飛甲翔女の回想・4
元日。
雪化粧を施された中央公園を、空色の晴れ着で着飾った九条玲奈が皆との待ち合わせの場所へ向かっていた。
マジカルシェイクによく集まるメンバーで初詣に行こうという提案が店長の真神風里によってなされた。流石に元日ということで予定の合う者もさして多くはなかったが、音無彩女は行くと言っていたので、彼女も参加を決めた。こういう時、一人暮らしで融通が効くのは便利でありがたいと感じている。
「あら」
道すがら、芝生をすっかり覆い隠した雪の絨毯の上に立つ人物の後ろ姿に気が付き、そちらに呼びかけた。
「アヤメさん」
呼び声に気付いて振り返った彩女が、ジャージのポケットに突っ込んでいた手を挙げて玲奈に応えた。
「明けましておめでとう」
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
フランクに挨拶する彩女とは正反対に、玲奈は礼儀正しくお辞儀をする。そして上げた顔は、彩女の格好を見て眉根を寄せていた。
「新しい一年の始まりですのに、そのお召し物はあんまりじゃありません?」
「そう? 普通の格好じゃん」
普通だからこそ玲奈は少なからず落胆していた。彩女が着ていたのはこの冬によく羽織っていた防寒性抜群の紺色のジャージであった。これではまるで気合を入れて着付けてきた自分が浮いているようだと玲奈は思わせられた。
「それにそういう格好はあたしのガラじゃないよ」
そう言われるが、私的には見てみたかったと不満そうな表情を浮かべていたが、
「似合ってるよ、九条さんは」
褒められると嬉しくなり、表情は若干和らいでいた。
「もう、お世辞を言っても何も出ませんわよ。さあさ、早く参りましょう」
「ああ。行くよ、アギト!」
彩女はさっきまで自分が立っていた辺りに向かって声をかけた。そこには雪の上で激しく動きまわる黒い仔犬の姿があった。
「あいつ……置いてくわよ?」
「随分とはしゃいでますね」
「雪のせいでテンション上がりすぎてんの。この間からずっとあの調子だよ。ほっといて風里さんのところに行きましょ」
「よろしいんですか?」
「いいのいいの。そのうち走ってくるでしょ」
駆け回っている仔犬は置いていき、二人で先に待ち合わせの場所へ向かうことになった。
目指すはいつも真神風里がマジカルシェイクの移動販売車を停めている場所であるが、今日は車はないはずである。元日ということもあり本日は休業であり、待ち合わせに分かりやすいということでこの公園を選んだのである。
「今日何人集まるんだっけ?」
「私も詳しくは……。ただやはり元日ですから、さほど大勢にはならないと仰っていましたわね」
「そりゃそうだよね。新年早々暇な子なんてあたしらくらいのもんさね」
友人と初詣に行けるのだから、暇で結構だと思った。こうして他の人たちとも……二人だけで構わないから神社に向かえればなという考えが浮かんでは消えたが、そのうちに目的の場所に近づいてしまった。
「あの子は……」
そこには提案者である店長の姿はまだなく、代わりに一人の少女が待っていた。
並んで歩んでいた二人は揃って歩調を緩めた。どちらもそこに立つ紫がかったボブウェーブの人物に心当たりはなく、未だ知らぬ間柄の常連がいたのかと思い巡らせていたところ、二人を抜き去り駆け行く影が一つ。
「あ……アギト!」
興奮収まらぬ様子の黒い毛玉が猛烈な勢いでふみならされた雪の上を転がっていく。仔犬の行く手には待ち合わせ場所に立つ見知らぬ少女の足があり、
「キャンッ」
ぶつかる瞬間を玲奈は目撃し、隣の彩女は頭を抱えて天を仰いだ。相棒のしでかした粗相に責任を感じて小走りで駆け出す彩女を追い、玲奈も着物で不自由な足で後を追った。
「ごめんなさあい! うちのペットが失礼しちゃって」
足に仔犬がぶつかり、声をかけられた少女はトレンチコートにマフラー、手袋と寒さに対する完全防備を固めていた。
「あら、かわいい」
少女は膝を折り、アギトを抱え上げた。癖のある髪と同じ色をした瞳と、アギトの赤い眼が交差した。
お互いに視線を逸らさずじっと見つめ合っていたが、やがて飼い主と思しき人物が近付いてきたところで少女が視線を外した。
「貴女のわんちゃん?」
「うん」
その視線は飼い主の少女と交わった。と、少女の手中にいた仔犬はぴょんぴょんと飛び跳ね、定位置である飼い主の黒髪の上で丸くなった。
「コラ。ちゃんと謝りなさいよ!」
頭上の犬を平手でぐりぐりと撫で回す様子に、癖毛の少女はくすりと笑った。
それが彼女との初めての出会い。アヤメさんとカリンさんの出会い。親友と呼び合える人との出会い。
そして私にとってもかけがえのない友達。
違ウ。
違わない。大切な友人。
奪ッタ。
奪われていない。カリンさんはワタクシの。
憎イ。
居場所を奪った嫌な人。
ソレデイイ。
そうですわ。アヤメさんの中から私の居場所を奪っていった憎くて憎くて仕方のない、あの女。




