魔法少女と対の戦士
「彼は……双葉明。ユニコーンデバイスと対をなすタウラスドライバをその身に宿した戦士、アステリオー」
横に座る聖の話を聞く俺の眺める先には、お客さんが来て忙しそうに走り回る鈴白さんと、レジ業務に励む真神さんの姿があった。
さっきまで彼はこのベンチで横になっていたが、今は大丈夫そうだ。苦しみのたうち回っていたとは感じさせない、いつも通りの一野聖である。
彼が両手で握っているのは、汚れを拭ってくれた鈴白さんのハンカチだ。ピンク色の生地にウサギのワンポイントが愛らしい。
「やけにお前だけにご執心だったな。あいつは何が目的だったんだ?」
聖以外は傷付けないつもりだったのか、無関心なだけだったのか。いや、本当に無関心なら傷付けることも厭わないだろう。ともあれあいつの興味が俺たちになかったおかげで、俺や鈴白さんは無事だったのかもしれない。
「彼の目的はユニコーンの力を手に入れること。それはつまり、黒十字の目的でもあるわけだけど……いや、黒十字の場合は手段か。目的はもっと別のものだ」
「どういうことだ?」
その先を促した。ここまで巻き込まれたんだ、今更あの双葉明や黒十字のことを隠したりはしないだろう。
「……黒十字結社の目的は、成熟したタウラスとユニコーンの力を使って世界の破壊と自分たちの目指す理想郷の創造にある」
「世界の破壊……随分と物騒だな」
「けどタウラスはそれだけの力を備えてきている。君も見ただろ? 僕じゃもう、彼には太刀打ちできなかった」
「ライバルだったんだろ? そんなに差がついたのか?」
「彼とは同じ施設で育ち、同じ時期に適性を見出されてデバイスを仕込まれたそうだ。彼と一緒に生活していたっていうのは、正直覚えていない。あの頃は周囲に対して深い興味を示せなかったから」
彼は手にしていたハンカチを握りしめながら語り続けた。
「二人の適性者を監視下で育てていくはずが、僕が脱走したことで計画は大きく修正されることになった。それに明の目的も利用されているんだ」
「と言うと?」
「さっき言った通り、彼の目的はタウラスとユニコーンの力を手中に収めることでより強い存在になること。彼が僕を倒し、二つの力を手に入れれば確かに今以上の力になるだろう。そしてそうなったアステリオーの力を利用し、黒十字は破壊と創造を行うつもりだ」
「いや……ちょっと待てよ」
話を促していた俺が、今度は話を遮った。
「明……アステリオーは黒十字に所属してるんだろ。なのに目的がずれてたり、力を利用するなんて言い方はちょっとおかしく感じるぞ」
投げかけた疑問に彼はこくりと頷いた。
「彼は僕と違って逃げ出すことはなかったけれど、黒十字で最も強いせいで誰にも従わず、属せず、望むままに動いているんだ。組織からすれば御しにくいはずだけど、僕を倒すという点で合意しているのさ」
「もしもの話だけど、お前がアステリオーに力を奪われたら、より強くなったアステリオーを黒十字がどうにかして破壊と創造を行うってことか」
「ああ……だから僕はどうしても力を奪われるわけにはいかないんだ」
黒十字の目的である世界の破壊と理想郷の創造が何かの比喩なのか、それとも言葉通りのものなのかは分からないが、碌でもないことには違いない。だから聖には負けて欲しくはないのだが。
「今のままじゃあいつに勝つのは難しいんだろ?」
「そうだね……。僕も彼も、適性では差がなかったけれど、デバイスへの耐性が違っていたようだ」
「あいつの方が強かったのか?」
「逆さ。僕の方が強かったせいでデバイスの力を完全に引き出せず、明の方が少し弱かったから、僕より存分に力を使いこなしているんだ」
「俺たちを移動させた技も、タウラスデバイス? その力を引き出せてるから使えたのか」
ああ、と聖は力なく頷いた。
「残念だけど、今の僕には異相転移は使えない。他にも明に使えて僕には使えない能力があるだろう……その差は絶対だ。今の僕じゃ覆せない」
消沈した彼の様子は、事の重大さを雄弁に物語っていた。乗り越えることのできない壁に直面し、歩むことができずにいる。
代わりに俺たちのところへ歩んできたのは、トレイにスイーツを乗せているマジカルシェイクの可愛いアルバイターだった。
「えと……お体大丈夫ですか?」
「うん。平気だよ。ありがとう」
鈴白さんに答える声と笑顔には、暗い雰囲気は滲ませていなかった。爽やかに切り替えられるところがイケメンだぜこの野郎。
「ハンカチは洗って返すから」
「は、はい。あの、これかざりさんから……」
彼女はトレイを差し出してきた。シュークリームが二つ乗っていたけど、どうやらそれは俺たちへのサービスらしい。
客の並が途切れ、販売車のカウンターからこちらに向けて笑顔とピースを送ってくる店長に会釈し、俺と聖はシュークリームを頂いた。
「……ん、美味しい」
「ここのスイーツは絶品だろ? コーヒーはイマイチだけど……」
俺はぺろりと平らげたけど、聖は味を噛み締めているのか、それとも食が進まないのかゆっくりと口に運んでいた。
「あの」
そんな聖を見ながら、鈴白さんはおずおずと口を開いた。
「お友達の人とけんかしちゃったんなら、仲直りできるようにしてください! もし手伝えることがあったら、わたしも力を貸しますから!」
そう言うとぺこりと大仰に頭を下げ、とたとたと店長の方へと戻っていった。
隣の聖はキョトンとしていた。俺もだ。あれが友達同士の喧嘩に見えたのならちょっとズレてるけれど、そういう感性で物事を捉えているのは少女らしくて微笑ましくもある。
「けどまあ、鈴白さんの言う通りだな」
「え?」
「俺もお前のために力を貸すよ。負けられないんだろ、お前」
「……ああ、頼むよ」
説得前とは違い、とても素直に俺の提案に頷いてくれた。
「とは言え今日はもう帰るよ」
「え、そうか?」
「君の力を試してもらいたいけれど、明日体調を万全にしてからにしようと思う」
「まだ体が痛むのか?」
「彼女の前では強がったけどね。明の攻撃もだけど、体を締め付けるエストルガーの力の方が芯に痛みを残してくるから」
確かにアステリオーの攻撃も大した威力だったと思うけど、それ以上に彼を苦しめたのは力の発作であったのか。
「分かった。今日はもう大丈夫か? 襲われないか? 家まで付き合うぜ」
「流石に今の今日でまた襲っては来ないさ。君も心配性だね」
「心配さ。仲間だろ?」
「ふふ、僕はまだボランティア倶楽部の一員じゃないよ」
「じゃあ友達でもいいよ。とにかく今日は本当に大丈夫なのか?」
「本当に大丈夫だよ。もし何かあった時は連絡する」
お、おう。
俺と聖はその場で携帯電話の番号を交換することにした。これで俺も少しは安心できた。
事を終えると彼はベンチから腰を上げた。足取りはしっかりとしているようだ。
「じゃあお先に。また明日学校で」
「ああ。気を付けてな」
聖が公園から立ち去るのを手を小さく振って見届けた。やがてその姿が見えなくなると、代わりに鈴白さんがやってきた。
「あの人帰ったんですか?」
「うん。一人で大丈夫だって」
彼の去った先に視線を送る鈴白さんの顔が不安そうだったのでそう言ったけれど、彼女の表情は晴れない。
「お友だちと仲直りできるといいですね」
「ん? うぅん……そう、だね」
彼女の勘違いを解くべきかどうか迷ったけれど、下手に真実を教えれば余計心配を掛けてしまうと考え特段訂正はしないことにした。
彼女にはその優しい瞳で見る世界に想いを馳せていて欲しいと思った。




