魔法少女とランチ
「三十分で完食できたらタダ! できなかったら一万円! さあ今日こそ料金を払ってもらおうか、嬢ちゃん!」
そう言って俺と聖の隣のテーブルに一人座る音無先輩の前にカイザーバーガーの店主が置いたのは、特製のハンバーガー。しかしそれはハンバーガーというにはあまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。それは正に肉塊だった。
「んん! 活動後の空腹を満たしてくれるこのボリューム、いつ見てもそそられる!」
先輩は怪物バーガー、通称カイザーマウンテンにキラキラした視線を注いでいる。
「そそられるか、お前?」
「僕は……見ただけで胸やけしてる」
「昨日は先輩の作ってくれたパスタをぺろりと平らげてたじゃないか」
「常識的な範囲での食欲だよ」
聖といえど、ホールケーキと見紛うカイザーマウンテンには食指が伸びないようである。
俺たち二人が注文して食べているのは、ハンバーガーとドリンク、ポテトのベーシックセットである。ノーマルなハンバーガーだが肉厚で野菜もふんだんに盛られており、これだけで満腹感は充分に得られる。普通なら。
「これまでの反省を活かし、挟むパティを七枚から九枚へ増やした新生マウンテン! 攻略できるものならやってみな!」
「肉を二枚も増やしただって!?」
「卑怯な! これでは不公平だ!」
俺と聖は恐れ慄いた。いくら先輩でもそれだけ量を増やされては、
「気が利くね、マスター!」
喜んでいた。
「ぬぐぐ……! では行くぞ!」
店主の掛け声に合わせて店員が声を揃え、開戦の合図が店内に響き渡る。
「バーガーファイト!」
『レディ……ゴー!!』
――――――
と、そんなこんなでチャレンジメニューを攻略した先輩が俺たちの席に合流した。
「店長……次は勝てますって!」
「諦めたらその時が本当の敗北です!」
「ああ……分かっている」
店の奥で慰め合うお店の人たちを尻目に、俺たちはベーシックセットをゆっくりと賞味していた。勿論先輩も食後の腹ごなしにセットを食べている。
あの量のハンバーガーがお腹に入っているはずなのに先輩のお腹は少し膨らんでいるだけにしか見えない。
「美味しい……ですか?」
「うん! 運動した分より美味しく思えるよ」
「それは良かった……聖はどうだ?」
「あ、ああ。希望が叶って嬉しいよ」
学校帰りに皆で食事という聖の願いも叶えることができたし、腹も膨れてきた。先輩のとんでもない食欲を目の当たりにもしたけど、概ね皆満足したランチを過ごすことができてよかった。
「アー、先輩!」
「一野くんもいるし!」
店内に女の子の声が響き渡り、途端に俺たちのテーブルに女子の大群が雪崩れ込んでくる。
「な、なんだなんだ!?」
スポーツバッグを抱えた西台高校の制服を着た女子が数名押し寄せてきた弾みで、俺だけ女子の大群から弾き出されて床に転がっていた。
「ちょ、皆!?」
「うわわ……相沢くん!」
二人の声が集まった女子の話し声の中に呑み込まれていく。
「音無さんもランチに来てたのね」
「さっきの食いっぷり見てましたよ!」
「やぁん一野くんやっぱりかわいー」
もうすっかり俺のいた場所は彼女たちに乗っ取られてしまった。
トホホと嘆きつつ、取り敢えず自分のお会計だけ先に済ませることにした。
あの量で五百円で収まるというカイザーバーガーのベーシックセットのコストパフォーマンスの良さよ。
「おい」
と、お金を支払ったところで背後から声を掛けられた。
それは今しがた先輩たちのところに集まってきた子たちと同じく、スポーツバッグを担いだ連中。違うところがあるとすれば、可愛い女の子じゃなくて厳つい男たちだったという点だ。
――――――
何のために彼らが俺に声を掛けてきたのか、それを知ったのは人目の付かない路地裏で一通り痛めつけられてからだった。
「最近音無や四之宮と随分仲良いらしいじゃん、オメー」
「あの一野も侍らせてんすよ、こいつ。さっき見ましたよね」
口々に好き勝手言われてしまう。
要するに、運動部の彼らはボランティア倶楽部に所属して先輩たちや一野と仲良くしている俺のことが気に食わず、暴力によって憂さ晴らししているわけだ。
膝をついてうずくまっているのは、腹を殴られた痛みがあるというのもあるし、こうして丸まっていれば足を出されてもダメージはまだマシだったからだ。
「こんなに弱っちいのがあいつらとつるんでるなんてな。不釣り合いだぜ、なあ」
男たちはゲラゲラと声を上げ、それが今の俺には酷く不愉快な笑いに聞こえた。
「別に強い弱いは関係ねえだろ、馬鹿か」
聞こえないように呟いたつもりだったが、耳ざとく聞きつけた一番近くの男子が俺の肩を乱暴に掴んで立たせ、腹、顔と思いっきり殴ってきた。
「おいおい顔は止めとけよ」
またゲヒゲヒと笑っている。
地面に倒れて口の中に広がる血の味を感じながらも、頭の中は至って冷静でいられた。
殴られたところは痛むし暴力に対する怒りが湧いているのは確かだけど、俺はもっと酷い怪我を幾度も経験していた。今更普通に殴られても、ああ大したことないんだなと思えるようになっていた。
ただ、殴られている理由を鑑みると面倒臭いことになりそうだと思った。ボランティア倶楽部に迷惑が掛かるかもしれない、それが心配だった。
「おいさっさと立てよ!」
一人の男子がまた俺を立たせる。立ったら殴られそうだから立ちたくなかったのに、仕方ない。
その顔には見覚えがあった。知り合いというわけではない、校舎でちらっと見かけた程度だったが。
「同じ一年生だろ? 野球部か? サッカー部か?」
「ハァ?」
「暴力沙汰なんて学校に知れたらまずいんじゃね? 無抵抗な相手ボコボコにしたって学校に言ってやっても俺は構わないけど」
俺がそう教えてあげると、彼もようやく自分の行為の危うさを理解してくれたらしい。肩から手を離し、後ろに控える面子に目配せしていた。
「心配するな。お前が告げ口したところで、俺たち全員で口裏を合わせれば済む話だ」
そう言って歩み出てきたのは一際体格の良い、如何にも筋肉って感じの男子だった。学ランに付けている学年章は二年生、つまり先輩だ。
痛いのには慣れたと思っていたが、流石にあの腕に好んで殴られたいとは思わない。俺はマゾじゃない。
周りの奴らが囃し立てる。ちっくしょう殴られたくねえ。
筋肉が腕を振り上げ、俺は硬く目を閉じた。来るべき衝撃に備え歯を食いしばり、耳に届いたのは筋肉が悲鳴を上げる声。
「い、痛ぇ! 離せ、てめぇ!」
何が起きたのかとそっと目を開いた俺の視界に映ったのは、黒髪黒服の青年が筋肉の拳を捻り上げ、腕を極めている素敵な光景だった。
「ふんっ」
青年が突き放すようにして相手の腕を解放すると、自由を得た彼は腕を押さえて、突然の乱入者を睨みつけた。
「何だよお前は!?」
「俺はこいつに用がある。邪魔をするなら殺すぞ」
そいつの声には聞き覚えがあった。
俺を助けてくれるのか? けど、何で?
疑問に思う俺の目の前で、青年は一斉に殴りかかる男子生徒を身を翻しただけで全員地にひれ伏させていた。
「うぐぅ……」
「いてぇ、くそ」
傷を負い折り重なる男たち。俺には彼が、何をしたのか目に捉えることができなかった。
「もう一度言う。邪魔をするな」
その迫力と実力に気圧されたのか、俺を目の敵にしていた奴らは一目散に立ち去っていった。
俺はまだ、何故そいつがここにいるのか分からずにいた。俺に用とは、一体どういうことなのか。
双葉明。
一野聖と同等の力を有したアステリオーという異形の存在に変身する、黒十字に所属し黒十字を潰そうとしていた、スペシャライザー。
彼は俺に鋭い視線を向けていた。




