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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動三
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魔法少女と謝罪

「ということで一野聖くん」

「はい」

「是非君にボランティア倶楽部に入って欲しいんです」

「質問です」


 挙手する彼を指さして指名した。


「何かね?」

「僕を入部させて何をさせるつもりなんだい?」


 活動の説明を求められた。確かに何の説明もなしに入部しろと言って入ってくれる人なんていないよね。


「部長!」

「…………え? あたし!?」


 俺に任せるつもりで完全にボーッとしていた先輩にバトンを放り投げた。


「こういうのはやはり部長の口から……」

「うぅ……いきなり振るなんて酷いなあ」


 そう言いつつも、先輩は居住まいを正し、人差し指をピンと立てて聖に説明を始めた。


「えっと……まずボランティア倶楽部は部活ではなくてサークルです。これは学校の定める部活動として認められるための要項である部員数を満たしていないからであり……」


とそんなところから話が始まり、表の活動、裏の活動、そしてそれぞれの部員がどのような役割を担っているのかを部長の口からしっかりと説明していただいた。


「……ってな感じで三人で仲良く活動してるんだけど」


 話が一区切りついたところで、先輩が俺の顔を窺ってきた。ここから先の話は俺の役目だと、先輩からバトンを受け取った。


「俺がお前を勧誘したのは、音無先輩と同じ役割を担ってもらいたいと思ったからなんだ」


 話の相手はふむ、と小さく唸った。俺は更に続ける。


「運動能力すげえあるの、さっきこの目で見たしさ。変身できて戦えて……先輩の代わりに、相応しいと思ったんだ」

「なるほど……」


 考え込んでいるのか、少しの間沈黙が続いた。俺と、音無先輩も聖が気になるのか、彼の言葉の続きをじっと覗き込むように待った。そして待望の返答。


「謹んでお断りさせてもらうよ」


 どひゃー。

 俺と先輩はその場で引っくり返った。


「な、何か気に入らないことでもあったか!?」

「あたしも部長として少し気になるな……」


 俺たちの追及を逃れるように立ち上がった聖は、しかしその理由はしっかりと答えてくれた。


「元々誰かと連携するつもりはなかったからね。秘密まで話してくれたのに悪いとは思うけど、それはお互い様ということで」

「連携するつもりがないっていうのはどうして?」


 問いかけたのは音無先輩だ。


「僕と関われば黒十字と接触する可能性が大きくなります。そうなるとまた相沢くんのような目に遭う人が出るかもしれないじゃないですか」


 俺は無事だったから気にしてくれなくてもいいのだが。


「そう」


 先輩はそれだけ呟いた。


「……今日はもう遅い。そろそろ帰った方がいい」

「けどよぉ」

「そうしましょうか」


 食い下がろうとした俺を制すように、先輩が立ち上がった。


「立てる?」

「んむ……はい」


 聖に何か言っておきたかったが音無先輩が手を差し伸べてきてくれたので、憮然とした表情ではあったがその手をとって立ち上がった。


「今日は草太くんを助けてくれてありがとう」

「できることをやったまでです」


 もう二人の間で別れの言葉が交わされている。俺だけ置いてけぼりにされているみたいで釈然としない。


「相沢くん。また明日」

「あ、ああ……明日な」


 パタン、と玄関の扉を閉めて出た場所は、年季の入ったアパートの二階だった。

 ガチャリと鍵を掛ける音がした。流されるままに外に出て、もう今日は彼と話す機会を喪失してしまった。

 カンカンと金属を踏み鳴らす音に振り向けば、音無先輩がもう階段を降りてアパートから去ろうとするところだった。俺は急いで追いかけた。


「いいんですか、先輩?」

「え、何が?」


 何がって……。分かってるでしょと言いたくてその背中に言葉をぶつけた。


「一野聖のことですよ! あいつなら、俺たちの力に絶対なれますって!」

「うん……」


 生返事が返ってくる。俺の言葉がきちんと届いていないんじゃないか、そう思うと胸の中がもやもやしてしまい、先輩の行く手を阻むかのように彼女の前に飛び出していた。


「先輩!」


 ちゃんと聞いてくださいと言いたかった。けど、その台詞は複雑な表情を見てしまったせいで霧散していた。

 泣きそうな、叫びそうな、訴えたそうな、そんな見たことのない女の人の顔から何か読み取れるほど人生経験豊富じゃない。と、


「ちょっとこっち来て!」


 意を決したように表情を引き締めた先輩が俺の手を引っ掴むと、転びそうになる俺に構わずぐいぐいと腕を引いて行く。


「ちょ、先輩!?」


 さらわれるままに連れ込まれたのは人目のない薄暗い路地裏。そこで先輩にガシっと両肩を掴まれてしまう。


「あの」


 いきなり連れて来られてそわそわしてしまう。何をされるんだろうと考える俺の耳には心臓のばくばくする音と先輩が呼吸を整える息遣いだけが届いてきた。

 下を向いて表情を見せてこなかった先輩が俺の肩から手を離すと、そのままの姿勢で、


「ごめんなさい!」


 と大声で謝罪されてしまった。


「…………はい?」


 先輩のペースに巻き込まれている俺にはそれだけ聞き返すのがやっとだった。


「この間は、勢い任せとはいえ君に酷いことを言っちゃいました! 怒るのは当然だよね、傷付いたのは当たり前だよね! あたしの代わりを探していたのも、あの日のことが原因だよね! 今日痛い目に遭ったのも、あたしが原因なんだよね! 謝って済むことじゃないと思ってる、けどそうしなきゃ……自分が許せないから!」


 顔は見えないけど、何かを拭くように制服の袖でぐしぐしと拭っている。

 こういう時はどうするのが正解なんだと考えさせられ、思考も動きも停止しかけてしまう。俺の引き出しにはこんな状況に対応できる答えは入っていない。


「…………あ」


 正解は今ここで作り出さなきゃならない。そんなことしか考えられないのは、先輩が謝ってる内容に関してそんなに気になってない証拠である。


「あんまり気に病まないでください」


 こんなに激しく謝って、きっと先輩の心中は乱れてると思った。だから落ち着かせようと右手を伸ばして話しかけ……その手をどこに置くか逡巡した。


「でも……」


 何か言いたげだった先輩を遮るように、下げられた頭にそっと手を置いて。その瞬間先輩の体はぴくっと震えたけれど、本当に気にしないで欲しいという気持ちを伝えるようにちょっと硬めの髪を撫でるように。

 ……んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん?? これでいいのかなあああああ??

 普通こういうのって肩とかに触れて落ち着かせるものなんじゃないか。つい一番手を置きやすそうだった頭に触れてしまったけど、選択肢を酷く誤った気がしてならない。

 とはいえ、女性経験が未熟な俺には正誤の判断が全然つかないのだが。だからこのまま頭を撫でながら、本当に思ってることを伝えるしかなかった。


「確かに色々言われたのはショックでしたけど」

「死んでお詫びを……」

「だああ! 違います! ショックでしたけど! こうして先輩の代わりになる人を探してたのは先輩のことを想ってのことですし、その過程で傷付いても俺は全然……寧ろ先輩を心配させちゃったことの方が申し訳ないです」

「……怒ってない?」

「怒ってません」

「……許してくれる?」

「許してます」


 本当は許すも許さないもないのだが、こう言っておいた方が話が長引かない気がしたのでそうした。

 そしてなでなでと……やべえ、いつまで撫でてればいいんだろう。いやしかし先輩の髪って癖があって硬いけど、キューティクルが整っていて艶々だ。気持ちいい、かも。

 ガシッ。


「ひょぉ!」


 いけない、少し邪なことを考えてしまったのを悟られて手首を掴まれてしまったのかと焦ったが、全くそんなこともなく俺の手を頭に乗せたまま、先輩は顔を上げた。


「良かったぁ! ありがとう!」


 先輩を見上げる俺の瞳に大映しになったのは、久々に見た弾ける笑顔だった。長い間見てない気がしたけど、こうして先輩の笑顔を見れてホッとして、そわそわしてきた。

 ちょっと顔が近いし、胸だって当たりそうで次第に落ち着かなくなってきた。


「せ、先輩。手、痛いっす」

「ああゴメン!」


 彼女が俺の手をぱっと放したせいで……いやおかげで、先輩から開放されて少し距離を取れた。胸のそわそわも次第に収まってくる。


「お礼を言うのは俺の方です。今日も助けてくれてありがとうございました」


 今度は俺が頭を下げる番だった。

 頭を上げると、先輩の顔を見て俺の想いを告げた。


「どうしようもなく頼りない俺なんかをちゃんと助けに来てくれて……」

「ゴメンナサイ……」

「……そんな先輩の、先輩たちのためにできることをやりたいんです!」

「……ありがとう」


 その言葉だけで俺は大満足です。この間から胸の内につっかえていた憑き物が落ちるような、気持ちが軽くなって飛び立ちそうな心地になっていた。



 二人で並んで西野臼駅に向かっている道中、


「けど聖くんの勧誘はしない方がいいかもね」


 と先輩に言われた。


「え、どうしてですか?」


 彼のアパートを出た直後の会話、ちゃんと聞いていてくれたのか。ただ、話を聞いてくれていたことへの驚きよりも何故彼の勧誘を止めるように言われたのかがすごく気に掛かった。


「敵と戦ってるのに誰かを巻き込みたくないから協力できないって言ってたでしょ?」

「はい」

「そういう子って、結構意固地になってることが多いんだよね。だから周囲が説得しても聞く耳持たずに、余計頑なになっちゃってさ……」


 よく分かってるんだなあ、と関心した様子で見つめていると、その視線に気付いた先輩がふと笑った。


「経験則よ、経験則。絶対にそうだとは言い切れないけど、大体そういう思いでいるんじゃないかって想像。でも結構いい線行ってると思うよ? きっと彼は、あたし達の説得には靡かない」


 はぁ……と更に感心し続けていたけど、いつまでもそうしているわけにはいかない。俺はどうしても彼を説得して、ボランティア倶楽部の一員になってもらいたいと思うようになっていた。


「先輩の言いたいことは分かりました。だけどこの件は俺に任せてもらえませんか?」

「だから彼は」

「引き際は誤ってるかもしれません。けど、やっぱりあいつを逃したら、また他のスペシャライザーを探さなきゃならないですし……。何より、あいつが一人で事を抱え込んでるのが気になっちゃうんですよ」


 先輩は困ったように口を結んでいた。同じスペシャライザーとして、俺が聖の私情を気に掛けようとしているのが好ましくないのかもしれない。


「ボランティア倶楽部として……ってわけじゃないですけど。俺があいつのために何かできないかって思うことは、ダメなことですか?」


 自分でも気付かぬ内に大分弱気な口調で訊ねていた。彼女の顔色を伺っていると、やがてその表情に浮かんでいた硬さは解けていった。


「分かった。彼のことは草太くんに託すよ。って、彼の家でも言った気がするし……それに君のクラスメイトだしね」


 先輩からの許可が下りたことにホッと安堵した。そして目をキラキラさせて先輩に感謝の眼差しを向けていた。


「けど! あんまりしつこくしたり強引にしたり……とにかく彼が嫌がったり迷惑になったりするのはダメだからね! それだけ注意」

「はいっ!」


 敬礼までして返事をしたのはわざとらしすぎただろうか。けど今は、まだ彼の勧誘への道が途絶えていないことが嬉しいのだ。

 話が一段落した時、丁度西野臼駅の前に辿り着いたところだった。


「……あ! 俺、先輩の分も切符買ってきます!」

「え? なんで?」

「俺が呼んでわざわざ来てもらったんですから、それくらいさせてください!」

「いやいいってばそんなぁ!」


 バタバタと乗車券売り場に急ぐ俺を先輩が追いかけてきた。

 少し騒々しいけれど、こうして音無先輩と楽しくいられることが本当にありがたかった。

 この間のことはすっかり水に流せたと思うと同時、その発端となった四之宮先輩や自転車部のことを絶対にどうにかしたい、しなくちゃと改めて心に誓ったのだった。

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