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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の課外活動・2
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影の探索

 マガツ機関所長、神木夜代。若干二十八歳にして多種多様な分野において影響を与えている学術研究都市のトップとして知られる人物。

 世間に公表できる研究とそうでないものを取り扱っているが、彼を今現在悩ませているのは世間への公表はまだ尚早である魔導魔術分野についてのことであった。

 以前恋仲であった女性とのカフェでの密談を終え、中央センターにある所長室へ戻った彼は椅子に深く腰掛けていた。


「……いるかい、ヒサ」

「ここに」


 彼しかいないはずの室内に、問いかけに答える声があった。


「我が身は常に貴方の傍に。マスター」


 いつからそこにいたのか、彼の背後に立つ者がいた。

 体に密着するボディスーツはその平坦なボディラインを知らせ、髪も瞳も黒に統一された全体の意匠は、目立つことを避け闇に潜み任を果たすその人物に相応しいものだった。


「魔道研の動向を探ってくれ」

「仰せのままに」

「特に宇多川くん……彼のことを」

「はっ」


 コン。

 靴を踏み鳴らす音がしたかと思うと、所長室には白衣を着て椅子に座る男の姿しかなかった。


「気を付けたまえ」


 悪しき予感がする。いや、それは以前からあった不穏な気配と恋仲であった女性がもたらしてくれた種々の情報を合わせた上に成り立つ予測。

 確たる証拠を見つけるべく、所員さえ存在を知らぬ彼だけの密偵を動かしたのだった。


――――――


 影にあるまじき心中。

 魔製道具研究センターの深部、一般職員では入ることのできない研究の心臓部とも言える地下施設の天井裏に、主人に全幅の信頼を寄せているヒサは身を潜めていた。

 排気ダクトや配線が網の目のように行き交う複雑な迷路となっているのは、地下施設もそうであるからだ。地下を思わせぬ清潔な明るさを保つ通路は、万が一にも敵性勢力がなだれ込んできた時、その侵攻を多少なりとも遅らせるための策として複雑な道順をしている。

 地下迷路はここ以外のセンターにもある。正解となる順路を知っているのは施設で働くことができる者のみ。機関のトップである神木夜代ですら、それを知ることはできない。

 何故ならここは日々その形状を変えているからだ。魔術を用いた装置によって常に造りを変えられている。

 生きた地下迷宮。マガツ機関の地下には施設の数だけ、それがある。

 人目を掻い潜り地下迷宮の入り口まで辿り着いたヒサの力量は、それだけでも大したものだと伺い知ることができる。

 しかしここからが本番。気を引き締めるように素顔を隠すための面頬を付けると同時に、自身の胸の内にあった一点の曇を覆い隠そうとした。

 ヒサが夜代を主人として仕えているのは、助けられた恩を返すためである。ヒサが彼に寄せる感情は信頼である。心酔と言ってもいい。それ程までにヒサの中での彼の存在は絶対的なものとなっていた。

 だから夜代がかつての想い人と会うと知った時も平静であろうとした。何が起ころうと我が忠誠は揺らぐことのない強固な芯が通っていると。

 だが実際は、今ヒサ自身を戒めた通りほんの微かな陰りが差していたのだった。

 感情の起伏は時として大きな力を与えてくれる。夜代は常々そう口にしている。

 だが感情の揺らぎは時として取り返しのつかない事態を引き起こすとも。


「むっ」


 すぐ下の通路を人が通りすぎていく。それがただの研究員だからよかったものの、手練の者であれば気配を絶ったヒサの感情の動きを敏感に察知されていたかもしれない。

 何のために面頬を付けたのか。今は任務にだけ集中すればいい。

 己に言い聞かせ、ヒサは先の読めぬ迷宮を息を潜めて進むのだった。


 迷宮は不規則で法則性はない。そんなものがあれば、演算能力の高い者には容易に突破されるだろう。なのでここを進むためには、入場を許された者にだけ持たされる特別なマップが必要である。正規の入場手続きを経れば、万が一のための迷宮離脱の護符と共に渡される地図だが、勿論ヒサの手にそんなものはない。

 受付から盗むわけにはいかない。数が合わぬのが知れれば、自分が潜り込んでいることが暴かれる危険性もあったからだ。

 ヒサが頼れるのは己の経験と、何よりも直感であった。迷宮に捕らわれて時間を無駄にするわけにはいかない。円滑な調査こそ、主のためになると信じていた。

 マガツ機関所長たる人物をして優秀な影と言わせしめるだけのことはある。ヒサは迷宮に一度たりとも引っかかることなく、魔道研心臓部の中核、地下迷宮の最奥にある部屋へと至る扉が見えるところまで来ていた。

 ここへ来た理由は一つしかない。この前に、主人が動向を探れと仰せた人物がいるからだ。

 マガツ機関魔製道具研究センター部長、宇多川健二。

 夜代の下で働く者の中で最も若いセンター部長であり、彼の学校の後輩。若くしてその地位を得た優秀な青年であり、信頼を寄せられている者である。

 研究者の中ではだが、な。

 胸中でそう付け足し、だが夜代がその信頼も今や揺らぎ始めていることを、彼の最も近くで長い時間を共に過ごしてきたヒサは悟っていた。

 これまで彼は共に働く者に探りを入れさせるような真似はしなかった。それは同じ場所で同じ目標に向かい手を取り合ってきた戦友をすら呼べる彼らを疑わないという想いがあったためだ。

 その想いを覆すだけの疑念があるというならば、それを暴き出すのが影たる者の役目であった。

 もしも主の想いを裏切り、良からぬことを企んでいるなどという事実があったとすれば、その者を自らの手で八つ裂きにしてやりたいという願望が渦巻く。

 だがそれは任ではない。手前勝手な想いは表には出さない。今は感情は不要。

 改めて天井裏から扉へ視線を落とした。これまで淀みなく進んできた足がそこでピタリと止まってしまう。

 何故ならここから先は天井裏を伝ってはいけない。恐らくその先の部屋は通路より天井が高くなっているのだろう。入り口は目の前の扉のみ。他の出入口がある可能性も考慮してみたが、そこを探しに動く手間と労力、そして発見できなかった時にまたここに戻ってこられる可能性を秤にかけ、動かずに時が来るのを待つことにした。

 息を潜めてしばらく、久しぶりにヒサの眼下に人影が現れた。白衣を着た科学者は扉の前で立ち止まった。

 それを見るや、ヒサは天井裏から音もなく飛び出し、なんとその科学者の影へと潜伏した。文字通り影も形もなく消えたヒサは、影となった。

 いつも傍にいる主の影とは違う。長い時間はこうしてはいられない。だが扉を抜ける程度の時間ならば何ら問題はない。

 ヒサはそうして科学者の影として、開かれた扉の向こうへと潜入を果たした。これが神木夜代がヒサに密偵として働いてもらっている理由。彼が優秀な影と称した所以はそこにある。

 科学者が中へ入ると扉は閉まり、退路は断たれた。中の様子を一瞥したヒサは、すぐさま影から無音で飛び出し、物陰へと身を隠した。

 ヒサが隠れたのは、室内の通路左右に並び立っていた無数の円筒のガラスケースの一つだった。中には液体が満ち、独特な装飾を施された銃や剣といった武具から用途不明の箱などが、個別にケース内に浮かんでいた。

 入室前の見立て通り、研究室の天井はかなり高い。天井に灯具はなく、薄暗い室内の光源といえば計器のモニターや、淡く光る液体に満ちたガラスケースくらいであった。

 道具の研究所というより兵器の工場のようであると印象を受けたヒサは、一緒に入室してきた人物を追い越さぬよう、円筒のケース伝いに先へ進んだ。

 先へ進むごとに明るさが増してきた。室内の広さは計り知ることはできないが、その光源が研究所の中央、最重要の研究を行っているところではないかとヒサは考えた。

 その考えが当たりだと確信したのは、先に進んでいた科学者の向う先に目的の人物がいたからだ。それだけではない。一際大きなガラスケースの中には、既に実戦に投入されデータ収集と戦果の両方を兼ねた、魔道研最大の研究成果であるSCAAFU、そしてその使い手である少女がそれぞれのケースの中で液体の中に浮かべられていたからだ。

 少女に至っては全裸で、体の至る所にチューブやコードが繋がれている。

 ヒサにはその光景がどうしてもデータ収集を目的としたものには見えなかった。あれではまるで人体実験ではないか、と。

 そして人体実験は、マガツ機関においては禁忌とされている。所長である神木夜代が直々に出している通達である。

 それを破っていたとなれば、裏切り以外の何物でもない。

 感情が昂ぶるのを感じ、ヒサは息を止めた。冷静になるよう自身へ言い聞かせる。と、一緒にここへ入ってきた人物が宇多川健二へ歩み寄り、何事かを告げている。距離はあるが、唇の動きは読み取れた。その内容も。

 今伝えられたことは調べる必要がある。ひとまずこのことを主に報告しておいたほうがいいと考え時だった。

 新たに宇多川の傍へ近付く小さな人影があった。十もいかない、年端のいかぬ少女に見える。

 灰色の髪と同じ色のワンピースを着た少女の唇が動く。その内容を読み取り、背筋がぞっとするのと少女の灰色の視線がヒサに向けられたのはほぼ同時だった。

 瞬間、弾かれたようにその場を去り、閉ざされた退路へ向かった。


――――――


「ねずみがいるよ」


 そう言って灰色の少女は視線を向けた。その先にねずみとやらがいたのだろうが、スペシャライザーでもないただの人間である宇多川健二やその場にいた研究者たちには悟ることすらできなかった。


「追わせますか?」


 傍にいた研究員が告げた。


「そうだね。けど零号はこのまま待機だ。三号と四号を向かわせたまえ」

「はい」


 そう指示を受け、研究員はその場を離れた。


「わたしはいかなくていい?」

「ああ。お前には約束の日に大事な役目があるからね。それまでお留守番だ」


 底の知れないいやらしい笑みを浮かべる宇多川に、少女は迷いを持たぬ灰色の目で分かった、と頷いた。

 遠くから爆音が聞こえ、同時に研究室が揺れた。ねずみが強引に退路を切り開いたようだ。


「侵入者を逃がすな。警報を鳴らせ」

「いや。外部に知られてはまずい。警報は鳴らすな」


 別の研究員の指示を宇多川が遮った。白衣を着た研究員は指示の訂正に素直に従い、また黙々と機械のように自分の職務へと戻る。


「今はまだダメだ。知られてはいけない」


 宇多川はうっとりと、ねっとりとした表情と手つきで九条玲奈とSCAAFUが眠るガラスケースへと体を擦りつけた。


「もう少しで準備が整う……もうすぐだよ」


 不審者のような行動を止める者も咎める者もここにはいない。彼がこの場の支配者、君臨する王。全ては彼の意のままに。何もかもが操られている。

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