魔法少女と登校
「いやあ朝起きたらあたしが真ん中の布団で寝てて草太くんが消えてるから焦っちゃったよ」
朝食の準備をする音無先輩が、ダイニングテーブルに着く俺に声を掛けてくる。隣には四之宮先輩がコーヒーを手にして腰掛けている。三人共すでに制服に着替えた後だ。
「もしかして攫われたんじゃあなんて考えたけど、そんな反応があったらすぐ跳ね起きるし……。けどトイレに行ったまんま寝ちゃうだなんて、疲れが溜まってたんだねえ」
トーストと目玉焼き、そしてベーコン。昨日の朝食と同じメニューが目の前に差し出し、先輩もエプロンを外して向かいの椅子に着いた。
結局あの後はリビングに戻ることなく、先輩の言った通りトイレに辿り着いて便座に腰掛けたまま寝てしまった。あの空間に戻って寝るだけの度胸は俺にありませんでした。
「あの子の寝相、酷かったでしょう」
隣の先輩が小声で、意地悪な笑みを浮かべながら言ってきた。この人はあの人の寝相を知っていたから、真ん中の布団に俺が寝るよう仕向けたんだ、間違いない。トイレに引きこもったのは寝相じゃなくて色気にやられそうだったからなんですけど、とは口が裂けても言えない。
「知ってたんなら教えてくれてもいいじゃないっすか」
「あら。良い思いしたと思ったのに」
げほっげほっ。核心を突いた一言にコーヒーが違うところに入った。全部知っているのかこの人は。見透かしすぎである。
「してませんよ、そんなの」
「二人で何コソコソ話してるのさあ」
小声でのやりとりが気になるのか、トーストを齧りながら先輩が話しかけてきた。
「昨日もそうでしたけど、先輩って食べるの早いですよね」
「そお?」
「あたしなんてまだ一口しか食べてないわよ。あむ……二口目」
「そりゃあカリンの口が小さいからでしょ」
先輩は目玉焼きもベーコンもパクパクと食べ進めていく。昨日は全然気にしなかった、気にかける余裕がなかったというのが正しいんだが、とにかく美味しそうに食事をしているのが見てるこっちも気持ちいいくらいだ。
「けど昨日はもうちょっと上品っていうか……落ち着いて食べてたような気もしますけど」
「昨日はあたしも色々気を張ってたから。ちょっとは取り繕った姿見せてたかもだけど」
もっしゃもっしゃと朝食を片付けていく姿は気持ちいいを通り越して豪快ささえ覚える。
「大分打ち解けてきたかなって思うともう気張る必要も……ねえ」
「昨日は君の面倒をしっかり見るようにって、前日に強く言っておいたからその効果もあったんでしょう。その効果はすっかり切れてしまったようだけど」
静かに朝食を摂る四之宮先輩。上品っていうのはこういう所作のことを言うんだろうな。
「相沢くんもゆっくり食べなさい。この子に合わせたらお腹がパンクしちゃうわよ」
「失礼ね! あたしのお腹は丈夫だからパンクなんてしません!」
「別にあんたの心配をしたわけじゃないって」
「あはは……はい。ゆっくり食べます」
俺と四之宮先輩がゆっくりと食べている最中に、一足二足早く食べ終えた音無先輩はテキパキと食器を片付けていく。
「通学はどうするの?」
食べ終わり、最後にコーヒーを飲んでいると、同じくコーヒーを手にした四之宮先輩が再び声を掛けてきた。
「昨日は先輩と一緒に自転車で行きましたから、今日もそうなるんですかね」
「あたしはバスで行くけど、相沢くんもそっちにする?」
俺は昨日の通学風景を思い返していた。揺れるお尻。遠ざかるお尻。長く続く坂。もう見えないお尻。もっと見たかった。でもダメだった、俺には先輩を追いかけるのは無理だった。
「あたしは自転車で行くから、どっちか好きに選んでいいよ」
「バスでお願いします」
俺は楽な方を選んだ。
登校の時間となり、三人の中でおとなし先輩だけが自転車を押していた。
「それじゃあまた学校でね」
ロードバイクに跨って手を振ると、音無先輩はペダルをこいで颯爽と走り去っていった。スカートからちらりとスパッツが覗けた。ありがたやありがたや。
「さ、拝んでないであたし達も行きましょ」
「はい。あ、いいえ拝んでないです拝んでないですよ!」
声や動きに出した覚えはないのに四之宮先輩に咎められてしまった。彼女の直感だろうか。だとしたらその冴えが恐ろしい。
「バス停まで少し歩くわよ」
「ええ。どこまでも着いて行きます」
横に並び、彼女の歩幅に合わせてバス停を目指した。昨日は音無先輩、今日は四之宮先輩と一緒に登校。二日続けて女の子と並んで学校に行けるとは、なんて贅沢な体験であろうか。
昨日はツーリングで疲れたが、今日は徒歩だしのんびりとできる。小柄な四之宮先輩は歩幅も俺より少し狭く、並んで歩いていれば疲れることもない。
ただ、音無先輩と比べて落ち着いた雰囲気を醸し出している彼女との登校は、雰囲気の通り静かなものだった。それはそれでいいのだが、折角だし何か話でもできれば、と考えてはいた。
しかし、よくよく考えてみると昨日知り合ってから今の今まで、先輩と二人っきりになる瞬間はまったくなかった。どんな話題が会話の取っ掛かりになるかさっぱり掴めない。強いて二人の共通の話題を上げるとすればサークルとか、音無先輩とかになってしまう。
「そういえば音無先輩ってかっこいい自転車に乗ってますよね」
だから話の種に持ってきたのは、さっき目に付いた青いロードバイクにした。街でたまに見かけるタイプの自転車だが、身近で乗っている人はいなかったからとても新鮮に見えた。
「あらら。てっきりアヤメのでかい尻しか見てないかと思ってたわ」
「そ、そんなわけないじゃないですか! ちゃんと自転車も見てました!」
ふ、と目を細めて笑う様は、微笑とか冷笑といった類のものだ。白髪で眼鏡を掛ける彼女には、そんなミステリアスな空気を乗せた表情が映える。
「あたしと出会った時にはもうあの自転車に乗ってたわ。お兄さんのお下がりなんですって。その兄さんの影響で始めたそうよ」
「大学に通うために一人暮らししてるって、昨日言ってましたね」
「たしか自転車部に推薦で入学したってアヤメは言ってたっけ」
「推薦ですか! それって滅茶苦茶凄いんじゃないですか?」
「実際走っているところを見たことはないけれど、推薦されるからにはそれなりに実力があるのは確かでしょうね。そんな兄の影響だから、あの子もバカみたいに速いでしょ?」
ええ、確かに。昨日は見失わないよう懸命についていきましたけど、今の話を聞いたら本気で走った先輩のお尻を拝める気がまったくしなくなりました。
「けどそんなに速いなら、部活動としてやってないのがもったいないくらいですね」
「ボランティア倶楽部を立ち上げなければ、今もサイクリング部に所属してたでしょうね」
「ええ!? 部活動でやってたんですか!」
「やってたわよ。サークル立ち上げ前だから一年生の三学期が始まってすぐに辞めたかしら」
それは初耳だ。サークル立ち上げ時といえば、二人が力を取り戻した頃になる。取り戻したことが結果的にサイクリング部を辞めることになってしまったのか。
「だとしたら余計もったいないですね。折角入部してて、あんなに速いのに辞めてしまったなんて。なんとか入部したまま、ボランティア倶楽部みたいな活動はできなかったんですかね」
そうは言ってみたものの、難しいことだというのは理解していた。部活をしながらボランティア倶楽部の本当の活動目的である人を守ることを実践するなんて、時間が足りなそうだ。それなら時間に融通を効かせられるサークルの活動にだけ集中するほうが効率的だ。
でも、好きなロードバイクを走らせることができる部活を辞めるのは辛かったんじゃないかな、先輩の気持ちを考えるとそう思わずにいられなかった。
「あたしもね、そう思ったからサークルなんて立ち上げずに部活を続けたらって言ったわ」
友達ならまずはそう言ってみるよな、頷きながら黙って話を聞いた。
「そしたらあの子ってば、もう退部届出してサークル作る準備してるから、なんて言うもんだから。後先考えず突っ走る脳筋なのよ」
「あはは……先輩っぽいですね」
思い立ったら即行動。考えるよりも先に体が動く、体育会系のノリが過ぎているようだけど。
「そんなにすぐ行動に移しちゃうなんて。力が戻ったことがよっぽど嬉しかったんですね」
だけど返ってきたのは賛同の言葉ではなく、ふん、と息を吐く音だった。
「昨日はあたしもアヤメも力を取り戻したって説明したでしょ」
「ええ、してくれましたね」
「正確には以前までと全く同じ力を取り戻せたわけじゃないのよ。二人共、ね」
「ええと……それはどういう……。あ、ゲームみたいにレベルが一からやり直しになったとかそういう?」
先輩が小さく首を左右に振った。どういう意味なのかさっぱり分からない。
「まず彼女の方は妖精から力の源を直接受け取って戦っていたの。昔は折りたたみの携帯電話を使ってて、そのストラップに姿を変えた妖精がすぐ傍にいた」
ふむふむと話を聞く。昨日の話の中にはなかった細かなところが補足されていくので、記憶に留めていく。
「ところが大戦が終わって妖精が帰っちゃったわけね。さあ困ったどう変身するか……て時に届いた新しい変身方法が」
「スマホのアプリですね! 昨日言っていたし、部室でもスマホを弄って変身しましたよね」
「そう。妖精の国から送られてきた、その国のために戦った戦士へのお礼。以前使っていた力をこの世界のために役立ててもらいたかったのね」
他の世界のために自分たちの世界の力を貸してくれるだなんて、随分と太っ腹な妖精さんの国だなと関心した。もしくはそれだけのことをするほどの強固な絆が二つの世界……妖精さんと音無先輩の間にあったのか。
「へえぇ。その変身の仕方が変わったのと、力が完全に戻らなかったのに因果関係が?」
「ご名答」
ピッと人差し指を立てて答えてくれた。
「以前は妖精を通して直接力の源泉……彼女たちは“ワイルドエナジー”と呼んでいる魔力の塊みたいなものね、それを体に取り込んでいたけど、今はアプリを通して、妖精の国から転送されてくるエナジーを受信して体に宿してるそうよ。彼女しか分からないことだから、その拙い解説をあたしが一生懸命分かりやすく噛み砕いて翻訳したのが今の説明だけど、オッケー?」
ふむ。以前は身近で力を送ってくれる妖精がいたが、今は遠くにいるしスマートフォンのアプリを通してしか受信できないから力の転送量が少なくなっている、ということかな。
「昔は有線接続で快適だったのに、今は無線接続で回線が細くなった……みたいな?」
とりあえず自分なりに解釈したことを例えて言ってみると、四之宮先輩に感心された。
「その例えいいかもね。今度から説明した後にそれを付け加えてみようかしら」
自分が今思いついたアイデアを取り入れてもらえるようで、少し嬉しい。
「そんな訳があって、前より一度に出力できる力の量とか減っちゃって弱体化してるのよね」
「やっぱりそれって大問題ですか?」
「大戦が終わってから強敵と呼べる敵も減って、今のところさしたる問題じゃないけれど」
先輩がこちらの顔を上目遣いで見上げてくる。そんな顔されるとちょっとドキッとする。
「将来的には分からないでしょう」
「う……強いに越したことはないですよね」
答えながら、思わず前を向いて視線を逸らしてしまった。白髪のくせっ毛で眼鏡っ娘だなんて目立つ出で立ちに注目してしまうけど、それを差し引いても普通に可愛らしい人である。
「それで」
バス停に着くと、待っている人の姿は一つもなかった。丁度走り去るバスが見えたので、あれに大勢乗って行ったのだろう。二人きりの停留所で、隣の先輩に話の続きを促した。
「四之宮先輩の方はどういう風に力が戻ってないんですか?」
「分かりやすく言えば、アヤメの魔力の源泉に当たるところに異物が混ざり込んだ感じね」
「異物ですか?」
「大戦の時に力が暴走したのは話したでしょ」
「ええ」
「暴走の引き金になったのがその異物……黒く濁った力の塊とでも言えばいいかしら。思えばそれは最初からあたしの中にあったのだけれど……」
そこまで言うと、暫し話を中断しておいてフッと笑った。
「昔語りは止めましょう。その異物があるせいで、力を奮っているとふとした拍子で呑まれそうになることがあるの」
白いシーツに落ちる黒い染み。際限なく広がる染みが白を黒に塗り替える様を想像した。
「だから力に呑まれてしまわないように気を付けなきゃならない点が、縛りになってるのよね」
「ウィルスみたいなもんですね。発症したら止め切れなくって蝕んでくるなんて」
「そう。だからあたしもアヤメも、一度魔法少女を止めて復帰してみたら弱くなってたっていう、半端者な存在なのよね」
そういう四之宮先輩の横顔は笑っているのだが哀愁を帯びて見えた。
「サークルを立ち上げた理由は力が戻ったからだけど、それが嬉しくて立ち上げた訳じゃないのよ。寧ろ逆」
「……え?」
「力が戻ったのに、体の変調は元に戻らず変身すれば異常に蝕まれる。そんなあたしを見ていられずに、治す方法を見つけたかったのよ」
ウェーブがかった毛先を指先で弄んでいる。その髪は元々どんな色をしていたのだろう。本当は眼鏡もかけていなかったんじゃないか。視力の低下している瞳が濁っているように見えたのは、気のせいか。
「あたしを入部させたのも、傍に置いて力をなるべく使わせないためでしょうね」
「音無先輩がそう言ったんですか?」
「言うわけないでしょう。あたしを勧誘するときの本音を隠した口説き文句と必死で悲壮な顔を見てれば、脳筋単純お馬鹿の考えなんて手に取るように分かるわよ」
そうか。先輩がサイクリング部を辞めたのも、より大切な理由があったからなんだ。自分が好きな部活を辞めてでも成さなきゃならないことを決め、ケジメを付けるように辞めたのか。
「今の話はあの子に言ったらダメよ。本人はあたしが悟ってる上で傍にいるなんて思っちゃないんだから」
「それは良いですけど……ちょっと意外だな」
「何が?」
「音無先輩なら隠さずに素直に言っちゃいそうだなって思って」
「あたしのために部活辞めたなんて言ったら、こっちが気にするって思ったんでしょ」
「ああ、なるほど」
「いくら単純なあの子でもそれくらいの気を遣えるくらいの頭はあるわよ。あんまり馬鹿にしたら可哀想よ?」
「してません! してませんってば!」
「はいはい。彼女には黙っていてあげるわよ」
そこはありがとうございます、と言うべきだろうか。いや必要ない気がする。本当にそんなつもりじゃなかったんですよ音無先輩。
ブロロロ、と低いエンジン音が徐々に近づいてくる。学校前の停留所へ向かうバス停がもう着くところだ。
「……治す方法、見つかるといいですね」
「そうね。期待せずに待ってるわ」
先輩の変調を治す方法があるのかなんて俺に分かるはずもない。ありきたりな言葉しかかけられなかった俺に、先輩は目を細めて答えた。優しい声音は、音無先輩が見つけてくるのを期待しているようにも、諦めているようにも聞こえた。
どこかとらえどころのない先輩から逸れないよう、ぴったりくっついてバスへ乗り込んだ。
――――――
二人で学校に着いた時には、既に音無先輩は自分の教室へ向かった後のようだった。駐輪場に目立つ自転車が停めてあり、もう彼女の姿はなかった。
「相沢くんの教室はC組ですっけ」
「ええ」
「そう」
そして二人並んで西棟へ、
「え? なんでこっちに?」
「一応場所を確認しておこうと思って」
そうですか。俺は昨日に引き続き、今日も先輩同伴で一年生が集う廊下へと踏み入った。
瞬間、周囲の視線が集まりざわ……ざわ……と静かな中に微かなヒソヒソ声がどこからともなく上がってくるのが聞こえた。
昨日の音無先輩は背も高く様々な部活に助っ人をしていることもあり顔が広く、何より健康的な美を感じさせる魅力があり目立った。
対して四之宮先輩は小柄だが、一見すればパンクな白髪が否応なく目立つ。なのに品行方正な印象を与える落ち着いた立ち居振る舞いは、そのギャップがアクセントとなりよりミステリアスな雰囲気を醸し出している。
そして二日続けてそんな人たちと登校してきたのは、平凡を絵に描いたような俺だ。どうだ驚いたかみんな。一番驚いてるのは俺自身だ。改めて客観的に捉えたならば、こんな方々の横を歩いているのが俺なんかじゃ、自慢したいと思う前に不釣り合いで恥ずかしくなってくる。
「それじゃあ次は放課後ね。旧校舎で待ってるから」
教室を確認すると、入口の前でバイバイと言って手を振りながら先輩が去って行った。今日の放課後はバスケ部の助っ人を音無先輩がするはずだ。昨夜そう言っていたのを回想する。ボランティア倶楽部の活動を見るのはそれが初めてになる。
俺は先輩に手を振り返しながら、体を縮こまらせて静かに教室へ入った。
「おはよう委員長」
委員長の後ろを通り自分の席に着いた瞬間だった。
「アーイザーワくーん」
「来たか……」
「今死んでくれ」
「早えよ! ていうかうざいんだよ!」
大野と岡田の二人組がぬるりとまとわり付いてきた。
「ナメクジかっつうの」
「ジメジメして陰湿に付きまとっていると? その通りだよキミ……」
「お前と同じクラスになってひと月……昨日今日ほどお前を憎いと思ったことはない!」
大野なんて泣いて訴えてくる。先輩たちとの登校がそこまで追い詰めてしまったのか。
「委員長ちょっと助けてー」
昨日助けの手を差し伸べてくれた委員長に今日もヘルプを求めた。が、今日は助けが来ない。どうしたのかと顔を向けるとそこにはブツブツと呟く彼女の姿が。
「不純異性交遊で退学不純異性交遊で退学不純異性交遊で退学不純い」
「いいんちょお!」
「ふぇ!? だ、大丈夫だよ相沢くん! 退学にならないように委員長として私、頑張るっ!」
「そんなんじゃないって言ってるでしょお!」
グッとガッツポーズする委員長がウルウルと涙目で一生懸命言ってくれるけど。そんなことないから正気に戻ってもらいたい。
「昨日お前らが変なこと言うからすっかりおかしくなってるじゃねえか! どうにかしろよ!」
「じゃあまずテメーが教えやがれ!」
「何を!」
「お前が同伴してきた素敵なお姉さま方のことに決まっているだろう」
「あの人たちはだな……部活の先輩だよ」
少し熱く言い合ってしまったのを抑える意味も兼ねて、声を落ち着けて答えた。これでこいつらもクールになってくれればいいが、
「ぶーかーつー? お前が?」
「明日からゴールデンウィークだぞ。何をトチ狂った」
「ひでえ言い様だな!」
全然落ち着かない。昨日からダブルオーといるとずっとこんな調子である。そんなに先輩たちと仲よさげにしていたのが怒りに触れてしまったのか。だが確かに俺たち三人の中で女子と登校なんて羨望と嫉妬を買う行為をした奴はいなかったし、いきなり先輩たちとそんなことをしてきた俺に悪意が集中しても仕方のないことかもしれない。必要税と思っておこう。
「色々あってサークルに誘ってもらったんだよ。本当にそれだけだかんな。それ以上の説明なんてねえぞ?」
それにしようがない。魔法少女の先輩に助けられて更なる脅威から守ってもらうために保護してもらってると言って誰が信じるものか。それにそのことは秘密である、口外できない。
「ヨー。今の四之宮先輩じゃん?」
不意に聞こえた新たな声の主は委員長の肩に腕を回しながら俺たちへ話しかけてきた。
「京子ちゃん?」
肌の焼けた黒髪のクラスメイトの名は柏木京子。委員長と仲の良い元気な女子である。
「音無先輩だけじゃなくて四之宮先輩も知ってたのか」
ああ、と頷いた。
「あの二人のどっちか知ってたら、大抵もう一人の先輩もセットで覚えちゃうぜ。なんせいっつも二人でつるんでるから」
二人の学校での様子なんて知らなかったから、こうして他人から聞くことで客観的に知ることができる。普段から一緒なのは、他人に漏らせない大きな秘密を共有しているからだという部分も大きいのではと思わせられた。
「ようよう。それで実のところはどんな関係なんだよ?」
「え? 柏木さんもそれ聞くの?」
「だってよお、これまであの人たちが特定の、それも下級生とだぞ、親しくしてんのなんて見たことなかったからさ。気にすんなってのが無理だろ」
これまでそんなに話したことのない柏木さんまでグイグイと食いついてくるこの話題。そんなにあの先輩たちのことが気になってしょうがないのか。
「智花もおめーらも気になってんだろ。なあ?」
「あああ、あの私は別にそんな……ちょっとだけ……」
「お、俺はとっても気になってるぞ」
「……俺もだ」
柏木さんに話しかけられて緊張してるなダブルオー。そう見抜いてやったがすぐに結託し、俺の机に三人が詰め寄ってくる。その後ろで昨日と同じくあわあわしてる委員長がいるけど、今日は止めてくれる気配がない。
「だから何でもないって言ってんだよ本当に!」
その日もホームルームのチャイムに救われたが、それが鳴るまで俺の周りの人口密度は徐々に増えていったのだった。