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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動三
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魔法少女と保健室

 意識を取り戻した時、天井を見ていた。


「イ……ッテエ……!」


 額がズキズキする。割れるんじゃないかという激痛に、つい右手で触れてみるが、そこには何か貼ってあった。

 何だろう? その下の額は少し腫れているように感じられ、それから徐々に現状を把握してきた。

 頭に女子が授業でやっていたソフトボールの球が直撃して、保健室に担ぎ込まれたのか。ベッドに寝ていた俺の格好は、体操着のままである。


「大丈夫?」


 左から聞こえた声の方へと視線を動かすと、そこには不安気な表情をした女子が一人いた。


「委員長……? 何でいるの?」


 頭を押さえながら訊ねていた。


「心配だったから……」

「いや、そうじゃなくって。教室にいなくていいの……?」

「もう放課後だから」


 気怠げに質問していたが、それを聞いて納得した。放課後なら彼女がここにいても不思議はない。


「……って、ええ? マジで、もうそんな時間……?」


 室内に時計がないかと、体を起こそうとした。頭は痛いが体は動く。


「無理しちゃ駄目だよ!」

「いや、体は平気だよ。頭が痛いだけだしさ……それより、今何時?」


 椅子から腰を上げ、俺の体をわざわざ支えてくれる委員長に訊ねた。カーテンに仕切られた保健室のベッドからでは、室内に時計があるか確認できなかったのだ。


「もうすぐ四時になる時間だったよ」

「えぇ……ってことは五時間近く寝てたのか? ああ、なんか急に腹減ってきた」


 現在の時間を意識した途端、腹の虫がグゥと鳴る。寝ていたせいで昼飯は抜く羽目になったんだ、当然である。

 左手で腹を抱えていると、椅子に座っていた委員長が足元の鞄の中を探り、


「あの、これ……きっとお腹空いてると思って」


 彼女が取り出しているのは、なんとパンである。


「え……マジで?」


 もしかしてそれを俺にくれるのだろうか。そう期待してしまいながら見ていたのだが、


「え…………」


 絶句してしまう。彼女が取り出しているのは確かにパンなのだが、一般的に想像できる菓子パンではなく、太く立派な硬さを誇る長大なフランスパンであった。


「……私が購買に行った時はこれしか売ってなくって」


 そりゃあまあ、昼食にフランスパンを優雅に齧る奴はいないだろう。


「いやいや。腹減ってるし、食べ応えありそうだから丁度いいよ」


 よかった、と言う彼女からフランスパンを受け取り、今は手持ちのお金がないことに気が付いた。


「いくらだった? 後でちゃんと払うよ」

「いいよそんな! お金が欲しくて買ってきたわけじゃないから」

「そうは言うけど……」

「本当に。気にしないで」


 これ以上言っても平行線だと感じた俺は、後で別の形でお礼をした方がいいだろうと思いながらお礼を口にした。


「ありがとう。それじゃあいただきます」


 フランスパンの端からガブリと噛み付いた瞬間、予想以上の硬さと乾燥具合に口の動きが止まってしまう。しかし自分が持ってきたパンが気になるのか、俺の方をニコニコして見守っている委員長がいる以上、このまま停止しているわけにもいかない。頑張って重くなった口をもっさもっさと動かし、ようやく一口飲み込んだ。


「こりゃあ……美味しいね」

「ふふ、良かった」


 どうにか委員長の笑顔を守り切ることができた。頑張った自分を褒めてくれるのは、今は自分しかいないのが寂しい。


「けど午後の授業全部すっぽかしちまったな……英語と日本史だったっけ」

「うん。それなら……」


 委員長が再び鞄を探り始めた。また驚くようなモノが出てくるのかと若干身構えたが、取り出されたのは二冊のノートだった。


「これ。午後の授業の内容とってるから使って」

「いいの? でも委員長、復習とかに必要だろ?」

「明日は英語も日本史も授業はないし、一日くらいなら全然大丈夫だよ。だから使って」


 至れり尽くせりである。恭しく頭を下げ、二冊のノートに手を伸ばして委員長から受け取った。


「ありがたく使わせていただきます」


 受け取ったそれを、とりあえずは枕元に置いておく。鞄も着替えも教室にあるはずだ、後で取りにいかなくては。


「色々とありがとう。すごく助かるよ」

「うん……でもお礼なら大野くんと岡田くんにも言わないといけないよ」

「は……? なんであの二人?」


 あいつらは俺を置いて覗きに行ったはず。どうしてお礼を言わなければならないのかという疑問が浮かぶ。


「相沢くんが倒れたのをここまで運んだのはあの二人なんだよ」

「マジか……」


 意外すぎる事実に面食らってしまう。それが本当なら、後で彼らにも礼を言わざるをえない。


「それじゃあ私、行くね」

「ああ。わざわざ様子見に来てくれてありがとう」


 鞄を手にして立ち上がる彼女に改めて感謝の言葉を口にした。


「また明日」


 そう言って手を振る委員長に、手を振り返した。扉から出て行く彼女の姿が見えなくなるまで手を振り続け、後には俺一人だけが室内に残された。

 俺もいつまでもこうしてベッドの上にいるわけにはいかない。とりあえずはこのパサパサのフランスパンをお腹に詰め込んでから教室に戻ろう。


「そうだ、先輩たちにも連絡しないと」


 部室で俺のことを待っているかもしれない。そう考えると気が急き、委員長のフランスパンを一生懸命食べ進めた。

 最後の一口を押し込んだところで、先程委員長が出て行った保健室の扉が開く音が聞こえた。

 保険医の先生が帰ってきたのかと思ったが、カーテンの仕切りを開けて現れたのは委員長とは別のクラスメイトであった。


「……よ」

「柏木さん?」


 突然やって来た彼女を不思議に思ったが、何も言わずにさっきまで委員長が座っていた椅子に腰を下ろし、足元に鞄を置くと口をへの字に結んで顔を背けている。

 まさかお見舞いに来てくれたのかとも思ったが、それにしては何も言わずにこんな態度をとっているのは妙である。それにこう言っては何だが、少しは仲良くなれた気がするけど彼女一人で見舞いに来てくれるほどまで親睦が深まっているとは思えなかった。

 沈黙が微妙に気まずい。何をしに来たか口にしない彼女に問いかけるべきかと考えた時、蚊の鳴くような声がボソリと聞こえた。


「え?」

「……ったよ」


 何と言っているのか聞き取れずに顔を寄せたところで、


「だから悪かったって言ってんだよ!」


 耳元で大声を出され、左耳を押さえて顔をしかめてしまった。


「わ、悪い」

「別にいいんだけど……何で謝るの?」


 耳がキィンと鳴っているが、どうして柏木さんが謝罪しているのか訊かずにはいられなかったが、俺以上に疑問の表情を浮かべていたのは彼女の方だった。


「何……お前にボールぶつけたのわた」


 そこでハッとして口を噤んだ様子を見て、大体の事情を察してしまった。


「ああうん……いい打球だったよ」

「うるせーよ!」


 元気のいい女子である。声を荒らげたことを反省したのか、気配をシュンとさせてまたボソボソと話し始めた。


「ピンポイントで当たるなんて、思ってなかったよ……マジで、悪かった」

「いやまあ、俺もボーッとしてたし。ちゃんと見てたらもしかしたら避けれたかもしれないしさ」


 そういえば気を失う直前、何かに気を取られていた覚えがある。あれはなんだったか、確か光っていたような。


「……怒ってる」

「へ?」

「謝っただけじゃ許せないってのは分かるけどさ」


 俺が黙ってしまったのを勘違いしたのか、柏木さんがそんなことを言ってきた。だから俺は慌てて訂正しておいた。


「イヤイヤ、別に怒ってるわけじゃないから許すも許さないもないし」

「本当かよ……」


 柏木さんが懐疑の眼差しを向けてくる。俺は困ってしまった。


「本当だって。それとも俺が怒らなきゃ柏木さんが納得しないとか?」

「怒ってねえのが逆に不安っつうか」

「打ったのが柏木さんだって知らなかったってのもあるしな。だから怒るつもりもないし、許してほしいって言うならわざわざ謝りに来てくれたんだし、それで充分さ」

「……許してくれるんならいいけどよ」

「許す許す。だから気に病むなって」

「けどこれは受け取ってくれよ。詫びの品ってことで」


 と、彼女は足元の鞄を探ると中から何かを取り出した。それは俺に既視感を抱かせるモノであった。


「腹空かせてるだろうから買っといたんだよ。これで昼飯抜きになったのはチャラにしてくれよ?」


 そう言いながら差し出してきたのは、太くて硬くて長いあのパンだった。


「それしか売ってなかったけどさ、食いごたえあるやつがいいと思ったし、丁度良かっただろ?」


 俺はそれを受け取りかねていた。まさかさっき委員長が持ってきてくれたパンと同じものだとはという驚きもあったし、何よりそれを受け取っても口の中がパッサパサで食いきれる自信があまりなかったからだ。


「…………はぁ」


 固まっていた俺を見て、明らかに彼女が落胆した。落ち込んだ顔でフランスパンを引っ込めようとするのを見ていられずに、引ったくるようにしてパンを受け取っていた。


「でかいから驚いたわマジで! これなら夕飯もいらないくらいだな、サンキュー!」


 モシャ、と一口パンを齧る。口の中の水分が圧倒的に足りずに思うように動かせないが、それでも俺は笑顔でパンを貪り続けた。


「お前、そんなにフランスパン好きだったのか……買ってきて良かった。ああ、金はいらないかんな。お詫びだし」

「うんうん……嬉しいなあ」


 俺は泣いた。自分のお人好しで自分の首を絞めている現実に、貴重な水分が失われるのも憚らずに一筋の涙を流した。

 しかしとうとう限界である。口に含んでいたパンをどうにか飲み込むと、カラカラに乾いた声で内に秘めた欲望を口にしていた。


「み、水……」


 保健室のベッドの中で干からびそうな俺の様子に、ようやく救いの手が差し伸べられた。


「なんだよ喉乾いてたのか。先に言えよな……ほら」


 次に柏木さんが差し出してきたのは、飲みかけのペットボトルであった。


「――!」

「うわっ!」


 視認するや否や乱暴にペットボトルを受け取ると、蓋を開けて口を付け、あっという間に半分ほど飲み干していた。


「っぷは! うっめえ! 喉乾きっぱなしだったから生き返る気分だよ。ありがとう」

「い、いいよ! それもやるから!」


 ペットボトルを返そうとしたが、受け取りを断られた。これもお詫びの品にしてくれるということだろうか。それはとても助かる。


「も、もう行く! 早く怪我治せよな! 見てるとこっちまで痛くなっちまう」


 鞄を手にして椅子を鳴らして立ち上がった彼女が、ベッドを囲むカーテンから出ていこうとする。その後姿に声を掛けていた。


「柏木さん! 来てくれてありがとう。嬉しかったよ」

「……私がぶつけたってのに、変なやつ」


 彼女は肩越しに俺を振り返り、最後に小さくこう付け足した。


「京子でいい。苗字で呼ばれるの、くすぐったい」

「え? あの……柏木さん?」

「京子でいいっつってんの! じゃあな!」


 乱暴に言い捨ててカーテンを閉めていった。彼女が出て行った保健室の扉の開閉音を聞きながら、残された俺はキョトンとしていた。

 最後の台詞はつまり、下の名前で呼べというお達しだろうか。口に手を当てて考えながら、内心とてつもなく焦っていた。

 女の子を下の名前で呼ぶ。そんな難易度の高いことを俺にしろと言ったのだ、彼女は。


「そんなこと俺にできるわけがない……」


 でも呼ばなかったら、さっきみたいに怒鳴られてしまうのかもしれない。嫌われたりするのだろうか。折角話しをするようになったのにそれはすごく勿体無い。

 呼ぶしかないのか……。

 自分にそう問いかけながら、もらったペットボトルを飲もうとした時にふと気が付いた。


「そういえばこれ、開いてなかったか……」


 蓋を開けた時、新品のペットボトルの蓋をねじ切る音がしなかった気がする。そもそも、最初から中身は減っていなかっただろうか。これを返そうとした時、慌てて断った柏木さんの顔は赤かった気がする。

 ゴクリ。

 鳴らした喉の音がやけに大きく耳に届いた。


「……ハッ!?」


 もらったペットボトルを手に硬直していた俺の耳に、更に別の音が聞こえてきた。

 ドタバタと廊下を駆ける音、そして扉を開く音、カーテンレールが滑る音。


「ごめんなさい!」


 ペットボトルのことを怒られると思い込んだ俺は、突如やってきた闖入者たちを確認する間もなくそう口走っていた。


「お、おう?」

「いきなり謝罪とは反応に困るな」


 やって来たのは女子ではなく男子、それも二人である。


「……なんだお前らか、驚かせやがって」


 坊主とメガネの二人組、クラスメイトのダブルオーである。


「なんだぁそのあからさまな態度は」

「今がっかりしなかったか?」

「してねえよ! 何しに来たんだ……」


 と言いかけたところで、この二人にしなくちゃならないことがあるのは俺の方だと思い至った。


「そういや二人が俺を運んでくれたんだって? 委員長から聞いたよ」

「委員長? 来てたのかよ」

「ああ、少し前にな。その時に聞いたんだよ。手間かけさせたな、悪かった」

「いいって。気にすんなよ」

「ああ。おかげで覗きがバレずに済んだからな」

「……は?」


 待て待て、折角いい話風に進んでいたのに途端にきな臭くなったぞ。


「イヤー、危うく覗きがバレそうだったんだけどさ」

「グラウンドに戻ったら都合よくお前が倒れてたから二人して保健室まで運んでそのまま隠れてたんだ」

「……はは~んなるほど。つまり俺は体よくお前らに利用されたわけだ」

「利用だなんて人聞き悪いな」

「お互いに最大の利となる行動をとったまでだ」

「もういい。礼言って損した」

「礼なんて言ったか?」

「言ったろ、悪かったって」

「それは礼と言っていいのかな。私は疑問に思った」


 三人で無駄な話をして無駄に時間を潰していたが、大野が思い出したように話の舵を切った。


「そういやお前、今日はもう帰るんだろ?」

「ん? いや、一度ボランティア倶楽部の方に顔出してから帰ろうと思ってる」

「そっか。とにかくもう教室には戻らないんだろ?」

「ああ」

「だろうと思ってお前の荷物と着替え、持ってきておいたぞ」


 岡田が掲げて見せたのは、俺の鞄と制服だった。


「おお! 気が利くじゃん」


 俺は喜んで彼の持ってきた荷物を受け取った。


「それだけじゃねえぞ」


 今度は大野が自分の鞄を探っている。何かあるのだろうか。


「お前昼抜きだろ? 腹減ってるだろうと思って」


 その台詞に嫌な汗が流れるのを感じる。


「売店にはこれしかなかったんだけどよ。食べ応えあるからいいよな」


 ズズズ……。奴の鞄から抜き出されたのは、例のパンであった。


「ほら、遠慮せずに食え。代金は後でいただくからな」

 俺は今日一番の笑顔を浮かべ、大野からフランスパンを受け取った。


「嫌がらせかあああ!!」


 怒りを露わにし、真っ二つにへし折ったフランスパンをダブルオーの口にねじ込んだ。


「ぶふわあああああ! 相沢がご乱心だあああああ!」

「ふごふご……こんなに太いの食べられないよぉ」


 こうして騒いでいるところを校医の先生に見つかって叱られるまで、二人にフランスパンをねじ込み続けた。

 皆からもらったフランスパンは、この後三人で美味しくいただきました。

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