魔法少女と異変
俺たちの住む参守町の北に位置する野臼町には、山を超えるか電車で向かうかが主な交通手段である。車やバイクを持たない学生は電車で行き来するのが主たる手段だろう。
街としての機能はどちらも遜色ないレベルであると思うが、新幹線が停まる駅があったり高速道路のインターチェンジがある分、他県からの人の流れは野臼町の方が圧倒的に多く、必然北の街の方が賑わっている。オフィス街やお洒落なお店など、野臼町の方が参守町よりワンランク上の佇まいをしている。
その代わりと言ってはなんだが、海に面していたりと自然の多い参守町には、それ目当てで観光に来る人も決して少なくはない。それぞれの街にそれぞれの特色があるが、概ね大差はなく、特別な目的でもない限りわざわざ隣町に出掛けることは滅多にない。
そして今、俺は特別な目的を持って野臼町の地に立っていた。
降りた駅は、恐らく一野聖の大まかな住所に一番近いと思われる西野臼駅。快速の停まる野臼駅より少し規模は小さいが、西台高校生が主に利用する西台駅よりは立派な佇まいをしている。
ここまで来たはいいが、ここから行く宛がなくなった。一野聖の姿を探すにしても、俺より二十分前にここに降り立ったはずだ。今更駅周辺にはいないだろう。
頼みの綱は、乱暴な口調で彼の住まいの正確な住所を調べるように依頼した大野からの連絡だが、まだない。
「とりあえず住宅地かアパートか、だろう。駅前はビルが多すぎる」
オフィス街が近いのか、仕事中の社会人らしき人の姿がちらほらと見える。他には学生の姿もあるが、隣町だからか俺の知らない制服の男女ばかりだ。
「俺と同じ制服の奴がいたら分かりそうだけど、いないか」
鞄を片手にとぼとぼと歩き出す。今は四時半。大野から連絡があるにしろないにしろ、探し回るタイムリミットは六時くらいが限界だろう。それを過ぎれば暗くなるし、帰りが遅くなれば親も心配するはずだ。
まずはオフィス街を抜け、住宅街がありそうな方へ足を向けた。
駅前の大きな道から二、三区画程離れれば、参守町にもあるアーケード街に似た商店街が姿を現す。
まだ俺たちの街のアーケード街の方が大きくて綺麗かな、と少しだけ誇らしく思ったりしながら、アーケードには入らずにその近くにあるコンビニ前で待機した。
店前の自販機で缶コーヒーを買おうとして、
「……」
先日のカフェでのことを思い出しそうになったので炭酸のペットボトルにした。
ペットボトルの蓋を開けて飲料を口にしながら、辺りを観察する。
ここからもう少し裏手に行けば住宅地に行きそうだが、無闇にそちらに踏み込んでも目当ての人物が見つかるわけもない。なのでこうしてスマートフォンに来るはずの連絡を待つ。
知らない制服を着た学生が俺の前を何人も通りすぎる。勿論その中に一野聖の姿はない。
ふと、何故彼は隣町になる参守町の西台高校に通っているのか疑問に思った。確か他県から引っ越してらしいが、それなら俺と同じように参守町に住居を構えればよかったのに。
親の都合で隣町だったのだろうか。それなら隣町の高校に通う方が自然である。
どうにも腑に落ちない思いをしながら炭酸飲料を半分ほど減らした時、スマートフォンが震えた。
あいつからの連絡に違いないと期待して画面を確認すれば、
「ビンゴ」
電話の着信だ。すかさず通話ボタンを押した。
「もしもし。待ってたぜ大野センセイ」
さっきまでとは打って変わってウキウキと期待した声で通話口越しに話しかけたが、受話口から聴こえる大野の声にはノイズが多大に混じっていた。
「なんだ……電波悪いのか? オーイ」
何度も呼びかけるがとうとう何も聞こえなくなり、やがてぶつりと切れてしまった。
「なんだよ。ったく」
もっと電波状況のいい場所から掛けてこいよと相手を批難しようとしたが、スマートフォンの画面を見てそれは間違いだと知った。
電波表示が立っていないのは俺の方だ。こんな開けた場所で電波が届かないだなんて、西野臼駅周辺は西台駅より不親切なんじゃあないのと思う俺の眼前を車が滑っていった。
俺にフロントを向けて、つまり道に対して横を向いて。タイヤの焼ける臭いを残して過ぎ去ったセダン車が激しくへしゃげる音を耳にして、ようやくアーケード街の入り口に顔を向けた。
そこには車体の底をこちらに見せて無残に横転する車の姿、一瞬遅れて辺りの喧騒は悲鳴へ変わった。
入口付近にいた人々は蜘蛛の子を散らすようにそこから離れたために、そこにある惨状がハッキリと見えてきた。
アーケード入口近くにある街灯が防護壁代わりとなったおかげで車がそこで止まり、アーケードへの被害をかなり軽減しているが、アレがなければ今以上の惨事になっていたことは想像に難くない。
だというのに、遠巻きに転がる車を観察している人々は呑気に携帯電話やスマホのカメラで写真を撮ったりしている。
「ナニナニ?」
「洒落になんねー。マジ受ける」
「おいおいなんだぁ! 事故か!?」
次第に驚きの声や悲鳴を上げる者は減り、代わりに写真を撮る学生たちやその間から様子を覗うアーケード店舗のおじさんなどの騒ぐ声が木霊する。
中には119番に連絡を取っている女学生もいるが、俺はその場で動けずに左手に持ったスマートフォンを握りしめていた。
車が真横を向いて滑って行くだなんて、異常だ。
そして異常に重厚な足音が、車が滑ってきた方から聞こえた。野次馬の多くは車に注視しており、いち早くその不気味な足音の元へと視線を移動させたのは、俺みたいに少し離れた場所に立っていた通行人たちだった。
ドチャリ、ドチャリと鳴っているのは屈強な上体を支える太い二足。その足に負けず劣らず太い腕。そしてサイのような顔に、鼻先にある長い角。
「なんだあれ……」
角に突き刺さっているのは車のドア。今突き飛ばしたセダン車のものだと思うのは当然の帰着だ。
横転した車に目が向いていた人々の視線も、徐々に異形の姿をした者に集まっていく。ざわつく声しか聞こえない。この異常事態に際し、誰かがアレを言わなきゃならない。
「フンッ」
サイの頭をした者が首を振るえば、角に刺さっていた金属製の扉が道端の建物のガラスを突き破る。
「逃げろおぉッ!!」
人々が恐怖の悲鳴を上げて逃げ惑うのと同時に俺がアレを叫んでいた。
そして逃げる人々に反応したかのように、サイの姿をした者も駆け出す。
一歩毎にアスファルトの地面を揺らす力強い足。コンビニの窓に張り付く俺の前を駆け抜けていくサイが向かう先は、横転する車。
二足歩行のサイが車の腹にブチかました次の瞬間、爆炎がアーケード街の入り口で巻き起こった。
映画でしか見たことのないような炎の渦に、流石にカメラ撮影をしながら逃げていた野次馬の多くも本格的に逃げ出した。
炎の中からは、まるでダメージなど感じさせない足取りで現れたサイの姿。
普通、車を潰してあんな爆発が怒るだろうかと疑問が湧いたが、最早そんなことは瑣末なことに過ぎない。もうこのアーケード街は普通ではない、異常の世界に巻き込まれているのだから。




