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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動四
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魔法少女と出陣

 カツ、カツ、カツ。

 店内にある置き時計が時を刻む音だけが真神風里の耳に届く。

 ここは街のとある待ち合わせ場所。ここを司るオーナーだけが、カウンターに腰掛ける泣き黒子の女性を見守っていた。

 彼女が待っているのは一人の男性からの連絡であった。暇を持て余し、差し出されたサービスのドリンクの氷を幾度と無くストローでかき混ぜていた。

 彼女と彼が出会ったのは十年以上昔のことである。片や魔法少女、片や神童と称され将来を期待された青年であった。

 互いに自分の正体や行っている研究を隠して始まった付き合いはそう長くは続かなかった。

 ある時彼女は魔法少女や不思議な力を持つ者を実験材料として非道な扱いを行う研究機関を壊滅に追いやった。

そこに彼がいたことを知り、彼もまた彼女の正体に気付くことになった。

 そこで起きた事件が切っ掛けとなり、風里は魔法の力を失い、夜代は己の行ってきた行為を激しく後悔した。それが原因となり、二人は別れることになる。

 あれからまたしばらくの時が過ぎ、片やスイーツショップの店長、片や新たな研究機関の所長という立場となり再会を果たすことになった。

 彼女はまだそんなことをしている彼に憤りを覚えつつも、彼ならば正しく組織を導いてくれるのではないかという淡い期待も微かにあった。

 そして今、その組織に一つの転機が訪れようとしていた。

 置き時計が刻んだ時を五度鳴らす。

 それを受け、彼女はテーブルにお札を置いて店を後にした。


――――――


 聖が俺の部屋にいる。


「ここが君の部屋かぁ」


 ベッドに腰掛けて物珍しそうに俺の部屋を見回している。


「悪いな。親が無理矢理もてなして」

「別に謝ることでもないよ。いいご両親だね」


 果たしてそうだろうかと疑問に思った。

 俺が聖に連れられて家に帰り着いたところ、たまたま外に出ていた母親に目撃されてしまった。


「ただいま母さん」

「あ……初めまして」


 俺が帰宅の言葉を述べ、続いて聖も初めて遭遇する俺の母に挨拶をした。だというのに母はパタリと玄関を閉め、姿を消した。


「お父さん! お父さん!」


 家の中から母の声とドタバタ騒がしい音が響いてきた。

 そして再び玄関が開いた時、両親が満面の笑みで俺を出迎えた。


「いらっしゃあい。汚いお家ですけどささ、上がってください」

「……僕、誘われてる?」

「母さん、こいつは俺を送ってくれただけだからそんなことしなくても」

「お黙り!」


 一瞬で間合いを詰めた母親に頬を叩かれた。親から受けた理不尽な暴力に混乱の極みである。


「こんなに綺麗な子に腕まで掴んでもらって……あんたのこれから先の人生でそんなことをしてくれる子が後どれだけいるっていうの!? この機会を逃したらあんた一生独り身よ!」

「えぇ……」

「父さんは嬉しいぞ……こんなに美人な嫁さんができて」


 父は泣いていた。


「……」


 突然の出来事に俺以上に混乱しているのか、聖は何も言えずに立ち尽くしていた。


「さ! ケーキもあるわよ上がってちょうだいお名前は何て言うのかしら」

「ひ……聖、です」

「まあ聖ちゃん! 素敵なお名前!」


 そして母は聖の手を掴んで家の中へとさらって行った。一人息子を残していくとはなんて薄情な両親だと思いながら、遅れて家に入った。

 異常にもてなされる聖をどうにか連れ出し、今こうして俺の部屋に避難させている状況だ。


「いや、けどやっぱ悪いよ。お前も気分が良くないだろ? その……女の子として扱われて」

「事情を知らないんだ。仕方ないよ」

「……俺にはあんなに強く女として扱わないよう求めるのにな」

「君は事情を承知だろ?」

「そりゃそうだけど不公平だ」

「そう思うなら早く僕を男に戻せるよう努力してほしいな」

「せっかく下着まで買ったんだからもうちょっとそのままじゃないと元が取れないぞ?」


 もう、と聖が怒ろうとした瞬間、部屋の扉がバァンと開かれ、テーブルに肘をついて座っていた俺の頬を母に叩かれた。


「あんた! そんなこと言って嫌われたりしたらどうするの!」


 えぇぇ。

 いきなり部屋に乱入してきてこの母は何を言い出すんだと困惑してしまった。


「聖ちゃん、これさっきのケーキの余り。遠慮せずに食べてね」


 と言って母が部屋のテーブルに置いていったのはショートケーキが一つだけ。


「俺の分は?」

「あるわけないでしょ!」


 叱られた。酷すぎる。


「じゃあごゆっくり」


 おほほほほと上品な笑いを残して母が出て行った。


「大丈夫かい?」

「痛いのにはもう慣れた」

「ケーキ食べる?」

「いいよお前食え。俺が食べてるところ見つかったらまたぶたれる」


 勧めると、聖はベッドから床に居場所を変えた。


「じゃあお言葉に甘えて。頂きます」


 フォークを手に聖が美味しそうなショートケーキを食べ始めたら、また部屋の扉が開いた。


「何でノックもせずに入ってくるの……」

「お飲み物はオレンジジュースで良かったかしら?」


 息子の言うことなど聞いちゃいない。


「は、はい。お気遣いなく」


 母がテーブルにオレンジジュースで満たされたグラスを一つ置き、また立ち去ろうとした。


「ちょっと待った! どうしてストロー二本差してんだよ!」

「ごめんなさいね今他のグラス全部洗っちゃって……二人で仲良く飲んでちょうだいね」


 おほほほほ。

 また母が笑い声を上げて姿を消した。


「本ッ当にすまないな……騒々しくって」

「だから構わないって。賑やかでいいご家族じゃないか」

「お前がそう思ってくれるんならそれでいいけどさ」


 息子としては友人の前にお出しして恥ずかしくなってきた。

 俺はグラスからストローを一本抜き取って、聖の邪魔にならないようにした。


「飲まないの?」

「飲めるかよ。それに喉乾いてないし」


 ケーキを食べていたのならジュースの一口でも欲しくなったのだろうが、残念なことに俺はケーキを頂けていない。


「それ食べたら帰るか?」

「そうだね。君も無事に送り届けたことだし、あまり長居しすぎてもね」

「まさかこれから毎日送るわけじゃないよな」

「いつ明が狙ってくるか分からないだろ。可能な限り毎日送り迎えするに決まってるじゃないか」

「おい待てよ、俺んちまで駅とは方角違うだろ。んな毎日送り迎えなんてお前の手間が酷いだろ」

「僕は手間だなんて思わないよ」

「俺が気にするっつうの。お前に付き合ってもらうくらいなら、途中まで帰り道が一緒の先輩たちにお願いした方がいい」

「僕じゃ頼りないか……」

「だからそういう理由じゃ」


 その時、今度はコンコンとドアをノックする音が聞こえた。どうやら親が学んでくれたらしいが、これ以上何の用があるっていうんだ。

 聖との話を一旦止め、ドアを開けて親を招き入れた。


「次はなんの用?」

「お久しぶりぃ」


 そう言って俺の顔を包んできたのは、柔らかな胸だった。


「ふごっ!?」


このボリューム、明らかに母親のものではない。ていうかあの母がこんな真似をするわけがない。そして俺はこの弾力に覚えがあった。


「え? え? え!?」


 背後で聖が狼狽してる。俺だって慌てふためきたい。けど体はがっしり抱きしめられて身動きが取れない。

 どうにか動くのは弾力に挟まれた顔だけであり、どうにかこうにか首を動かして上を向いた。そうしないと窒息しそうでもあったし。


「ま、ま、巻菱さん!? なんで俺の部屋に!」


 問いかけると口に指を当ててシー、という仕草をされた。その時ようやく胸から開放され、彼女は後ろ手で部屋の扉を閉めた。


「えっと……貴女は」


 そういえば昨日、マジカルシェイクに行った時に顔を合わせてはいるはずだがちゃんとした紹介はしていなかったはずだ。


「この人はマジカルシェイクの副店長さん。巻菱蓮さん」

「よろしくね、一野くん」


 マジカルシェイクのメイド服を着た長身の巻菱さんが、柔和な笑みを浮かべて細い瞳を聖に向けていた。


「それよりシーって……?」

「ご家族の方には内緒で入ってきちゃったから、姿を見られたらいけないと思って」


 しれっと言われた。気付かれずに入ってきたって、何でそんな真似をしたてきたのか頭を抱えそうになった。


「……色々言いたいですけど、どうしてここへ?」

「貴方たちにだけ伝えておかなきゃならないことがあって」

「何をですか?」


 とりあえず座ってもらった方がいいだろうかとテーブルに促そうとしたが、彼女はその場で淡々と告げてきた。


「貴方たちの先輩がさらわれているわ」

「……」

「それをネタに音無さんは呼び出されて今一人で四之宮さんを助けるべく向かっているはずよ」


 俺は聖と顔を見合わせた。お互いに巻菱さんの言っていることが理解できずに不思議そうな顔をしていた。


「冗談ですか?」

「残念ながら事実よ。場所はマガツ機関……と言っても貴方たちには分からないと思うし、ガイドを呼んであるからその子と一緒に向かってね」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「なぁに?」

「どうしてそんなことになってるんですか! 事情が全然呑み込めませんよ!」

「いきなり現れて突拍子もない事を告げられても、受け入れがたくて困惑します」


 俺たちに声を上げられ、巻菱さんは困ったように眉根を寄せてベランダへと出る窓の側へと歩を進め、外を眺めた。傾いた陽が世界を紅蓮へ染め始めていた。


「詳しく説明してもいいけれどぉ、あんまり時間もないのよねえ」


 ふんわりとした口調。とらえどころのない雰囲気。いい人だし、素敵な女性だと思うけれど、俺たちが突き動かされるにはいささか謎が多すぎる。


「全てが終わったらちゃんと説明するわ。それじゃ駄目かしら?」

「終わってからって……」

「……僕たちは何をすればいいんですか?」

「単純よ。先行している音無さんを助けてあげる、それだけ」

「先輩に助けが必要なんですね?」

「ええ。更に言うと、今回は少し事情が込み入っていて、助けを請えるのは彼女と同じ学校の貴方たちくらいしかいないし、私も貴方たちのお手伝いはできない。少数で大変なお仕事になるけれど」


 横目でこちらを見やる巻菱さんの目付きは、いつもと変わらぬ糸目であったがいつもより険しく鋭く見えた。


「分かりました」

「音無先輩が四之宮先輩を助けるのをフォローすればいいんですね?」

「ええ。貴方たちの助けが間に合わないと想定より大変な事態になるから、よろしくねぇ」


 そう言うといつもの笑顔に戻った巻菱さんは窓を開けてベランダに歩み出た。


「巻菱さん!」


 恐らくそこから去るつもりの彼女が姿を消す前に、声を掛けた。


「貴女、どこまで知ってるんですか?」

「大体のことは」


 笑ってそれだけ答えると、彼女はそこから掻き消えた。後には赤く染まる太陽だけが残るだけであり、そっと窓を閉めた。


「……あの人のことは信じられるのかい?」

「ああ。仮に嘘だとしても、そこまでして俺たちをその……マガツ機関? ってところに向かわせたいってことは、何かしら重大なことがあるんだろう」


 俺と聖は見つめ合い、ボランティア倶楽部新入組に課せられた使命を確認するように頷いた。

 その時、家のチャイムが鳴らされる音が聞こえてきた。


「ガイドを呼んであるって言っていたね」

「多分その人だ。行こう!」


 俺は聖を連れて階段を駆け下りると、そこには先に玄関に出ていた母がいた。


「ちょっとあんた!」

「何!?」


 なんだか怒っている。いや狼狽えているのか、とにかくすごい剣幕で声を掛けられた。


「なんで今日は可愛い子ばっかりうちに来るの!?」


 そう言う母が玄関で出迎えていたのは、俺たちより三つ下の中学一年生、鈴白音央さんだった。


「鈴白さん!」

「君がガイドか」


 確認を取る俺たちに向ける制服姿の彼女の顔は、とても緊張した面持ちだった。


「あの! 蓮さんが! 大変なことになってるって……!」

「行きながら説明するよ!」

「お邪魔しました!」


 律儀に母親に向かって頭を下げる聖だったが、肝心の親は「大変なことよ! 大変なことよ!」と騒いで父とともにてんやわんやしていた。


「……放っといて行くぞ」


 呆れた気持ちで親を残して、俺たち三人は家を飛び出した。

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