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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動三
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魔法少女と失敗

「……じゃあ君はあの化け物に脅されて、この洋館を罠にして人間を襲う手助けをさせられてたんだ?」


 ブレイブウルフの言葉に、少年は俯き加減に頷いた。

 床に転がっていた木製の椅子を立て、背もたれを正面にして腕を掛ける黒衣の魔法少女、音無彩女先輩。その隣には左腕の肩付近まで包帯と鎖を巻き付けた赤髪ツインテールの魔法少女、四之宮花梨先輩が控えている。

 俺は質問を受けていた少年を覗うように傍らでじっと観察していた。


「しかし見た目はただの外国人の子どもだよなあ。格好が現代っぽくねえくらいで」

「それがここに住んでいた人たちの思い描いたイメージだったので……長い時を経て意思の宿った僕の姿はそのイメージで再現されたんです」

「館に宿った意思ね……日本でいう九十九神ってやつですかね?」

「そうでしょうね」

「うんうん……ところでつくもがみって何?」


 音無先輩にしれっと訊ねられた四之宮先輩はやれやれと肩を落としていた。

 九十九神。長い年月を経て色々な物に宿る神様みたいなものだ。今回はこの洋館にかつて住んでいた人たちに大切にされていたため、この少年の姿となって洋館に意思が宿ったということだ。ただ、住んでいた人も大分昔にいなくなってしまい、彼だけが一人ここで静かに洋館……自分の行く末を見守っていたのだ。

 ところが最近になってあの化け蜘蛛が棲み着き、彼を無理矢理従わされてうちの生徒を襲う場所にされていたという顛末だ。


「あの……僕はどうなるんでしょうか」

「どうって?」


 四之宮先輩から九十九神講座を受けていた音無先輩が聞き返すと、少年はおずおずと口を開いた。


「あの蜘蛛のように貴女たちの手に」


 何を言わんとするのか悟った四之宮先輩が「ああ」と発し、少年の言葉を遮ると同時に音無先輩を促した。


「ん? まああれよね……貴方自身に人に危害を加えようという気もないし、幸い今回の犠牲者も命まで奪われることはなかったし」


 立ち上がる先輩を不安げに見上げていた少年だったが、


「この子のことは不問でいいんじゃない? あたしはそう思うけど」


 そう言って俺たちを見回す先輩に、俺と四之宮先輩が頷くのを見届けると、彼の表情も柔らかくなった。


「良かったな」


 俺は気さくに少年の肩に手を置いた。が、すぐに手を離して詫びた。


「っと悪い。一応カミサマだもんな」

「いえ、九十九神というのはあくまで貴方たちの例えです。僕はただこの館に宿った意思が姿を持った思念体のようなものですから」


 だから気にしないでいいと言ってくれているのか。いい子じゃないか。


「皆さん、ありがとうございました」


 少年はボランティア倶楽部の面々に丁寧に頭を下げてきた。二人の先輩も男の子に感謝され、小さく微笑んでいた。


「これでまた静かに過ごすことができます。本当にありがとうございました」


 にこりと微笑み、少年の体は光を発し始めた。宙に浮かんだその姿は、光が収まると同時に掻き消えていた。後には天上を見上げた俺たち三人の姿が残されるだけだった。


「……成仏したか」

「ああいえ、のんびりここで過ごすつもりです」


 うわぁ! と声を上げられないほど驚いて腰が抜けそうになる俺の背後に今しがた消えた少年が立っていた。


「消えたんじゃねえのかよ!」

「勘違いされてそうだったので訂正を……」


 ああそうかい、と驚き疲れた俺は言葉の代わりに息を吐いた。

 そんな俺を見て、笑って手を振る少年がまた消えていった。

 数秒ほど待ってみるが、背後にも現れる気配はない。今度こそ本当に俺たちの前から姿を消したのを確認した。


「よし、これで今日のボランティア倶楽部のもう一つの活動はおしまい」


 部長がパンと手を打って、活動の終了を告げる。

 俺は大きく肩の力を抜いた。危険なところには行かないと言っていたのでもっと軽い活動で済むかと思ったが、やはり慣れてないからかどっと疲れが押し寄せてきた。

 このまま帰ってしまいたい気分になるが、その前にもう一つ仕事が残っている。


「さて……草太くん?」

「はい。分かってますよ」


 音無先輩に促されるまでもなく、瞳を閉じて集中し始める。右手の指を開閉しているのは力を発現する儀式みたいなものだ。あのふにふにした感触を思い出せと強く自分に言い聞かせる。


「……よし」


 体育の授業でこっそりやっていた練習のおかげか、少し時間はかかったものの目はじんわりと熱を孕み、エンブレムアイが発動した。


「……」

「……」


 音無先輩も四之宮先輩も、俺の目を見て微妙に口元を歪ませている。


「なんですかもう! そんなに目が光ってるのが面白いんですか!?」

「いえ、面白いというわけではないんだけど」

「見慣れないシュールな現象がちょっとね」

「笑い者にしてるってことでしょう! もう……」


 もう少し怒っているところを見せたかったが、それに気を取られると使い慣れない能力が解除されそうなので渋々意識を目に集中させた。

 実は変身した二人をこの目で視るのは今日が初めてである。二人の魔法少女の頭上には、俺だけにしか見えない特別な紋章が浮かんでいる。その人が持つ特殊な力を分かりやすく視覚化できるようにしたものだと思えばいい。つまりこの紋章を頭の上に浮かべている人は、魔法少女とかそれに類する特別な力を持ったスペシャライザーだということだ。

 音無先輩の頭上には力強い狼の横顔が浮かんでいる。ブレイブウルフの名に相応しい紋章だと思う。

 そして四之宮先輩。彼女らしく一枚のカードが見える。右上にハート、右下にダイヤ、左上にスペード、左下にクラブのスートが描かれている。けどカードの縁には傷が付いている。よく見ればそれは黒い影。侵食するように蠢いているのが分かる。

 それだけでもう四之宮先輩の体に何か良くないことが起きているのが理解できた。あれが先輩を蝕む異物なのだ。


「取り敢えずその……左手に触れてみますね」


 彼女の外見で明らかに異常の現れている箇所を指摘する。この間、クラブフォームで俺を助けてくれた時は肘までだった包帯が、今は肩まで伸びている。異物の浸食が進んでいるという考えに至るのは自然だ。


「いいわよ。ただどんな反応が起きるか分からないから油断はしないでね」

「何かあったらあたしがすぐフォローするから」


 俺は頷き、四之宮先輩が差し出してきた左手に向けて両手を伸ばした。包帯に覆われた指先を、左右から包み込むようにして。

 手と手が触れ合う寸前で、一旦手が止まってしまう。大丈夫だろうか、何か起こるんだろうかという不安に襲われそうになったが、すぐ傍に控える音無先輩を信じ、一気に四之宮先輩の手を包み込んだ。




「……大丈夫?」

「はい……何とか」


 埃の積もった床に手と膝をつくことに抵抗がなかったわけではないが、崩れ落ちた体を支えるにはそうするしかなかった。

 人に見せたくはない吐瀉物を撒き散らした俺の背中を、音無先輩の右手が優しく擦っている。

 四之宮先輩の手に触れた途端、全身くまなく外からも内からもズタズタに犯される不快感に蝕まれていた。形容しがたい気持ち悪さが暴れ回る感覚に耐え切れず、彼女の体の異物を取り除くために集中する暇もなかった。

 そして今、情けない様子を二人の前に晒しているわけだ。


「無茶をさせたみたいね。ごめんなさい」

「いえ……そんな」


 四之宮先輩が謝ることではない。憔悴した顔で彼女を見上げると、左腕を右手で抱いて隠すように立っていた。


「俺の方こそ何にもできなかったみたいで……ショックです」

「いいんだよ。元々効くかどうか分からなかったんだし、効かなかったのが分かったんだから。君も大事には至らなかったようだし」


 確かに吐くだけで済んでいるのはマシだった。触れた瞬間に感じ取れた底の窺えぬ巨大な暗黒の深淵。凍てつくように暗い力。思い出しただけで背筋がぞくりとする。

 力の印象でいえば、鈴白さんに連れて行ってもらった境回世界で出会った幻龍王と同等のイメージだ。俺の小さな物差しじゃあ四之宮先輩も現竜王も測れる尺度を遥かに振り切っているから、どちらがより大きな力なのかは全く分からないけれど。


「でもそれじゃあ、四之宮先輩の体を治すのは」


 口の端を伝う酸っぱいものを拭いながら音無先輩に訊ねる。折角俺の力を頼ってくれていたのに、この結果じゃあ不甲斐ない。

 そんな内心を察してか、音無先輩は背中を擦ってくれながら小さく頭を振った。


「いいさ。また何か方法を探せばいい」


 穏やかにそう告げて立ち上がり、手を差し伸べてきた。


「立てる?」


 頷いて捕まると、力強く引っ張ってくれた。右手から感じる熱は、俺を癒やす魔法の波動。


「長居は無用。早く帰ろうか」


 手を離し、部長が一番に行動する。薄暗い洋館から出るために玄関の扉へと向かっている。


「変身を解き忘れないでね」


 そう忠告する四之宮先輩に背を向けたまま片手を上げて答える先輩の姿は淡く光り、スマートフォンを腰から外して見せると同時に制服姿へと戻っていた。


「あたし達も行きましょうか」


 先輩の解除を見届け、四ノ宮先輩も自分の姿を元に戻す。トランプの束を収めたケースを上着の内ポケットに仕舞い、代わりに取り出したのはまたもハンカチ。


「手と膝、汚れてるわよ」

「あ……すいません」


 彼女が準備してくれたハンカチを受け取ろうと伸ばした手は、先程俺がそうしたように優しく先輩の手に包み込まれ、汚れを払ってもらっていた。


「反対の手も見せて」

「は、はい! ……ありがとうございます」


 役に立てなかったのにこんなに優しくしてもらえ、俺は少しそわそわした。


「膝も払うからじっとしてて」

「いや、そこまでしてもらうだなんて……すいませんっす」


 俺より低い位置にある彼女の頭が更に下がる。腰を折って制服の膝をパタパタとする先輩を前に、全身硬くして動かないようにしていた。


「……はい、おしまい。相沢くん」

「あっはい!」


 それじゃあ音無先輩を追って俺たちもここを出ましょうと、動きかけた俺を制したのは細い指。立ち上がる四ノ宮先輩の人差し指が下から伸び、俺の顎に触れる。


「これ以上私に余計な真似をするな」


 俺は再び全身が硬直した。先輩に埃を払わせた緊張からくる先程の硬直とは全く異質の、恐怖から全身が竦む硬直。

 俺を射抜く黒く淀んだ瞳は、俺の体を犯した底知れぬ闇と同じ漆黒。

 怯える俺の顎を指でピンと弾き、闇を宿した女子高生は音無先輩を追って歩み始めた。

 何が起きた。俺なんかじゃ理解し難いことが起きてるんじゃないのか。もしこのまま先輩二人が邂逅したらどうなる。

 四之宮先輩の歩みを止めないと惨事が起こるのではと考え、でも俺が彼女を止められる手段があるのかと逡巡していたところで、勝手に彼女の足は止まった。

 振り返るその顔にまた恐怖を覚えそうになるが、


「何をしているの? 早く来ないと置いて行くわよ」


 そこにいたのはいつもと変わらない四之宮先輩だった。

 俺はカラカラになった喉でどうにか返事を絞り出し、重い足取りで二人の先輩に続いた。

 四之宮先輩に何が起きているのか分からない。何を成せばいいのか、懸命に考えた。

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