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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動三
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魔法少女と口論

「そ、そういえば先輩!」


 だから俺が考えたのは、部活の助っ人などを行う表の活動を円滑にできるように先輩たちのフォローをしっかりとすることだ。

 突然俺が体を寄せて声を掛けても、先輩は慌てることのない部長らしく優雅にスプーンでコーヒーをかき混ぜていた。


「何?」

「誕生日会の途中で呼び出されて泣いてたのはどうしてですか!?」


 カラーン。

 動きも表情もぴたりと止めた先輩が取り落としたスプーンの音だけが店内に響いた。

 マスターのおじさんがやってきてスプーンを取り替えて立ち去る間も、俺たちは微動だにしなかった。

 俺はいきなり何を訊いているんだと正気に戻った時には慌てて取り繕っていた。


「ちち、違うんです! 別に先輩の恋愛事情を根掘り葉掘りしたいというわけではなくてボランティア倶楽部のマネージャーとして部長兼助っ人として大活躍されている音無先輩がですね何かこう心を乱されておられるんじゃないかとこの間鈴白さんと一緒に見てたら泣いてたような気がしてそわそわしてしまってクラスのみんなも特に京子も気に掛けてたようだったの」

「あーあー落ち着いて!」


 捲し立てる俺にきょとんとしていた様子だった先輩が、両手を差し向けて俺を制した。いつの間にか興奮して立ち上がっていたようだ、顔を熱くして言い訳していた自分がクールダウンしていくのに合わせ、ストンと腰を下ろした。


「えっと……何か心配してくれてるみたいなのは分かったんだけどさ。恋愛事情ってのはどういうことかね?」


 先輩は笑っているが、明らかに困ったように引きつった笑顔だ。


「いや、あの。この間の誕生日の途中で……男の先輩に呼び出されて、告白されて泣いて……」

「ストップストップ!」


 また制された。


「あのね、誤解があるようだから言っておくけどね。確かに豪三先輩から話をされて思うところがあって涙ぐんでたかもしんないけど」


 ゴウザン……というのは、音無先輩を呼び出した人の名前だろう。厳つくて無骨そうな丸刈りのあの人にぴったりな苗字だと思った。


「別に恋愛とか告白とかそういうのが原因なわけじゃないんだから。そこんとこ間違えないでちょうだいね」

「だったらどうして……」


 話しづらそうに口を噤んでいたけれど、


「まあそうだよね。同じサークルのメンバーなんだし、言わないでいる方がお互いのためにならないもんね」


 話してくれる気になった先輩が居住まいを正したので、俺も背筋を伸ばして座り直した。


「あの人……豪三先輩は自転車部の部長だよ」


 自転車部。それは先輩が俺と会うよりもずっと前、ボランティア倶楽部を作る以前に所属していた運動部だ。


「あたしが辞めてからも何かと気に掛けてくれて……。それは嬉しいんだけど、戻るつもりはないから申し訳なくって」


 なるほど二人はそんな関係だったのか。校舎裏で出歯亀していた俺たちが思い描いたような感情はなかったようでホッとした。


「昨日は夏に大会があるっていうんで、それに出てくれって誘われちゃって。参っちゃったよ」


 笑い飛ばすように話してコーヒーを再びスプーンで弄び始める先輩だったが、俺は思ったことをそのまま口走っていた。


「出たらいいじゃないですか」


 今度はスプーンを落とすことはなかったが、俺の顔を見て少しの間動きが止まっていた。


「気軽に言ってくれるなあ」


 まるで講義を行う先生のように、スプーンを指し棒に見立てて生徒役の俺に説明を始めた。


「あたしはもう退部した身だよ?」

「知ってます」

「そんなあたしが助っ人扱いで部に参加して、選抜五人の中に入ったりしたら他の人に悪いでしょ」


 五人しか選ばれないのなら、音無先輩が遠慮するのも理解できる。できるけど、納得できない。


「けど先輩だって本当は走りたいんですよね」

「……」


 うぅんと唸って目を泳がす様は、図星と捉えていいだろう。


「今の部員の人に遠慮する気持ちも分かりますけど、そんな事情抜きなら先輩だって走りたいはずですよね」


 先輩の表情が難しく曇っていく。俺にずけずけと言われて不愉快なのかもしれないが、ここで引いても半端になる気がしたので俺も言いたいことを言っておこうと思った。


「それに途中退部した先輩に選抜取られるような部員たちばっかりだって、そう思ってるんですか。それは自転車部の人たちに失礼だと思います」


 ムッとしたのか、先輩がこちらに鋭い視線を突きつけてきた。怒らせたと思うと漏れそうになるくらい怖い。


「気軽に言ってくれるなあ……」


 けど先輩に見られた怒りは俺に向けてのものじゃなかった。自分自身に苛立ってるような口調で、さっきと同じ言葉を繰り返す。


「辞めたんだよあたしは。奉仕活動のために……あの子のために。それなのに、今更のこのこ戻るような半端な真似ができるわけないじゃない……」


 苛立って聞こえた声の最後の方は震えていた気がする。

 先輩は自転車部に戻らない決意をしてるんだ。そうしてボランティア倶楽部の活動に打ち込むことで、四之宮先輩を助ける手立てを見つけようとしてるんだ。

 けどそれは、先輩がそう頑なに思い込んでるだけだと、俺は感じた。


「そんな言い方はずるいですよ。それじゃあボランティア倶楽部のせいで、四之宮先輩のせいで先輩が自転車部に戻れないみたいじゃないですか」

「……そうだよ。あたしはカリンのために他のことは切り捨てた。だから戻らない」

「そんな勝手に理由にされて、四之宮先輩が知ったら黙ってませんよ!?」


 口調に釣られるように感情が昂って立ち上がった俺に対し、更にテーブルを叩いて同じく立ち上がる先輩の剣幕に若干怯んだ。先輩の方が背が高いので、向かい合うとどうしても先輩に見下ろされる形になるから余計威圧感を覚えた。


「もう時間がないのよ! 貴方も見たでしょ! さっきの、洋館でのカリンの戦いを!」


 俺はまだマジシャンズエースの戦いぶりを二回しか見たことがないけど、確かに蜘蛛女との戦いは、初めて目にした巨なる岩石との戦いと雰囲気が違って見えた。

 岩石男と戦った時よりも、どこか残酷で、相手を追い詰めるようなやり取り。武人然とした岩石男の最期に少なからず敬意を払っていた様子のあの人とはどうにも結びつかなかった。それが蜘蛛女との戦闘中の先輩に抱いた得も言えぬ恐怖の正体。


「腕の侵食も進んでる。戦ってる最中の冷酷な戦い方はナイトメアのそれよ。変身を解いたのに草太くんに話しかけた! 次に変身した時は完全に意識を乗っ取られるかもしれない! あたしにももう余裕はないんだよ!」


 やばい、と思った。先輩の瞳が誕生日に校舎裏で見た時と同じで潤んでいたから。思わず目を逸らして俯いてしまった。女の子の涙を受け止めるだけの度量がない情けなさを見せてしまったに違いない。


「……君を誘ったのだって、その力が役に立つかもと思ったからよ。あたしは自分勝手で他人を利用するような先輩だよ」


 ぬぐぅ、と息の詰まる苦しげな呻きを外に漏らさぬよう唇を噛んで堪えた。確かに先輩の言う通り、アイアンウィルはナイトメアの魔女に何の効果も上げられなかった。だから言い返せるはずもない。


「……退部届はいつでも受け付けるよ」


 冷たく言い放たれた。突き放す台詞にくらりとして椅子に尻を着けそうになるけど、堪えたのはボランティア倶楽部の一員としての、後輩としての、男の子としての意地があったからだ。


「辞めませんよ、俺」


 俯いたままだったけどはっきりとそう言った。顔を上げて先輩の顔を見たら、目から熱いものが零れそうだったからだ。


「力で役に立てなくっても、活動の役には立ってやります」

「……何をするっていうの」


 訊かれてもすぐには答えられない。何故ならば何ができるのか、何をすべきなのか、今必死に考えていたからだ。


「ボランティア倶楽部の活動に支障が出ないようにすれば、音無先輩は自転車部の助っ人に行けますよね」

「…………え?」

「だから、表と裏の奉仕活動における音無先輩の負担が軽減すれば、自転車部の助っ人として正式な活動をしてくれますよね」

「いや、それは……」

「してくれますよね?」


 低い声で何度も確認すると、しばし沈黙を保っていた先輩だったけど、


「…………考えるけどさ」


 言質をとれた。なので足元の鞄を引っ掴んだ。


「ちょ、草太くん?」

「先輩の代わり見つけます」

「そんな簡単に!」

「見つけますよ絶対に! 俺にはそのための目があるんですから!」


 それからマスターのいるカウンターに千円札を置いて店を出るまで、一度も先輩の方を見ることはなかった。

 外に出ると、店内の静けさが嘘のように人や街の喧騒が耳を震わせる。魔法にかかっていたかのような非日常の空間から日常へ戻ったような錯覚。

 顔を上げた時、初めて涙が溢れた。

 どうせ俺は役立たずのスペシャライザーだ。だからどんなに貶されても構わない。だけどせめてあの人たちの役には立つんだ。強く決意して手の甲で顔を拭った。

 役に立たないからって悔しい思いをしたままでは済まさない。先輩を見返すつもりでやれることをやり尽くす。

 前を向き、明日を見据えて歩み出した。

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