魔法少女と殴り愛
相性が悪い。
ブレイブウルフはそう感じた。
最初に拳と刃をかち合わせた直後、玲奈は森の木々の中へ狼を誘い込んだ。
近接戦では分が悪いと判断してのことだった。事実、拳の撃ち合いとなる距離での戦闘において彼女ほど高い戦闘力を誇るスペシャライザーは、玲奈の知る中ではいない。無論、彼女の中にあるデータは大戦以前のブレイブドッグとしての彩女のものであり、今現在はどの程度のレベルにあるかは把握していない。
しかし侮ることはしない。だからこそ自分が有利となれる障害物の多い森の中へと相手を誘ったのだ。
その策は見事に相手を苦心させていた。
大地を蹴り、木を足場にして追わなければならない狼に対し、玲奈は背部のフライトウィングの恩恵を受けて文字通り木々の合間を縫うように飛び回る。
加えてウィングラックから射出した自律型戦闘支援飛行兵器群(Support Combat Automatic Arms Flight Unit)――通称スカーフに追いすがる狼が、素早く切り返し木々をかわす毎に二人の距離は縮むのだが、
「――ッ」
絶妙のタイミングで狼の進路を遮るようにスカーフが砲口を向け、極小さなビームを放ってくる。
当たっても致命傷とは程遠い威力ではあるが、これが互いに遠慮なしの攻撃だったらと仮定すれば、決して当たるわけにはいかない。
前方に駆けながら中空で体を捩る。一閃する光線を猫のような身のこなしでかわすと、再び駆け出す。
回避による時間のロスは小さいが、それでも二人の距離を開かせるには充分な効果がある。
周囲から振りかかる砲撃の頻度が次第に増してくる。動きが把握され始めていることに歯噛みする狼を見て、後ろ向きで飛び回る飛甲翔女、レヴァテイン・カスタムは感じていた。
私とは相性がよろしいようですわ。
「ふふ……」
余裕に笑みを漏らした直後、その表情は凍りつく。
背後に迫る木々を振り返りもせずに避けていく飛甲翔女。かわした木が必死に追いすがる黒衣の魔法少女の姿を隠した瞬間、眼前の木が枯れ木のように弾け折れた。
魔法少女の右腕が木を粉砕し、真っ直ぐ最短距離で突っ切ってきたのだ。
「非常識ですわ!」
虚を突かれたレヴァテインの鼻先にウルフの牙が届きかけたが、その腕は空を切る。
「っとぉ! 空に逃げるのは反則じゃないかしらぁ?」
空振りしたウルフが勢いそのままに地を滑走し、屹立する木々が途切れたところでようやく止まる。
拓けた場所に出た彼女が空を見上げると、冷や汗を拭う青い少女の姿があった。
「少し驚きましたけど、見切れない程ではありませんわね」
「んなら降りてきたらどう? 続きをやりましょう」
クイクイと人差し指を曲げて誘うのだが、地面に降りてくる気配はない。その様子にムスッとするのだが、すぐさま顔を引き締めて周囲を窺った。
「これは……」
いつの間にか彼女の周囲を四つのスカーフが飛び交っている。その砲口は彼女を捉えて放さない。彼女を中心に衛星のようにグルグルと巡っている。
「すこぉし痛いかもしれませんけど、我慢してくださいね」
薄く笑う。背中に冷たい感覚が走った瞬間、巡り続ける四つの砲門から光の筋が放たれる。照射される四条の光線が交差する中央で、小規模ながら爆発が起きた。
衝撃で土煙が舞い上がっている最中も、攻撃の手は休まらない。しばし続いた四方からの照射が収まり、四つのスカーフがレヴァテインのウィングラックへと帰着する。
少しいじめすぎたかしら。
相手の身を案ずるも、その顔には不安というものは浮かんでいなかった。
土埃が晴れ、抉れた大地が露わになる。その中心、両腕を広げる魔法少女は自身が周囲に展開したエナジーシールドに守られ、ほぼ無傷であった。
「はぁ…………ふぅ」
ほぼ、つまり全くの無傷でやり過ごすことはできなかったということだ。その肌は傷つき、土と汗にまみれていた。とはいえ傷は自己治癒力ですぐに癒える程度のものではあったが。
「まったく。ガードは得意じゃないんだけどな……疲れるし」
見て取れる疲労の要因は普段使い慣れぬエナジーシールドを瞬時に展開せざるをえなかったためである。慣れぬために発動が遅れ多少傷付きはしたが、これでなければ先の攻撃を耐えることは難しかったであろう。
「ですが流石と言っておきましょうか。貴女ならこの程度の攻撃は凌げると信じていましたわ」
「そりゃあどうも」
レヴァテインが不安の色を表情に出さなかった理由はそこにある。出す必要がなかったのだ。ウルフならば平気だと、その実力を信じているからだ。
「しかしながらこの辺りが勝負の引き際でしょう」
「はい?」
「空を舞えない貴女に勝ち目はありませんわ。これが私と貴女の決定的な差。私の勝利を確かにする決め手ですわ」
「ちょっとお」
「無論貴女の脚ならここまで一蹴りで届くでしょう。ですがそれを見切れぬ私ではありません」
「あのねえ」
「確実に勝つと分かっていながらあのような条件を出してしまうだなんて、私も悪い女ですわね……アヤメさんがどうしてもと仰るなら今回の勧誘の件は保留にさせていただいても構いませんことよ?」
おほ、おほ、おほほほ。
口元に手を添え高笑いする様に、狼はムスッと頬を膨らませた。
「勝手なこと言ってないでよね! こっちにだって秘策の一つや二つあるんだから!」
その言葉を聞き高笑いを止めたレヴァテインは、これまでの微笑みとは趣の違う薄ら笑いを浮かべていた。
「へぇ……」
相手を見下ろす細めた瞳は、これから何をするつもりなのかという興味の色が多少含まれていた。
「貴女があたしに新しい力を見せてくれたように、あたしにも貴女に見せたことのない力があるんだよ」
そう告げた彼女が右手で変身ベルトと化しているスマートフォンの画面に触れる。ハートのマークが浮かんでいたディスプレイに指を滑らせると、マークが変わった。
落雷を象ったギザギザしたイカヅチの図形が現れると同時に、ブレイブウルフの体から周囲の空気をパチパチと弾く電光が迸り、その姿が消えた。
何が起きたのかと考える間もなく、レヴァテインは大地に叩き落とされた。
「っな――にが!?」
地面に激突する寸前、体を翻し背部のフライトウィングの推力を全開にする。大地への衝突は回避したものの、何が起きたのかまだ理解できずにいた。
不思議なことに彼女の体はピリピリと痺れるような感覚に苛まれていた。
直前に見た雷のマークと関係があるのでしょうか。そう思い見上げた上空には、先程視界から消えた魔法少女がまだ滞空していた。掌を突き出す格好をしているのは、こちらを突き落としたためか。
あの一瞬で地上から上空へ移動したのであろうが、それは彼女の想定を大きく上回る動きであった。
如何に疾くても目で追えるはずだと思っていただけに、反応すら許されない瞬速の動きに驚きを隠せなかった。
「ッ! また……!?」
空に舞っていた黒き雷光が再び掻き消えると同時にレヴァテインの傍の大地が大きく抉られた。
「くぅ……」
巻き上がる土煙に思わず顔を覆う。すぐ近くに降り立ったはずの狼の姿を完全に見失ってしまった。
「空なんか飛べなくっても、相手を叩き落とすくらい跳ぶことはできるんだよ。っても、消耗がでかいからバリアと同じであんましバンバン使えないけど」
舞い立つ土に紛れて相手の声が聞こえてくる。近いと悟り、身構えた時だった。一つの影が砂塵を裂いて拳を振るってきた。
「もう逃さないよ!」
「ハッ!」
仰け反ったレヴァテインの鼻先を、ブレイブウルフの右腕が掠めていく。
この距離は非常にまずい。咄嗟に右手に出現させた蒼槍レーヴァを相手の右腕に叩きつける。
この程度で彼女の鉄腕を傷付けることなどできないが、彼女の意識をこちらに集中させること、そしてせめぎ合いからの間合いの確保が目的である。
振り下ろした一撃は狙い通り右腕で止められる。ここから即座に間合いを離しておきたかったが、止められたスピアを掴もうとする左腕が伸びてきたために、自分から槍を引く羽目になった。
タイミングとバランスを崩されたところを逃すことなく狼の猛攻が仕掛けられる。
呼吸することすら忘れ、雨のように襲い来る打撃蹴撃を槍の腹、柄、石突とその全てを活かしていなしていく。
近接戦闘が不得手というわけではない。自在に飛翔できることに加えて遠距離からの攻撃手段も豊富であり、あらゆる状況への対応力ならばレヴァテインの方がブレイブウルフより一枚も二枚も上手である。
だがしかし、先に述べた通り近接戦においての相手の戦闘力は自身より格段に上であり、
「あッ!」
やがて捌き切れずに獲物を弾かれ、足をかけられ転ばされる程追い詰められるのは当然の結果といえる。
見開かれた彼女の眼前に右の拳が打ち込まれるところであった。
「……勝負ありだね」
振り抜かれれば戦闘不能待ったなしの一撃は、チョコン、と玲奈の鼻先に触れただけであった。
「……ええ。引き分けですわね」
観念したかのように目を閉じた玲奈の言葉に眉根を寄せた彩女の後頭部に、コツン、と何かが触れた。
振り返ると、そこには一基だけで飛来したスカーフの砲口が彼女の頭をロックオンしていた。
ハッとした彩女が玲奈のフライトウィングに目をやると、四基のスカーフが保持されているはずのウィングラックの内、右下の羽にはスカーフの姿がなかった。
「……あの時」
玲奈が槍で斬りかかってきた時、彼女の攻撃に意識を集中させられたせいで、後方に射出され、森を大きく迂回して彩女の背後を取るスカーフの気配に気付けなかったのだ。
「けど引き分けはないなあ。これよりあたしの拳の方が速く届くに決まってるもん」
「あら? 本当ならこの場まで接近させずに遠方から狙撃していたに決まってますわ。ずっと狙い撃てていたのに敢えて引き分けとしてアヤメさんに華を持たせてあげようという、私なりの心遣いなのですけれど」
「ハッ! もし撃たれてたらそれに気付かないほど鈍感じゃないよ。それにお互いこんだけ近距離で打ち合っているのにそこへビーム撃ったりしたら、下手したら九条さんに当たってたかもよ」
「そんな下手を打つほど間抜けではありませんわ」
「ムムム……とにかく負け惜しみなんてみっともないよ!」
「まあ! 撃ちますわよ! 撃ちますわよ!?」
互いにムキになり睨み合うこと約数秒。
彩女が突きつけていた拳を開くと、ニカッと破顔した。
玲奈もまた柔らかな微笑を浮かべ、その手を取り立ち上がった。
「とにかくここまでにしとこう。お互い、ちょっとやりすぎた気がするし……」
「……そうですわね」
二人揃って周囲を見回せば、地面には穿たれた大穴が二つ、そして辺り一帯の木々は、その際に生じた激しい衝撃の余波により若々しい青葉のほとんどが抜け落ちていた。
山のこの一画だけが、綺麗に禿げ上がってしまっていた。




