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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動一
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魔法少女と分岐点

 中央公園は広い。文字通りこの街の中心に位置する、最大の公園、市民の憩いの場。入り口は何箇所もあるし、池にはボート小屋が隣接している。アスレチック遊具もあり、休日には老若男女問わず色んな人がここを訪れている。

 そして休日だというのに俺と先輩たちは学校の制服を着ている。私服を先輩の家に持ち込んでいなかった俺はこれしか着るものがなく、そんな俺に二人が合わせてくれたのだ。できればお二人の私服姿を見てみたかったが、それはまた次の機会にとっておこう。


「ここにお店があるんですか?」


 こんなところにドンとお店が一軒建っているだなんて聞いたことがない。俺の質問には四之宮先輩が答えてくれた。


「商店街にMagical' Shakeってお店があるの知らない? そのお店を建てた店長が、元々は移動販売車でお菓子を販売していたんだけど。お店を構えても移動販売が性に合ってるのか、よく外に出かけているの。今日は事前に約束していたからここに出店の準備をしているはずよ」


 先輩が話してくれるのを頷いて聞きながら、俺は大事なことを訊ねた。


「その店長さんに会ってどうするんですか?」


 まだ何をするか詳しく話してもらっていない。その人に会うことにどんな意味があるのか。


「その人は元魔法少女なの。あたしとアヤメが知っている中では一番顔が広くて、様々なコネクションを持ってて、豊富な知識と経験がある。君のことはあたし達にとって初めての経験だから、その人に助言をもらおうと思って来たのよ」

「ベテランからアドバイスをしてもらう、ってことですね」


 四之宮先輩は頷いた。そしていい加減、俺たちの話に参加せずに歩いたまま寝ている音無先輩のお尻を引っ叩いた。


「ひゃんっ!?」

「起きなさいな。そろそろ着くわよ」


 歩いているうちに着いていたのは、公園に数ある広場の一つである。そこに一台の中型のバンが停まっているのが見えた。クリーム色の車の前には円テーブルと四脚のチェアのセットが数席広げられている。その内の一つに腰掛ける女の子が一人、そして車の中で動く女性が一人。二人の人影がある場所に向かう先輩たちの後ろをついていく。


「こんにちは。もう開店しちゃってるかな?」


 先輩方の挨拶はテーブルに着く女の子に向けられた。両サイドで結んだ茶色い髪を揺らし、その子が顔を上げた。


「あやめさん! かりんさん! こんにちわ!」


 ぱぁっと表情を明るくして返事をする子は小学校高学年くらいだろうか、ピンク色のパーカーに白いショートパンツが幼さと可愛らしさを演出している。


「お店はまだ開いてないですよ。ただいま開店準備中なのです」

「音央ちゃんはお手伝い?」

「しようと思ってましたけど、お店が開いてからでいいって言われたから宿題してました」


 テーブルにはノートやプリントが並んでいて、椅子の背もたれにはバッグが掛かっている。

 その子の様子を観察していたが、そこで音央と呼ばれた女の子の眉根を寄せた視線が俺に向けられてきた。


「あ、あの……そっちのお兄さんは?」


 先輩たちへの声とは全く違うオドオドした口調。見知らぬ俺のことを警戒してるようだ。

 よし、ここはこの子の警戒を解くようにしっかりと自己紹介だ。


「初めまして! 俺は相沢草太。音無先輩や四之宮先輩と同じ高校に通ってて一緒のサークルに入れてもらってるんだ。今はその活動の帰りにここに連れてきてもらったのさ!」

「そ、そうです……か」


 そう言う女の子の視線は忙しなく泳いでいる。瞳がうるうると光って今にも泣かれそうな気配さえしている、すごく辛いです。


「この子、ちょっとだけ人見知りなの」

「初めて会う特に男の人にはいつもこんな具合だから、あまり気にしないで」

「んぐ。分かりました」


 幾分ショックを受けていたけど、よくよく見ればその子は少し顔を赤くして恥ずかしがってるようだった。初対面で嫌われているというわけじゃないらしいので、少しだけ安心した。


「この子は鈴白音央ちゃん。あたし達と同じまほグフッ……街に住む中学生だよ!」


 今、魔法少女って言いかけたんじゃないか。鈴白さんがあたふたしてるし四之宮先輩が肘で先輩の脇腹をどついている。


「ええと……三人もお手伝いに来たんですか?」


 気を取り直した鈴白さんの質問に、


「ううん。店長にちょっとした相談事を、ね」


 答えた先輩がバンの出入口に視線を移した時だった。


「オー、ようやく来たね!」


 中から姿を現した女性の元気で明るい声が聞こえてきた。


「お久しぶりです、風里さん!」

「ご無沙汰してます」


 挨拶をする二人を横目に、俺はその女性が店長さんなのかと見つめていた。

 首の後で束ねた髪を揺らしながら歩み寄ってくる二十代半ばといった頃の女性の胸元を見て俺は思わず顔を手で覆った。

 俺が出会ってきた中でナンバーワンだ。ダブルオーの二人がいても同じ順位を付けたはずだ、それくらいの破壊力を備えているのが、エプロンの上からでも容易に分かった。


「本当だよお。もっとちょくちょく顔見せてくれたっていいのにさ」


 拗ねるような口調に対し、先輩たちは苦笑を浮かべていた。


「高校生になっちゃった子たちはみんな忙しいのか、来てくれる日が減っちゃってさあ。お姉さん寂しいんだよね」

「あたしらもなんだかんだでサークル活動とかあって……ねえ?」

「そうですね……本当は前みたいに気軽に寄ってケーキやお菓子を食べたいんですけど」

「本当に理由はそんだけ?」


 左目に泣き黒子のある店長さんの射抜くような視線に、先輩たちだけじゃなく俺まで息を呑んでしまった。美人で快活そうな人だけど、どこか迫力を感じさせる。


「あ、あの! 久しぶりに二人が来たんです! いじめないで楽しく……楽しく……」

「あ、いやいや別にいじめたりしてるわけじゃないよ! ちょっと話を……そう、相談話があるんだったわよね!」


 鈴白さんが助け舟を出してくれたことが奏功し、店長さんが自分たちの来訪の目的を思い出しそれ以上の追求はなかった。心なしか先輩たちもホッとしたように見えた。


「君が件の相沢草太くん? はじめまして、一応マジカルシェイクの店長やってる真神風里だよ。大体の事情は聞いてるけど、後は君の口から君のことを話してもらおうと思ってる」

「はじめまして。えっと、よろしくお願いします」


 一転して柔和な笑顔を浮かべる真神店長は隣のテーブルから椅子を引きずってそれに腰掛けた。鈴白さんが座っていたテーブルに残った三席に俺たちもそれぞれ腰を落ち着けた。


「えっとえっと……わたし、いない方がいいですか?」


 俺の隣になった鈴白さんが、俺たちの話に混ざりそうなのを懸念してかこの席から離れようとしている。


「音央ちゃんに聞かれて困る話題じゃないんだけど、相沢くんが遠慮してもらいたいならそうしてもらう方がいいね」


 話の当事者である俺に判断を委ねられた。気を遣ってもらって申し訳ない気分になる。でもこの子、先輩たちと会うの久しぶりって言ってたし。


「いえ、いいですよ俺にそんな気を遣わなくっても。先輩たちと一緒の席にいたいよね、だったら……あんまり面白い話じゃないと思うけど、問題ないってんなら別に」


 俺がそう言うと、鈴白さんは顔を明るくしてくれた。


「あ、ありがとうございます! えへへ……」


 一緒にいていいと分かると、少女は隣の席の四之宮先輩と俺の隣の音無先輩にも笑顔を向けた。可愛い笑顔が拝めて俺も嬉しくなってきた。


「けど音央ちゃん。他の人には内緒の話だから、秘密にしておかないといけないわよ」

「は、はい。お口チャックですね」


 四之宮先輩に言われ、鈴白さんは口に指を当ててバッテンを作る。その仕草がまた可愛い。


「それじゃあまずは君の身に降り掛かった災難について聞かせてもらえるかな」

「もう先輩たちから聞いてたんじゃなかったんですか?」

「そうだけど、私は当事者である君から直接聞いておきたいんだ。面倒かもしれないけど相沢くんの言葉で経験して感じたことを教えてくれない?」


 正直なところ、思い返すのは辛いことだった。最初は自分が痛めつけられただけだったけど、次は俺だけじゃなくて他の人も傷ついてしまう展開だったから。

 でも、そういうことも含めて俺の言葉で語られるのを聞きたいのかもしれない。それに襲撃されるという問題は解決したとはいえ、自分自身の行く末を定めるヒントをこの人からもらえるかもしれない、そのために先輩たちも俺を連れてきてくれたんだ。


「分かりました。お話します」


 俺はあの日から経験したことを、自分の気持ちも交えながら斯く斯く然々と語った。一人で喋り続け、長い時間が経過したと感じたが、実際には三十分にも満たない語りだった。


「……大変な経験をしたんですね」


 俺が語り終えてから最初に口を開いたのは鈴白さんだった。俺に起きた災難を我が身のことのように感じたのか、沈痛な面持ちをしていた。


「今は無事で何よりね。二人のおかげだ」


 真剣な面持ちで話を聞いていた真神さんが俺の無事と、先輩たちの労をねぎらってくれる。


「君が懸念している自分の力についてだけど、十中八九君自身が持っていた潜在的な体質と考えて良さそうね」


 そう告げられ、俺は先輩たちと顔を見合わせた。やっぱり、って言われているようだった。


「他にも、誰か別の者にそういう術をかけられいる可能性も考えられたけど……二人の所見じゃそういった形跡はなかったんだよね?」


 音無先輩と四之宮先輩が交互に頷くのを見届けた店長に、俺は付け加えた。


「俺はそんなことされた覚えもないですよ。誰かの影響を受けてはないと思いますけど」

「そこはほら、一緒に記憶を改ざんされてる可能性もあるから」

「改ざんなんて、そんな……できるんですか?」

「できるわね」


 バッサリと言い切られた。そうなるともうぐうの音も出せない。


「ただそんな痕跡があったら尚更二人が見逃すこともないだろうし……もし見破れないほど巧妙かつ細緻な術を練られてかけられているのなら、そいつにとって君がよっぽど重要で重大な存在ってことになるけど」


 足の先から頭の天辺まで、店長の舐めるような視線が投げかけられてくる。ううんと唸った店長がやがて発したのは、


「普通の男子高校生だもんね」


 という普通の感想だった。俺だってそう思います。


「君が望むなら、私のツテで詳細に検査してくれるところを紹介するけど」

「いや、そこまでしてもらわなくても……。それに、こんな特性持ってたって普段の生活で何か支障があるとも思えないですし」

「そこは同感。自分から能動的に働く力じゃないし、あくまで自身を守る防御機能の一環ってところね」


 結局のところ、自分の能力はこの程度のものだと認識するだけだった。先輩たちと同じスペシャライザーというカテゴリーに分類されるけど、先輩たちと違って戦いに向いているわけでも誰かを助けることができるわけでもない、自分にしか影響のない無害な能力。四之宮先輩は羨ましいところもあると言ってくれたけど、やっぱり自分ではそうは思えなかった。


「さて。君の力については現状のまま……時折二人が見守ってくれていれば問題はないと思うけど、残るは君自身の問題ね」

「俺、ですか」

「正直なところ、相沢くんはどうしたいの?」


 どうしたい? そう聞かれてもなんと答えたらいいのかさっぱり見当もつかない。


「日常に戻りたいか、異常な世界に留まるかってことよ」


 なるほどそういう意図の質問でしたか。


「そりゃあやっぱり、今までどおりが一番っていうか、日常の生活に戻りたい気持ちの方が強いですよ」

「だったら決まりだよね」


 真神さんは身を乗り出し、テーブルに肘をついて低い口調で告げてきた。


「彼女たちと関わったことを忘れて、これまで通り普通の男子高校生として生活することね」

「そりゃそうできればいいですけど。こんな体験をいきなり忘れろだなんて……」

「心配しなくても、さっき話した記憶の改ざんができる少女……私の知り合いにもいるの」


 ああ。だからさっきはあんなにはっきりと記憶の改ざんが可能だって言い切られたのか。知り合いにもいるのなら納得のことだった。


「その子に頼んで、君の記憶から一連の出来事を消して都合のいいように作り変える……それで解決よ」


 そこに至って、俺はことの重大さに気付いた。


「ちょっと待ってください! それって俺の頭の中を弄くるってことですか?」


 思わず椅子を鳴らして立ち上がった俺に、店長さんは変わらぬ口調で語りかけてくる。


「まあそうなるわね」

「そんな……そんなこと平静に言わないでくださいよ」

「相沢くんも落ち着いて。こんなことを覚えたままで普通の日常に戻れると思う?」

「それは、きっと」

「もし戻れたとして、君が覚えている彼女たちのことを秘密にして平穏に過ごせると思う?」

「口は堅い方かなって……」

「残念だけど信じるわけにはいかないよ。分かってもらえるよね?」


 完全に納得はできないけど言っていることは理解できる。俺が外部の人間になって、そこから更に先輩たちの秘密が漏れない保証はどこにもないのだ。


「記憶を消すって、でも先輩たちのこと忘れるなんて」

「そこまで忘れてもらわなくてもいいよ」

「え……?」

「あんまり記憶を改ざんし過ぎると、本人の脳にかかる負担が大きいから。あくまで異常に遭遇した事実だけを消すようにするつもりよ」

「じゃあ先輩たちのことを忘れてしまうわけじゃ……」

「そこは変わらないようにするわ」


 ホッとしたのか、少し体から力が抜けるのを感じた。折角出会えた人たちのことを忘れることになるのは、気が進まなかった。

 いや、けどだからって、記憶を弄られるのを肯定したわけじゃないけど。

 自分が経験したことを自分の頭の中からなかったことにされてしまう、書き換えられてしまう。そんなことされると考えるとはやり気持ちのいいものじゃない。

 先輩たちはどう思ってるんだろうと動かした視線の先で、音無先輩も四之宮先輩も顔を伏せて口を結んでいた。

 自分で決めろってことですか。


「記憶を消して日常に戻るか、消さずに異常に居座るか。すぐに答えてとは言わないけど、あまり返事を引き伸ばしてほしくもない。精々この連休中には君の答えを出してちょうだい」

「……少し考えます」


 俺は腰を落ち着けた。先輩たちは顔を伏せたまま。隣の鈴白さんだけが気遣うように俺の顔を覗きこんでいた。


「さ、そろそろお店開けようかな。音央ちゃん手伝ってくれる?」

「あ、は、はい」


 鈴白さんは勉強道具を片付けると、荷物を抱えてバンの中へと駆けていった。


「三人は、今日はもう帰りな。一度話し合ってみてもいいんじゃないかな」


 真神さんに促され、俺は力なく返事をして立ち上がった。先輩たちも静かに立ち上がると、


「帰ろっか」

「そうね」


 それだけ言い合って、店長に頭を下げた。


「今日は話を聞いてもらってありがとうございました」

「いいっていいって。大したことアドバイスしたつもりもないし」


 二人の肩を叩き、店長は俺たちを送り出そうと、


「ああ! 相沢くんちょっとちょっと」

「はい?」


 俺も一緒に帰ろうとしたところを呼び止められ、手招きされた。なんなんだろう、疑問に思いながらも小走りで駆け寄って行くと、いきなり首に腕を回され引き寄せられた。


「ちょ、ちょっと何ですか突然に!?」


 うおお、俺の顔のすぐ横にあのランキングナンバーワンの胸が迫っている!

 あまりの出来事に顔を赤くしているところを、バンから出てきた鈴白さんに見られてしまった。


「はにゃっ!」


 猫のように身をすくめた彼女は、私服の上にエプロンを羽織っていた。お店の名前が書かれた看板を抱えてそれを出すところのようだ。純真そうな彼女には男女が寄り添ってるシーンは刺激的なのかもしれない。勿論俺にだって刺激的すぎる光景が眼前に広がっているわけだ。

 鈴白さんが背を向けてパタパタと走り去るのと同時、真神さんは俺に耳打ちしてきた。


「ちょっちさあ、明日一人で来てくんない?」

「え……なんで」

「今日三人で話してみるのもいいっつったけどさ、一日二日じゃあ君も考えがまとまらないだろうし」


 それはそうかもしれない。先輩たちと話をして、すぐに答えが出せるかと言われたら首を縦に振れない。出会って間もない付き合いだけど、二人と一緒にいた記憶に関係することだし。


「それに二人が一緒じゃあお互いに言いにくいこともあるんじゃないかって思ってね」

「……分かりました。明日、また来てみます」

「ありがと。今日と同じくらいの時間に来てもらえばいいから、待ってるよ」


 真神さんから開放され、背中を叩かれて先輩たちの元へ送り出された。店長は手を振り、鈴白さんは深々と頭を下げていた。


「何の話だったの?」

「いやまあ、取り留めのないことです」


 ふうん、それだけ漏らすと、音無先輩からも四之宮先輩からも深い追求はなかった。

 帰りはなんとも微妙な空気が流れていた。無言なわけではなく会話はあるのに、どこかぎこちない。記憶を消される俺のことを気にかけてくれているのかもしれないけど、かえって居心地の悪さを感じる。


「草太くんは」


 不意に口を開いたのは音無先輩であった。


「やっぱり日常に戻った方が絶対にいいよ」

「あたしも同感ね」


 音無先輩は語りかけてくる。四之宮先輩も即賛同する。二人とも、俺の顔を見てはいない。


「俺がサークルに残るのは、迷惑ですかね……」

「そんなこと、思うわけないじゃん」

「君がいてくれたら事務仕事を分担できるし、楽になるって言ったのは本当よ」

「だったら」

「けど活動を続けるということは、表だけじゃなくて裏の活動もしてもらうことになるわよ」

「そんな異常に、やっぱり君は巻き込めないよ」

「もう充分巻き込まれてますって! 今更全部忘れて、先輩たちのこと放っといて日常に戻るなんて、途中で投げ出したように思えて気が引けるっつうか……」

「あたし達のことは気にしなくていいんだってば」

「日常を大事にしたいと思う君の気持ちを尊重したいのよ」


 そりゃ確かに何度もそう言った。けどそれと先輩たちと過ごした記憶を天秤にかけることになるとは思わなかった。どっちが大切かって簡単に選べるものなのか、判断しきれないでいた。


「何を迷っているのか知らないけれど、ほんの数日体験した異常の世界に好奇心だけで踏み留まるのはおススメしないわよ」


 その言葉に胸を抉られた気分だった。そんな気持ちで先輩たちといたいわけじゃない、なのにその先輩たちからそう言われ、微塵も好奇心がなかったのかという猜疑心が湧いてきた。

 即座に否定の台詞は出てこず、反論したい気持ちは思考の渦に飲み込まれてしまい結局無言に落ち着いた。


「……あたし達の考えは伝えたけど、決めるのは草太くんだよ」


 そうは言うけど、今の俺にはさっきの四之宮先輩の言葉が、これ以上かかわるなという拒絶にしか聞こえなかった。

 その日の夜は、先輩たちは二階、俺だけ一階のリビングで寝ることになった。

 先輩たちの私服姿を見るのは次の機会にとっておこう。そう思ったことが遙か昔のことのように感じられた。先輩たちとの短く、けど濃密で貴重だった体験と思い出がこぼれ落ちる砂のように消えていく錯覚に陥りながら、一人眠りについた。

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