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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の課外活動・2
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影の救出

 やがてヒサは大広間の側へと辿り着いた。扉のない入り口がぽっかりと大きな口を開けている。

 中に複数の気配を感じる。慎重に広間を窺えば、やはりそこには灰色の少女がいた。背を向ける少女の先には、同じく背を向ける影が三つ、そして三人の見上げる先の階段の最上段にはレースが掛かっており、朧気だが椅子に座る者の影が見えた。

 大広間の外の壁と同化するようにぴったりと張りつき、中で話す者どもの会話に耳を凝らした。


「では我らは明日の作戦に備えます」


 低く唸るようであり紳士的な声。右端にいた獣のような大男のものだろうか。


「奴を倒すなら私たち……いえ私だけでも充分。アステリオーと共闘など」


 女の声。これは左端にいた者の声に違いない。


「言ウナ。明日ガ最後ダ」


 機械音声は真ん中にいた長身のメカかサイボーグか、なんにせよそいつ以外には考えられない。

 明日が最後とは、明日の作戦とは何なのか。


「ああ……明日が最後だ。全て明日決する」


 聞き取りづらい老人の声。レースの向こうに座る人物か。恐らくはその者が組織のトップ。明日何かしらの大きな作戦を仕掛けるつもりか。

 その作戦に魔道研が一枚噛んでいるのだろうか。技術提供などされているとすれば、証拠を押さえる必要がある。


「はっ! 我ら残されし三幹部、必ずやエストルガーを打ち倒し、アステリオーの得し力をクロスクロイツ様にお捧げします!」


 三人の幹部は背筋を正し、胸の前に拳をかざした。

 エストルガーにアステリオー、クロスクロイツと、ヒサの知らぬ単語がどんどん出てくる。これも報告すべき情報だろう。


「明日のエストルガー及びアステリオー討伐の準備を配下の者として参ります」

「それには及ばん」


 否定されたことを訝しんだ獣人が何故という疑問符を浮かべる。隣にいた残り二人の幹部も同様だった。

 そして同様に背後から体を貫かれた。疑問の顔に苦痛の表情が浮かぶ間もなく、貫いた刃が蛇の如くうねると三幹部の体は半分を残して細切れに刻まれた。


「これでいい?」


 顔色一つ変えずに三人の幹部を屠殺してのけた灰色の少女は血の付いた三本の指を元に戻した。


「フハハ。流石はマガツ機関の封印されし負の遺産。赤子の手を捻るように殺りおるわ」

「弱いもの」


 そんなものが存在するなどヒサは知らない。目の前の惨状も含め、何が起きているのか考えてしまえば行動に影響が出ると判断し、努めて何も考えずに冷静であろうとした。

 クロスクロイツが呼ぶと、複数の怪人が階段の影から現れ、肉片と化していない幹部の部位を運び始めた。即ち獣人の右半身、女の左半身、そして機械の体の中央部を。


「どうするの?」

「これを使って黒十字最後の傑作を造る。残り粕のような戦力の寄せ集めに過ぎぬが、今できる最強の戦士となろう」

「あんなに弱いのに強くなるわけないのに」


 少女は血溜まりの中の肉と機械を意に介さずに進み、階段を上がっていく。


「それじゃ行くね。ねずみさんはどうするの?」


 やはり気付かれていた。

 ヒサは素早くそこを離れようとしたのは、大広間で生き残っている老人と少女が立ち去ろうとしたのを見たからだ。これ以上の深追いをするわけにはいかない。ここで得た情報を主へと伝えるべく、脱出を試みるが、それを阻む無数の気配が次々と集まってきていた。


「最早使い道のない駒を差し向ける。生かして出すなと命じておいた。出口に辿り着くことはあるまい」


 逃げ延びるため、ヒサは疾風の如く駆けた。


「同じ墓に入る者が多ければアステリオーも寂しくはあるまい。私からの手向けだ……フハハハハ」


 駆け抜けるヒサの眼前に立ちはだかるのは二つの人影。マガツ機関にいる研究者と同じく、白衣を着た戦闘員以外の人材。

 およそ侵入者を捉えるには不向きと思える者でさえ、操られるようにヒサを取り押さえようと向かってくる。


「チッ」


 すれ違い様、両手に構えたナイフは的確にその頸動脈を斬り裂いた。

 背後の倒れ伏す音に振り返ることも速度を緩めることもなく、ヒサは駆ける。

 突き当たり、左右に伸びる通路。右から来たはず、そちらに行きたかったが、通路を埋め尽くすほどの怪人やメカ、人が右方から迫ってくる。一旦それから逃れるべく左へ踏み出した瞬間、足元が、いや左方の通路そのものが消え去った。


「しまった!?」


 通路はぱかりと口を開け、ヒサを地底へと誘った。


「く……ッ!」


 猫のようにしなやかな身のこなしで体勢を整えたヒサは地底湖に降り立った。落ちた距離はそう深くない、上れるはずだと確信したが、それを遮る轟音が新たに地底湖に降り立つ。

 先程右方の通路からやってきた集団の先頭に立っていた、細身の機械人形。


「――!」


 確認するやいなや、敵が立ち上がりヒサを視認する前にその首に二つのナイフを突き立て、捩じ切るように頭をもぎ取った。

 次いで空から降ってきたのは人々の群れ。着地すら録に取れぬ一般人は次々と地底に激突し、絶命していく。

 亡骸を踏み潰して一体、二体と新たな怪人が降り注いでくる。

 戦闘態勢に入られる前に屠り続けていたが、いよいよ処分する速度より供給される数が多くなり、いつしかたった一人の侵入者の周囲を大勢の怪人が取り囲んでいた。

 だがヒサは間断なく抹殺の手を出し続けた。一対多が不得手だと心得ているが故に、倒すのを止めてしまえば尚一層の不利になることを理解していた。

 一心不乱に二つの凶刃を振り続ける。いつしかその頭は任務を忘れ、ただ生き残ることのみに集中し、執着し、ヒサの心を掌握していった。


 どれだけの時が過ぎただろう。気が付けばヒサは地底湖のほとりに横たわり、目を閉じていた。

 全ての敵が斬り伏せられた地底湖は、血肉と機械の池へと様相を変貌させていた。


「……うぅ」


 最後の敵の胸を貫き絶命させたヒサは疲労のせいでしばらく横になっていたが、ようやく意識を取り戻した。

 時間が分からない。どれだけ眠りに落ちていたのか把握しなくては。

 覚束ない足取りで血の湖に入り、落下して命を落としたであろう研究者の手を取り、腕時計を確認した。

 日付は変わっている。自分が潜入してから、ほぼ一日経っている。


「寝過ぎだ、馬鹿め」


 実際には十数時間に及ぶ死闘を繰り広げていたため、ヒサが本当に意識を手放していた時間はものの数時間程度である。

 が、任を果たすべき影の使命を思い出したヒサには気を失っていた時間の長さなど関係ない。

 丸一日経っていることでどれだけ状況が変化したか全く読めない。灰色の少女とクロスクロイツとやらは、とうに逃げ出した後だろう。

 地下から這い出したヒサは、足を引きずるようにして出口を目指した。

 明かりのない通路は不気味なほど静寂に包まれていた。ここにいた殆どの者が地下で絶命しているのだろう。

 命を誰かに狙われる危険はない。しかし主に報告するためにも早く脱しなければと急ぐヒサの耳に、かすかだが人の声が聞こえた。それはヒサが昨日逃げてきた方角、大広間の方から木霊していた。

 まさかクロスクロイツがいるのか。三幹部の亡骸を使って何かしようとしていたが、それと関係あるのか。

 音を立てぬよう大広間へ向かうヒサの耳に再び声が届く。それは老人のものであった。だがそれがこの場にいる者の声ではなく、スピーカー越しの音声だということに、大広間の中を窺った時に知った。

 広間の中央には顔に覚えのない青年がいた。黒髪で黒く焼けた肌、白いシャツに黒いジャケットを羽織った青年。その体には所々傷が刻み込まれていた。

 スピーカーから流れるクロスクロイツの音声は青年に向けられてのものであるのは間違いない。だがその内容は、断片的な情報しか知らぬヒサには到底理解できるものではなかった。

 理解できたのは最後の方の台詞だけ。

 墓標、地獄、高笑い。そして建造物を激しく揺らす爆発と爆音。


「ここを潰す気か」


 満身創痍の体で立ち去ろうとしたヒサの足をその場に縛りつけたのは、爆音の中でも鮮明に聞こえた青年の慟哭だった。

 怒り、憎悪、恐怖、嘆き、無念。

 様々な感情が入り乱れた青年の人生最後の叫び。

 彼が何者なのか、ヒサは知らない。

 だが黒十字という組織に切り捨てられ、今まさに失意の内に命の灯火を爆風で掻き消されようとしている。


「逃げるぞ、来い」


 何故そうしたのか、理屈での説明はヒサには無理だろう。任務と無関係の者を助けようとするなど、無駄でしかない。

 だが裏切られた者の心情はヒサには痛い程に理解できた。ヒサもまた裏切りという行為を受け、そこを神木夜代に救われた者だからだ。

 だから主を裏切る魔道研を許すことはできない。

 そしてその思いが、今目の前で裏切りを受けて消されようとしている青年を助けるという行為に走らせたのだ。

 声を掛け、肩を貸すヒサに、青年は目を丸くしていた。


「お前は……」

「黙れ! 今は逃げることだけ考えろ!」


 理屈ではない行動に苛立ちを覚え声を荒げるヒサだったが、青年の肩をしっかりと抱き大広間の外へと向かう。

 だが手負い二人が寄り添っているだけでは、施設全土を揺るがす爆発から逃れることなどできなかった。


「……置いていけ。貴様一人なら生き延びることもできるだろう」

「諦めるな!」


 最早己の命を諦めかけている青年を、ヒサは柄にもなく大声を上げて鼓舞した。


「……諦めるなら死んでからにしろ」


 その励ましが届いたかどうかは定かではないが、青年はもう置いていけとは口にしなかった。しかし、絶対的な死が二人の頭上から迫り来る。

 天井から落盤した巨大なアスファルトの固まりが、武器を振るうことすらできぬ二人の元へと。

 死を覚悟した。二人とも、最後の最後まで諦めることのない人生であった。


「惜しいわねぇ。貴方迷ったでしょ?」


 その場にそぐわない何とも呑気な声がした。甘い声は天使の囁きかとも二人は思った。死んだ魂でも迎えに来たのか、と。

 だが違った。

 二人の頭上に迫っていた固まりは、メイド服を着た女性の直刀によって真っ二つに裂かれていた。


「人を助ける時は迷わず素早く迅速に。これ、魔法少女の鉄則よ?」


 豊満な体をした女性がにこやかに二人を見下ろしている。その背後と頭上では、次々に降りかかってくる瓦礫を刀一つで見事に斬り払っている。


「あ? これ今考えた格言よ。今度から使ってみようかしらぁ。……あら、けど貴方たちは魔法少女じゃないわよね……スペシャライザー用の格言も考えなきゃ」


 頬に手を当てくねくねと体を揺らす女性の卓越した技と珍妙な言動にどんな表情を浮かべればいいのかと二人は酷く困惑したが、体力の限界を迎えていた二人は新たな人物の闖入に緊張の糸が切れ、自然と意識は闇に落ちていった。

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