魔法少女と略取
「みんなありがとぉ。また来てねぇ」
巻菱さんの笑顔に見送られ、俺たち四人はマジカルシェイクを後にした。
「貴女よく食べたわね……」
「うん! 腹ごしらえできたし、夕飯もすんなり入りそうだよ」
「まだ食べるんすか……」
俺と四之宮先輩は呆れ果てた表情で顔を見合わせた。聖は何も言わないが、あいつも音無先輩と同じで夕飯もちゃんと食べるんだろう。
「どうしたんだい?」
「いや……何でもねえ」
訊ねてくる聖に答えつつ、俺と四之宮先輩は二人の傍へ歩み寄った。
「それじゃ帰りましょっか」
部長が音頭を取って、今日のボランティア倶楽部の活動は終了となった。
とはいえ皆帰る方向は大体同じだ。途中までは四人一緒に並んで帰ることになった。
商店街から一番近いのは四之宮先輩の自宅だった。
「それじゃあまた明日」
帰り道の岐路に差しかかり、四之宮先輩が俺たちに手を振った。
「あ、でも明日は先輩の予定はないですよ」
「なら部室で勉強一緒にしましょうか。土曜だしたっぷりできるわよ?」
「それは助かります!」
そして俺たちも手を振り返し、別れの挨拶を口にした。
四之宮先輩の背を見送って、三人となったボランティア倶楽部はまた歩き始めた。
「明日はあたし、なんだっけ?」
「先輩は……アレですね」
アレかあ、と先輩は理解して呟いた。
「聖は先輩の代わりに陸上だけど、もう一人で……」
「大丈夫だよ。……じゃあ僕は駅だから、ここで」
「ああちょっと待った!」
と、別れようとする聖を呼び止めた。
「うん?」
「大事な話がある」
真剣な面持ちで告げると、彼も察してくれたのか表情を引き締めた。
「分かった」
「んん……あたしはお邪魔かな?」
「いえ。先輩にも関係のあることです。四之宮先輩のことです」
音無先輩に振り返って言うと、彼女にも俺の真意が伝わった。
「……うちで話しましょうか」
緊張の色を浮かべる表情と声音で告げた先輩に従って、四之宮先輩抜きのボランティア倶楽部は音無先輩の家を訪ねることとなった。
――――――
一人で帰る四之宮花梨の自宅はもうすぐそこだ。
家に帰れば夕飯の準備を済ませた母は父と食卓を囲み、既に食べ終わっているかもしれない。
帰りが遅くなったのだから当然だと思い、そしてその当然は今日も何事も無く訪れるはずだった。
「カーリーンーさん」
不意に聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、花梨は立ち止まった。
誰の声だったかしら。久しく聞いていないけれど、あたしの知った声。
振り返った視線の先、薄暗い路地の先からゆっくりと歩み出してきた少女がいた。
その衣装は以前と比べて変容しているが、顔は変わっていない。
そしてその格好は凡そ女の子が路上でする姿ではない。背に四枚の機械羽を背負った、魔法少女。
「く」
彼女の名前を呼んだ瞬間、花梨の体を衝撃が貫き路面に倒れ伏した。
その姿を見下ろす魔法少女は愉快そうに嗤っていた。
――――――
音無先輩手製のパスタは非常に美味だった。同時にボリュームが家で出るパスタより五割増しだった。
ダイニングで聖と一緒に夕飯をご馳走になったのだが、先輩と聖は苦もなく平らげ、俺だけ遅れてようやく食べ終えた。
「満腹……満腹……」
満腹を通り越して腹が弾けそうだったけど、残すのも申し訳なく思い一生懸命綺麗に食べた。
「多かった?」
「ちょ、ちょっとだけ」
「きつかったのなら言ってくれればよかったのに」
聖はまだ食べれたのか。先輩といい、どれだけお腹が空いていたのだ。
「けど、そっか……カリンがね」
食事の最中、俺は二人に伝えておかなくてはならないと思っていたことを告げていた。
洋館で一瞬だけ見えた、四之宮先輩の顔をした先輩ならざる者の気配。
一緒にいた少年が気付いていないことで俺の思い過ごしかとも思った。だけど勘違いで済ませてスルーするよりも、二人に状況を伝えて共有しておく方がいいと思った。
四之宮先輩の意識の表層に悪夢の魔女を見たのは、今日で二度目だ。二度とも俺だけしか見ていない。それは悪夢の魔女にとって、俺が取るに足らない存在だからであろうか。
今日の報告を受けた音無先輩は、マジカルシェイクで見せた時と同じ表情でじっと黙っていた。色々と思うところがあるのだろう。
「僕は知らないんですけど、四之宮先輩を蝕んでいる悪夢の魔女というのはそんなに強いんですか?」
ボランティア倶楽部の新参者である聖が先輩に訊ねた。戦う力を持つ者として、未知の相手の実力が気になっているのかもしれない。
俺も悪夢の魔女は四之宮先輩に触れた時に見たイメージでしか知らないし、実際のところは全く把握していないから聞けるなら聞いておきたい。
向かいに座る音無先輩に俺たちの注意は注がれ、その言葉を待った。
「強いよ。とてつもなく」
先輩にそこまで言わせしめるなんて、どれだけ強いんだろうか。想像もつかない。
「それに相手はカリンの体でしょ。やり辛いったらありゃしない」
「以前戦ったんですよね? その時はどうやって勝ったんですか?」
聖が訊くと、先輩は小さく唸ってから続けた。
「正確には勝ってないんだよね。限りなく力を消耗させた……っていう感じ?」
「その結果、先輩たちは力を消失した、と?」
「ああいや、あたしの場合は力を貸してくれていた妖精が帰っちゃったからだよ。それからその子とは会ってないけど、こうして力だけ使えるようにしてくれて、おかげでボランティア倶楽部を立ち上げて……同時に力を取り戻したカリンを助けるために、頑張ろうって」
それが先輩の目的。そしてそれを成さなくちゃならない時は、刻一刻と近付いているらしい。
四之宮先輩の中にいる魔女が日に日に表に出てきているような気がして、落ち着かない気分になっていた。
考えれば考える程、四之宮先輩のXデーがすぐそこに迫っているようで。
「では、またその時と同じように力を消耗させる方法を取るんですか?」
「……」
聖の問いかけに先輩は少しだけ沈黙した。
「できれば完全に倒したい。そうじゃないとカリンを救うことにはならない」
「倒す手段は?」
先輩は首を左右に振った。
「それを探しておきたかった。けど見つからない。だから、また同じようにナイトメアを消耗させるしかない」
それから先輩の顔が、俺たち二人を見回した。
「それには二人の協力が必要だよ」
必要と言われ、それがとても嬉しかった。
「今のあたしじゃ当時ほどの力は出せない。だから聖くんのような強い助っ人は心強い」
「はい」
「草太くんの力は、あたしにはどう作用するのか正直分からないけど……」
この間、洋館で先輩にアイアンウィルを試した時は手も足も出なかった。だから役立たずだって思った。音無先輩から突き放されても当然だって。
「力が通じなくてもいい。傍にいて励ましてくれるだけで、あたし達は頑張れるから。ね?」
「ええ。応援してくれる人がいるっていうのは、密かに戦う僕らには頼もしいものだよ」
「そういうもんか……」
個人的には力の面で役に立ちたいと思っているのだが、この短期間で自分の能力が悪夢の魔女に通じるようになっているとは思えない。
聖の力の解放に役立ったのは少しだけ自信につながっているが、悪夢の魔女に一蹴されて体調を犯されて警告まで受けた。今はまだ及びはしないだろうと自分でも分かる。
「分かりました。俺も精一杯応援します!」
「うん!」
俺たちの返事に力強く頷き、先輩が右拳を俺たちへ向けて掲げてきた。
俺と聖もそれに倣って拳を上げた。三つの拳をコツンと当て、互いに互いの決心と覚悟を伝え合った。




