魔法少女と真の獣
「ぐわあぁ!」
戦況は一方的だった。どれだけエストルガーが攻めようと守ろうと、アステリオーにはてんで通じない。
今もまた、アステリオーの突き出した拳一つでエストルガーは地を滑り、螺旋階段に激突してホールを揺るがしていた。
「いつまで続ける気だ」
青く立派なカイゼル髭を生やしたような黒鎧の戦士は、何度目になるか知れない言葉を繰り返していた。
瓦礫と化した階段を押し退け、ぐっと立ち上がる聖の体はボロボロに傷付いていた。
「も、もう止めた方が……」
「バカ言え! 俺なんかにあの二人の戦いを止められるものかよ……」
戦闘力皆無の俺と少年。割って入ればアステリオーの手は止まるかもしれない。しかしそれを試すのを到底許さぬ闘気が二人の間に満ち満ちていた。
試す。そう、試すのだ。だが今ではない。今はまだ機会ではない。
戦いが始まる直前、聖に耳打ちした内容を思い返す。
イチかバチかになるけど、俺の力を試すなら発作が起きてからがいい。それまではお前一人で戦うことになるけど……。
そんな俺の博打の提案に、彼は黙って頷いてくれたのだ。
俺もそれに応えたい。けど発作以前に、エストルガーがアステリオーに倒されてしまっては元も子もない。
「僕が膝を折るわけにはいかない……。君を倒し、残った三幹部までは。だから」
「だから」
俊速の歩みで間合いを詰めたアステリオーの回し蹴りがエストルガーの頭を跳ね上げる。更にもう一回転、横薙ぎの右脚が次は体を吹き飛ばした。
「聖!」
壁に背を叩きつけられ、彼は動きを止めた。微動だに、しない。
「俺を倒すという前提が誤りだと何故分からない」
手も足も出ないとはまさにこの事。敗北という現実が、戦い続ける聖と見守る俺の双肩に重くのしかかってきた。
その時、プルプルと鳴るスマートフォンの着信に俺と少年は気付いた。ハッとして電話の相手を確認し、すぐさま出る。
『もしもしー? こっちは終わったよ』
「あ……」
『なんかね、三人いるって言ってたけどさ。三人が一人になったような奴しか来なかったんだよね』
先輩の報告を受け、安堵と歓喜に包まれた。
『念の為にもうちょっと警戒しとくねー』
「ありがとうございます……」
通話を切り、聖に大声で告げてやった。
「聖!」
俺の声が届いた、彼はぴくりと身動ぎし、緩慢な動きで首をこちらに向けた。
「もう外は心配しなくていい! 先輩がやってくれたから!」
「やった……?」
言葉の意を図りかねたアステリオーは疑問符を口にし、意図が通じたエストルガーは壁を背にずるずると立ち上がった。
「そうか……後で礼を言わなくちゃね」
「ああ、そうだ! だから」
「だから倒れるわけにはいかない……」
だが立ち上がった彼の頭部を鷲掴みにし、壁へ深々と押し込むはアステリオー。
「まだ言うか!」
そのまま瓦礫の中から掴み上げたエストルガーを軽々とぶん投げ、天井へ叩きつけた。
重力に従って落下した一角の戦士は、ホールの中央に横たわった。
「何を画策しているかは知らんが、もういい。殺して終わりにしてやる」
止められない、賭けに負ける。絶望しかけた時、うつ伏せになっていた聖から呻き声上がった。
「はぁはぁ、はぁ……うおおぉぁああ!」
「発作か」
「発作か!」
「発作……?」
何のことかと首を傾げる少年の頭、ブロンドの髪をわしゃわしゃと弄った。
「わわ! な、なんです!?」
「いいから! その柔らかい髪をちょっと触らせてくれ!」
柔らかなものに触れることでエンブレムアイは早く発動することができる。今は一秒だって惜しい。
「下手に抵抗するから苦しむことになるのだ。俺が解放してやる」
壁際から一歩二歩と近付くアステリオー。接近されるのもよろしくない。早く早くと急く心。その思いが呼び水となったのか、今までやってきた中で最も早く俺の目は熱くなってきた。
「ターイム!」
少年の頭から離した手を頭上で交差させ、アステリオーに見せつけながらエステリオーに駆け寄った。
「……何だお前?」
あいつの歩みが止まった。今まで見ていただけの俺が介入したことに戸惑っているらしい。
聖の上体を抱え起こそうとしても、発作に苦しむ彼の体は大人しくしてくれない。
「少年! ちょっとこいつの体押さえてくれないか!」
「え? あ、でも……」
「頼む!」
俺の頼みを聞き、アステリオーの様子をびくびくと伺いながら少年が傍に来て、細い腕で白鎧の右腕にしがみついた。
「こ、これでいいですか!?」
少年が腕にブンブンと振り回されながら尋ねてきた。あまり力になっていないように見えるが、せっかく手伝ってくれたのだからと、ウンと頷いておいた。
「……おい、そこを退け」
「いいからちょっとそこで見ててくれ」
アステリオーが無言で腕を振り上げようとし、俺は咄嗟に叫んだ。
「今から! 俺があんたにこいつの真の強さを見せてやる」
「……ほう」
興味を抱いてくれたのか、腕の動きを止めてくれた。とはいえ稼げる時間なんてほんのわずかだろう、いやそれよりも早く彼を発作から助けてあげないとならない。
左腕と肩を押さえつけ、それでも超人的な力は俺たち二人の頼りない拘束を簡単に引き剥がそうとする。
それにめげずに押さえつけたまま、彼の頭上に視線を送る。
ユニコーンデバイスと同じ、一角獣が横を向いたエンブレムが視える。その周囲を、白い光が帯を引いてぐるぐると旋回し、エンブレムにぶつかっては弾き返される、それを繰り返している。
「これがお前の言う耐性か……」
光を受け入れられない。それが力を受け入れられないということ。光がぶつかり彼を苦しめているのが、発作となって現れているんだ。
理解してきた。正確な魔法式を把握しているわけじゃない。視覚から伝わってくる、紋章と光の叫び。
「聖! 受け入れろ! そいつはお前の敵じゃない!」
俺もその光を自分のものとして受け入れるイメージを強く抱く。それがアイアンウィルの許容となり、力を受け渡すウィルディバイドとなり、彼の体に伝わってもいいはずだ。
だけど上手くいかない。いや、紋章と光の衝突は少しずつではあるが緩やかになっている。俺の許容は伝わっているはずなんだ。
「……何も変わらないじゃないか」
それまで腕を組み、黙って俺たち三人を見下ろしていた明が呆れたように呟いた。
「待ってくれ! もう少しで上手くいくはず」
「時間の無駄だ」
彼が腕を解いた。これ以上はもう引き伸ばせない。無理だ、一瞬で彼に力を伝えでもしない限り、時間がない。
「――んんんんんんんッ!」
俺は葛藤した。自分の数少ない経験の中で、力を強く伝える方法を思い出せたからだ。けどそれを同性にやるのは躊躇われた。
「三人仲良く逝かせてやろうか」
「うぐっ……」
少年は涙目で聖の腕にしがみつき続けていた。俺の頼みをずっと聞いてくれていた。
「……逃げてくれ」
発作が緩和したことで話す余裕ができたのか、聖が俺たちの身を案じた言葉を口にした。
俺は……何を迷ってるんだ。
「これで決めてやる!」
意を決した俺は、白面に覆われた彼の唇があるらしき箇所に口付けた。
これが俺の経験の中で導き出せた、力を強く伝える最適の解。音無先輩が俺を治癒してくれた時も、逆に俺が先輩の異常を取り除いた時も、この方法が一番効いた。
「……」
腕にしがみついていた少年はこの状況で何をしてるんですかと目を丸くしている。
「……」
俺たちを見下ろしていたアステリオーの表情は見えないが、絶句している雰囲気が伝わってくる。
そして紋章は、光と一つになった。
「つっ!? 何だこの光は!?」
これまで目にしたことのない力強い閃光が辺りを染め上げる。
アステリオーはそこから逃れるように間合いを大きく取り、そして俺と少年はその場で目を固く閉じて光の渦に呑み込まれた。
いつまで目を閉じてりゃいいんだと思った時、ふと体が軽くなった。
え、と恐る恐る目を開けると、既に光は収まっていた。横を向くと、少年と目が合った。そして現状を把握した。
俺と彼は、脇に抱えられていたのだ。このしなやかな白鎧で体を包んだ、一本角の戦士に。
「……聖、なのか?」
確認するように訊ねた。ああ、と頷き、俺と少年は壁際に降ろされた。
「いや……見違えたぞ」
「そうかい? 僕は自分の姿が見えないけれど……なんだか、すごくしっくりくる。これが本当の自分なんだと思えるよ」
立ち上がったエストルガーのフォルムは、閃光に包まれる前と変わっていた。全体的にスリムになり、無駄な鎧を削ぎ落したような、洗練されたボディ。
そしてその角は淡い紅色となり、鼓動を打つようにぼんやりと発光していた。
切れていたエンブレムアイを再び発動させた。聖の頭上には、ユニコーンの紋章が力強く輝いていた。
ああ……上手くいったんだ。
それを確認できて、俺はようやく心の底から安堵できた。
「まさか……貴様、本当にデバイスの力を引き出したというのか?」
その声は俺たちから離れたところに立つアステリオーのものだった。
俺は彼の紋章にも目を凝らした。デバイスと同じ、二つの牙を持つ獣。そしてその周囲を、弱々しい光がふわふわと漂い、紋章に弾かれていた。
さっきまでの聖と同じく、彼もまた力の全てを引き出せてはいない。そして今の聖は引き出せているはずだ。
「引いてくれ。三幹部も倒された今、もう君が黒十字に従う義理もないだろう」
「ほざけぇ!」
殴りかかるアステリオーの拳は、エストルガーの顔を掠めた。
「君なら分かるだろう」
聖の囁きを振り払うように無数に繰り出される拳は端で見ている俺では追うことはできない。
だけどその全てが聖の体を掠めるだけで、一発たりとも芯を捉えることはなかった。
「んがっ……!」
代わりにたった一度放たれた聖の拳は、的確に、アステリオーの腹を打ち抜いていた。
ふらふらとよろめき、膝を付きそうになるあいつを支えているのは聖に対する敵愾心か、黒十字に対する忠誠心か、それとも……黒十字を潰すと言ったことが本心なのか、俺には分からない。
「認めない……何故、貴様が急に……! あいつか、あいつが本当に貴様の力を覚醒させたのか!」
「俺!?」
敵愾心の矛先が俺になってしまった。怒り狂ったように俺に飛びかかろうとする姿を見て、隣にいた少年に抱きついた。
「は、離してくださぁい!」
「ヤダ怖い!」
二人揃って悲鳴を上げたところを助けたのは、聖の高速の回し蹴りであった。
先程までとは正反対に、今度はアステリオーが螺旋階段を、壁を瓦礫と化して吹き飛ばされていた。
「君の相手は僕だ。それに……彼らを傷付けることは絶対に許さない。絶対にだ!」
その強い意志に呼応するように、聖の額の一角から絹の如く艷やかで、ゆるりと揺れる真紅の光の糸が後方へなびいた。
赤い髪を風に舞わせているようだ。輝く紅が辺りを染め、幻想的な美しさを醸していた。
聖がデバイスの角を下へ弾いた。
『ファイナルブロー』
下を向いたままの角から、赤いラインが鎧装を伝っていく。足へ至り、紅い光が脚部を覆う。
『ユニコーンシュート』
高く跳躍し、宙返りしたエストルガーが右脚を突き出すと、加速した。
「く……そ……」
その先には、瓦礫を押し退けて立ち上がり、足元の覚束ない様子のアステリオーが。
紅い弾丸と化した聖が着弾した瞬間、燃えるような光と爆風が洋館内に吹き荒れた。
「うわぁ」
「ひゃあ」
俺と少年は抱き合ってそれが過ぎ去るのを待った。
風と光が熱を引いて収まっていった。目を開ければ、瓦礫を全て吹き飛ばしたエストルガーの姿がそこにはあった。
「……やったのか?」
「いや。直前に移相転移したよ。彼はもういない」
「そっか」
俺は立ち上がってズボンに付いた埃を払い落とし、聖の傍へと近付いた。少年も後を追ってくる。
「上手くいったな」
「ああ」
あのアステリオーを退けられるだけの力を手にした。黒十字結社の幹部も音無先輩が倒してくれた。
「これで黒十字の脅威も殆どなくなったのか?」
「三幹部を本当に倒せたのなら、後は首領のクロスクロイツ、そして残った怪人くらいしかいないだろう」
「すぐに倒しに行くのか?」
「いや……残念ながら僕は今の本拠地の場所を知らないんだ。明なら知っていたかもしれないけど」
「聞いときゃよかったな……」
「彼が素直に教えてくれるとも思えないよ」
そうだな、そう言うと、お互い小さくふっと笑った。
「なあ」
「ん?」
「これでお前の抱えていた問題は解決したって捉えていいのか?」
「ああ……当面はね」
「じゃあ」
「いいよ。恩人である君の頼みだ」
それはつまり。彼は俺に手を差し伸べてきた。
「入部の手続きを教えてもらおうかな」
「……ああ!」
俺は聖の手を握り返した。手間取ったけれど、これでようやく俺の目的も果たせたのだ。
「もう、現実に戻って大丈夫ですか?」
「あ、ああ悪い」
洋館の主をすっかりほったらかしにしていたことを思い出した。こいつにも大分迷惑を掛けてしまった。
「お前ももう変身解いたら?」
「そうだね。なんだか馴染みすぎるせいで全然違和感がなかったよ」
そう言って彼は……いや、聖はエストルガーの鎧装を解除した。




