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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動三
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魔法少女と尾行

 地獄の淵から奇跡的に生還した俺は、鼻にガーゼを当てた顔で下校していた。


「クッソー京子のやつ……二日続けてわざとかよってんだ」


 保健室で委員長と一緒に手当してくれたのはありがたいが、昨日より軽傷と見るや「まあ気にしないで許せよ」なんて言われたからムスッとしてみせた。委員長が間に入って二人でちゃんと謝ってくれたからそれ以上責めるつもりもないけど。ボールを蹴っていない委員長にまで頭を下げられたし。

 ちなみに二つある保健室のベッドの内一つには、地獄送りにされたダブルオーが積み重なって捨てられていた。

 俺は一人で歩きながら、駅の方へ向かっていた。

 あの日からボランティア倶楽部には顔を出していない。しばらく休みますとだけメールし、了承の返信を音無先輩からもらっている。まだ直接会う準備はできていないのだ、心も状況も。

 そしてそんな状況を打破するべく、帰宅する一野聖を追っていた。

 実は先輩の代わりとなるスペシャライザーを校内で探し始めた日から、放課後は毎日彼の後を追っていた。

 最初はいつ声を掛けるかのタイミングを見計らってのつもりだったが、何故か毎回途中で見失ってしまっていた。

 まさか俺がこそこそ追っているのがバレているのではと思ったので少し前から本格的に尾行するべく、距離を置いて悟られないようにしている。

 バレているかもと考えた時点で取るべき行動は、こうして尾行するか一気に距離を詰めて声を掛けるかの二択になっていたが、誰かに訊かれたらまずい話の性質上、まばらではあるが人がいる駅までの帰宅路の途中では声を掛けるのは難しいと判断した。なので尾行の選択をしたわけだが、これもこれでどこで声を掛ければいいのか判断に迷う。彼の家に着く直前だろうか。それならばまずは振り切られないようにしなければならない。

 駅までもうすぐというところで、ポケットのスマートフォンがブルブルと震えた。


「おっ、きたきた」


 メールの相手はダブルオーの一人、坊主頭の大野である。覗きが初犯か否かの裁きに掛けられていたところを助けてやった代わりに、ある調査を二人に依頼していた。

 メールの文面には地名が記されてある。それは隣町であり、二人に調査させていた一野聖の自宅の住所である。

 正確な番地までは記されていないが、そこまで分かっただけでも充分だ。やはり彼は、電車で通学している。

 でかした! とだけメールを送り返し、再び尾行に注力する。


「おっとまずいまずい」


 角を曲がった彼の姿が視界から消える。駆け足で急ぐが、この角を曲がればもう駅はすぐそこなので慌てることはなかったかもしれない。

 だが、結果的に急いで正解だったかもしれない。


「……あれ?」


 一野聖の後ろ姿は再び捉えることができた。だが彼は、駅に向かっていなかった。

 駅前のロータリーの向こう、駅とビルの間にある細い道へと姿を消した。

 あっちに用があるのか。それならば離されてしまわないように急いで追わなくてはならない。

 サササと走りビルに挟まれた小道に飛び込んだが、


「いない?」


 そこには薄暗い道が続いているだけで人影はなかった。正面には駅から伸びる線路があるが、三メートル程のフェンスに阻まれている。姿を消せる場所があるとすれば、線路際のフェンスに沿って右に伸びるこの道の先だろう。だが道の続きはビルが角になっていてその先を伺えない。

 角の手前まで駆けて行った時、ふと思った。

 人通りのほとんどない駅裏の小道。ここに誘い込まれたのではないかと。

 それならば好都合。こっちも人に聞かれたくない話を持ちかけるのだからと、意を決して角から飛び出した。

 だがそこは、誰もいない道がフェンスに沿って続くだけであった。


「……はぁ。また撒かれたのかよ」


 がっくりときて肩を落とした。いつまでこんな不毛な尾行を続ければいいのか。いっその事学校で声を掛けて人気のない場所で話を聞いてもらおうか。

 そう思って踵を返した時、何者かの気配に気圧されてフェンスに背中からもたれ掛かっていた。

 何事!? というこちらの思考と動きを遮るように、相手の左手がフェンスに押し当てられる。フェンスを揺らす大きな音が右耳を叩き、驚いた俺は両手で鞄を抱きかかえるようにして思わず目を閉じていた。


「勘違いではないと思うけれど」


 その声色はとても優しく、落ち着いた男声。だけどほんのり漂わせる緊張、警戒心。

 俺はゆっくりと目を開け、相手の顔を確認した。


「確認させてくれ。君は僕をつけていた。そうだよね」


 金髪碧眼。爽やかイケメンのクラスメイト、一野聖だ。いつの間にか背後に回っていた彼が、俺をフェンスに押し付けるようにして動きを抑えている。

 実際に体に触れられているわけではない。突然現れた彼の雰囲気に呑まれ、動きが取れないのだ。


「どうしてつけていたんだい?」


 その視線は疑心に満ちている。それは当然か、ストーカー紛いの行為をされていたわけだから。


「い……いつから気付いてた?」

「三日前」


 彼の下校を追い始めたその日からだ。明らかにもろバレ。誤魔化しようがない。


「質問に答えてくれ。どうしてつけていたんだい」


 突然のことで頭の中にあった思考のピースがさっきの衝撃でバラバラに弾けてしまい、上手く言葉が出てこない。まずは何から説明すればいいのか、とにかく彼に話をしなければ。

 そう考えあぐねている数秒か、数十秒か、どれほどの時間が経ったかは俺には測れていなかったが、


「言いたくないか……」


 諦めたように彼がフェンスから手を退けた。

 いえ、言いたくないわけじゃないんです。何から説明すればいいのか必死に考えていたんです。という言葉も口にできずにいた。


「今日も体育の授業中に僕を見ていたよね」


 図星を突かれ、ぎこちなく首を縦に振った。


「……君の好意は嬉しいよ。同じクラスメイトとして」

「…………は?」

「ただ、その……僕は君とは違って同性に対し異性に抱くような感情は抱けないんだ」


 待て待て、いきなりこのクラスメイトは何を言い始めたんだ。


「君の気持ちには応えられない。すまない」


 ちょっと待てぇぇ! 大声で叫びたい衝動に駆られた。全身をわなわなと震わせて喉まで出かかった声を必死に飲み込む。ここで騒ぎ立てても意味は無い。誤解だ誤解、誤解はきっちり解かなくては。

 だが俺以上に震えていたのは、肩にポンと置かれた彼の左手だった。


「これ以上は僕に関わらない方がいい。特に今日は」


 それは誤解によって生じた俺の好意を断ったさっきまでの彼とは違い、酷く真剣で深刻な声だった。

 一野聖の雰囲気に呑まれっぱなしの俺の頭上高くに、彼が右手に持っていた鞄が放り投げられ、ついそれを目で追った。

 次の瞬間、フェンスに両手を掛けた彼が宙を舞い、浮遊状態の鞄をキャッチし、フェンスの向こう側へと降り立っていた。


「まっすぐ家に帰るんだよ。それじゃあまた明日」


 まるで普段通りの帰り道と言わんばかりに柔和な笑顔を浮かべ、手を降ってホームへ向かっていく。遠くから聞こえるのは遮断機がカンカンと鳴る音。そして快速列車が到着したのを知らせるアナウンス。


「嘘だろ……」


 俺はフェンスを見上げていた。このフェンスを掴んで飛び越えたって、どんな運動能力をしてるんだ。

 体に電流が走ったような衝撃を受けた。これだけの身体能力があるなら、音無先輩の代わりをやれるんじゃないか。

 そう思うやいなや、駅の正面へ走っていた。隣町までの切符を買い、改札を抜けてホームへ急ぐが、


「クソ! やっぱ間に合わねえ!」


 一野聖が乗ったと思われる快速電車の姿は既になく、線路の向こうへと走り去っていくところであった。次の快速の時間を確認する。二十分後だ。

 その間にできることをと考え、大野に慌てて電話を掛ける。


「よう、俺の調べた情報は役に立ったろ?」

「それよりあいつん家の正確な住所分かんねえのか!?」


 呑気な大野に焦れて大声で捲し立てていた。こいつにはやる気持ちをぶつけてもしかたないのだが、そうせずにはいられなかった。

 なんせ、ボランティア倶楽部を救えるかもしれない救世主を見つけたのだ。


「とにかく分かったらでいいから連絡してくれよ!」


 電話の向こうで大野が不平不満を言っていた気がするが、今の俺にそれを聞くだけのゆとりはない。

 大体の住所しか分からないが、今はそれを頼りに隣町に乗り込むしかない。

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