魔法少女と覗き見
そして今、柏木さんを先頭にして追いかけていた俺たちは、旧校舎の裏手で佇む二人の姿を、校舎の角からバッチリ見守っていた。
「押すなよ出ちまうだろ」
「ご、ごめん」
柏木さんと同じくらいあの二人のことが気になっていたのだろう、食い入るように見ていた俺に彼女が小声で諌めてきた。
「どうなってる?」
「まだ動きはないな」
俺の上から大野と岡田が顔を出す。
「こういうの、あんまりよくないよね……」
「でもでも、わたし……気になります」
柏木さんの下から委員長と鈴白さんがひょっこりと現れる。
校舎の角からトーテムポールのように顔を出しているのを見つかったら全員怒られてしまうだろうか。
だけどそれ以上に全員あの二人の逢瀬が気になってしまっているのだ。四之宮先輩の後ろ盾も得たようなものだし、ここで引くなんて論外だ。
「遠くて何を話してるのか聞こえないな……」
俺に犬のように優れた聴覚があれば聞こえたのだが、残念ながらそうもいかない。
「どうやら先輩のことが必要だと言っているようだ」
「はぁ? なんで分かるんだよ」
「唇の動きを読んだ」
岡田の言うことに、大野だけでなく俺たち全員の懐疑の目が向いた。
「……じゃあ今先輩なんて言ってんだよ?」
疑いつつもやはり二人が気になるのか、柏木さんが岡田をせっついた。彼女が言わなければ俺が聞いていただろう。
「すみません。それはできません。だな」
「本当かよ……なら先輩は断ってんだな?」
「こいつの言うこと信じるなら、ね」
彼女が岡田の言うことが真実だと思い込まないように念を押しておく。とはいえ、お付き合いをお断りしているというのなら俺もそれを信じたいものだ。
「そうか……。だが俺はいつでもお前のことを待っている。それは忘れないでくれ」
「っつってるのかよ」
「相手も案外しつこいな」
柏木さんも俺も断られたのに粘る男子生徒に反感に近い想いを抱いていたのだろう、睨めつけるようにその姿を見ていた。
「お、おい男子があっち行ったぞ」
大野の言う通り、俺たちが見守っていた先では先輩と一緒にいた短髪の男子が背を向け、立ち去るところだった。それを見送る音無先輩の後ろ姿から目を背けられずに、あの人は今何を想っているのか、と気になっていた。
そのまま後に残された先輩をみんなで見ていたのだが、観察対象がサッと踵を返したせいで団結のとれていないトーテムポールは一気に揺らぎだした。
「こっち来っぞ! 早く退けよ!」
「ちょ待って! お前らが退かないと動けねえだろ!」
俺の上から顔を出すダブルオーにそう促したのだが、途端に二人の体重が俺にかかってきた。
「いきなり動くなよ! く、崩れる!?」
「ああすまん。俺は耐え切れん」
ぐあああああ!
男二人の体重が俺の背中を容赦なく押す。俺の下にいた女の子たちになんて謝ればいいんだろう。そんなことに考えを巡らせながら、柏木さんの背中にできるだけ負担を掛けないようゆっくりと体重を預けていった。
「おまっ」
「京子ちゃんやめてぇ!」
「ふにゃぁあっ!」
トーテムポールは組体操の潰れたピラミッドとなり、一番小さな鈴白さんと文化系の委員長を下敷きに、俺と柏木さんが覆い被さり、更にその上に体格のいい男子が二人折り重なる惨状。当然校舎の角から飛び出した俺たちは音無先輩の目に触れることとなった。
「うわっ! ……何してるの?」
ズドドドと雪崩れて現れた俺たちに目を丸くする先輩。早く女の子たちの上から体を離さなきゃと分かってはいるのだが、先輩に目撃されてしまったせいでその場で突っ伏す全員が、
「あは、あはは……」
と、乾いた笑いを上げるので精一杯であった。
「……何してるの?」
先輩の目がジト目になった瞬間、お叱りを受けると察したのか上に乗っていたダブルオーが発条仕掛けのようにパッと離れた。おかげで俺と柏木さんも立ち上がり、彼女は委員長の、俺は鈴白さんの手をとって立ち上がらせた。
砂を払って身を清め、六人ともバツが悪そうに先輩から視線を反らしていた。横並びの俺たちを、腕組みした先輩がジイっと見てくる。
ここは、俺が口を開くしかないだろう。なんてったって同好会に所属する後輩なのだから。
「すいませんでした! 先輩があの人に連れられて何を話してたのか、俺たち全員気になっちゃって……」
腰を直角に曲げて深々と頭を下げた。俺に倣ってか隣の柏木さんも勢い良く頭を下げる。鈴白さんも委員長も、ダブルオーの二人も続いた。
盗み聞きしようとしていたのを咎められると覚悟していたが、
「もう……すぐ戻るって言ったじゃん。ほら頭上げて、早く行くよ」
困り気味の声に頭を上げた俺たちは、先輩に押されて部室へ引き返されようとしていた。
「あ、あの!」
「何?」
「怒ってないんですか?」
「何で?」
何でって……。俺はみんなの顔を見回した。他の面子も同じ疑問を思い浮かべているようだった。その理由を説明したのは、先輩と一番付き合いの長い中学生の鈴白さんだった。
「わ、わたし達、あやめさんのお話をこっそり聞こうとしてたから、だから……」
「へぇ? すぐ戻るって言ったんだから、わざわざ追っかけてこないでみんなで楽しんでて欲しかっただけよ。それにあの距離じゃ話の内容なんて、分かんないでしょ?」
盗み聞きに来た内の五人が顔を見合わせてから岡田に視線を向けたが、そいつは首を左右に振った。まあこいつが言ってたことが事実かどうか定かじゃないが、言わなければバレることはないだろう。
ともあれ先輩が不機嫌そうに見えたのは、自分の話を聞かれようとしたことではなくて部室を抜け出して来て誕生日会を中断させていることに対してのもののようだ。
「ほらほら。カリンが一人待ち惚けてるんでしょ? 早く戻って、メロンちゃんの物真似披露してよ!」
「こいつ期待しない方がいいですよ!」
「失敬な。全力で初めてやるからな」
大野と岡田の会話を笑って聞いている先輩と、クラスメイトの女子二人。
何事も無くて良かったと安堵しかけたが、あ……と気付いて俺の足は止まった。
「……お兄さん」
学ランの裾を引っ張られて見下ろすと、鈴白さんが不安そうな顔をしてこっちを見上げていた。
「どうしたの?」
「あやめさん、泣いてませんでしたか?」
俺にもそう見えた。話しながら、みんなの視線が正面に向いた時に目尻を拭ったように。先輩の方を振り返らなければ気付かなかっただろう。
「おーい、置いていっちゃうよお?」
その先輩が今度は振り返り、足を止めて立ち尽くしていた俺たちに声を掛けてくる。
「どうだろうね」
鈴白さんへの答えははぐらかし、みんなの方へ一緒に向かった。
目にゴミでも入ったんだろう。
そう思うことにした。
でも、もしかしたらさっきのあれが原因かもしれないと思うと、少しそわそわしてしまうから、なるべく考えたくなかった。




