魔法少女と禍津
「スカーフの修理状況は如何ですか?」
マガツ機関魔製道具研究センターの地階、模擬戦闘ドームでの闘争を終えた玲奈は、溶液で満たされた巨大なガラスカプセルの中で戦闘データの収集と修繕を受けるウィングラックとスカーフを見上げていた。
「修理は間に合いそうにないねえ。予備のスカーフにデータを移植してそれを装着しておこう」
彼女の問いに答えたのは、同じようにカプセルを見上げる白衣の男性。魔道研の部長として施設を取り仕切るトップである。
彼の後ろには、黒に近い灰色のゴシックロリータ風ワンピースを着た灰色の髪の少女が控えている。
「そうですか」
次の戦いにもスカーフが使えることに心が落ち着くのを覚えた。いつの頃からか、すっかりとこの兵器に依存している。以前まではそんなことはなかったはずだが、今の玲奈がそれを不思議に思うことはなかった。
「君にも一つ連絡を取ってもらった後は時間がある。その間はココで休んでおくかい?」
部長、宇多川健二はスカーフが収まるカプセルの横にある同じ形容のカプセルをノックしてみせた。
「いいえ、遠慮しておきます」
「そうかい?」
「今はとても気分が良いですの。この想いを抱いたまま、あの人との戯れに臨みたいのです」
「なら連絡した後はこのまま待機しておいてくれ」
「はい」
「電話は盗っているかい」
「カリンさんのものを懐から」
折りたたみ式の携帯電話を開くと、玲奈は電話を掛け始めた。満足気ないやらしい笑みを浮かべ、宇多川健二は呟いた。
「さあ、儀式の仕上げといこうじゃないか。究極の魔女を手中に収めるための儀式を」
声を押し殺して笑う男を、灰色の少女は冷たく見据えていた。
――――――
二人の後輩と別れ、参守駅に近いところにある小さな公園からロードバイクに乗って帰ろうとした時、音無彩女のスマートフォンが音を立てた。
着信である。画面に表示されたのは、今日連絡がつかなくて心配していた相手の名前であった。
「電話つながるんじゃん! もう」
何でつながらなかったのか、どこにいたのか、電源を切ってたのか、色々問い詰めてやろうと考えながら電話に出る。
「もしもーし? あんた今日は何やってたのさ、あたしも皆も心配してたんだからね。あんたが来ないから試験勉強も捗らないし……聖くんに教えてもらったんだよ。あの子すごいね、二年の数学スラスラーって解いちゃうんだから……ってそうじゃなくて! あんたのこと訊いてるの!」
話が脱線していたのを自分で修正して訊ねるのだが、電話の向こうから返ってきたのは電話の持ち主の声ではなかった。
「お勉強なら私が見て差し上げますよ」
「……九条さん?」
電話の向こうから聞こえてきた声に彩女は訝しんだ。どうして花梨ではなく玲奈が電話を取っているのだろうか。
「どうして九条さんが電話に出てるの? 二人一緒にいたの?」
休日だし誰かと一緒にいるのは不自然なことではないが、自分ですらここしばらく疎遠になっていた相手が、同じく疎遠だったであろう花梨の電話に出ることがどうにも腑に落ちずにいた。
「さっきまで一緒にいましたわ。アヤメさんにも是非いらしてほしいと思ってお電話差し上げましたの」
「二人で遊んでたの?」
「そんな可愛らしいことはしてませんわ。魔法少女らしく本気で戦ってましたの……勿論私が勝ちましたよ」
「九条さん、笑えないよその冗談」
「私、笑える冗談しか口にしませんよ?」
しばしの沈黙の後、彩女は確認するように問いかけた。
「本気?」
「はい。私たち魔道研は魔女の操る魔術に非常に興味がありますの。研究の一環としてウィッチオブナイトメアの力を発現させて制御することにしたのですが、中々魔女さんがお目覚めにならないのでアヤメさんにも協力を仰いでいますの」
「……そう、本気なんだね」
「ですからそう説明しているのですけれど。ああ、誰にも言わずに一人で来てくださいね。そうしてもらわないと、カリンさんがどんな目に遭うか……」
「場所は」
「マガツ機関。時刻は――」
詳細を聞くと彩女は返事もせずに電話を切った。その顔は誰にも見せたことのない程の怒りに満ちていた。




