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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動三
52/260

魔法少女と洋館

「最近教室で聞いた噂なんだけどね」


 学校を出てからしばらく。人通りの少ない住宅街を歩いていた。俺と四之宮先輩は鞄を手にしており、音無先輩は背中に背負って愛用のロードバイクを押しながら、今日の活動の発端になる話を始めた。


「とある住宅街を抜けた先、しばらく進んだところに古びた洋館があるんだって」

 話を聞いただけで胡散臭い雰囲気が伝わってきた。怪談にありきたりな出だし、って感じだ。教室で聞いた噂話と言っているから、それはそれで正しい印象なのかもしれないが。

「その洋館に化物か幽霊が住み着いたりでもしてるんですか?」


 だからついベタベタなネタを口走ってしまった。ベタすぎてありえないだろうと思ったのだが、俺を見る音無先輩の頬は不服そうに膨れていた。


「なんで先を言っちゃうかなあ」

「いや……えぇ? 当たりですか?」


 そんな馬鹿なと言葉に詰まる俺と話を続けてくれそうにない先輩を見兼ねたのか、四之宮先輩がその先の話を引き継いだ。


「話としては古典よね。だからこそ、興味を惹かれて引っかかってしまう人が少数とはいえ必ず出てしまうんでしょうけど」

「引っかかるっていうのは?」


 俺の問いに、四之宮先輩は手の甲を向けたピースをしてきた。


「この数日で既に二人、洋館の前で気を失って倒れているところを発見されたそうよ。そのうち一人はうちの高校の生徒……多分、隣のクラスの子ね。何日か続けて休んでいるらしいし」


 先輩は話の途中で中指を折り、指一本だけを立てた。どうやらピースじゃなくって犠牲者の数を表していたみたいだ。


「噂が素早く拡散したのはうちの生徒が犠牲になったのも関係してるんでしょうね。おかげであたし達も早く動ける」

「でも人が二人立て続けに倒れてたのは不自然ですけど、それだけで洋館に何かいるってのも……もしかしたらただの偶然で何もいないかもしれませんよ?」

「それならそれでいいの。何もいないならあたし達の出番はないってことでしょ」

「それでいいんだよ。魔法少女の力なんて振るわれない方が平和な街の証なんだから」

「……そっか」


 先輩たちの言葉に納得した俺は黙って二人についていった。

 別に先輩たちは戦うために街に蔓延る異常を探してるわけじゃないんだ。街の平和や人々の安全を守るため、身近なところにある異常の兆しを調べているんだ。

 初めてボランティア倶楽部のもう一つの活動に参加したから感情が昂ってたのかもしれない。てっきり戦うものだとばかり思い込んでいた。きっとこれまでの活動でも、噂に振り回されて空振りに終わったことがあるに違いない。けどそれは力を振るわないで済む、喜ばしいことなんだ。


「お? あの建物かな」

「それっぽいわね」


 二人の言葉に思案を中断すると、いつの間にか住宅街を抜け、ほんの少し小高くなった場所の先にひっそりと佇む古びた洋館が姿を現した。

 先程まで歩いてきた住宅街とは打って変わって、その建物の周辺だけ異様な雰囲気を漂わせていることが、遠目でも伝わってきた。木々は生い茂り、館の壁面を覆い尽くすように蔦が這い渡っている。長い年月を人の手に触れることなく過ごしてきた佇まいは、まるでその周辺だけが違う土地からやってきたかのように場違いな印象を受けた。

 さっきまで歩いていた住宅街に住んでいる人は、あんな建物が歩いていける距離にあることに違和感を抱かないのか。長く住んでいて慣れてしまったのか、と考えていると、音無先輩は手に持ったスマートフォンを見ながら呟いた。


「どうやらビンゴね」

「分かるんです?」


 俺が訊ねると、先輩は赤いスマートフォンの画面を傾けて見せてくれた。


「変身アプリと別に索敵用のアプリも入っててね。それっぽい反応があるとアプリが知らせてくれるんだ」


 先輩の端末の画面には、デフォルメされた黒い仔犬が吹き出しで『危険かも!』と知らせていた。なるほどと思うと同時に、その犬が先日の先輩の誕生日で黒板に描いていた犬の絵とそっくりなことに気が付いた。あれをデザインしたのは鈴白さんだから、先輩がこの犬をデザインしたアプリを使っているのを知っていたのかもしれない。


「ただ、多少正確性に難があるからある程度近くまで来ないと探知できないことも多いんだ。今回が正にそう」

「でもこうして教えてくれてるってことは、やっぱりこの場所に何かあるってこと、ですよね?」


 音無先輩は頷き、四之宮先輩は胸に手を当てていた。


「あたしの方でも微弱ながら感じているわ」

「む、胸でですか?」

「ポケットのトランプで、よ。……今の発言はセクハラで訴えてもいいかしら?」

「いやそういうつもりじゃ!……すいませんでした」

「ほら、二人ともいちゃついてないで行くわよ」

「分かりましたよ部長様」

「うう……俺は叱られていただけですよ」


 ボランティア倶楽部部長を筆頭に、部員である四之宮先輩と俺は後ろに続いて怪しげな洋館へと立ち向かっていった。

 道沿いの塀も門も植物に覆われていたが、音無先輩が押す錆び付いた門は抵抗なく開いて俺たち三人を出迎えた。滑らかに開いたのは、つい最近訪れた犠牲者が同じようにこの門を開けたからかもしれない。

 敷地に踏み入ったところで音無先輩がロードバイクを門の傍に立てかけて身軽になった。

 洋館の玄関までは数メートルといったところだが、足元は踝付近まで伸びた雑草が茂っていて歩きづらくもある。

 玄関の扉の前に辿り着き、ようやく足元に不自由を感じなくなった。すると音無先輩が扉に軽く拳を打ちつける。コンコンと響くノックが聞こえたが、それだけであった。


「まあ返事はないよね」

「人は住んでないでしょうし」

「あったら軽いホラーっすよ……」


 待ち受けているのは怪奇現象よりも恐ろしい怪物なのかもしれないけど。そう考えると一瞬身震いしたいが、先輩とはいえ女性の手前、情けない姿は見せられないという思いが勝り不安な気持ちをどうにか押し殺した。

 先輩たちを前にこんな見栄を張る必要もないのだが、そこはやはり男の子としての面子があるのだ。


「んじゃ、お邪魔しまーす」


 とはいえ先陣を切って館に突入していくのは先頭にいた音無先輩なので、俺は彼女の後ろをついていくだけなのだが。

 玄関の扉を手前に引き開けた音無先輩が洋館へと踏み入り、俺が開いた扉を押さえている間に四之宮先輩が続いて、最後に俺が中へと入った。

 踏み込んだ瞬間、空気が奇妙に変わるのを感じた。それは草木の香る外から長い間放置されていた建物の中に入って臭いが変わったとか、そういうんじゃない。もっと根本から、大袈裟に言うと世界が変化したような錯覚。

 先日、魔法少女の鈴白さんと忍びのスペシャライザーでありマジカルシェイクの副店長である巻菱蓮さんと一緒に魔女の領域という日常の世界から隔絶された不可思議な空間に立ち入ることがあったが、どこかそれと似ていると思った。

 玄関を入ってすぐ、荒れて朽ちた広いエントランスホールが俺たちを出迎えた。その様相と踏み入った時の奇妙な感覚を感じたせいか、音無先輩が立ち止まると後ろに続いていた俺と四之宮先輩も歩みを止めた。

 ホールの正面と左右にはボロボロになった扉があり、左右の扉の傍から階段が伸びており、このエントランスホールを見下ろせるように廊下がぐるっと囲んでいる。灯りもなく薄暗いし、階段も廊下も体重をかけたら抜けてしまうんじゃないかと思わせられるくらい風化しているなと周囲を観察していると、突如背後から響いた音にビビって四之宮先輩に縋りつきそうになってしまった。


「な、何!?」


 それはバタンと扉の閉まる音だった。俺が手を離したから勝手に閉まったのかと思ったが、外の世界と物理的に断絶されてしまうのを不安に感じて扉に手をかけた。開けて外の光を入れておかないと、廃墟のような洋館の中は暗すぎて不便だから。


「あ、あれ?」


 取っ手に手をかけて押したところ、ガタガタと音がするだけで一向に開く気配がない。音無先輩が外から引いて開けていたから、中からなら押して開くはずなのに。

 違うと思いつつも手前に引いたり、横にスライドさせようとしたり、思い切って肩から体重をかけて押してみるが全然手応えがない。立て付けが悪い、というわけじゃないだろう。


「先輩! と、閉じ込められちゃいました!」


 外との繋がりを絶たれたことに焦って報告するけど、二人は慌てた様子もなく周囲に気を張っていた。


「人を襲うんなら逃げられないようにそうするわよね」

「落ち着いてあたしの傍から離れないように。ほら肩汚れてる」

「あ……ありがとうございます」


 四之宮先輩がハンカチで肩に付いた汚れを払ってくれる。さっき扉に体当りした時に汚れたものだ。

 ここまで落ち着き払って行動されると、取り乱した自分が恥ずかしくなってくる。やっぱり先輩たちは踏んできた場数が違う、慣れた様子だ。


「さて。一体何が待ち受けてるか」


 埃にまみれたエントランスホールを三人で進み、フロアの中央付近を通過しようとした時だった。俺たちの足元から花が一気に開花するように、辺りの様相が綺羅びやかに一変していく。

 汚れた床も壁も、朽ち果てそうだった階段も扉も、淡く光る天井のシャンデリアも、まるで毎日塵一つなく掃除の手が行き届いているかのような、綺麗で美しい洋館へと変貌した。


「幻覚?」


 突然の変容に警戒を強めたのか、先輩たちはその場に留まり身構えた。俺は何度も何度も目を擦ったが、館の様子は元に戻ることはない。


「お、俺も幻覚にかかっちゃったんですか!?」


 こういった魔法が効かないことが唯一の取り柄だったのに、その能力が働かないならただの男子高校生でしかない。四之宮先輩に縋りつきそうな狼狽えぶりを披露してしまったが、彼女は冷静に俺を諭した。


「多分、魔法の対象はあたし達じゃなくってこの建物自体なんでしょう。だから自身への攻撃じゃないからアイアンウィルも機能してないんじゃないかしら」

「ほ、本当ですか?」

「全員同時に同じ光景を見せられているんですもの。そう考えるのが妥当でしょ」


 自分の能力が働かなかったわけじゃない、そう聞かされると少しだけ安心した。と同時に、こんな光景を見せてくるだなんてどんな奴が相手になるのか、俺も気を引き締めた。

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