魔法少女と終焉
「はぁ……! くそ、聖ぃ……!」
黒十字結社の本拠地、薄暗い通路の壁に体を預けながら、双葉明は首領であるクロスクロイツが鎮座する大広間を目指していた。
完敗である。力を完全に引き出した者とそうでない者の間にあれほどの差があることを身をもって知った。
八割は引き出せていると自負していた。たった二割の差であるが、覆すことのできない絶対的な差となって二人の間に溝を作っていた。
つい先日まで全く逆の立場であったが、あっさりと逆転された。それも全て、あの場にいたあの男の仕業であると明は見抜いていた。
いや、今はそのことに思いを馳せ、腹を立て怒りに身を焦がす段ではない。
三幹部、あいつらは何をしていた。倒されたというのは本当なのか。そもそも出撃していたのか。俺を騙すブラフだったのか。
事実を確認すべく、重傷を負いながらも全く訪れることのなかった本拠地へとやってきたのだ。
通路を進みながら、その道中に何者の気配もないことを疑問に思う余裕は今の明にはなかった。本来ならば戦闘員や雑兵、稀に研究者なども行き交っているのだが、今は人の気配や生気を感じさせていなかった。
「貴様ら! どういうつもりだ!?」
大広間に転がるように飛び込んだ彼は響き渡る程の大声を上げた。
「…………?」
だが返答はない。そこで初めて、生きた人間が自分しかいないことに気が付いた。
「なっ……に……」
大広間は首領との謁見の場でもある。広間の先には階段があり、その上には薄いレース状の布の向こうに首領が座すべき背の高い椅子がある。
明が信じられないという声を漏らしたのは、階段の下に細切れになった肉片が散らばっていたからだ。
血溜まりの上に乱雑に散らばる肉片は、そのような状態になってまだ然程時が過ぎていないようであった。
機械、獣、そして人。三種のミンチが綯い交ぜになっていた。
「――アステリオー」
「!? クロイツ! どこにいる!」
天井から大広間に降り注ぐしゃがれた老人の声は黒十字結社の首領、クロスクロイツのものであった。明は辺りを探るが、その姿はない。声はスピーカーから流れるただの音声であった。
「生きていれば必ず此処へ来るはずだと思い、これを残しておいた」
「……録音か」
何のためだ。ここにはもういないのか。生きているのか死んでいるのか、疑問だけが明の脳裏を駆け巡る。
「黒十字は今日をもってこの世から消える」
「……」
「最後に残った幹部連中にも最期の仕事をくれてやった。貴様が此処にいるということは彼奴らも始末したのだろう。ご苦労」
「……」
俺が幹部を倒し、ここにクロスクロイツを倒しに来たと踏んでいるのか。その予測は外れだ、クソジジイ。
「私は二つの力を手にした貴様を使い我が理想郷を創るつもりであったが、思い通りにいかぬ貴様やエストルガーにはもう見切りをつけることにした」
「……」
「これからは我が力を必要とする協力者と共にこの世を壊し、理想郷を創造することとした」
音声の合間にゴホゴホと咳き込む音が入る。寿命も尽きかけのクソジジイが何を考えている、明は胸中で毒づいた。
「……フフフハハ。エストルガーを倒し強大な力を手にしたのはいいが、私を殺すこともできずに力の使い道に困ろう」
「……適当言いやがる」
力を手にできていれば、このような怪我の身でここに来ることもなかったはずである。
「安心せい。此処を貴様の墓標としてくれる」
「――チィ!」
「貴様には勿体無い盛大な墓となろう。三幹部や怪人共々、地獄で私が創る理想郷を指を咥えて見ているがいい。ハハハハハ、ハハハハハハハハハ――」
爆音が鳴り響き、スピーカーから流れる音声はブツリと途切れた。大広間は激しく揺れ、支えなく立つことに苦心する明は思う通りに逃げ出せない。
「クロイツ……あの糞野郎があぁぁ!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!
彼の慟哭は憎しみを向ける相手に届くこともなく、激しい爆発音と瓦礫の中に呑み込まれていった。
その日、参守町から遠く離れた西方の山中に山肌を穿つ大きな穴が開いた。




