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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動一
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魔法少女と宿泊

「うちの子がサークル活動にねえ……」


 と、訝しむ母の隣にいる父も、珍しいものを見る目でこちらをチラチラ見てくる。見ているのは俺じゃなくて、隣に座る綺麗なお二人を、だが。

 久々な気分で家に帰ると、まず母が外泊する羽目になった俺の頭に拳骨を見舞い、次いで二人の女声がいることに面食らったのか、目を白黒させて慌てていた様子が少し可笑しかった。

 先輩方を来客用の和室に通してもらい、二人が俺の家を訪問した理由、つまり俺がボランティアクラブに仮入部したことを伝えていた。

 これまで特定の部に入部したことのない俺が急にサークルに入ると言い出し、両親は怪しんでいる風だ。そういえば仮入部届を夕張メロン先生に渡した時も同じ顔をされた。連休前に入部という行為が余計気にかかったのだろう。


「はい。部員の少ない我がサークルに、仮とはいえ入部してもらってすごく助かっています」


 まだ助けるような働きなんて何一つしていないんだけどなあ。音無先輩が事実でないことを親に話していることに若干申し訳ない気がしてきた。

 目の前に出されているお茶を一口啜った四之宮先輩が、後に続いて話しだした。


「それで大変急な話なんですが、明後日のゴールデンウィークから活動の一環として、商店街にあるお店の手伝いも兼ねた就労体験を行うことになっていまして、息子さんにも参加していただこうと思っているのですが」

「ええまあ、それくらいなら別に……ねえお父さん?」

「ん? うん、まあ……そうだな」

「ただそれが泊まりこみの体験となっていて、事前の研修も兼ねて本日から息子さんをお預かりすることになるのですが」


 勿論不自由を感じさせる環境ではありませんと付け加えている。

 話し方が上手いな。横で聞いていてそう思わせられた。一度肯定するような言葉を引き出しておいて、後から断りにくそうな雰囲気を作っている。目の前の両親も、泊まりこみと聞いてちょっと考えさせられているようだが、


「うちの子が良ければそれで……ねえお父さん?」

「えぇ!? まあ……そうだな」


 最終的な判断は息子に任せる形で話しを収束させていった。当然俺の答えは決まっている。


「お父さんお母さん。連日ですみませんが今日からまた外泊させていただきます」


 と、わざとらしく恭しい態度で頭を下げた。


「頼りなくて心配な子ですけど、しっかりした部長さんみたいで良かったわ」


 四之宮先輩を見て母が言う。父もうんうんと頷いている。


「…………あれ?」


 音無先輩が疑問の声を上げたことに気付かず、両親四之宮先輩を持ち上げていたた。

 ともあれ、うちの両親の了承を得るという目的は達成できた。これで俺の身は何の心配もなく先輩たちの保護下に入れるし、家族に危害が及ぶ可能性もなくなったはずだ。

 家に辿り着く前に、「相手が何者かは分からないけど、草太くんの家まで襲ってくることはないと思う。思うけど、その可能性がゼロじゃない以上は、家に留まることは避けてもらった方がいいかもしれない」と音無先輩が言っていたのを思い出していた。

 家族を巻き込みたくないという思いから、俺は家を離れるという二人の提案に従った。そして今、通学カバンの他に着替えなどの日用品を詰めたリュックを背負い、見送られる。


「あんまり迷惑を掛けないようにするのよ」

「言うことをしっかり聞いておくんだぞ」

「分かってるって。そんじゃ、行ってくるから」


 両親が家に引っ込むまで頭を下げていた先輩たちが顔を上げ歩き出し、音無先輩から借りている自転車を押して二人の隣に並んだ。


「……ねえ」


 なにやらぶつぶつ呟いていた先輩がこちらを向くと、死んだ魚の目をして話しかけられた。


「あたしって部長に見えない?」

「え、いや、あの、うーん……そんなことはないと思います、よ?」


 どうも和室でのやりとりを気にしている。俺には言葉を濁して否定するしか出来ません。


「ちゃんとサークルの部長のアヤメですって最初に挨拶したはずなんだけど……」

「忘れられるほど威厳と貫禄がないってことでしょ。そもそも二人だけしかいないサークルだったんだし、あたし達で部長と副部長みたいなもんでしょ。気にしなくてもいいんじゃない、部長さん?」

「む……そういうんならもうカリンが部長やってもいいんじゃないの!」

「ああそれはパス。なんだかんだで学校じゃアヤメの方が顔は利くでしょ。あんたは我が部の顔なんだから、部長を投げ出したりしたらダメよ」

「え? そうかな? そうかなあそれじゃしょうがないなあ」


 音無先輩の機嫌が良くなった。四之宮先輩、彼女を元気づけるためにそう言ったのかなと表情を伺うと、ニコッというよりニタァッと笑ってる。ああこれは、部長という役職や仕事は全部音無先輩に押し付けるつもりなんだと悟らされた。


「……」


 四之宮先輩と目が合う。人差し指を口の前に立てている。はい、黙っておきます。


「ははは……ああ、あのそれでですね」


 折を見て、まだ聞いていなかったことを二人に訊ねた。


「俺が泊まる場所のことを聞いてなかったんで教えてもらいたいんですけど。商店街のお店で働くなら、やっぱり商店街の近くに用意してあるとか?」

「さっきのあれはご両親に説明する建前よ。活動はするかもしれないけどね」

「数日過ごすことになりそうだし、相沢くんも見知ったところがいいでしょう」


 そして二人の指は音無先輩を指した。


「あたし(この子)の家よ」


――――――


 話は昨夜に遡る。

 糸のように細い三日月が踊る闇夜に羽ばたく影が一つ。女人に翼が生えたシルエットは、それがただの人とは異なる存在であることを物語っている。

 突如翼を折り急降下すると、駅近くに立ち並ぶ雑居ビルの一つに舞い降りた。

 鍵のかかった屋上のドアノブを引き千切り、カツカツとヒールを鳴らし階段を下る。人気のないフロアを二つ過ぎ三つ目に差し掛かると、下には降りずに足を止めた。


「ここか」


 目指す階に辿り着き廊下を進むと、ある一室の扉を開けた。

 そこは暴利で客に金を貸し付ける金融業者が入っている区画だったが、人はいなかった。


「首尾はどうだ?」


 数あるデスクのうち、ここを取り仕切っていた者が使っていた窓際のデスクに脚を組み腰掛けた者の美しい声が、噎せ返るほどの血の匂いで満たされた室内に静かに響いた。


「当たり。行って早々出くわすなんて、あの街にはスペシャライザーが溢れ返ってるようね」


 血溜まりや肉片を意に介さず部屋の中央まで歩み出た女性体の悪魔の目に、窓ガラスから入る街のネオンに照らされた美しい声の主の姿が映る。

 同じく翼の生えた女の姿形をしているが、大きく異なっている点があった。悪魔の背に生える翼は蝙蝠のようであるのに対し、机に座る女の翼は鳥のような純白の羽毛に覆われている。天の御遣いかと見紛う白き翼であるが、室内の血の惨状を作り出したのもまた彼女である。


「遭遇したのが誰か分かるか?」

「あそこに行ったのは今日が初めてなのよ。分かるわけないじゃない」


 その言葉の途中で、天使から悪魔に向けて板状の小さな物体が投げ渡される。


「これは何?」


 片手で受け取ったそれを、女が疑問の眼差しを向けながら触っていると、宙空に半透明の画面が浮かび上がった。


「協力者からの餞別だ。そこに街に存在するスペシャルな者が載っている」

「こういうものを作れるのは、脆弱な人間の特権ってやつかしら」


 指を動かすと、画面のリストがスクロールされていく。リストに記される名は百以上はあるだろう。一つ開いてみれば、一人の少女の名前と不鮮明な顔写真。そしてその少女の特徴などが短く記されている。また違うリストを開けば、名前以外は何も書かれていない者もいる。


「虫食いだらけね。情報収集出来てないんじゃないの?」

「吾らに言われても如何ともし難いが」


 言葉に応えた声は、二人の女声とは別の男声であった。血と肉片のこびり着く壁からぬっと現れた巨躯は、およそ外見から男性だと判ずるのは不可能な容姿をしている。ゴツゴツとした岩で全身を覆っており、大層屈強で頑強な体躯であることが見て取れる。


「あらいたの。置物かと思って気付かなかったわ」

「情報が欲しいならお前が集めてはどうだ」

「嫌よ面倒くさい」


 バッサリと切り捨てられた男は、一つ唸ると岩石のような手に持った人間の足を、大口を開けて口に含んだ。無数に並ぶ石の歯が、肉を磨り潰し骨を砕く不快な咀嚼音を奏でる。

 その場で顔を顰めたのは、情報端末を操る女だけだった。天使のような女は顔色一つ変えずに悪魔が情報の検索を終えるのを待っていた。


「……いたわ。こいつね」


 岩石男の食事が終わった頃に、目当ての情報が見つかった。そこには変身した少女の名前と、遠方から捉えた画像を拡大した不明瞭な写真、そして一文だけ箇条書されたデータ。


「ククク……気に入った。ねえ、こいつ殺してもいいでしょ?」


 愉悦に顔を歪める悪魔が確認する。その目は狂気で輝いていた。


「魔法少女を殺せとは要求されていない」


 天使の羽を持つ女の言葉に、悪魔の表情がぴくりと引きつる。が、次は天使がニタリと笑う番であった。


「ただ殺すなとは言われていない」

「決まりね。こいつは私の獲物よ」

「誰も取りはせん。好きなように狩ってくるがいい」

「私達は利害関係が一致してるだけでここにいる。互いに干渉しなければ後は好きに動いてくれて構わない」

「なら行かせてもらうわ」


 情報端末を投げ返すと、女は踵を返して部屋を出ようとした。


「もう行くのか」

「ええ。気がかりなことがあったからそれも確かめに」

「では次の待ち合わせはいつになる?」

「そうね……二日後にはそいつの首を持って帰ってくるわ」

「なら二日後のこの時間に適当な場所を用意しておこう。遅れるなよ」

「そっちこそ」

「腹ごしらえはいいのか?」


 二人の会話に男が割って入ったが、悪魔の女が眉をひそめて吐き捨てた。


「わたしは死肉に興味がないの。食事なら外で生気を漁ってくるわ」


 それじゃあねと言い残し、扉から出て行った。女の気配は影を潜め、夜の闇と同化する。


「勝手に行かせて良かったのか?」

「さっきも言ったが利害が一致しているから行動を共にしているだけだ。それに奴が動き大勢の魔法少女を始末してくれるならそれも良い。が」


 返された情報端末に表示されているデータに目を通す。そこに載っているのは、現在よりわずかに幼さを宿す音無アヤメの変身後の姿である。記されている文章はただ簡潔に「大戦経験者」と書かれていた。


「これに挑むのは自信か、それとも無謀か」


 再び笑みを浮かべる。そこに宿る邪悪さは、悪魔の女の比ではなかった。


「見極めようじゃないか。あの女の利用価値と、こいつの今の実力を」


 生者のいない一室を微笑を浮かべた天使の美声が包み込む。ハーモニーを奏でるように、男が人の亡骸を頬張っていた。


――――――


「隣町のビルが倒壊だってさ。物騒だねえ」

「昨日のニュースよ。知らなかったの?」


 昨日は夜からドタバタしてたんだから、知ってるでしょと、ダイニングの椅子に跨る音無先輩がテレビを見ながら言う。四之宮先輩はリビングのソファに腰掛けて髪をかき上げる。

 手早く風呂を済ませた俺がリビングに行くと、寝間着に着替えた二人の視線が注がれる。


「早いねえ。お湯熱かった?」

「い、いえいえ良い湯加減でした! ただそう! 他所のお家のお風呂って落ち着かない感じがするんで早めに上がってきました!」


 寛いでくれていいのにと家主の先輩は仰ってくれるのだが、遠慮気味に返事をしてリビングのテーブルの傍に座った。


「ソファ空いてるわよ」

「いえ! カーペットの上で充分です!」


 四之宮先輩にも遠慮させてもらった。音無先輩の家に来たのは二度目になるが、最初は状況に戸惑うばかりで然程緊張というものを意識しなかったが、今は違う。

 一つの空間に先輩二人といるだなんて現実味のない展開にソワソワしっぱなしだ。しかも二人は寝間着姿。音無先輩は黒っぽい柄物のスウェットスタイル、四之宮先輩は生地に薄い紫色のかかった七分丈のパジャマ。これが世に言うパジャマパーティというやつか。

 二人が寝巻きということは自分より先に風呂に入っていたわけだが、実は初めは俺が一番に入るよう音無先輩に言われた。流石に家主であり先輩である彼女とその友人を差し置いて自分が一番に風呂を使わせてもらうなど厚かましく感じたため、最後でいいですと断った。

 が、その選択が自分を早風呂に誘う結果となったのだ。

 自分の入浴の番となり脱衣所に入った瞬間、俺は気付いた。先輩たちが身に付けていた今日の下着がこの密室の中にある。先輩たちが浸かったお湯が浴槽の中に満ちている。

 脱衣所で服を脱ぎながら、気付いてしまったその事実を俺は受け止められないでいた。違います、俺はそんなつもりで一番最後の入浴を希望したわけじゃありません! 他に誰もいない場所で、俺は天に向かって弁明を試みたのだった。

 結局、浴室ではシャワーを使わせてもらうだけで湯船には浸からなかった。足を伸ばしてのんびりと体を温めたいという気持ちもあるにはあったが、それを実行するには理性とか感情が邪魔をして遠慮せざるを得なかった。本能のままに行動できればどれだけ楽に生きられるだろう。こんなとき、自分の分別のある性格が恨めしくもあるのですよ、ええ

 感情と欲望の狭間で葛藤する入浴が終わりリビングにお邪魔した俺は、先輩たちと三人でカーペットに座りトランプを使って遊んでいた。

 今、この家にいるのは家主の家族である音無先輩と四之宮先輩、俺の三人だけである。音無家に来る途中で聞いたのだが、ご両親は仕事で不在、お兄さんは大学に通うために一人暮らしをされている。道理で朝に他の家族の人を見かけないなと思ったが、そういう理由だったのか。部員が集まってお泊りしても咎める者はいないし、夜も俺を保護するのに丁度いいそうだ。


「学校での話の続きなんだけど……どこまで話してたっけ? ていうか草太くんはどんな話が訊きたいのかな」

「どんな話ですか……」

「話の続きならボランティア倶楽部の活動内容からになるわね。訊きたいことがまとまらないなら、とりあえずそれから訊いてもいいんじゃないかしら」

「あ、じゃあそれで」


 会話しながらババ抜きが一局終了した。一番に抜けたのは四之宮先輩であり、ビリは音無先輩であった。再度ババ抜きが開始される。


「主にやってるのは部活動の助っ人だね。あたしが運動部で、カリンが文化部担当。明日の放課後はバスケ部の練習試合に呼ばれてるから、よかったら見に来てよ」

「あとは学内行事に人手が足りないときの手伝いをしたり、清掃活動をしたり、頼まれ事を引き受けたり。学外に出て地域のイベント事などに参加することもあるわよ。相沢くんのご両親に説明した就労体験もその一つね」

「何でも屋さんって感じですね……忙しくて大変そうに聞こえます」

「そうでもないよ。部活の助っ人も頻繁にあるわけじゃないし、行事やイベントだってあたし達がメインで何かするわけじゃないから。裏方の雑用係、みたいに考えてもらっていいよ」

「けど表向きの活動ばかりにならないよう管理をしておかないと、アヤメがこのサークルを立ち上げた本来の意味を見失ってしまうから」

「サークルの本来の意味、ですか?」


 そう、と呟く音無先輩がトランプを捨て、この一局も終了する。四之宮先輩の手により三度トランプが配られる間に、先輩が問いかけに答えた。


「この身に宿る力で世界を護る」


 ニィ……と笑い、そう言い放つ先輩の気迫に、思わず息をゴクリと呑んだ。


「何言ってんの」


 シュルルル……ザクッ。


「イッタァ!」


 こめかみにトランプが突き刺さり、傷口から血を吹き出しながら音無先輩は倒されてしまった。


「本気にしないでね。大袈裟に言っているだけだから」

「は、はぁ……」

「酷いわね……もうちょっと優しく突っ込めないのかしら」


 四之宮先輩の呆れた視線が、ムクリと起き上がった彼女に投げかけられている。


「でも護るっていうのは本当だよ。世界とは言わないけれど、この手の届くところでは、悪い奴らからみんなを護りたい。草太くんのことみたいに、さ」


 結局こんなことになってるけどね。と申し訳無さそうに言われたけど、そんなことはない。先輩が来てくれたから俺は無事なんです。感謝の言葉は何度も口にしても足りないくらいだ。


「そういうわけでボランティア倶楽部を設立したんだけど、うちの部の説明はこんなところで大丈夫かな?」

「はい、大体分かりました。取り敢えず俺がお手伝いできそうなことは雑用くらいしかなさそっすね」

「いつまで仮入部してもらうかも分からないし、気負わず気楽に手伝ってもらえればそれだけで充分よ。ね、部長」

「うんうん。まずは明日放課後になったら部室に来てくれればいいから」

「了解です」


 そしてババ抜きは四之宮先輩の全戦全勝のまま幕を閉じた。俺はずっと二位。音無先輩は万年ビリであった。

 ゲームが悪いのよ……次は大富豪で勝負だ。とのお達しがあり、続け様に大富豪が始まった。


「他に訊きたいことはある?」

「そうですね……」


 まだたくさん訊きたいことはあるけど、まずは部活に関連したところから話題を切り開いていこう。


「このサークルはずっと二人でやってきたんですか?」


 初めてサークルの部室に行った時から、音無先輩と四之宮先輩しか見ていないのでてっきりそう思い込んでいたけど、もしかしたら他に部員がいて今日たまたま見かけていないだけなのかもしれない。そう考えが至ると下手な質問だったかと思ったが、


「うん。今年の一月に申請して作ってから、今日までずっとあたしとカリンの二人だけ。仮入部の手続きも初めてやったよね」

「そうね。このまま卒業するまでずっと二人きりのサークル活動だと諦めていたけど、何が起こるか分からないものね」

「部員増やしたりはしなかったんですか?」

「設立した目的が特殊だから、大っぴらに宣伝して募るわけにもいかないよ」

「魔法少女になって人々を護る活動をしています。参加できる方は是非入部を……なんて募集をかけられないでしょ。こういう力は秘匿にするのがセオリーだから」


 やっぱりバレると面倒なことになるのかな。俺には想像することしかできないけど、人には言えない秘密なんて誰もが持ってることだろうし、先輩たちにとってはそれがたまたま魔法少女に変身できることなのだ。


「……あ。じゃあ、四之宮先輩もなんですか?」

「何が?」

「変身できるのは」


 ああ、と声を漏らすと同時に、先輩が大富豪で一抜けした。ババ抜きもだけど、この人はゲームに強すぎる気がする。


「ここまで関わった相沢くんに隠す意味も薄いから答えておくと、イエスよ」


 やっぱりそうだったんだ。お互いが魔法少女という対等の立場にいて、それで二人でサークルを立ち上げることになったのか。


「学校に魔法少女が二人も……。探したら他にもいるかもしんないっすね」

「もしかしたら、ね。可能性はゼロじゃないけど、いたとしてもやっぱり隠して生活してるから見つけるのは難しいよ」

「東台には十人くらいいるんじゃない?」

「うえ!? 東台って、あの東台ですか! 十人も!?」


 俺たち西台高校の生徒の間で、東台と言えば東台高校のことである。文字通り、街の東と西に点在するこの二校は、、文武両面で競い合うことの多い同程度のランクの高校である。俺のような一般の生徒には特に思うことはないのだが、部活動をしている生徒はやはり存在を意識してしまうようで、ライバル的な扱いだったりする。


「中学生の時の知り合いでね。結構多くの子が東台に入学していったよ。少なくともあたしが知ってる限りじゃ八人……かなあ」

「えええ……この街って、そんなに魔法少女多いんですか」

「多いよぉ。あたしが把握してるだけでざっと……二十? 隠してる子もいたらそれ以上。敵対した組織にいた幹部とか怪人とか諸々合わせたら……ゴメン分かんないわ」


 指折り数えていた音無先輩がテヘヘと笑い、俺は目眩がした。自分が知らなかった世界のこととはいえ、特別な力を持った人たちがそれほど大勢この街に集まっているだなんて。


「特別な者同士は惹かれ合う。スペシャライザーの性みたいなものね」

「それ! それも訊きたかったんですよ」


 パァン、とトランプを叩きつけて四之宮先輩に詰め寄った。良かった俺は平民だ。


「昨日のことを話してくれた時も、その単語が出てたんで何のことかなって疑問だったんです

「スペシャライザーっていうのは、要するにスペシャルな人のことだよ」


 うん、なんとなくそんな意味合いだろうなとは思いますよ、音無先輩。ただ俺が訊きたいのはそういう大雑把なことじゃなくてですね。


「はいはいあんたは黙ってて。相沢くんもすっごい微妙な表情してるでしょ」

「ええ! これ以上ない説明だったよ!?」


 バカは放っといて説明するとね、と四之宮先輩がトランプを器用にカッティング、配布しながら答えてくれる。


「あたしたちは魔法少女だって言ったでしょ? 厳密に言うとそれは違うの」

「魔法少女……じゃないんですか?」

「ええ。確かにあたしもアヤメも超常的な力を扱うことができる。けどそれは魔法とはまた別の呼称がある独特なものなの。そういった自分だけの独自の力を扱う子が、他にも割りと多くってね。だからあたし達と同じ高校生以下の子は大きな括りで魔法少女と呼ばれることがあるの」

「へえ……今川焼きと回転焼きの違いみたいなもんですかね」


 その例えが合ってるかは微妙だけど、と前置きし、四之宮先輩は大富豪の財力に物を言わせてあっという間に一位通過してしまった。音無先輩がくぎぎと悔しそうにしている。


「でも、女の子の中には科学主体であったり機械的な要素を多分に孕んだ力を使う子もいる。そういう子を魔法少女って呼んだり呼ばれたりするのは、人によっては抵抗があるでしょ?」

「んー……確かに。たい焼きを今川焼きと呼ぶようなものですね」

「それに」


 今度は突っ込みもなく流された。スベった気がして恥ずかしさを感じながらホイホイと手札を出していきまたも平民上がり。


「年齢が上がってくると少女って呼ばれるのも妙でしょ? 何年かすればあたしも少女って歳じゃなくなるわ。だから、魔法少女と呼ばれる子やそれに類する特殊な力、超能力や体質を持つ人々のことを含むために、スペシャライザーという呼称を使うことがあるの」

「ま、あたし達は魔法少女って呼ばれることに抵抗はないから別にいいんだけどね」


 先輩方の話を聞き、次の対局のためにカードが配られている間に頭の中で整理しておこう。

 二人の先輩はボランティア倶楽部というサークルに所属しており、スペシャライザーと呼ばれる、広義の意味で魔法少女のことを含む特殊な力を持った存在である。その人数は聞いた話だけで何十人もいるようだ。ボランティア倶楽部の活動は、表向きは学校内外でのイベントや行事の助っ人などをしており、本当の目的は特殊な力を用いて人々の安全を守ること。俺が助けられたのもその活動のおかげだ。そして俺は未だに悪い奴に狙われており、その魔手から保護するためにこの倶楽部に一時仮入部という形で参加し、先輩たちの保護下に置かれている。


「ここまでの話は大丈夫かしら?」

「はい。サークルのことも魔法少女のことも、大体のことは分かったと思います」

「理解が早くて助かるわ」


 四之宮先輩がトランプを配り終えた。手札に最強のカードである2が二枚もある。これはひょっとするとひょっとするかもしれないぞ。


「他に知りたいことってある? 答えられることなら何でも答えるよ」


 音無先輩が大富豪とカードを二枚交換しながら言ってきた。さっき言った通りサークルと魔法少女のことは聞けたし、他に気になることといえば、


「先輩たちのことを訊いてもいいですか?」

「あたし達のこと?」

「何を訊きたいのかしら」

「いつからその力を使って人助けしてたのか……とか、そういったことを知りたいなあって。興味本位ですから言いたくなかったら全然いいんです! 無視してください」


 二人が顔を見合わせた。やっぱり言いにくいことだったのかと憂慮したが、


「いいんじゃないの。一番大事な秘密はとっくに知られてるんだし。話せるのなら話しても」

「だね」


 と、どうやら話をしてくれるという結果に落ち着いたようだ。


「あんまり詳しい単語とか出すと話が難しくなるから、簡単にして話すけど」


 そう前置きすると、音無先輩は自身の体験を振り返るようにゆっくりと話をし出した。


「あたしが変身する力を手にしたのは中学二年のときだよ。突然空から犬みたいな妖精が降ってきて、「悪い奴らがこの世界を侵略しに来るからやっつけて。そして侵略された僕の世界も助けて」って言ってきてさ。勿論最初は半信半疑、っていうか全く信じてなかったんだけど、実際その後、昨日の草太くんみたいに襲われてね。ただ違ったのは、あたしはその妖精の力を借りて変身して、敵を退けることが出来たってこと。それからは何度も敵の刺客と戦い続けて、中学三年の冬……今から二年前だね。この街を中心に大きな争いが起きたんだ」

「人によっては最終戦争、約束の日、聖戦エトセトラエトセトラ。様々な呼ばれ方があるけど、単に大戦と言った方がスペシャライザーの間では通じやすいわね」

「その大戦が、あたしにとっては最終決戦だったの。いくつもの組織や悪人が結託して一気に戦いを仕掛けてきたのを、あたし達も大勢で協力して退けたんだ。その時にあたしが敵対していた組織は壊滅、妖精の国も無事救われて、めでたくあたしの物語は終了を迎えたわけね」


 話を聞き終えて、俺はどんな反応をすればいいのか分からずに困っていた。漫画とかアニメのストーリーを聞いてるみたいで、それが先輩の体験した物語と言われても素直に受け入れることができなかった。


「あ。もしかして信じてなあい?」

「いえいえ! 今更信じないだなんて物分りの悪いことは言いませんって。ただ、すぐに全部受け止めろってのは難しくて、ゆっくり理解してかないとって……」


 たどたどしくて言い訳染みている。ここまできて疑う気は毛頭ないつもりなのに。


「ゆっくり話を聞いてくれればそれでいいわ。どうする? 続けてあたしの物語も聞く?」


 ぺっ、と手札をすべて吐き出した四之宮先輩が確認してくる。2が二枚じゃ太刀打ちするなんて無理でした。俺は平民、音無先輩は最後まで貧民であった。

 次は神経衰弱で勝負よ……瞳から光が消えそうな先輩がぼそりと呟いた。


「ええっと……よろしくお願いします」


 トランプ勝負が終わるまでこの場から逃れることもできそうにない。なのでゲームをしながら話を聞かせてもらうことにした。


「いいわよ。ああ、神経衰弱は二人からどうぞ。……あたしが力を手にしたのはおばあ、いえ祖母が亡くなったことが始まりだったわ。その時に受け継いだ、と言えばいいのかしらね。他の家族も誰も知らない、あたしと祖母の秘密の繋がり……トランプで繋がる力の連鎖」

「と、トランプ!?」


 目の前に拡がるトランプをめくり終えた手が止まった。これが四之宮先輩の能力と関係があったのか。


「トランプって言ってもこのトランプは違うよ……これはあたしの家のものだよ……」


 俺より先に一手目であっさりお手つきをしていた音無先輩が力の無い口調で答えてくれた。


「あたしが祖母から受け取ったトランプはしっかり管理してるわよ。それに宿る魔力みたいなものを用いて戦うのだけれど、その戦う相手っていうのが説明難しくってね」

「悪い奴らじゃないんですか?」


 うーんと唸る四之宮さん。考えつつも、トランプをめくる手は止まることを知らない。


「あたしは便宜上シャドウと呼んでいるけどね。闇に潜む、概念のような存在。それを狩るのがあたしの務めだった」


 だった、ですか。そう口にして繰り返したのは、過去形なのが気になったからだ。


「二年前の大戦の時に自分の力が暴走してね。おかげで他の魔法少女と敵対しちゃったの」

「敵対!? それって大変なことじゃないですか!」

「幸いだったのは一番に対峙したのがそこで腑抜けてる部長だったことね。おかげで遠慮無くボコボコにしたりされたりして止めてもらったわ」

「音無先輩が……。さっきはそんなこと語らなかったのに」

「言った通り、あたしの物語はあそこで終焉を迎えたからね。今の話は、カリンの物語だよ」


 四之宮先輩がめくり続けるトランプを見ながら、音無先輩はそう言った。自分が話の主体じゃないから、語ることはしなかったのか。


「そんなわけで無事あたしは助かったんだけど、暴走の反動で体に異常をきたししまってね」


 先輩が癖のある髪の毛先を指でくるくると弄ぶ。髪の色が抜けてしまったのにはそういう理由があったのか。


「そこであたしの物語は一旦終了。大戦を機会に、あたしもアヤメも力を失ってしまったし、多くの子と別の高校に通うようになったから、しばらく普通に女子高生として過ごしてたの」

「ちょっと待ってください。音無先輩は変身してたじゃないですか。力を失ってたのに、また手に入れたんですか?」

「うん。大戦が終わると、あたしの相棒だった妖精は自分の世界の復興に戻ったし、力を出し尽くしたカリンはしばらく変身することも、シャドウや魔力を感知することもできなくなってて。そんで魔法少女として戦うことから手を引いて、一線を退いていたんだけど。去年の冬に……大戦の残党って言えばいいかな。まあ、そんな相手に二人でいるところを襲われてね」

「あの時ばかりは諦めかけたけど、その時にあたしのトランプは再び力を取り戻して」

「あたしのスマホには変身用のアプリが転送されてきたの」

「そんなタイミングよく、力を取り戻すなんて……まるでドラマみたいな話っすね」


 作為的なものを感じてしまったのは、話を掻い摘んで説明してもらっているせいなのか。本当はもっと複雑な状況とタイミングなのかもしれないが、簡略化された話の中じゃあ全部を把握するのは困難だ。話の流れを掴むのに随分と難しい顔をしていたのに気付いたが、そんな俺に二人は苦笑して語り始めた。


「あたし達の戦いなんて、奇跡と危機が紙一重の連続だったからね」

「本当に諦めていれば倒されていたこともあったし、諦めなかったから活路を開いて生きてこられたんだと思うわ」


 諦めない、か。それが先輩たちが戦う上で貫いている姿勢なのか。


「諦めないから奇跡が起こせた、ってことですか」

「そうとも言い切れないけど。諦めない心を持っていても、倒されてしまった子もいた……」


 憂いを帯びた表情を一瞬だけ覗かせたが、すぐにそれを払って音無先輩は続けた。


「けどやっぱり、心を強く持って立ち向かうことが大事なんだと思うんだ」

「弱気になったら力を上手く扱えないしね」

「心の持ちようが、強さの秘密ってところですか」


 二人は頷いた。普通の人だって、落ち着いてなきゃ実力を発揮できない。加えて先輩たちが扱ってるのは魔法や魔力みたいな馴染みのない不可思議な力だ。心の乱れが力そのものに影響してしまうに違いない。


「ともかく都合よく力が戻ったんで、あたしはアヤメの誘いに乗ってボランティア倶楽部の設立に助力して今に至る」


 ペラ、と最後のトランプをめくり終え、神経衰弱は四之宮先輩の全取りで幕を閉じた。インチキ臭い強さに俺は呆然とし、音無先輩は「またか……」と漏らしていた。


「これがあたしの物語。シャドウとの戦いに決着なんてついてないから継続中の物語と言えるけど、最近は影を潜めているのか遭遇しないし、中断中とも言えるわね」

「影を潜める……シャドウが影を」

「随分と長話になったわね」

「もう十時過ぎちゃってるね」


 スルーされた俺の発言。恥ずかしい、消えてしまいたい、けどめげるものか。


「話を聞いてただけで頭がパンクしそうですよ。昨日今日で俺の中にあった常識が覆る体験の連続っす」

「まあそうだよね。明日も学校だし、早めに寝て備えるとしますか?」

「賛成。あたしも話し疲れたわ」


 オッケー。そう言って音無先輩が腰を上げ、リビングのソファをひょいと持ち上げて部屋の隅に寄せ始めた。


「えっと……」

「何してるの?」


 テーブルの上のトランプを片付けていた俺と四之宮先輩が、リビングの家具を動かす先輩に疑問を投げかけた。


「何って……寝る準備だよ」

「ここで?」

「寝るんすか?」


 うん、当然だと言わんばかりに頷く先輩。


「別にここじゃなくっても、二階の貴女の部屋やお兄さんの部屋を貸してもらえば三人くらい寝れるでしょ?」

「ダメダメ! 草太くんは狙われてるんだから一緒の部屋で寝ないと」

「それは一理あるけど」

「それに」


 ぬふふ、と楽しそうに笑う。尻尾が生えてたらぶんぶん振ってそうだ。


「折角サークルのみんなでお泊りなんだしー。こういう方が雰囲気出るじゃん」

「それが本音じゃないの」


 へへへとにやけながら、ワクワクした様子でリビングを寝床に作り変えていく。


「仕方ない。手伝いましょうか」

「は、はい。布団はどこから持ってきたらいいですか?」


 そして布団並べを手伝い終えると、一番最初に布団に飛び込んだのはおとなし先輩だった。


「フー! ふふふふふふ」

「こらこら転がるな」


 綺麗に並べた布団が先輩のローリングで乱れていく。すげえ、テンション高いこの人。


「なんかさ。こういうのって修学旅行思い出すよね」


 だからこんなにウキウキしてるのか。分からなくはないけど、


「あのお……寝るんじゃないんですか」

「そりゃあ寝るけどさ。もうちょっとお喋りとかもぐぐ」


 言葉を遮ったのは、四之宮先輩が押し付けた枕だった。


「大人しく横になりなさい。あんた一人盛り上がってちゃこっちが寝れないでしょ」


 ちぇ、とつまらなそうにしながら、布団の上で胡座をかく先輩が言ってきた。


「じゃあ草太くんは真ん中ね」

「ああはい真ん中ですかって真ん中!? 二人の間!?」

「守られてる感じがして安心だよね?」


 俺の頭の中に安心なんて言葉はなかった。女性二人の間で寝るなんて両手に花じゃないか。そんな贅沢がこんな俺に許されていいのか。いやよくない!


「あたしはどこでも。寧ろどうぞどうぞと譲ってあげるわ」


 許された。押し付けた枕を抱いた四之宮先輩はそそくさと端の布団に移動し、眼鏡を外してもぞもぞ布団に潜り込む。


「それじゃあせいぜい気を付けて寝てね」

「は……はあ」


 気を付けるって一体何に。こんな現場を敵に襲われるとか? そんな可能性があるのか。


「はあ。一人寝ちゃうともう騒げないね」

「そうですね……」


 いち早く寝る態勢をとった四之宮先輩に続き、俺と音無先輩も布団に入った。


「つってもまだ寝てはないんでしょう」

「もう寝てるわ。早く静かになさい」


 俺の頭越しに二人のトークが行き交う。左から音無先輩、右から四之宮先輩の声がステレオで聞こえてくる。間にいる俺がお邪魔虫じゃないかと思えて、布団の中で縮こまってしまう。


「灯り消すよ?」

「あ、はい」

「いいわよ……」


 リモコンでリビングの電灯が消され、暗くなると先輩がもぞ、と布団に入る音がやけに大きく聞こえた。


「それじゃあおやすみーふぁあ……」

「おやすみなさい……」

「……すぅ」


 ……。

 …………。

 ………………。

 先ほどまでの三人でのお喋りが嘘のように静寂がリビングを包み込んでいた。

 本当にもう寝ちゃったのかな。寝付こうとして黙っているだけかもしれない。けどわざわざ確かめるなんて真似ができるわけもないので、俺も黙って眠るように努めた。

 しかしこうして静かになると、今日一日で知ったことが次々と頭に浮かんでくる。たくさんの非常識なことを教えてもらった。日常とは違う異常な領域があることを教えられた。

 俺に起こったこと、サークルのこと、二人の先輩のこと、スペシャライザーのこと。今日聞いた話を、その出来事が発生した時系列順にまとめていく。

 最初は先輩たちが力を手に入れて、出会って、それから二年前に大きな戦いがあって、


「すぅ……すぅ」


 その時に力を失ったんだっけ。中学三年生の冬って言ってたな。他のスペシャル……同じ歳の魔法少女たちとは別の高校に通うことにして。やっぱり敵対してしまったことが楔となって打ち込まれて感じたのかもしれない。そこはもう先輩たちにしか分からないことで、


「ん……うぅん」


 それから、高校生になってからだ、一年生の冬までは普通の女子高生をしていたら、変身する力を取り戻したんだ。それを切っ掛けにボランティア倶楽部というサークルを作って、


「すぅ……」

「むにゅむにゅ」


 作って、活動は表と裏の顔があって、お手伝いと守ることが仕事で、


「すうぅ……」

「ふぅん……」


 駄目だ駄目だ駄目だ左右の寝息が気になって思考がまとまらない!

 二人共本当に寝ちゃったみたいだ。男がいるのにすぐに寝てしまうなんて、俺って異性として意識されてないのかなと少しヘコんでしまった。二人からすれば、守るべき対象なのだからそういう風に捉えてないのかもしれないが、自分は違う。素敵な先輩方が両隣で寝てるだなんて素晴らしいシチュエーションにドキドキしないわけがない。

 チラリ、と右を見る。四之宮先輩が小さな寝息を立てている。可愛らしい横顔をじっくりと拝見したい欲求に駆られたが、それを覗き見るなんて失礼なのですぐに視線を天井に戻した。

 左隣りの音無先輩はどんな寝様だろうと視線を動かした時、顔の上に何かが降ってきた。


「もがっ、もぐ?」


 何が落ちてきたんだとびっくりしながら手で触ってみると、手のようだった。どうやら寝返りをうった音無先輩の腕がこちらに投げ出されたらしく、こちらに顔を向けている先輩の吐息が耳に届く。音だけじゃなく、撫でていく風も感じる。勘弁して下さい。


「とにかく脱出を……」


 先輩の腕を持ち上げようと試みた瞬間、ガバっと頭を拘束されてしまった。


(いやああああああああ!)


 嫌じゃないですけど! 嬉しいですけど! 声にならない悲鳴を上げたのはこれはまずいと直感したからである。


「ん……うぅん……んっ」


 先輩の寝息をすぐ側で聞きながら、俺の顔半分は柔らかな感触に埋もれていた。

 この弾力を感じるのは二度目だ。一度目は精神不安定に陥った俺を安心させてくれたものだが、二度目は違う意味で不安定になった俺の精神を乱しに乱す魔性の触感だった。


「すいませんもう無理です……」


 これ以上ここにはいられない。そう悟ると先輩たちを起こさぬよう細心の注意で腕の拘束からじわりじわりと抜け出し、這ってリビングを抜けだした。

 理性がぶっ飛ぶ前に高鳴るドキドキを鎮めて落ち着きを取り戻さねばならない。匍匐前進で進行しつつ廊下の冷たさで体の火照りを抑えながら、一人で落ち着ける場所を求めて他人の家を這い回るのだった。

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