魔法少女と土曜日
土曜日の学校にいるのは部活に励む生徒か、勉強をしに来た生徒か、休日出勤する教師くらいしかいない。
俺はこれまでは二番目の生徒だったが、今は一番目の生徒だ。部活ではなくて同好会であるけれど。
「ひじりーおはよー」
欠伸混じりに先を行く女子の後ろ姿に声を掛けた。長く伸びた金髪を首の後ろで結んだ美形の女子が振り向いて、優しく微笑んで俺が近付くのを待ってくれている。
聖が元男じゃなければ俺が学校生活で夢見た女の子との甘美な一時だと、自分でも思っていたことだろう。
「寝不足かい?」
「健康的な休日に慣れてないだけさ」
「駄目だよ。しっかりと早寝早起きを心掛けないと」
分かってるよと答えてから、ふと訊ねた。
「寝る時はちゃんとそれ用のブラ着けたのか?」
「ああ。ちゃんと着けないと駄目だて、先輩や中園さん達に念を押されたからね」
「下着にも気を遣うなんて、面倒臭いっつうか大変だな」
「全くだよ。早く元に戻りたいけど……戻ったらやっぱり、ユニコーンの力は引き出せなくなるのかな?」
「それは俺には分からないな……」
引き出せたまま男に戻るかもしれないし、やっぱり女のままじゃないと引き出せないのかもしれない。やってみなければ分からない。
スペシャライザーの力っていうのはオンリーワンの部分が多く、前例に倣いにくい面があるのが難しいところだ。
「そういやあ、上じゃなくて下は何を穿いてるんだ?」
「見るかい?」
聖がちらっとスカートの裾を持ち上げた。
「見せるな」
「冗談だよ」
これがガールズジョークってやつか。聖めすっかり女であることを使いこなしているのではないか。
「下は動きやすいボクサータイプのパンツだよ。女性が穿く布みたいな下着じゃ……下がスースーしすぎて」
「試着したのか?」
「したさ。その結果、違和感の少ないパンツタイプにしたよ」
「トランクスじゃ駄目だったのか?」
「それじゃ色気が成さすぎるって皆から猛反対さ。僕はそれで構わなかったんだけどね」
聖と話していればあっという間に旧校舎の部室へと辿り着いていた。
ガラリと扉を開けた時、俺と聖の目に飛び込んできたのは大きな尻だった。
「あ」
肌にぴっしりと食い込むスパッツに包まれたお尻を見せつけているのは音無先輩だった。
「わ! すみません!」
聖は慌てて背を向け、俺もすいませんと言って扉を閉めた。
「先輩ってば……部室で着替えるなんて危機感がないんじゃないかな」
「うん。そうだな」
「……」
「どうした?」
聖の言葉に同意したのに、なぜだか怪訝な視線を注がれた。
「先輩の着替えを見てしまったのに、すごく落ち着いてないかい?」
「そうか?」
「そうだよ」
「お前がずっと近くにいるから女性の体に耐性がついたのかもな」
「なんだい、それ」
「私情を抜きに客観的な意見を言わせてもらえば、お前ってかなり可愛いだろ。だからちょっとだけ女性に慣れたのかもしれないなと思って」
「うぅん……それって褒めているのかい」
「嬉しくないだろうけどな」
「微妙だなあ」
「少しは嬉しいのか?」
「もう! いいだろ別に!」
ぷいっとそっぽを向いてしまった。これで本当に女の子だったら言うことなしだったのだが。
話が途切れたところでタイミング良く部室の扉が開いた。
「はっはっは、ゴメンゴメン」
笑って俺たちを招き入れた先輩の格好は、今まで見たことのないものだった。
自分の席に荷物を置きながら、青いシャツに膝上までをぴっちり覆うパンツを穿く先輩に訊ねた。
「自転車のユニフォームですか?」
「うん。久々に着たけど、どう?」
「似合ってますよ。なあ?」
同意を求めると聖は肯定した。肯定しながら、制服を脱いで体操着に着替えようとしていた。
「……体操服じゃないなんて、本気の雰囲気が伝わってきますね」
なるべく隣を見ないよう、先輩にだけ注視して話を続けた。
「へっへっへ。自転車部の助っ人に行っていいように君が尽力してくれたからね、それに応えるつもりでも全力でやらなきゃって思って」
今日の先輩はいつもより嬉しそうだ。上着やロードバイクと同じ青色のヘルメットを手にして、忙しなく撫で回している。
「自転車はいつも使ってるやつに乗るんですか?」
「うん。本当は通学用からレース用のパーツに換装しておきたかったけど時間がなかったしいきなりレース仕様にしたら体も慣れないだろうからじっくり慣らしていこうかなってレース本番は夏だって行ってたしそこをゴールにしてああもちろんレギュラーに選ばれるかは分からないけどあたしとしては思いっきり走れるだけで満足なんだけどねまずは簡単なホイールとブレーキから換えてみようかな家にあるのだけじゃなくって部室にあるのも見てみようかしらそうだ今度サイクルショップに買い物行かない?」
「…………ええ、いい考えですね」
とりあえず同意しておいた。先輩が勢い良くまくし立てている間に、隣の聖の着替えも終わっていた。
「じゃあ聖。先輩に連れて行ってもらってくれ」
「ああ」
「頼んだぞ」
「おいおい。僕が先輩に頼んで連れて行ってもらうんじゃないか」
そして聖は先輩に連れられて部室を出て行った。これから陸上部のところへ向かう間、先輩から自転車のことをバンバン話されるかもしれない。
だから、頼んだぞと言っておいたのだ。
「さて……じゃあ俺はのんびり勉強でもしてますか」
ようやく自分のことにとりかかる。カバンから勉強道具一式を机の上に出し、差し迫った中間試験に向けての追い込みをかける。
確か試験前は部活動も休みになるはずだ。来週からは部活動の助っ人の予定も白紙だ。
「てことは自転車部の応援に行くようになったのに、またしばらくは行けなくなるのか」
折角先輩が助っ人に行くことを了承してくれたのに、それは少し残念だと思った。試験期間を合わせて二週間くらいは我慢してもらわなきゃならないけど、それから先は自転車部メインでスケジュールを組ませてもらおう。
運動も戦闘もできる聖が加入してくれたことは本当に大きなプラスだと思う。
そう言えば四之宮先輩も文化部方面の助っ人を聖に頼める時はお願いしたいと言っていたっけ。聖に確認して、もしもそれがオッケーなら文化部の仕事も回せる。
運動部に文化部に裏の活動。上手く割り振らないと聖の負担が大きくなってしまいそうだが、その辺は俺の裁量で上手くやらなくてはならない。
「……そういや、四之宮先輩遅いな」
昨日の別れ際に今日は来ると言っていた。一緒に勉強ができたらすごく助かると思っていただけに、先輩がまだ来ないことに少しがっかりしていた。
音無先輩と聖が帰ってくるまでには来てくれるだろうと楽観的に構えながら、俺は一人で試験対策を始めた。
……午前を過ぎても、四之宮先輩は来なかった。




