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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動三
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魔法少女と過去と敵

「僕の最初の記憶は三年前。同じ年頃の子たちと一緒に施設の中で生活していた。皆同じ格好、同じ表情でただ生きているだけ。外出する自由はないけど不自由のない生活をさせられていた。友達なんていなかったけど、気が付けば誰かがいなくなって、誰かが新しくやってくる。今思えば不気味な生活だよ。けどあの当時は誰も疑問に思うことはなかった。僕自身、あの日が来るまでただ漫然と生きているだけだった」

「……三年前って言ったけど、それ以前のことは?」


 彼は首を振った。


「分からないんだ。親や兄弟はいたのだろうか、僕はどこから来たのだろうか。もしかしたら施設で造られたのかもしれない。けどもう知ることはできない。あの日、僕は逃げ出したから」


 聖の言うあの日というのが、彼の人生において大きなターニングポイントになったことは想像に難くない。俺は再び口を噤み、彼の話に耳を傾けた。


「その日、僕はいつも他の子と共同生活していた部屋を連れだされた。ああ次は僕の番なんだとすんなり受け入れたよ。検査室のようなところへ連れて行かれて、色んなコードをつけたりされて。あれで僕の適性と耐性を調べていたんだろうね」


 適性と耐性。さっきも耐性と言っていたけど、それがエストルガーという超人には必要なものなのか。


「まず適性を認められた後に色々と話を耳にしたよ。僕を含めた多くの子どもたちはエストルガーなどの超人の素体だったのさ。連れて行かれた中で適性を認められるのは極わずか。篩いに掛けて落とされた子がどうなったのかは……僕には知らされなかった」


 碌な結末を迎えてはいないのだろう。どれだけの人命が犠牲になったのか、俺には想像もできない。


「その後は耐性。これがないとユニコーンデバイスの持つ力に取り込まれて人間ではいられなくなる、らしい。適性があっても耐性がないと検査の途中で判断されれば人ではいられなくなる処置を施されて、君が昨日見たジェノライナーのような怪人へと造り替えられる」

「おい……それってあいつらも元は人間で、お前と同じ施設にいたってことかよ」


 彼は頷き、俺は頭を抱えた。

 酷い話だ。じゃあ彼は、同じ場所で育ったやつらと戦っていたのか。


「君が気にすることでもないよ。ああなったらもう人間だった頃の記憶なんてない、黒十字に都合の良いただの駒だ。葬ってあげることが犠牲になった彼らへの弔いだよ」

「辛くないのか?」

「少しね。一緒のスペースで暮らしていたという事実は、当時は何とも思わなかったけど……こうして外に出て人間らしい生活をしていると、ふと懐かしく感じることもある。いい思い出なんてなかったはずなんだけどね」


 当時の彼のことは知らない。今の聖のことしか知らない。こうして笑顔を崩さずにいるのも、辛い経験をしてきた反動なのだろうか。


「話を戻そう」

「そうだな」


 聞いているのが辛ければ、話している彼はもっと辛いかもしれない。彼の過去はあまり詮索しない方がいいだろう。


「エストルガーの力は強力だ。それを黒十字が支配するには素体……つまり僕をコントロールのが一番だ。そのためには力に呑まれない耐性を持ち、命令を聞くだけの最低限の自我があれば充分なはずだった。けど黒十字にも予想できなかったのは、僕の耐性が強すぎたことだった」


 話の途中でふっと笑った。それはいつものにこやかな笑いとは違い、鼻で笑う自嘲じみたものだった。


「皮肉だよ。エストルガーへの適性が一番あり、力に屈しない耐性もあった僕が、その耐性のために力を全て受け入れきれずに黒十字の思惑通りにはならなかった……。力の影響か、自分の中の自我が少しだけ育ったんだ」

「自我が成長したのか」

「芽生えたとか、目覚めたという方がしっくりくるかな。こんなに強い力を扱えるのに、こんなところに閉じ込められてされるがままに弄り回される。降って湧いた疑問はあっという間に膨らんで、エストルガーに初めて変身した日に、僕は施設を破壊して逃げ出したんだ」


 それが一野聖、エストルガーが生まれた経緯。

 人の身の上話に同情するのは良くないと思うが、彼の話を聞いた後では胸を痛めずにはいられなかった。

 俺も音無先輩も四之宮先輩も、産まれた時は普通の赤ん坊として育てられたはずだ。不思議な力を手に入れたのは人生の過程においてであり、彼のように産まれた時からそれを強いられてはいない。家族も友もなく外を知らずに過ごしてきた無味乾燥な人生を想像すると、俺には耐えられそうもなかった。


「逃げた後は……どうしたんだ?」

「そこは知らなくっても影響のない話になるから、聞いても意味が無いと思うけれど」

「話せるんなら、聞いておきたい」


 静かに告げると、彼は小さく頷いて軽く身動ぎし、姿勢を正して話を続けた。


「黒十字の施設を飛び出して行き倒れていた僕を拾ってくれたのは、同じように組織の方針についていけなくなり逃げ出したせいで追われていた一人の科学者だった。その人は僕に外で生きていくための常識や礼儀を一から教えてくれた。……今でも、感謝してもしきれない恩人だった」


 まるで懐かしむような口調と表情は、不穏な物語を予感させた。


「その人に支えてもらいながら、黒十字の壊滅を目指して僕は戦っていた。そして去年の十二月に一際大きな戦いを経て、黒十字の戦力の大半を消耗させることができたんだ」


 去年の十二月。その時俺はいなかったが、この街で二人の先輩が力を取り戻した時期だったはず。そこに何か関係はあるのかとふと気になった。


「けどその戦いに巻き込まれてあの人は……。それから、僕も無事では済まなかったからあの人が残してくれた言葉を頼りに今住んでいる野臼町に身を潜めることになったんだ」


 悲しい別れを経て、彼はあの街に移り住んできたのか。親の事情で引っ越してきた俺とは比べ物にならない過去を背負って、彼はやってきたんだ。


「わざわざ隣町から高校に通ってるのは、今住んでる場所を探られにくくするためか」

「説明はされなかったけど恐らくそうだろうね。おかげで昨日までは黒十字の魔の手も迫ることもなかったし、僕の負った痛手もとっくに治ったよ」


 そこまで話して、聖はまた居住まいを正した。釣られて俺も一度背筋を伸ばしてからテーブルに乗り出すように体を預けた。


「ここまでが、特に必要のない話だけど僕がこの学校に通うようになった経緯だね。今から話すのが、なんであの時君に僕の力が露呈するようなことになったのかの説明だよ」

「ああ、頼む」


 いよいよ本題。彼が何故体育の授業中に紋章を短時間出していたのか、だ。


「さっき話した通り、僕にはユニコーンデバイスを扱うための適性と耐性があると話したよね」


 こくりと頷き、彼の話を促す。


「僕が自分の意志でエストルガーの力を使い、黒十字の支配から逃れることができた強すぎる耐性がデバイスの力を完全に受け付けないせいで、エストルガーの力を引き出せていないんだ。だから時折、発作のようにユニコーンデバイスが僕を強引に手懐けようとしてくるんだ」

「その瞬間を俺が目撃したってことか」

「ああ。今までは表情に出さないよう抑え込んで済ませてきたけど、まさかデバイスの能力を視覚化して目撃されるだなんて思ってなかったよ」


 けどおかげで俺はお前のことを知ることができた。それは紛れも無く幸運。


「四之宮先輩と似てるってのはそういうことか。自分の力のはずなのに、上手く扱えていないっていう」

「ああ。君の話の中で、二人の先輩は一度力を失ってからまた取り戻すことができたけど、以前より弱くなったせいで半端に感じていると説明してくれただろ」

「ああ……」

「僕は生まれながらにして半端なんだよ。だから自分のことで手一杯。だから誰かと協力しようだなんて考えられない。君の誘いを断ったのはそういう思いがあったからだよ」


 自分のことを半端者だと思っているせいで協力を拒んでいるというのなら、それは俺たちボランティア倶楽部の否定に繋がる。


「そいつは違う。音無先輩も四之宮先輩も、自分自身を半端だと自覚してるからこそ手を取り合って、お互い支え合ってるんだ。俺は……まあ半端とかそういう次元じゃなく力不足なんだけどよ。だからできることをやって先輩たちの役に立とうって必死に働いてるんだ」

「うん。助け合って色々な困難に立ち向かおうとしているボランティア倶楽部の姿勢は素敵だと思うよ」

「だったらお前も」

「無理だ」


 首を横に振る彼の顔を見た時、初めて弱気な彼の表情を見た気がした。


「僕の力なんて自分が一番自覚している。君が期待している程強いものじゃない。弱いから、あの人も助けられなかった……。君たちの助けになるなんて無理だ。だから僕は一人でいい。その方が、誰にも迷惑が掛からない」


 大切な恩人を失ったことが、彼の中で誰かと協力することに対して引け目になっている原因なのか。そのせいで自分の力を信じられずに弱気になっているのか。

 だったら、彼の事情が見えてきた今なら、俺がやらなきゃいけないことが漠然とだけど分かってきた。


「……まず勘違いしてることがある」

「え?」

「お前が俺たちの助けになるんじゃない。俺たちがお前の助けになってやるんだよ」

「……えぇ? いや、だって僕の力を貸して欲しいから勧誘を」

「そんなことはどうでもいい!」

「いいの!?」

「良くないけど!」

「どっち!?」

「とにかく! お前の事情がちゃんと分かったんだから、俺としてはその悩みも解決してやりたいと思ったんだよ!」

「その気持ちは嬉しいけれど」

「そもそも黒十字なんて危ない団体があるなんてあの人たちが知ったら、黙って見過ごすと思うか?」

「……もう知っちゃってるよね、音無先輩」

「……そうだな。それに野臼町までそいつらが現れたってことは参守町にも来るかもしれねえし、そうなったら先輩たちは絶対に黒十字を許したりしないだろうな」

「いや、しかしあいつらは僕を標的にしているわけだし、僕がちゃんと相手をするし」

「そうは言っても、ジェノライナーみたいなのが街で暴れてるのを察知したらあの人たちすぐ飛んでいくよ。だから自分だけで相手をするなんてのは諦めろ」

「はあ……」

「それに今ピンときたんだけど、ボランティア倶楽部の裏の活動の目標に黒十字の相手も盛り込もうかなと」

「えぇ?」

「うん、そうしよう! それなら聖もボランティア参加しやすいだろ!」

「いやいや! それだけじゃ協力するつもりにはならないよ!」

「エストルガーの全力を引き出すのにユニコーンデバイスの力を受け入れることができない問題があるからだろ?」

「その通りだよ。自分の力が引き出せない以上、やはり誰かと協力するわけには」


 ふっふっふ。

 俺が不敵な笑いを浮かべたことに只ならぬものを感じたのか、聖は言葉を止めて俺を伺ってきた。


「能力の受け入れ、ね……それが解決できれば倶楽部に入ってくれると?」

「……考え無くはない」


 言質を取った。なんか、音無先輩と話していた時も似たようなやり取りをした気がする。


「なあ。俺の能力がどんなもんか分かってるか?」

「特別な力を持った……スペシャライザーと言ってたかな。そう呼ばれる人の力を紋章として視覚化して見ることができる能力だよね」

「ああ……けどそれは俺の能力の応用の一つでしかない」


 ぴくりと彼の眉が動いた。俺のことに興味を持ってくれたらしい。それはありがたい、これから話すことが、俺が彼の勧誘のために使うジョーカー……切り札のカードだ。


「俺の能力っていうのは自分に掛けられる魔法の効果を拒絶する特殊能力、アイアンウィル。紋章が視えるエンブレムアイは補助的な効果だな、力の流れが視えるっていうか……」

「魔法や技を掛けようとしているのが視える?」

「そんな感じ。こっそり魔法を使おうとしても前兆が紋章に現れるし、四之宮先輩の紋章が何かに蝕まれようとしてるのも視てしまった」

「それが悪夢の魔女というやつか」


 ああ、と肯定した。


「それともう一つ。アイアンウィルの能力を触れた人物に短時間付与することができるウィルディバイドも使えるんだ」

「へえ……それは便利かもね」


 一通り説明をしたところで、聖から疑問の声が上がってきた。


「けど君は自分の力で僕の問題を解決するつもりなのかもしれないけど、僕にはイマイチ見えてこないな」


 俺の能力のことを聞いての彼なりの回答だった。


「僕は力を受け入れたいんだ。君の能力は拒絶だろ? 真逆だよ」


 分かってるよ。


「拒絶しかできないと思ったら見くびりすぎだ。許容もできる」

「許容?」

「一度鈴……ある少女の力で異世界への道を開いてもらったんだけど、そこを通るには俺のアイアンウィルの拒絶がどうしても邪魔だったんだ。その問題を解決するために、俺は異世界転移の魔法を受け入れられるように努力した。努力っつっても、受け入れるよう強く念じたくらいだけど」


 俺は説明を黙って聞いていてくれた彼の目を見て告げた。


「俺がお前にユニコーンデバイスの力を許容できるようにウィルディバイドで道をつくる」


 これがエストルガーの問題を解決するために考えついた唯一の手段。四之宮先輩に試みたのとは正反対のウィルディバイドだ。彼女には魔女の拒絶を、そして彼にはユニコーンの許容を目的とした能力の付与。

 だが、俺が不安に思っている点も言っておく。


「ただ、他人に許容の力を与えたことはないし、もし付与できたとしても効果は短時間で、デバイスの力を引き出して全力を出せる時間も長くはないかもしれない。やったことがないから全て予想でしかないけど」


 どんな作用が現れるのか、やってみなければ分からない。だから予想できることは共有しておかないと万一の事態に対処できないかもしれない。勿論、予想外の出来事が起こる可能性もたくさんある。力と力の化学反応、俺にできる予想なんて高が知れている。


「試してみなければ分からない……ということか」

「ああ」


 聖もそう理解した。そして俺が言いたいことも。


「君が僕の問題を解決する。その代わりにボランティア倶楽部に入ってくれ……そう持ち掛けるつもりだろ」

「話が早くて助かる」


 俺の話を全て聞いて、彼がどう転ぶかは想像できない。頑なだった彼の意志に響くことができただろうか。


「昨日は、表面的な事情ばっかり説明しちまって……肝心なことは全然言ってなかった。悪かった、余裕がなかったんだよ」

「いや。事情を説明しなかったのは僕も同じさ」

「だから全部知ってくれた上で決めて欲しい。勿論、俺の力でお前の事情が上手く解決できなかったら……悔しいけど諦める。けど、お前が納得いく結果になったら……頼む、力を貸してくれ。先輩たちのために」


 俺はテーブルに両手をつき、額がぶつかるくらい深く頭を下げた。俺の力が効く効かないを心配するのは後だ、まずは彼が俺の提案を受け入れてくれないことにはどうしようもないんだ。


「……君は良い奴だね」

「はぁ?」


 いきなりなんでそんなことを言うのかと、下げていた顔を上げて彼の顔を見上げた。


「自分じゃなくて先輩たちのためにそこまで熱心に、頭まで下げて。惚れた弱みなのかい?」

「バッ……ちっげーよ! そんなんじゃねえって!」


 そんな風に弄られてムキになって否定した。その様子を見て聖はおかしそうに笑ってやがる。ムキッときそうになったが、彼がこれまでにない自然な笑顔を浮かべているのを見てしまうと、起こる気も失せてしまった。

 笑いが収まると、一息ついて俺に答えた。


「いいよ。君の提案を受けてみよう」

「……本当か!」

「ああ。君が僕の問題を解決できたら、ボランティア倶楽部の……君の大好きな先輩たちの力になろう」


 言い方が少し気になったが、今は突っ込むまい。昨日は拒絶された彼の意志をどうにかこうにか解きほぐし、俺の意見を許容してもらったのだから。


「頼むぜ、聖」


 右手を彼の方へ差し出すと、彼は俺の顔と手を交互に見て、


「喜ぶにはまだ早いと思うけれど。よろしく、相沢くん」


 そう言って手を握り返してきた。固い握手を交わすのは、お互いの言葉に嘘がないことの証。俺が彼の問題を解決し、彼が俺の助けとなってくれる……ように、俺がこれから頑張らなきゃならないのだが。


「それでどうするんだい? まずは早々に変身して紋章を視せた方がいいのかな」


 握手を解くと、早速彼が自身の問題の解決を持ちかけてきた。彼からすれば、急ぎ解決したいと思うのは当然だろう。

 だが、いきなりやったことのない許容の付与ができるか正直なところ自信はない。拒絶の付与だって、この前四之宮先輩に試して失敗している。そのせいで上手くいかないんじゃないかという不安の影がずっと頭の中に掛かっている。

 けど泣き言は言えねえよな、やっぱ。


「いいぜ。試してみよう。けどいきなり最初の一回が失敗したからって諦めるなよ!? 俺は何度だって試すからな!」

「おいおい試す前から保険を掛ける気かい? 随分と弱腰じゃないか」

「うるせ! 俺だって、初めてなんだからね!」

「分かってる分かってる。それじゃ……と思ったけど」

「流石に店先じゃあ無理だよな……場所を変えなきゃ」


 俺たちが共通の懸念を抱き、まずはそれから解決しようと席を立った時だった。


「きゃっ」


 俺の背後から聞こえた小さな悲鳴と鉄板が地面に落ちるような音がし、聖と共に視線をそちらへ向けた。

 いつの間に来ていたのか、制服を着た中学一年生の鈴白さんが尻餅をついている姿がそこにあった。

 制服といっても中学校のものではない。メイド服のようにフリルをあしらいエプロンを着けた衣装は、マジカルシェイクの制服にそっくりだった。あれを着てお店のお手伝いをしていたのだろう、傍らにはトレイが転がっていた。

 そして彼女の横にいるのは、見たことのない客だった。黒い短髪に褐色の肌、白いシャツの上にはフード付の黒いジャケットを羽織った男が、鈴白さんに向けて手を突き出していた。


「お前は!?」


 いち早く叫んだのは聖だった。鈴白さんに駆け寄ろうとした俺や彼女の声を聞いて移動販売車から顔を出す真神店長よりも、その場の誰よりも早く倒れた少女の傍へ駆けつけ、黒い男を遮るように二人の間に割り込んでいた。


「どうしたんだよ、聖」

「気を付けて! こいつは……黒十字だ!」

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