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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動四
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魔法少女と裏の活動

「……それでまたここを使われるんですね」


 綺羅びやかな装いと化した洋館は、この館の主である少年の力によって塗り替えられているものだ。現実にある洋館は荒れて朽ち果てたお化け屋敷のようになっているのだが、今はそんな気配を微塵も感じさせない。


「なんか不満か?」


 含みを持たせた口ぶりの少年に対して言葉を投げかける。壁際にいる俺の左隣りには四之宮先輩、そして右隣りに館の主がいる。


「いいえ。皆さんのお役に立てるのなら嬉しいですけど……あまり度々来られるとのんびり寝てられなくて」


 この間はエストルガーとアステリオーの戦いの場になり、その前は化け蜘蛛に館を乗っ取られて落ち着く暇もなかっただろう。


「まあまあそう言うなって。俺らもなるべく頻繁には来ないようするからさ」

「なんなら現実の館のお片付けをしてあげましょうか? 人手ならあるし」

「それはありがたい申し出ですね」


 四之宮先輩の提案に、少年は少しだけ声を弾ませた。あの洋館を掃除するとなると滅茶苦茶大変そうだけど、魔法少女に変身ヒーローもいるボランティア倶楽部ならそうでもないのだろうか。いや、変身ヒーローじゃなくて変身ヒロインになるのか。

 そして館の端っこで並ぶ俺たち三人の見つめる先には、開脚して足の筋を伸ばす音無先輩と伸びをする聖の姿があった。


「ま……それもこれも今日の活動が終わってからの話っすね」

「ええ。二人の実力がどの程度のものか見ものだわ」

「ところでどうしてあのお二人が戦うんですか?」


 この場所を使わせてくれと頼んだだけで詳しく説明をしていなかった少年が、不思議そうに首を傾げてきた。


「入部してくれた聖の実力がどの程度なのか、今から先輩が実際に確かめるんだよ」

「戦うんですか……?」


 俺は頷いた。


「またここが戦場になっちゃうんですね……」


 はぁ、と少年は溜め息を吐いた。


「すまないねえ。今度なんかしてやっから」


 本当ですよ? と少年は疑わしげな目で俺を見上げて言ってきた。まあ、やれることと言えば四之宮先輩が言ったようにお掃除くらいのものだろう。


「よっし。準備いい? 聖くん」


 ストレッチを終えた音無先輩がスマートフォンを手に問いかけた。


「僕はいつでも構いませんよ」


 背に回した手を前に戻す聖。その手にはユニコーンデバイスが握られている。


「実力を見るだけだから本気は出さないようにするね」

「ええ。僕も先輩に怪我をさせたくありませんから」


 二人は自分の変身アイテムを腰にあてがった。


「ブレイブ! スタイルチェンジ!」

「変身!」


 先輩がスマートフォンの画面を撫で、聖がユニコーンの角を弾く。

 輝く白光と鮮烈な紅が視界を染め上げ、堪らず目を背けた。


「噛み砕く牙、ブレイブ……ウルフ!」

「幻創闘姫、エストルガー!」


 光を裂いて姿を現す二人のスペシャライザー。

 黒い衣に凛と立つ獣耳、赤い首輪とマフラーをなびかせる魔狼。

 白い鎧に天を衝く角を紅に微光させ、以前より女性的なフォルムと化した一角獣。

 発祥も何もかも違う二人がこうして相対しているのは、なんだか不思議な光景に思えた。


「いきます」


 エストルガーが駆ける。その速さは俺の目には映らない。

 二人の拳が交差し、激しく空気が弾ける衝撃が伝わってくる。

 すれ違ったブレイブウルフの頬には痣が刻まれ、エストルガーはクッと小さくよろめいた。


「……先輩、見えました?」


 隣にいる四之宮先輩に訊いてみたが、彼女は掌を上に向けて肩をすくめた。俺が見たのと同じものしか見えていなかったのだろう。


「速いね。拳も重いし、野臼町で殴っちゃった時より全然違う」

「あの時よりも力を使いこなせていますから。けど先輩の右拳は鎧装の上からでも芯に響きますね……」


 あの一瞬で互いの拳を確かめ合ったのか。

 先輩はふっと笑い、聖もきっと仮面の下で同じような顔をしているに違いない。


「いくよ」


 今度はブレイブウルフの姿が消え、エストルガーも同じ速さで動き出した。

 館内のエントランス、あちこちから弾ける音と衝撃が響いてくる。


「くぅ!」


 向かいの壁に叩きつけられたブレイブウルフが、エストルガーの拳を両手で受け止める。が、殺し切れない衝撃が背にした壁を破砕し、魔狼を瓦礫の中へ押し込める。


「ぐはぁ!」


 後ろに倒される勢いを利用して蹴り上げられた狼の足が一角獣の腹部を捉えた。

 蹴り飛ばされたエストルガーはシャンデリアを破壊しながら天井へとめり込む。

 間髪入れずに壁から飛び出した狼が追撃を掛けるが、


「うおおぉ!」


 両手の指を絡め、槌のように振り下ろした両拳が魔狼を床へ叩きつける。


「――はッ!」


 先輩がその場から飛び退いた瞬間、天井から舞い降りた聖の拳が床を殴りつけ、大きなクレーターを形作った。


「い、いくらなんでもやり過ぎですぅ!」


 少年が嘆いていた。確かに異空間の洋館とはいえ、この短時間でここまでぼっこぼこになっているのはちょっと酷い有り様だと思った。

 一旦間合いを取った二人は構え直した。

 左足を引いて腰を落とし右手を突き出す狼。

 右足を大きく引き深く腰を落として正面を見据える一角獣。

 バン、と床を蹴り攻めるエストルガーの正拳を右腕で絡め取るようにいなし、逆に右拳をエストルガーの顔へ。

 エストルガーが屈むようにしてかわし、左の拳をブレイブウルフの腹へ打ち込み、そこへ滑り込ませた左手によって直撃こそしなかったが狼の体はくの字に曲がる。

 俺に見えたのはそこまでだった。あとはもう互いの手足が入り乱れての激しい乱打戦。

 見てるこっちにまで届く二人の拳圧に、後ろに倒れそうになる。

 少年はすっかり怯えたように俺の腰にしがみつき、四之宮先輩はまるで品定めするように二人の組手をじっと見ていた。見えているのだろうか?

 一際大きな風が吹き抜けたかと思うと、再度二人の間合いは大きく開いていた。


「まずいわね。ちょっと隠れましょ」


 突然四之宮先輩がそう言うと、すたすた歩いてエントランス二階へ至る螺旋階段の陰に隠れるように移動していた。

 どうしたのだろうかと少年にしがみつかれたままそちらに向かう俺の耳に、二人のスペシャライザーの方から声が聞こえてきた。


『ファイナルブロー』

「エナジーストライク!」

「ユニコーンフィスト……!」


 二人の声は、かなり本気だった。そして今放たれようとしてるのは二人の必殺の一撃。


「げっ」


 そんな技を撃とうとするなんてかなりやばい。俺は転がるようにして四之宮先輩のもとへと急ぎ、階段の陰に隠れた刹那、


「「おおおおおおおぉぉぉ――ッ」」


 二人の怒号が重なり、一角獣の拳を魔狼の牙が受け止めた。

 そして衝撃。今までの拳圧とは比較にならない圧倒的な振動が洋館を震わせた。

 咄嗟に四之宮先輩に抱きついていた。庇うから、というよりビビったからだろう。俺に抱きつく少年と二人だけで耐え忍ぶより、先輩と一緒の方が心強いと思ったんだろう。冷静に心境を把握する余裕なんて、その瞬間はなかったのだけど。

 ようやく揺れが収まってから、そっと目を開いてエントランスを窺った。

 そこには二人がぶつかり合った姿勢のままでいた。

 聖の拳を先輩の手が包み込み、視線を交わして。

 やがて先輩がふぅ、と長い溜め息をすると、その手を離して真っすぐ立った。合わせて聖も拳を下ろし、佇まいを正した。


「充分ね。聖くんの強さはよぉく分かった」


「僕もです。先輩がこれ程デキるだなんて、初めて知りました」


 二人がそれぞれの腰に身に付ける変身アイテムを外すと、先輩は制服姿へと戻り、鎧が弾けて消えた聖はひと回り小さく……つまり元の身長に戻って先輩と同じく制服姿となっていた。


「言っておくけどまだまだ底は見せてないんだからね!」

「お互い様……ですね」


 結構生意気ー、と先輩が聖の頭をくしゃっと撫でた。

 変身していた時は聖の方が体躯は大きかったが、元に戻った今は先輩の方が背は高い。

 手合わせを終えた二人が身を潜めていた俺たちの方へと向かってきた。そこでようやく、四之宮先輩の肩に抱きついたままなのを思い出した。


「んっと!」


 結構な時間抱きついていたことに何か言われやしないかと慌てて離れたけれど、先輩は俺のことなんか気にしていなかったように戦っていた二人の姿をじっと見ていた。意識されていないのもそれはそれで寂しいものがある。


「先輩はどうでした? あの二人の実力。俺はもうビビりっぱなしでしたよ」


 未だ俺の腰にしがみついている少年も俺の言葉に頷いていた。そして先輩が口にしたのは、


「私の敵ではない」


 と、冷たく笑って呟く言葉だった。

 まるで心臓を鷲掴みされたように焦燥と恐怖が全身を駆け巡った。今目の前にいるのは、先輩の姿をした別のものだと、エンブレムアイで見なくてもはっきりと分かった。

 それ程の気配が四之宮先輩から漂っていた。


「先……輩?」

「アヤメとあれだけやり合えるんですもの。及第点でいいんじゃないかしら?」


 恐れに支配される俺の前で、四之宮先輩はいつもの調子でそう言葉にしていた。

 一瞬前に感じた気配を微塵も感じさせない、いつも通りの四之宮先輩。歩み寄ってくる二人を出迎えるようにそちらへ近づいて行った。


「どうかしましたか?」


 動揺を隠せずに立ち尽くしていた俺を不審に思ったのか、しがみついていた少年がそう訊ねてきた。


「い、いや。何でもねえ」


 どうにかそれだけ答えていた。

 こいつは何も感じなかったのか。もしかしたら俺の恐怖心が生んだ幻とか、そういった類のモノを見てしまったのか。

 それならその方がいい。だけど。

 拭い切れない思いを抱きながら、俺はボランティア倶楽部の輪の中に重い足取りで加わりに行った。


「流石に最近まで悪の組織と戦ってただけあって、戦いの勘は冴えに冴えてるみたいだよ」

「恐縮です」

「アヤメもあたしもそれだけの強敵を最後に相手したのはいつだったかしらね」

「音無先輩には黒十字の三幹部を相手にしてもらいましたけれど、手応えはなかったんですか?」

「ん? まあ……三幹部って言いつつも一人っていうか一体しかいなかったしね。それもバランスの悪い変なやつだったし」


 音無先輩の言葉が気に掛かった様子で聖は長いまつげを伏して考える仕草をとった。


「ああ……そう言えば聖くんのことや倶楽部のことばっかり話してたせいで、黒十字のことはざっくりとしか話してなかったもんね」

「あたしも詳細は聞かされてないわね」

「これから場所を変えて少し話そっか?」

「そうですね……僕も三幹部の最期を聞いておきたいし、四之宮先輩にも黒十字結社のことをお話しておいた方がいいと思いますし」

「決まりだね。……草太くん?」

「話、聞いてる?」

「…………え!? あ、はい! 聞いて……ませんでした」


 今訊いてきた四之宮先輩のことを考えていたせいか、三人が話していた言葉は聞いていたけど内容は理解できずにすっぽ抜けていた。

 シュンとして答える俺に、音無先輩がもう一度説明をしてきた。


「これから皆で聖くんが戦ってた黒十字のことについての意識を共有しようって話。だから今から場所を移そうって」

「ああはい、分かりました!」


 今度はしっかりと話を聞いて頷いた。


「君もありがとう。部を代表してお礼を言うよ」


 先輩が俺の腰に引っ付いていた少年にそう言うと、ようやく彼は離れてくれた。


「お役に立てて幸いです。また協力が必要な時はいつでも来てくださいね」


 部員も口々に彼にお礼を述べると、それを聞き届けてから少年はスーッと姿を消し、同時に華やかだった洋館も化粧を落としたように元の朽ちた館へと姿を戻していた。


「いつかお礼に来ないとねえ」


 音無先輩はそう言って俺たちの先陣を切り、洋館の出口へと向かった。四之宮先輩が続き、最後に俺と聖が出て行く時にそっと話しかけられた。


「話の最中にぼうっとするなんて、どうかした?」

「うん……また後でな」


 俺の返事に聖ははてなを浮かべたようだったが、それ以上の追及はしてこなかった。

 もしも俺が四之宮先輩に見た魔女の影が現実だったなら、この間音無先輩が言っていたように本当に時間がないのかもしれない。だとしたら、このことはボランティア倶楽部としてちゃんと伝えておかなくてはならない。

 でもその時は四之宮先輩抜きの方がいいのかもしれないと考え、今は聖に語ることもせずに胸の内に留めておいた。

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