魔法少女と特訓中
「なにシケた面してんだよ」
「お天道様が出てるというのにお前の周りだけ湿気がすごいな」
ゴールデンウィークも終わり学校も平常通り始まった。四時間目の体育の授業中、校舎から校庭へ下りる階段横の斜面の芝に座っていた俺の元にダブルオーの二人がやってきた。
「……お前らは変わらず元気に溢れてるな」
肩を組んでくる大野に溜め息混じりに告げると、燦々とした笑顔で応、と答えてきた。
「何でそんなに元気なんだ」
「お前が元気ないようだからな」
「今体育館で二年の女子がバレーボールをしているとの情報を入手した。行くぞ」
「……覗きか」
「バッキャロウ! お前を元気付けるためだよ!」
「お前らが見に行きたいだけだろ」
「信用がないな。悲しいことだ」
「胡散臭い坊主とメガネだもんな」
酷すぎる、と二人が声を上げた。息ぴったりだ。
「そもそも授業中だぞ」
「大丈夫。俺らの試合になるまでまだ時間はある」
グラウンドでは男女に別れ、男子はサッカー、女子はソフトボールをやっている。
別のクラスと合同で体育の授業を受けているため、総勢三十名前後の男子は三チーム編成されており、俺やダブルオーが属するチームは休憩中である。
「だからって授業を抜け出すんじゃあない」
「お前は真面目か!」
「お前らが不真面目なんだよ」
行くなら勝手に行ってこいと大野に告げ、グラウンドを眺めながら右手に持つ物をふにふにと弄んだ。
「テニスボールか」
「軟式のな」
「何でまた」
「その辺で拾った」
「気持ち良さそうだな」
「マシュマロみたいだぞ」
「俺にくれ」
「さっさと行ってこい」
食い下がろうとする岡田は大野に体操着の襟を引っ掴まれ、戦場と化すであろう体育館方面へと出撃していった。健闘を祈っておいてあげよう。
俺がこうして軟式テニスのボールを形が変わるほど揉みしだいているのには勿論理由がある。
スペシャライザーと呼ばれる特殊な力を持った人たちがいる。それは魔法使いだったり魔女だったり、超能力者だったり召喚士だったり、と様々な形で存在している。
そして俺……だけでなく、ボランティア倶楽部に所属している音無先輩と四之宮先輩もその内の一人である。付け加えると、先日の誕生日会に参加してくれた鈴白音央さんもだ。他にいたクラスメイト達は極普通の人である。
俺もほんの少し前までは彼らと変わりないただの高校生だった。けどある切っ掛けを経て、日常から異常へ、異常が日常である先輩たちと同じ世界へ踏み入ることになった。
そして今言った通り、俺はスペシャライザーになりたてのひよっこだ。先輩たちのように戦う力もなく、弱い。だからせめて自分の能力くらいちゃんと使いこなそうと思い、こうして隙を見ては訓練をしているのだ。
軟式テニスのボールを揉むのが訓練になるのか? と問われれば自信を持ってなると答えよう。
そもそも、俺はまだ自由自在に自分の能力を扱えるわけではない。俺の能力はアイアンウィルと名付けている。平たく説明すれば、我が身にかかる魔法の効果を受け付けない力だ。無意識下でも発動するため、悪い魔法も良い魔法も軒並み拒否してしまうのだが、意識すればその魔法を受け入れることもできる。
そしてそのためには、魔法式という魔法や魔法使いの元に現れる紋章みたいなものをこの目で視る必要がある。紋章を視る力をエンブレムアイと名付けているけど、それを発動するためには、今のところ柔らかいものに触れて感覚を呼び覚まさなくちゃならない。
なんでそんなことをしなくちゃ力を使えないかだって? それは俺に切っ掛けを与えてくれた人に言ってくれ。
ともかく俺は、何か柔らかなものに触れていないとエンブレムアイを発動することができない。流石にこれは不便だと思うので、触れてなくても扱えるようになりたいのであるが。まずは焦ることなく順を追って自分の力を使えるようになる必要がある。
差し当たってはエンブレムアイの発動をスムーズに。それができるようになってから、徐々にこの右手のフニフニを卒業していかなくては、だな。
俺は一人、校庭をぼんやりと眺めながら揉み続けた。その内に手の動きに合わせるかのように両の目が熱を帯びていくのを感じる。これがエンブレムアイ発動の兆し。
感じたところで手を止めると、熱はスッと引いていった。このままモミモミしていたらエンブレムアイは発動していたはずだが、そうなると不都合がある。
俺の目が光るのだ。それは少し異常事態過ぎて他の人に見られるのはまずい。だからこうして発動直前の寸止めを幾度も繰り返していた。これを続けているだけで、少しずつではあるが能力発動を感じるまでの時間は短縮されていっている。効果は出ているのだ。
「よし、もうひと揉み続けるか」
訓練あるのみ。俺は再び右手で柔らかな弾力を有したボールを揉み始めた。揉んでいて閃いたのは、これを両手でやれば効果も倍増するのではないかということであったが、残念ながらボールは一つしかないので今は試せない。
揉み出してしばらく、先程までより早く目が熱くなるのを感じた。順調にいっていることに内心ほくそ笑みつつ手を止めようとした時、確かに視えた。
エンブレムアイ発動の狭間にあった視界の片隅に、普段は見えないモノが視えた。視線をそちらに向けた時、また視界の隅に映るモノがあった。
あっちこっちでチラチラするなと視線を正面に戻した時、眼前にあったのは白球だった。
ゴッと鈍い音が響き額から後頭部まで突き抜ける激しい衝撃を自覚したところで、世界が黒く塗り潰されて意識を手放すことになった。




