戦士は此の地を探る・1
何故こんなに不機嫌そうな顔をしているのか。
疑問に思うまでもなく、やはりその顔を見れば一目瞭然だった。
学校の教室で顔を合わせてから何も言わずに午前の補講が終わり、午後になって旧校舎にあるボランティア倶楽部の部室で席に着き二人っきりの状況でしばらく。
「……」
彼女は膨れっ面、あたしは文庫片手に読書。珍しく静かで穏やかな時間の流れに思わず頁を捲る手も早まるが――そろそろ頃合だろう、と栞を刺して静寂を破ってあげた。
「貴方と二人きりなんて久しぶりね?」
あたし的には今だに姿を見せない後輩達を気にかけたつもりだけど、彼女には不満気に聞こえるかしら。
「他に言うことなぁい!?」
どうやら彼女が欲した話題では無かったみたい。
紹介が遅れたけれどあたしにがなり立ててくるこの子は音無彩女。ボランティア倶楽部の部長。あたしは四之宮花梨。部長の忠実なる下僕。
そう見えない? ええ嘘だから。
「可愛い後輩のこと以上に気にかけることなんてあったかしら?」
「あたしの顔! あたしのほっぺ! 痛々しいでしょ!」
そう訴えてくるものだからじっくりと顔を観察してあげた。
短い黒髪ポニーテール、凛とした眉に潤んだ瞳はクリっと吊目。鼻筋はスッと通って大口で叫ぶ奥には喉ちん……あらちょっと下品かしら。
それからほっぺ。今朝から湿布を貼っている。
「別段変わったところはないわよ」
「あたしゃ常日頃湿布貼ってませんけど!」
「そうだった?」
「そうだった!」
分かってる分かってる。ちょっとおちょくっただけよと両手を上げてみせた。
「で? 今はいない可愛い後輩に殴られた場所が痛んでずっと顔をしかめてた訳?」
「もう痛くはないわよ……」
だったら何を思ってそんな顔をしているのかしら。
「一発綺麗にもらっちゃうだなんて、あたしもまだまだだなあって……」
どうやら後輩に拳をお見舞いされたことがショックのようだ。
「あの子たちも日々成長しているということよ。喜びなさいな」
それが年長者たる者の心構えというものよ。
「そりゃそうだけど……。なんか急に実力がついた気がして腑に落ちないのよねぇ」
彼女が頬を怪我したのは昨夜のこと。夜の倶楽部活動の後に件の後輩と闘いの手合わせをしていた時につけられた傷である。
お相手は双葉明くん。無愛想で何を考えてるのか分かりにくいけど悪い子じゃないわ。
それからあたしも別の子と手合わせしていた。名前は一野聖くん。女の子より女の子らしい可愛い顔をしている……本人は頑なに男ですと言い張っているから、その事をからかったりはしないけど。
そしてあたしも聖くんとの手合わせで同じ違和感を抱いたのは事実。
「確かにね。いくら伸び盛りと言っても、急に喰らいつかれた気がして焦っちゃったわ」
「でしょう!」
二人が弱いと下に見るつもりはない。地力は高いし戦闘力も高次元でまとまっていて隙は少ない。
でもあたし達には彼らにはない経験を余分に積ませてもらっている。
その差が開いている内はまだまだ勝ちを譲る気はないし、昨日だってあたし達は先輩の面目を保つことができた。
けど、昨日は急激に差を埋められた感覚があった。
「何か特別な修練かパワーアップをしたのかもしれないわね」
「部長として君臨している間は絶対に負けないように心がけてたんだけどなぁ」
君臨って言い方もおかしいけれど、言いたいことは伝わってくるわよ。
「いいじゃないの、結果はまだまだ譲ってないんだから」
「そうだけどさぁ……」
ぐねぐねと身を捩って机に突っ伏しだした。
なんだか今日はやけに女々しいわ。いつもなら少し思い悩んでもすぐ脳天気に明るくなるのに。
「ふぅん」
そこであたしは席を立ち、悶々と悩む様子の彼女の背後に陣取った。
ポニーテールを根本から毛先まで指で梳く……相変わらず髪質かったいわね。
「人の髪弄って楽しい?」
「全然」
別に好きで弄ってるわけじゃないの。
「髪切ったのねぇ……もう伸びないの?」
「まあ、ね。力の影響も落ち着いたし、長すぎて少し邪魔だったから。あぁこれで毎晩髪切って捨てに行く手間が減って助かるわあ」
彼女が力の使いすぎで体の変調(主に毛が伸びすぎる)を示すのはあたしの知る限り二回目である。一回目は最近、そして残るは二年前……大戦の時である。
別にそのことを慮って彼女の髪を撫で回しているわけじゃない。あたしがしっかりと確認したかったのは、伸びなくなった髪を未練たらしく少し残してまで使っているこの仔犬の髪留めだ。
「素敵な髪留めね……早速使っちゃってるの?」
彼からのプレゼント。
そう耳元で囁いてあげると、くねくねしてたのが嘘のように背筋が伸びた。
「っじゃないし! 彼氏なんかじゃなしっし!」
「あら。あたしは別に彼が貴女の彼氏だなんて一言も言ってないわよ?」
髪を撫でながら貴女の早とちりだと言ってあげると赤くなっていくほっぺを膨らませて逆さまの顔で見上げてきた。
背の高い彼女を見下ろす機会はそうない。その上言葉で責めれるだなんてたまらないわ。
「黙っても無駄。あたしに隠し事ができると思って?」
「ぷぅん」
膨れたままの頬を両方から押してぺたんこにする。
「彼とはどこまで行ったの?」
「何処にも行ってないわよ……再会したばかりで」
そういうことを訊いてるんじゃないのよねぇ。
鈍感な彼女の首に手を回し、逃れられないようにする。
「ちょッ……」
「あたしが訊いてるのはぁ」
自身の唇が彼女の額に触れそうな程近づき――、
「――こんにちわたしはじめ」
ガラガラシュルルゴキィ。
「ぐえー!」
突然少女の声がして部室の扉が開いたのであたしは咄嗟に彩女の首を折って何をしてたかを誤魔化した。
「おやまあ。ノックが必要でしたかな」
「構わないわ。あたしと貴女の仲じゃない」
闖入者の正体は相沢はじめ。後輩である相沢草太くんの妹として生活を始めた人造魔法少女。銀髪のツインテールとゴシックな黒ワンピースが特徴的で可愛らしい。
「生体反応が一つ消失。ご臨終」
「ほっといていいわよ。そのうち生き返るから」
「ぶくぶくぶく……」
首を真横に曲げて泡を吹く彩女は捨て置いて自分の席に戻り、はじめを招き入れる。
「立ち止まってないでこっちに来なさ……って、誰か連れてきてるじゃない」
扉の窓ガラスに人影が見えた。
「おお。忘れてた。お客様がお見え」
はじめが草太くんのいつも座る場所に向かうのを尻目に、新たに姿を現す見知った後輩に声をかけた。
「いらっしゃい柏木さん。お菓子でも用意するわ」
彼女は後輩三人組のクラスメイト、柏木京子。ソフトボール部に所属しているからか、健康的な日焼けをしているショートヘアの快活な子である。
スポーツバッグを肩にかけ、午後はこれから部活動かしら。
「い、いえお気遣いなく……ス」
彼女は席を立とうとするあたしを制した。
「お客様だからオモテナシしたかったのだけれど」
遠慮するのなら無理におしつけるつもりはないから席で姿勢を正すと、彼女は踏み入らずに室内を窺う様子を見せた。
「探しもの?」
「いや、あの……三人はいないのかなって」
「まだ来てないけれど。教室はもう出ているんでしょう?」
後輩たちを探しにきた彼女が先に部室に着くなんて、あの子たちはどこで油を売っているのかしら。
「それが、今日は朝から三人いなくて……もしかしたら先輩たちと何かしてんじゃないかって」
彼らが授業を受けずにここにいるのではと思い顔を出したということね。
「残念だけどあたしも今日は一度も顔を見ていないわ」
「そッスか……」
「誰かに用件があるのなら訊いておきましょうか?」
「いえ! とんでもないッス! なんでもないッス!」
彼女は慌てた様子で否定すると、元気よく頭を下げて走り去っていった。
「……フム」
あたしは口元に手を当て考え込んだ。柏木さんが部活前にここへ寄って三人の居所を探っていたのも気になったが、その三人が揃って学校へ来ていないらしいことの方がきな臭かった。
「はじめ」
「はい」
手を挙げて応える少女に今朝のことについて訊ねてみる。
「今日はお兄ちゃんと一緒じゃなかったの?」
「わたしの朝食はトーストでした」
ほうほうそれで?
「お母さんの焼き加減はとても大好きです」
だから?
「でも今日は少しカリッと焦げ気味でした」
「無駄話はその辺でいい?」
「そのせいで少し朝食を食べるのが遅くなったわたしを残してお兄ちゃんは迎えに来た聖と明と一緒に先に家を出ていきました」
「軌道修正速いわね」
「一本遅いバスで学校に来た」
「家を出てからは彼らの姿を見てないのね?」
はじめは小さく頷いた。
「そして今の今まで図書室にお邪魔してHを蓄えていたのであった」
「うちの高校の図書室に叡智詰まってたかしら?」
「そして部室へ来る途中でお兄ちゃんの彼女と鉢合わせの修羅場体験」
「なんで突然話を盛るのか理解に苦しむわ」
ともあれ三人とも学校に向かって家を出たことは間違いないからには、教室に着くまでの間に何かが起きたのか、巻き込まれたのかもしれない。
こういう時は文明の利器に頼りましょう。
あたしはスマートホンを手にすると、アドレス帳に登録している相沢くんに電話をかけた……が、あっさり不通。
続いて聖くん、明くんにも同様に連絡を取ってみるが、結果も同様。
揃いも揃って圏外?
「ますます不可解ね」
あの三人なら多少のトラブルに直面しても心配はいらないけれど、連絡が全くつかないのは落ち着かない。
が、現状手がかりらしいものも無く、生きていれば真っ先に部室を飛び出して探しに行っていたであろう部長もこの様では動きようもないのだ
けれど優秀なマネージャーがいないと、スケジュールの把握がままならない。ボランティア倶楽部を立ち上げた時はあたしが渋々やっていたのだけど、相沢くんが入ってきてからは彼に丸投げしておいてあたしは悠々自適に過ごさせてもらってたのでした。
「今日はどうしましょうかねぇ……」
部長もお亡くなりになったし、はじめと二人で何をしていろというのかしら。




