魔法少女とカフェ
「それで」
その日、ボランティア倶楽部の活動が終わり解散した直後、俺は部長にメールを送った。
「わざわざ二人で話したいことっていうのは何かな?」
音無先輩に送ったのは、四之宮先輩抜きでお話したいことがあるという文面だ。そしてゆっくり話せる場所へ行こうという返信のメールがあり、こうして街にある静かなカフェに誘われて窓際のテーブル席に向かい合っているのだった。
先輩がコーヒーカップを置く音だけが辺りに響く。促されるように俺は口を開いた。
「……けど、静かなところですね。内緒の話をするにはもってこいっていうか、そのための場所みたいで」
不思議なのは、店に入ってきた時にはカウンターにいた主人らしきおじさんが、いつの間にか姿を消していることだ。人に聞かれたくない話をするために用意された舞台のような印象を受けた。
「風里さんに教えてもらったんだよ。誰もいなくて静かだし、そういう話をするにはうってつけでしょ?」
確かに。俺は頷いた。そして本題を切り出した。
「四之宮先輩のことです」
先輩の気配がわずかに変わった気がする。しばしの沈黙の後、俺は話を続けた。
「先輩が先に洋館を出た後、四之宮先輩に言われたんです。『これ以上余計な真似はするな』……って」
「……カリンがそう言ったの?」
音無先輩の台詞に頷いて肯定しそうになるが、慌てて首を左右に振っていた。
「けどあの時の四之宮先輩は変だったんです。あの人の中にある異物が、まるで表に現れたみたいで……。俺が手を触れた時に見た嫌なのが、先輩の中にいて……」
もしあの時、俺がエンブレムアイで見ていたら何が現れたのかはっきりと分かったかもしれない。咄嗟の状況に上手く対応できなかったから、音無先輩に不確定な情報を不安な気持ちで伝えなきゃならない。もどかしい。
「……草太くんは、カリンのことをどこまで聞いてる?」
「ええっと。あの人の中に異物があって、それが原因で過去に魔法少女と対立した……ていう話ですかね?」
音無先輩と四之宮先輩、二人から以前聞いた昔の話。そのことで間違っていなかったようで、先輩はうんと頷いた。
「そう、異物ね。でもそれはカリンの力そのもの……魔法少女の力を使う程に彼女を蝕む、魔女の呪い」
「魔女……ですか」
「ええ。ナイトメアの魔女、それがあの子を苦しめるものの正体。あたしが倒すべき、相手」
コーヒーカップに指を掛ける先輩の手に力が籠もるのが分かる。緊張が現れたのか、それとも胸に抱く敵意が溢れたからなのか分からないけど。
「草太くんも見たんじゃない? あの子に触れた時に、暗闇の奥の奥に潜む魔女の姿を」
思い出したくない黒い世界。うねる暗闇を掻き分けて、掻き分けて、そしてその先に一瞬だけ見えた、禍々しい紋章の姿。
「俺があの時見たのは、四つの腕と五つの瞳……目が開いたら、俺動けなくなって、腕が、……」
思わず吐き気が込み上げたために右手で口を抑えていた。あの時の感覚が脳裏に深く刻み込まれているようだ。
テーブルの上で震わせていた左手に触れたのは、先輩の柔らかく温かな手の平だった。
先輩は何も言わずに手を重ねていた。言葉がなくても、彼女の気遣いが伝わってきた。
「ありがとうございます。もう大丈夫っす」
「そう」
数度撫でるようにして、先輩の手が離れていった。もう少し先輩の手の感触を堪能していれば良かったかな、と思えるだけの余裕が心に生まれたのはいいことだろう。残念だけど。
「でも四之宮先輩が抱え込んでるのが魔女だったなんて初耳でした」
「ちゃんと伝えてなかったから。部員になったからにはいつか教えておかないといけないとは思っていたんだけど」
しっかり教えてもらっただけでありがたいことです。
けど、魔女と言われて俺の頭にまず浮かんだのはつい先日のことだった。
幻獣奏者で中学一年生の鈴白音央さんと、忍者のような技術を使うスイーツショップマジカルシェイクの副店長巻菱蓮さんの二人と共に、魔女と戦ったことを思い出す。と言っても戦っていたのは鈴白さんばかりで、俺と巻菱さんは一歩引いて見守っているだけだったけど。
「実はね、誕生日会をやってくれた日の朝に魔女を見つけて話をしてきたんだ」
それも初耳の出来事だ。もしかして俺たちの話に出てきた魔女は同一人物だろうかと考えたのは、日にちが近すぎたせいだ。
「魔女の呪いを解く方法……けど、ダメだった。ナイトメアが強すぎるから、同じ魔女の解呪じゃ歯が立たないってさ」
先輩は椅子の背もたれに体重を預けて天を仰いだ。短い溜め息を漏らし、小さな声で続ける。
「もう直接魔女を叩くしか……ないんだよなあ……」
「……あ? それって、四之宮先輩を」
思わず訊ねたが、それから先は口にできなかった。
再び顔をこちらに向けた先輩は、頭を掻きながら笑っていた。力のない諦めたような笑顔に見えたのは、気のせいじゃないかもしれない。
「一度やれたんだ、大丈夫だよ。今度はもう二度と出てこれないくらいコテンパンにしてやるんだから」
掻いていた手で握った拳を見せつけてくる。力強い拳はとても頼りになるけれど、それが本心だとはどうにも思えなかった。
「別の方法考えましょうよ! 先輩たちが戦う以外の方法がきっとあります、頼りないけど俺も力になりたいですし、鈴白さんとか真神さんとかもいるじゃないですか!」
俺は必死に訴えた。先輩たちが戦い合う姿を見たくはないし、音無先輩もそれを望んではいないと勝手に信じ込んだから。
「いや……うん、ありがとう。考えておくよ」
言葉とは裏腹に、先輩の目は俺の方を見てくれずに心から言ってるわけじゃない気がした。自分で頼りないと言っておいてなんだけど、頼られてないんじゃと思うと結構凹んだ。
「カリンの異変を教えてくれてありがとう」
「いえ……。俺が一人で抱え込んでてもどうしようもないし、まず話すなら先輩以外にはいないと思いましたから」
「そうだね。なんたってあたしは部長なんだから」
えへんと胸を張る先輩をしっかりとガン見した。凹んでいた気分にその膨らみは素晴らしい癒しになった。
でも俺が先輩たちの問題解決に役に立てないのは事実。そんな俺にできることなんて、本当に何もないんじゃないかと考えてしまうが、そんな時に思い出すのはマジカルシェイク店長の真神風里さんの言葉だ。
――好きなだけ迷惑掛けちゃえば。君を助けること、人助けすることを迷惑だなんて考える子たちなら、私もこんなに気に掛けたりはしてないわよ。彼女たちにたくさん助けられて、たくさん感謝してあげなよ。
俺はこっちの活動では迷惑を掛けるしかできない。だったら、そのことはしっかりと受け止めて、代わりのことで役に立ちたい、立たなきゃいけない。




