彼女以外の三人のオペレーターは、管制室の下層で腕を後ろ手に、両足を足首で縛られ床に座らされていた。

 下手に抵抗しては行けないと所長である夜代が支持したため、彼らは抗う素振りもなく大人しくお縄についた。

 夜代の腕に包帯が巻かれ、その治療が済んだところで健二が手にする銃口が美弥子に向けられる。


「ヒッ」


 美弥子の双眸に恐怖の色が浮かび、夜代は身を挺して守ろうと体を動かした。


「済んだなら大人しく縛られていてくれ。変な動きをしなければ危害は加えないよ、今のところはね」


 銃を動かし立つように促すと、美弥子は抜けそうになる腰を壁に手をついて堪えて立ち上がった。

 彼女の手足を縛ったのは灰色の少女だった。その場で縛り終えると、少女は指を触手のように伸ばして美弥子の腰に巻きつけると、何とも雑に下層のオペレーターたちの元へと投げ捨てた。


「ひゃあ! ……あいたたたぁ」

「美弥子さん、大丈夫?」

「ええはい……どうにか」


 身を案じて声を掛けてきた誠に答えると、美香は大きく肩を落とした。


「男たちが情けないせいでこんな目にあっちゃって……どうにかしなさいよ」

「美香さん、それ男女差別」


 それに小声で反応した武と美香の言い合いが始まった。


「こんな時にそんなことを気にするからあっさり乗っ取られちゃうのよ」

「仕方ないだろ。所長が抵抗するなって言うんだし」

「じゃあ言われなかったらどうにかしてたの?」


 武と誠が黙って顔を逸らしたところで、女性二人は落胆の声を漏らして黙った。

 あまり話をしていると上で凶器を持つ者を刺激するかも知れなかったからだが、健二は彼らに目もくれずに司令席のキーボードを弾いた。


「さて。役者が来てくれたところで眠り姫を起こすとしましょうか」


 正面のモニターに映し出されたのは魔道研地階の戦闘ドーム内の光景だった。

 真っ白な空間にぽつんと取り残されていたのは、体を起こす一人の少女の姿だった。


「あーあー……やあ、聞こえているかな?」


 健二の呼びかけが届いたらしく、画面に映る少女が小さく身動ぎしゆっくりと顔を上げた。

 少女の表情はひどく憔悴しており、顔色も優れなかった。呼びかけへの返事はない。


「あの子に何をしたんだ……」


 脂汗を浮かべながら、夜代はモニターを見る健二に問いかけた。手当してもらったとはいえ、痛みが消えたわけではない。


「僕は何もしちゃいませんよ。ただ彼女がどぉしても内に眠る魔女を解放してくれませんので、あの子の心を折るお手伝いをしようとしているだけです」

「あ……悪夢を解き放つつもりか?」

「いいえ、僕が制御する。人類史上最強の魔女の力ですよ? これほど面白いものはない! 貴方が成せなかった研究も大幅に進みますよ!」

「君には無理だ。いや……人を御するなど、誰にも許されるものでは」


 言葉の途中であった夜代の顔を健二が蹴り上げ、黙らせた。衝撃で夜代のメガネは床を跳ねていく。


「いい加減うるさいですよ。貴方は、もう、用済みなんだ」


 かつては尊敬する先輩であり科学者だった夜代を黒く濁った瞳で見下し、唾棄した。

 歪めた顔を一瞬で気味の悪い笑顔に戻すと、彼はまたモニターの中にいる少女に呼びかけた。


「君に是非見てもらいたい映像があるんだよ。見上げる気力もなさそうだけど、君は見ざるをえない場面だよ」


 健二がまたキーボードを扱うと、モニターに映る戦闘ドーム内の上空に大型のビジョンが表示された。それは外の光景をリアルタイムで映し出していた。


『……アヤメ』

「ほうら見てくれた! そうだよ、君の大切なご友人を今招待している。彼女には今から君の中の魔女を顕現させるための生贄になってもらう!」


 モニターの中、天井に現れた画面を見上げる少女の顔が微かに翳ったことを健二は見て取った。


「君が悪いんだよ? 全然魔女を出してくれないから、僕としても非常に心苦しいんだけどこういう手段を講じるしかなくって…………でも、見てみたいよね。大戦を越えた二人のスペシャライザー、果たしてどちらが強いのか!?」

「……狂ってるわね」


 不快感に口を開いたのは美香だった。だが彼女が口にしなくとも、その場にいた四人のオペレーターは全員同じ気持ちであった。


「勿論彼女の相手をするのはあの子だ。僕の造った傑作を自在に操る飛翔の魔法少女」


 彼が揚々と紹介すると同時、四之宮花梨が見上げるビジョンは閃光に染まった。画面の中にいた複数の少女と親友を呑み込んで。

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