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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動四
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魔法少女と着替え

 次の日、ここ最近痛い思いが続いていた体育の授業のために、体育館の側にある更衣室へと移動するところであった。そこで着替えて運動場へ向かうのだが、二つのクラスの男女が一緒に体操着を持って移動するために少し時間をずらして動かないと割りと混雑する。

 張り切り者の運動部員は我先にと急ぎ、真面目な生徒は余裕を持って更衣室に向かう。マイペースな奴らはゆっくりと行動し、不真面目組は遅刻してくる。

 俺はマイペースタイプだ。前の授業で使った教材をのんびりと片付け、体操着を入れた袋を担いだ。


「先に行くぜー」

「今日は怪我するんじゃないぞ」


 大野と岡田の二人もマイペースだ。ちなみに袋は個人で好きな物を使っているので、生徒それぞれの個性が垣間見えたりする。俺は紺色の無地の袋を使っている。主張のない、無個性なやつだ。

 ダブルオーに返事をして遅れて教室を出ようとした俺の背後から、制服を引っ張られた。


「……ん?」


 振り返ると、聖が俺の学ランの裾を握って引き止めていた。


「どうした?」

「す、すまない。少しいいかな……」


 そう言うと彼は俺の耳に口を寄せ、そっと囁いてきた。


「…………女子更衣室で着替えるのが恥ずかしいぃ?」

「シー! シー! 声がでかいよ!」


 俺の口を手で塞ごうとしてくる聖の方が声がでかいけれど、幸いな事に既に教室には俺たち二人以外には誰もいなかった。かなり出遅れている気がする。


「そう言われても、流石に男子更衣室に入る方が余計マズイだろ……」

「それは分かっているけれど……」

「委員長と京子は?」

「先に行ってしまったよ……。更衣室で待っていると言ってたけれど、正直僕にはそこに踏み入る勇気が……」

「トイレの個室で着替えるとか?」

「扉一枚隔てただけじゃ不安だよ!」

「誰もいなくなったし、この教室は?」

「廊下から見られるかもしれない!」

「見られるのが嫌なのか?」


 俺がそう訊ねると、長いまつげを携えた大きな瞳を潤ませて俯き、肩を小さくしてしまった。


「……人の目が、まだ少し怖いんだ」


 ああ。そういうことか。

 確かに委員長や京子、ダブルオー、他にも一部の生徒はすっかり聖とも打ち解けているし、大勢の生徒は困惑の色は多少残っていれども受け入れようとしてくれている。

 けどやっぱり、こうなって日が浅い今のうちは色んな感情が綯い交ぜになった視線を向けられている。俺だってそれは理解しているつもりだったけど、やっぱり心に掛かる負担は本人にしか分からない。

 俺が考えてた以上に、聖の心は傷付いてたのかもしれない。


「分かった。何とかする」




 そして俺たちは旧校舎のボランティア倶楽部の部室まで来ていた。

 職員室に行って部室の鍵を受け取るために担任のメロン先生に事情を説明すると、「そういうことなら仕方ないか」と言って鍵を渡してくれた。


「本当にすまない」

「いいって。気にすんな」


 彼が彼女になってしまった原因の一端を担っている身としては、できうる限りのことをしなければならない。


「けどずっとここで着替えるわけにはいかないからな? ちゃんと女子更衣室に行けるようになってくれよ」

「分かってるよ! 今だけ、今だけだから」


 宜しい。そう言って俺は聖を部室に残して廊下に出ようとした。


「どこに行くんだい?」

「どこって、廊下で着替えるんだよ」


 この時間の旧校舎なら、廊下に出ていても誰かに出くわすことはないだろう。寧ろ廊下で着替える開放感っていうのも乙なものかもしれないぞ。


「いや。部室で着替えればいいじゃないか」

「お、お前なあ……」


 俺たちの立場をちゃんと理解していないのだろうか?


「仮にも男女が同じ部屋で着替えるわけにはいかないだろ」

「君は僕を女と思ってるのか!」


 信じられないといった形相で声を荒らげられた。


「一応女だろ、今は!」

「君はそういう目で僕を見ていたのか!?」

「そこは事実だろ!」


 その後も着替える着替えないで言い争い、いいからここで一緒に着替えるんだと強い口調で命じられたりもした。


「分かった! 分かったよもう! これ以上着替えもせずに遅れるわけにもいかないからな」

「分かればいいんだ」


 自分の意見が通ったことで聖もようやく落ち着いてくれた。

 旧校舎に来て着替えることになった時点で体育の授業には間違いなく遅刻していくことになっていたし、その上更に時間が遅れてしまっては先に集まっている生徒や先生に申し訳ない。

 渋々ではあったが、部室に入って聖と一緒に着替えることとなった。ただしあいつの方は見ないように、背を向けてから着替え始めた。

 この落ち着かない空間からいち早く抜け出したく、パッパッパッと制服を脱ぎ捨てて半袖の体操服に腕を通し、下はジャージを穿いた。恐らく俺の人生で一番早いタイムで体操服に着替えたと思う。


「よし、俺は先に行くぞ」

「ちょっと待ってよ! 一緒に行こう」

「お前を待ってたら遅刻の時間がどんどん伸びてしまう」

「一緒に行って遅刻の理由を説明した方がいいだろ? 僕が説明したら、君の遅刻は許してもらえるかもしれないし」


 それはそうかもしれない。けど遅刻が一つ増えようが増えまいが、あまり自分に対する恩恵があるとも思えなかったから別にそこまでしてもらわなくてもいいと感じた。内申点にちょっと影響があるくらいだろうか。

 そんなことを考えていた俺の耳にしゅるしゅると衣擦れの音が聞こえてきた。


「女子の制服にまだ慣れなくて……もうちょっと待ってくれ」


 そういえば女子の制服ってどんな構造をしているのだろう。女子が着ている姿を見るだけで、手に取ったことなんてないし、着脱はどうしているのかと気になった。

 どうやって脱いでるのか気になってしまい自然と背後を窺って見ると、今まさに背中を向けた聖がスカートを。

 ゴキャ。

 脊椎がズレるかと思う程の勢いで首を正面に戻した。邪な気持ちなど全くなかったのに女子の着替えを盗み見しようとしてしまった。無意識だったという言い訳は通じない、なんて愚行を犯そうとしていたんだ。

 いや、待てよ。聖は男なんだから、着替えるところを見たところで別に向こうは気にしないだろうし、なら俺が気にしなければチラチラ見ても問題ないんじゃないか。

 たまたま体が女の子だから女の子の服を着ているだけで、俺とあいつは同じ男の子なんだ。つまり見ても問題なし。


「……」


 自分の過ちに気付いて凹んだ。そんな風に色々な好奇の目に曝されるのが嫌であいつはここに来たんだった。俺を頼って。

 頼られた俺が自分のしょうもない感情を正当化して肯定しようものなら、それこそ聖に対する裏切りになるだろう。俺は同じボランティア倶楽部の仲間を裏切りたくない。仲間だし、友達だから。

 両手を使って、自分を戒めた。


「ふぅ。体操服だけは男女共用で助かったよ。靴は少し小さくなったから買い換える羽目になってしまったけど」


 着替えを終えた聖が、背を向けていた俺の前に姿を現した。俺と同じ半袖とジャージ姿だ。


「お待たせ……って、何をしてるんだい?」

「……あんえもえーよ」


 両手で自分の頬を抓って己に戒めを課している俺に向けて、不審者を見るような視線が飛んできた。戒めを解いた俺は、部室の黒板の上に掛かる時計に目をやった。


「完ッ全に遅刻だな」

「本当にすま」

「そこはお礼だろ?」

「……本当にありがとう」

「ああ。急ごう」


 部室を出て鍵を掛け、二人並んで駆け足で運動場まで急いだ。


「うっ……」

「どうした?」


 隣を走る聖が急に小声で呻いたので、気になって声を掛けた。


「いや。何でもないんだ」


 そうは言うが、胸を押さえているし、どこか苦しいのだろうかとその身を案じてしまう。


「隠し事は止せよ。俺とお前の仲だろ」

「……じゃあ言うけど」


 その言葉に観念したのか、駆け足のペースは少し遅くなり、胸を押さえていた手を退けた。合わせて俺もスローペースにすると、恥ずかしげに口を開いた。


「胸が、揺れて……気が散るんだ」

「胸?」


 ゆっくりと走る聖の胸を観察した。体操服の上からでも分かる膨らみは、決して大きくはないものの確かに上下に振れているのが見て取れた。委員長以上京子未満、といったところか。


「昨日マジカルシェイクで話してた下着を買いに行く件は?」

「確かに話はしたけど、いつ行くかまでは……」

「こりゃ早々に準備しなきゃまずいよなぁ」

「君まで僕に下着を買わせたいの!?」

「馬鹿。真面目に言ってんの」


 俺が咎めると、聖にも俺の真剣さが伝わったのか表情が硬くなった。


「今みたいに体育で困るだろうし、何よりボランティア倶楽部で音無先輩と一緒に運動部の助っ人を主にしてもらおうと思ってるんだ。なのに助っ人に行った先で『胸が揺れて集中できませんでした』なんて言ってみろ。二人の先輩が積み重ねてきたボランティア倶楽部の信頼に傷が付いちゃうだろ?」

「うん……そう、だね」


 昨日はガールズトークの盛り上がりではしゃいだり冗談交じりでしっかりと考えることはしなかったかもしれないけど、今真面目に話すことで、聖も下着の件を真摯に受け止めてくれたようだ。


「本格的に倶楽部活動に参加してもらう前に、まずは必要なことを先輩たちとも話し合おうか」

「ああ、分かったよ。……何だか今の君、すごくマネージャーらしく見えるよ」

「茶化すなっての」


 俺たちは笑い合い、クラスメイトたちがいる運動場へと足を運んだ。

 今日の授業もまた球技である。グラウンドでは既に開始の挨拶やストレッチを済ませた皆が散り散りになろうとしていたところであった。


「すいません! 遅れました!」


 俺と聖は男子の体育を担当する男性教諭のところへ急いだ。背が高く、筋肉質な先生の肉体に、袖を捲った赤ジャージが悲鳴を上げている。

 短髪で爽やか、まだ二十代の比較的若い先生に俺たちは頭を下げ、事情を説明しようとした。


「ああ! 夕張先生から事情は聞いてる!」


 ものすごい大声に、俺と聖は頭を下げたまま顔をしかめた。


「しばらくは二人の遅刻は大目に見るから、早く授業に参加しなさい!」


 俺たちは顔を見合わせた。流石メロン先生、手際が素晴らしいです。


「「ありがとうございます!」」


 同時に礼を述べ、クラスメイトのいるグラウンドの端へ向かった。


「ストレッチはちゃんとするんだぞ!」


 先生からの忠告に返事をすると、皆からちょっと離れてストレッチをするのに充分なスペースを確保した。


「じゃあ軽く柔軟やっちまうか」

「そうしよう。二人一組の柔軟もできるから良かったね」


 と、並んで一緒に柔軟体操を始めた時だった。さっき別れた先生が近付いてきた。


「あー……一野」

「はい?」

「お前はあっち……女子の方だ」

「え?」


 先生の言葉に聖が目を丸くしていた。


「え、けど僕は……」

「お前が言わんとすることも分からんではない。分からんではないが……とにかく今日は女子の方に参加してくれないか?」

「……」

「お前が慣れた男子の方が良いというのなら考慮しなくもないが……お前の微妙な立ち位置は、職員の中でも少し意見が割れていてな」


 周囲に配慮してくれているのか、あの大声の先生が聖と俺にしか聞こえないように小声で話をしてくれている。


「納得はできんかもしれんが、とにかく今は女子の方で授業を受けてもらないだろうか」

「……分かりました」


 そう呟くと、聖はとぼとぼと女子の集団の方へ向かって歩いて行った。明らかに落ち込んで凹んでいる。その背中が物寂しい。


「はぁ……相沢」

「はい」


 常に元気で無駄に明るい先生が珍しく溜め息なんて吐いている。


「お前が一番あいつの事情に詳しいとも聞いてるから、他の生徒にはできないフォローを頼んだぞ」

「分かってます」


 先生に言われずとも、それが俺の役目だと重々承知しています。それよりも教師の中でも聖に対する意見が割れているというのが気になった。あんまり大きな話になって欲しくないし、騒ぎ立てずに穏便に済ませてもらいたいというのが俺の願いだ。

 そして聖に置いて行かれた俺は、一人寂しくストレッチを続けた。


「ストレッチなら」

「俺たちが手伝おう」


 ぞくり。

 背後から音もなく近付いてきた二つの気配。気が付いた時、俺は二人の殺気を一身に受けていた。


「おわぁ!」


 転ばされ、右足首を大野、左足首を岡田に掴まれると、


「オーエス!」

「オーエス!」

「ぎゃああああああああ!!」


 大岡裁きよろしく、左右から引っ張られ股を裂かれるのだった。


「お前ら! 何を!? いたたたたッ!」

「別に最近女っ気のあるお前を恨んでるわけじゃないぞ!」

「女の子と並んでやってきたお前が羨ましいだけだ」

「だから! 聖は! 男! いたたたたたッ!」


 ただ一つ大岡裁きと違ったのは、どれだけ痛いと可愛い子どもが泣き叫んでも決して二人の友人は手を放すことがなかったという点であった。

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