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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-2
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戦士は彼の地を駆ける・2

「――なるほど。協力を断って元の世界に帰るつもりだ……と」

「ええ。そうです」


 話をしながら、彼は大急ぎで駆けた馬の様子や荷馬車に傷みがないか確認をし、僕は少し乱れた荷台の積荷……樽や木箱、干し草などを整える手伝いをしていた。

 ここに身を潜めていた子は外に出て、道端の草むらに腰を下ろしていた。傍には石に座る明もいて、こっちを手伝おうとする素振りは全く見せない。呑気なものだ。


「珍しいな」

「何がです?」


 車輪の状態を点検する彼――ジェドと名乗った中年の男性の言葉に、体を動かしながら会話を続けた。


「元の世界に帰るなんて言う召喚勇者の話は聞いたことがなかったからな」


 ジェドさんの口調は砕けたものになっていた。僕らがこの国への協力を断ったことで彼の言う召喚勇者ではなく、気を遣う必要はないとさっき伝えたからだ。

 それよりも、今の台詞が引っかかった。


「……僕ら以外にも召喚された人がいるかのような言い方ですね」

「いるよ」


 いるんだ。そんなこと聞かされてないぞ。協力するつもりがないから教える必要はないと城の人間に判断されたのかもしれないが……やはり僕らには、この世界について知らないことが多すぎると痛感する。


「この一年であんたら以外に三回、国王様は莫大な犠牲が伴う召喚の儀式を行って勇者を喚んでいる」

「そうですか……」


 一回の儀式で一人の人間を喚べるなら、この国には三人の勇者がいるということになる。その勇者たちに謀反を鎮圧させにいけばいいのではと思ってしまうが、そうはいかない状況なのか。


「勇者たちは何をしてるんです?」

「二人は別々の国境線の防衛をしていると聞く。一人は……国内の治安維持だな」

「それは北方の古城も対象に?」


 そいつがそこを鎮圧できるのなら話は早いのだが。


「いいや。あそこは……果たして国内と呼べるかどうか。地図上はダンタリクの土地に属してはいるが」

「何か問題が?」

「……すぐ北は魔族領に接している。いくら勇者でも一人では手に負えんという話だ」


 まぞく……。聞いただけで頭痛がしてくる単語だ。

 というか、あの王様はそんな土地にいるレジスタンスを僕らに鎮圧させるつもりだったのか。聞く限りじゃ碌でもなさそうな場所じゃないか。


「あんたらがそこを攻めるために喚ばれたらしいが……」

「断ってよかったと思いますよ」

「……だろうな」


 そもそも僕らが二人――相沢くんが来ているのなら三人になるが――で喚ばれたのはイレギュラー。勇者と呼ばれる存在が一人で苦戦する場所に一人で向かわされるかもしれなかったのだ。関わり合いたくない以上、やはり断って正解だ。


「ったく。いい加減にしてほしいもんだぜ……王様の道楽もよぉ」

「道楽?」

「召喚だよ! ポンポンポンポン喚びやがって……おかげで国が疲弊する一方さ! おまけに今回は失敗」


 そこまで言ってから、彼はバツが悪そうに言葉を正した。


「すまん。責めてるわけじゃない。あんたらも被害者なんだろう」

「いえ……貴方の言うことも尤もですから」


 この国に生きる人からすれば、使う度に生活に打撃を与える召喚を行われたにも関わらず、僕らは何もせずに帰るつもりでいるのだから。帰還の際にも多くの魔力が必要だとすれば、僕らは彼らの暮らしを更に険しくするためだけにやってきたと言っても過言ではない。

 ジェドさんは僕らを被害者と言って理解を示してくれてはいるが、その他大勢の人からすれば……。

 暗澹たる気分に沈もうとする僕を気にしてか、ジェドさんが矛先を変えてくれる。


「ゴホン! ……召喚術はここ何世代も行われた記録のないこの国の秘術だそうだが、一年前……丁度最初の勇者を召喚した辺りからだな」


 段々国が狂ってきたのは。

 ジェドさんはそう吐き捨てた。まるで国そのものが変わってしまったかのように。

 今の僕にできることと言えば、こうして荷台の整理を終わらせることだけだった。


「……終わりました」

「ああ助かったよ。ありがとう」


 荷台を降りると、馬車の点検も終わったのかジェドさんが迎えてくれた。

「手直しが必要な箇所もあるが、これくらいならゆっくり行けば問題ないだろう」


「どこまで行かれるんですか? 城の方ですか?」


 僕らがやって来た場所まで結構な距離がある。着く頃には夜が更けるだろうし、暗くなってきたらまた先程のように襲われてしまうのではないかと心配してしまう。


「いや、この先に南へ下る分かれ道がある。俺たちはそこを少し進んだ所にある宿場に行く」


 道が分かれているのは気が付かなかった。ずっと道の外れを走っていたせいだ。


「近いんですか?」

「ああ。何ならあんたらも来るか? 一宿くらいの恩は返すぜ」


 命を救われたんだから。

 ジェドさんの申し出はありがたいものだったが、それは丁重にお断りさせていただいた。


「そうか。そんなに急ぐのか」

「はい。今日中にトヤラに着くつもりですから」

「そりゃ無理だろう。ここからだと馬を使っても一日はかかるぞ」


 ということは出立前に近衛兵の彼に教えてもらった道程の半分は消化できたということか。


「大丈夫です。暗くなる頃には着けますよ」


 ジェドさんは信じられないといった表情を一瞬垣間見せたが、


「召喚勇者ならそれくらいできる……もんなのか?」


 半ば疑いつつも僕の言葉を聞き入れてくれたようだ。

 ではそろそろ行くことにしよう。


「この世界で初めて出会えたのが貴方のような人で良かった」

「よせやい」


 照れくさそうに言いつつも、彼は僕の差し出した手を握り返してくれる。人の温かさが伝わってきた。


「なあ」


 彼が何か言いかけた時だった。

 そいつが現れたのは。




 よく手伝うもんだ。

 石に腰を下ろして聖が働く様子を窺う。

 時折俺を見てくるが、顔を反らして気付かないでおく。

 視線の先に転がる幾つかの魔物の死骸。数は多いが大したことなかった。一人でもどうにかできた。

 始末したならさっさと話を聞いて目的地へ急げばいいものを、あのお人好しはああして手伝いをしている。

 一人で先に行くつもりはない。そのつもりならわざわざ馬車を助けになど来ない。とはいえ無駄に時間を過ごす気もない。

 …………寝るか。

 目を閉じ、多少使った体力の回復に努める。


「……」


 馬車で作業する音、二人の声、遠い。

 静かに吹く風、草花の揺れる音、近い。


「…………」


 もう一人いる人間の気配と息遣い、近すぎる。

 瞼を薄く開けて横を見やる。ガキの鼻先がそこにある。


「ッ」


 息を呑んでパタパタと離れて近くの木の陰に姿を消していった。

 一人になった…………寝るか。


「……」


 馬車で作業する音、二人の声、遠い。

 静かに吹く風、草花の揺れる音、近い。


「…………」


 もう一人いる人間の気配と息遣い、近すぎる。

 目を開けるとまたガキの顔が見えた。また木陰に走り去っていった。

 目を閉じるか。


「……」


 馬車で作業する音、二人の声、遠い。

 静かに吹く風、草花の揺れる音、近い。


「…………」


 もう一人いる人間の気配と息遣いを感じる前に目を開けた。

 隣に腰を下ろしこちらを覗き込んでくるところで目が合う。一瞬ガキの動きが止まった。


「なんだ」


 鬱陶しいのでさっさと話を訊くことにする。これ以上傍をウロウロされたくない。


「……」

「……」


 声をかけてやったのに無言のまま、布を目深に被ったガキが離れていく。手前勝手な奴。

 徹底的に無視することにした。気にするだけ損だ。


「……」


 目を閉じ休息に専念する。すぐ前方に気配を感じたが先程決めた通り、気にしない。

 そのうち離れていくだろうという目論見は甘かった。

 近くをウロウロするだけなら無害ということで無視できるが、突如鼻先に触れられれば顔を仰け反らして睨みつけた。

 お前いい加減に……と言うつもりだった。

 黄色い花が俺の口を塞ぐように突き出されていたから声を上げるのを躊躇った。


「……」


 何も言わずに花を見せてくる。

 俺に何をさせたいのか……は、大体分かる。感謝のつもりか。

 いらんと突っぱねることは簡単だ。しかしそれで大人しく退散するか分からない。何度もしつこく付き纏ってくるかもしれん。


「……」


 昔なら気にせずに延々無視できていた。だが色々なしがらみを知ったせいで、単純に無視することに対して少なからずの抵抗を覚えるようになった。

 特に悪意のない奴に限って……だが。


「……」


 これは仕方のないことだ。自分にそう言い聞かせてガキの希望に応じることにした。


「ムシャ」


 お望み通り黄色い花を食べてやる。青臭い苦味のある香りが口の中を満たす。


「……不味い」


 こんなモンを食わせようとしてたのは嫌がらせか。

 口の中に残った筋っぽい部位だけを吐き出した。

 お前から勧めておいて目を丸くするな。それからすぐに口を開けて声も出さずに笑い始めた。馬鹿にしてるのか。

 声を上げないことへの違和感はあるが、これで気が済むのならそれでいい。

 これで寝れる。

 目を閉じると口に残る花の味が余計に感じられたが、しばらくすれば気にならなく……鼻からまた花の匂いがした。

 予感がして目を開けると、鼻先に黄色い花束があった。

 ガキの笑顔を見て、俺はようやく顔をしかめた。


「……」


 別の予感がして顔を上げる。釣られてガキが空を見上げるのと同時に、そいつは降り立った。

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