魔法少女と屋上
一野聖がボランティア倶楽部の一員となった翌日。俺は大切なことを忘れていたのを思い出した。
「お前の歓迎会やってねえ」
「僕の?」
昼休み、俺と聖は人目を避けて屋上で昼食を取っていた。密談していたわけではない。教室にいるとどうしても周囲の目が気になるという聖の頼みを聞き、人の少ない屋上に連れてきて弁当を食うことにしたのだ。
俺たち以外にも人はいるが、ここにいる生徒はやはり俺たちと同じく故あって人目を避けたい面子ばかりのため、誰かが来ても騒ぎ立てたりせずに自分たちの世界に没頭している。
新しく来たのが男子から女子へと性別を変えた聖であっても例外はなく、静かにこの場に迎え入れられ、俺と聖は屋上へ至る扉の側に腰を下ろして弁当を食べていた。
無論、多少なりの好奇の視線は向けられるが、人の多い教室よりはかなりマシである。違う教室から来た奴が愉快そうに聖を見ている様は、俺も気分が良くなかった。
「ああ。俺が入部した時は先輩たちがちっちゃなパーティしてくれたんだけど。昨日はお前の事情知らせるのにいっぱいいっぱいで、すっかり忘れてた」
「僕はいいよ。気を遣ってもらわなくても」
「そういうわけにはいかないだろ。お前だけやってもらってないのは、俺が気持ち悪い」
「君も神経質だなあ」
「お前に早く先輩たちと馴染んでもらいたいだけさ」
放課後の予定を思い出す。今日は音無先輩も四之宮先輩もスケジュールは白紙だったはず。
スマートフォンを手にすると、情報伝達を確実にしてくれる四之宮先輩へとメールを送った。
今日の放課後、聖の歓迎会をしたいと思います。マジカルシェイクでいいかなと思うんですけど、先輩たちの意見を聞かせてください。
送信してすぐに返事が来た。
あたしもアヤメも言うことはないわ。けどアヤメのお馬鹿さんが放課後勝手に陸上の助っ人受けちゃったから、彼女だけ少し遅れるわよ。
俺は頭を抱えた。
「先輩……勝手に受けないでくださいって言ってるじゃないですか」
「マネージャーも大変だね」
聖から同情されつつ、それで構わないと四之宮先輩に連絡しておいた。入れ違いに音無先輩からのメールが届いてきた。
ゴメンね!なるたけすぐ終わらせてくから!
「了解でーす」
と、そちらにもメールを返しておいた。
「とりあえず今日の放課後、マジカルシェイクだな……。あ、そこで良かったか?」
聖の意見を聞かずに場所を決めてしまったことに気付いて、事後確認になるが聖の意見を聞いておいた。
「どこでも構わないよ。全部マネージャーさんにお任せだよ」
「悪いな。できれば店長と鈴白さんにもお前のことをきっちり説明しておいた方がいいしな」
「そうだね。僕もそう思う」
彼が彼女になってしまったことを、真神風里さんと鈴白音央ちゃんはまだ知らない。
男の時に知り合った二人には女に転じてしまったことを、本当の理由とともに説明しておきたかった。
俺と聖が弁当を食べ進めていると、不意に隣にある屋上の扉が開かれた。新たにやって来た人は辺りを窺い、俺たちに視線を落とした。
「お、いたいた。やっぱいたぜ、早く来いよ」
「京子? 何してんの」
「お前ら探しに来たに決まってんだろ」
当然と言わんばかりに告げる彼女が手招きする先からもう一人の人物が姿を現す。
「委員長まで?」
「う、うん……」
メガネを掛けた女子と短髪の元気な女子は俺と聖のクラスメイト、委員長と柏木京子だ。仲良しの二人がわざわざ俺たちを探していたとはどういうことだろう。
「揃って姿を消すもんだから智花がすげえ心配してさ」
「そそ、そんな言い方しないでよ!」
「そっか……聖のこと心配してくれたのか」
「余計な心配を掛けてしまったようだね……すまない中園さん」
委員長だからクラスメイトの変化に敏感になってしまっても仕方のないことだ。
「けど僕なら大丈夫。物珍しいのは今だけさ」
「う……、うん」
「もういいだろ。さっさと座って、飯食べようぜ」
京子が委員長に座るよう促すと、下にハンカチを敷いてお尻をつけた。
「聖もハンカチ敷いた方がいいんじゃないのか?」
「僕は気にしない。……なんだい、女性的じゃないとでも言いたいのかい?」
キッと睨まれたのでプイと視線を逸らすと、京子だけがまだ立っていた。
「お前も座ったら?」
「座りたいのは山々なんだけどさ……こいつらも入ってきそうで」
そう言って後ろ手で彼女が押さえているドアノブがガチャガチャと音を立てていることに気が付いた。入ってきたい人がいるのなら邪魔しちゃ駄目じゃないかと思ったが、
「あい……ざわ……」
「コソコソと……おのれ」
ドアの向こうから恨みがましい男子の声が二つ聞こえてきた。
「……何してるんだ二人は」
「うちらがお前ら探しに来たのを目ざとく見つけてついてきやがったんだよ……帰れよお前ら!」
「嫌だぁ……」
「相沢一人が女子を侍らすなど断じて許せん……」
侍らすってなんだよ。俺がどんだけ聖を心配してるか全く察していないな。真実を告げられないのだから二人だけを責めるわけにもいかないのだが。
「やれやれ」
俺は立ち上がると、京子に退いてくれとジェスチャーを送った。いいのかよと目で訊ねられ、構わないと頷いた。
扉から退いた京子に変わって俺がドアノブを握り、体を横にずらして扉を開いた。
どす黒いオーラを纏った二人が屋上へ飛び出してくる。その場にいた俺以外の三人はそう思って身構えたことだろう。
だが二人は飛び出してこない。
「ぐわあああ!」
「ぎゃあああ!」
屋上の光景を目の当たりにした途端、二人は顔を手で覆って屋上から逃げ出した。
「お、覚えていろ!」
「俺たちは屈しないぞ」
捨て台詞を残し、複数のカップルがいちゃいちゃとしている景色を見せつけられたダブルオーは幸せオーラに浄化される前に闇へと還っていった。
「悪は去った……」
バタンと扉を閉める。不吉なモノを追い払った俺にあちこちからパラパラとまばらな拍手が送られてきた。
「すげえな。どうやって追い払ったんだよ」
「あいつらの目に猛毒を送り込んだ」
「本当に三人って仲良しだね」
「よしてくれよ一方的に絡まれてるだけだ」
「今は良くても後が怖いね」
全くだ。最後の聖の台詞に胸中同意しつつ、昼食へ戻った。
「今日は皆弁当なんだな」
右にいる聖。左にいる委員長と京子の手元を見てそう言った。大勢で昼食を取るのは、この間の学食以来だ。あの時の印象が強いせいで京子には弁当のイメージがないし、聖と食事をするのは今日が初めてだ。
「京子は自分で作ってんの?」
「ああ」
「え? 意外」
「何だよそれ。失礼な奴だな……智花と一野には訊かねえのかよ」
「聖は一人暮らしなの知ってるし。委員長は自分で作ってるだろ」
「ど、どうして?」
「え……と、そんなイメージ?」
運動は苦手だけど勉強はできる委員長。だから自然と家庭的な印象があり、弁当も自分で作っていると思い込んでいた。
おかしそうに喉を鳴らしたのは京子だった。
「お前、勘違いしすぎ。智花の料理の腕は壊滅的なんだぜ?」
「うっそだぁ! 騙そうたってそうはいかねえよ」
なあ? と委員長に話を振るが、彼女は恥ずかしそうにもじもじとして俯いていた。
「…………マジ?」
コクン、と委員長は頷いた。意外な事実にはぁ、と漏らすしかできなかった。
「良かったら料理の仕方を教えようか?」
「やめとけやめとけ。私がどんだけ教えても全ッ然上達しなかったんだからよ」
「京子ちゃんの教え方が下手なんだよ!」
「んだと!?」
「まあまあ」
ガールズトークに挟まれて、俺は滅茶苦茶居心地の悪さを感じていた。もしゃもしゃ食べる母手作りの弁当の味もイマイチ分からないでいた。
だけど委員長と京子のおかげで聖も自然に笑っている。まだしばらくは不都合の多い生活が続くだろうけど、こうして自然と振る舞ってくれる知り合いが増えてくれれば、今の聖も学校に溶け込んでいってくれるだろう。




