飛甲翔女の歪み
ハッと意識を取り戻した時、玲奈は鳥カゴの中の白鳩に餌を与えているところだった。
「いけません……ついウトウトしてしまったようですわ」
大切な友に餌を与えている最中に眠くなるだなんて、と自分を咎めつつ、鳥カゴのフタを閉じた。
それから今いる場所が自宅であると改めて確認した。
ここはマガツ機関人工島の居住区にあるマンションである。彼女以外にも何名かのスペシャライザーが同じ棟に住んでいるし、別の建物には大勢の職員が入居している。家族で暮らしても不便のない広さがあり、本土と島をつなぐ道路に近い場所に建ち交通の便も良いため、住んでいる者には評判がいい。
玲奈のように一人で住むには少々広すぎるが、それでも元居た組織が壊滅し、行く宛のなかった彼女にとってマガツ機関と新たな協力関係を結び、住む場所まで提供してもらえたことは幸いであった。
「疲れが溜まっているのかしら……早く休みましょう」
今日のメンテナンスと検査、報告は色々とあって大変だった。そのはずだが、どんなことをしたのかは鮮明に思い出せず、そしてそれを彼女が疑問に思うことはなかった。
その前は久しぶりに友人に会うことができた。一戦交えたこともこの疲労の一因になっているのだろうと納得しながら、バスルームへ向かった。
「次はいつお会いできるかしら……近いうちに会いたいものです」
ブレザーとスカートをカゴに掛け、ブラウスのボタンを外しながら再会の喜びを今になっても噛み締めていた。
「アヤメさんも……カリンさんもお元気かしら」
黒髪の少女と一緒に脳裏に浮かんできたのは、その少女と一番仲の良かった紫がかった髪をしていた少女である。初めて会ったのは中学二年生の元日、最後に会ったのは今年の元日である。その時は長い白髪になっていたが、それは大戦の起きた時に体に変調をきたしそうなったのを、同じ大戦の場にいた玲奈は知っている。
彩女も花梨も、玲奈にとって正体を知り合っている大切な友人である。だから会いたいと願うのは至極当然のことである。
「カリンさん……早く、殺したいですわ……」
ただ一つ、その感情だけが彼女の中でひどく歪に形作られていた。会って話をしたいと思うのと同じ感覚で、ごく自然にそう呟いていた。
激情を宿すでもなく穏やかな心を抱いたまま、一糸まとわぬ姿の玲奈はバスルームでシャワーを浴び始めた。本人の気付かぬうちに心に根付かされた歪んだ感情は、汗や汚れのようには洗い流されなかった。




