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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動三
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魔法少女と怪人

 俺は両掌の中にソフトテニスボールを握るイメージをした。エア・ボール揉み揉みだ。端から見れば両手を広げて指を微かに動かし集中力を高めているように見えるだろう。実際その通りなのだが、現実と想像のギャップはカッコイイものとは言えない。

 そんなことはともかくだ、熱くなった瞳はエンブレムアイが発動したことを知らせてくる。

 サイの頭上には、見たことのない紋章が浮かんでいた。

 これまでの数少ない経験において、紋章は当人と何かしらの関係がありそうなイメージが具現化して見えているものだ。音無先輩なら狼、四之宮先輩ならトランプのスート、鈴白さんなら召喚陣を思わせる六芒星だ。

 俺はサイか何かの動物を思わせる紋章が見えるかもと予想していたが、そこに見えたのは茨が絡みつく黒い十字架だった。

 何を意味しているんだ? と考える俺の耳に届いてきたのは、轟々と車を燃やす火炎の音に紛れた少女の泣き声だった。


「おがあざーんっ! わぁー!」


 燃える車から少し離れたところで泣く少女に気付いたのは俺だけじゃない。俺より少女に近い位置にいる怪人の首もその子へ向いていた。


「おい! お前!」


 そいつの気を少女から逸らすべく、空いている右手の指を突きつけて叫んでいたのは何を隠そうこの俺だ。

 サイの首がこちらへ向く。先輩も近くにいないのに馬鹿な真似をしでかしたなという後悔をするのは、後にしよう。

 叫んで声を掛けたはいいが、続きが出てこない。あいつの気が逸れたり訝しがられる前に何か言わなくてはと思い、


「…………何者だ!」


 と、取り敢えず分からないでいることを口にした。

 早く早くその子の母さんか誰か助けに来てやってくれよと念じている俺に、


「お前は何だ?」


 日本語で質問を返された。今になって、ああちゃんとこいつに言葉が通じるんだと思った。


「俺は……西台高校一年生、相沢草太だ!」


 ビシッと俺の胸に親指を突きつけて名乗りを上げる。


「やはり別人か。俺の探しているのはお前ではない」


 そう呟くのが聞こえた。こいつは誰か探しているらしいが、そのためにこんな派手な真似を街中でやらかしたのか。


「俺は黒十字結社弩級軍の一人、ジェノライナーだ! 冥土の土産に覚えておけ!」


 相手がしっかりと名乗ってくれたことに若干の感動を覚えていたのは、俺が男の子だからか。ヒーロー物のエンタメでしか見たことのない怪人とのやり取りは少し燃えたが、残念ながら俺はヒーローではない。この後に自分にどんな惨劇が振りかかるか考えただけで身震いする。


「……黒十字結社?」


 別にその名に聞き覚えがあったわけではない。ジェノライナーと名乗った怪人の頭上にあった紋章が黒い十字架だったことに合点がいっただけだ。

 そういう組織を表すものが、異形で異能な力を持ったスペシャライザー……この場合は怪人だが、そいつの頭上に見えるということだ。魔法式や超常の力、異能力だけでなく、当人を縛る身分や組織といったモノが紋章として見えることもあるということか。


「うおおお! 死ねぇ!」


 自分の役に立たない能力について考察してる場合じゃなかった。目の前には人を傷付けるのにためらいのない怪人がいたのだった。


「はっ!?」


 エンブレムアイで見える紋章から溢れる力の流れが見える。角の切っ先に力が集中している、それで貫くつもりだ!


「ごめんなさい!!」


 当たったら死ぬ。そう思うと体はすぐに動いた。すぐに動きすぎた。充分に引きつける前に動いた俺の動きはジェノライナーにバレバレだ。

 コンビニのある左手側の歩道に逃げようとした俺の右手が、ジェノライナーの屈強な右腕にがしりと掴まれ、バキンと音を立てた。


「っそだろ!?」


 ただ掴まれただけで右腕は砕けた。痛みに苛まれるより先に腕を掴まれたまま乱暴に振り回され、投げ飛ばされた先はコンビニの窓ガラス。


「っは――」


 宙を舞い背中から叩きつけられ、肺から空気が全て絞り出された。

 もう出すモノはない、早く空気を取り込まないと。本能的に呼吸を求めた体にもたらされたのは、分厚い装甲と化したジェノライナーの肩。


「ガァ……ッ!」


 出すモノがなくなったはずの口から吹き出したのは鮮血。体を内臓ごと潰された俺の体は、コンビニのガラスを突き破り、店内の棚を将棋倒しにして床に倒れた。

 口から溢れた血が呼吸を妨げる。何とか鼻から酸素を吸わないと。


「ガハッ! ブフっ……」


 呼吸どころじゃない。このままじゃ死ぬ。どうにか逃げなきゃ、一体どこに。

 助けを呼ばなきゃ、呼べない。こいつの仕業、アンテナが死ぬ。

 音無先輩に連絡が取れればどうにでもなるはずなのにそれができない。死っていうのはこんなに身近にあったのか。

 思考が支離滅裂に行き交う俺の瞳が捉えたのは、破れた窓の向こうからこちらを見下ろすジェノライナーの影。輪郭がぼんやりと見える程度である。視界が暗くなっていくのが分かる。

 耳も遠くなっていく。聞こえるのは近いところの声だけ。


「おい」


 呼びかけと共にサイの輪郭がふっと消えた。代わりに現れたのはサイのように角があるけど、ずいぶん細身になったシルエット。


「だからまっすぐ家に帰るように言ったのに」


 誰だろう、けど確かに聞き覚えのある声。窓の外にいたシルエットが消えていくと同時に、少しだけ意識が戻った。

 横になってて休めたのかもしれない。しかし虫の息には変わりない。そんな俺にこの場でできることは、左手にしっかりと握りしめたままのスマートフォンを確認するくらい。

 一本だけ、立っていた。

 電話ってどうやって掛けたっけ。頭で考えるだけの余裕はないが、指が覚えていた。呼び出し音が数回鳴って、つながった。

 受話口からこの数日聞いていなかった懐かしい声がいくつも聞こえる。でも何を言ってるのか分かりません、すいません。

 本当に迷惑を掛けっぱなしの後輩ですいません。色々言いたいけれど、今伝えるべき言葉は一つしかない。

 何度か血を吐きながら、絞り出す空気もなくなったはずの喉が辛うじて発したのは、声とは言えないただの音だった。


「たす……けて……」



 それだけを言い残し、本日二度目となる地獄の淵へ俺の意識は旅立った。

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