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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-2
249/260

序章

 おそらく……こんな酷い面をしたこいつを見るのは初めてだ。


「……なんだ」


 こっちの視線に気付いた明がジロリと睨み返してくる。


「うむ。お前の顔に見惚れていた」

「馬鹿が」


 短く辛辣に一蹴された。見られて気分のいいものじゃなかっただろうから褒めてみたのだが全く効果がなかった。

 ジリジリと照りつける太陽。夏休みは始まっているが、こうして毎日高校へと向かっている。補講は午前中だけだし、終われば先輩たちとサークル活動だから通常とは違って少しだけ特別感はあるが。

 今、この俺相沢草太は家に迎えに来てくれた一野聖と双葉明と一緒にバス停へと歩いているところであった。

 その最中で、今朝一目見てギョッとした明の顔をちらちら窺っていてからの先程のやりとりである。

 額に包帯鼻に絆創膏左頬に湿布……あと夏の制服から伸びる健康的な焼けた肌にはところどころ打ち身擦り傷。

 事情を知らぬ者が見れば暴力を振るわれた被害者にしか見えない。

 事情を知ってても痛々しい。キリッとした――目付きの悪い――整った顔は見るも無残。よくもまあ女の子の顔を伊達にできたものだと思う。

 明の顔をここまで目立つように化粧したのは、同じサークルの先輩である音無部長である。

 先日、明は先輩に腕試しを挑み、そうして出来上がったのがこちらの女子高生です。

 腕試しの仔細は知らないが、この様子から察するに、


「なかなか一方的だったようで……」


 との結論に至るのは自然なことである。


「侮るな。俺の拳も当たっている」


 音無部長の顔にも痣ができているのだろうか?

 今日会った時に確認してみよう。


「それに引きかえ、お前の方は綺麗なもんだな」


 明がボロボロにされた反面、聖には傷の一つも見当たらないのだった。

 そちらも、明と同じように腕試しを挑んでいた。お相手は四之宮先輩だ。

 顔も手足も傷一つない綺麗な肌をしているし、さらりと伸びる金髪もきめ細かい。元々は男子の明と聖だが、時折それを忘れてしまいそうになるのは本当に申し訳なく思う。

 男に戻りたい気持ちは理解しているから許してほしい。

 心の中で懺悔しながらマジマジと聖を見つめていたのだが、あまり浮かない表情をしていることにようやく気付いた。元気がないようだ。


「はは……まあ僕の方はね……当たりはしなかったから」

「すごいじゃないか」


 四之宮先輩の攻撃を捌いていたなら自信を持っていいと思うのだが、どうもそんな様子じゃない。


「終始遊ばれっぱなしさ……当たりもしなかったよ」


 なんというか想像できてしまった。搦め手を得意とする奇術師が正攻法で攻める白騎士を翻弄する光景。

 あまり相性はよくなさそうだ……というか、四之宮先輩がとらえどころなさすぎるのか。

 そのことを引きずってか少し気持ちが沈んでいる様子だが、はたして俺は何と声を掛ければよいのやら。


「うんまあそうだな……いつか勝てるようになるさ」


 このふんわりした慰めの言葉。言ってて申し訳なくなる。


「……」


 案の定聖の心に俺の言葉は響かなかったようで、表情は晴れるどころか一層どんよりとしたものになっていった。


「もう少し気の利いた……」


 仰る通りで返す言葉もない。口を噤む俺を見やる聖の視線が痛く感じる。

 苦笑して逸した視線の先にいた明は、特に何もフォローしてこない。ちょっと助けてって思いで見つめたつもりだったけど、悲しいかな届かなかったようだ。

 早くバス停に着きたい。もしくは家を出るのが遅れているはじめにさっさと追いついてもらいたいと状況の変化を望んだ。

 ……はじめが来たからといって好転するとも限らないのが更に悲しいことではあるが。

 汗ばむ額を軽く拭い、学校へ向かうべくアスファルトを踏み進む……何の変哲もない、変わらない登校風景だった。こんな日が前期の補講が終わる二週間ほど続くのだと、思った。


「……ん、どした?」


 いつの間にか一人で先に進んでいたことに気付き足を止め振り返る。

 二人がゆっくりと首を巡らせていた。


「おーい」


 呼びかけながら近付いた。最初は虫か何か飛んでるのを気にしてるのかと思ったけれど、怪訝そうだった瞳が間もなく鋭く光を帯びた。

「どうした?」

 俺の声も緊張したように強張った。二人の表情から何か起きているのかと頭の中で警鐘がなった。

 朝っぱらから非常事態が起きそうな予感がする……だというのに俺だけ何も感じられないのがもどかしくもある。

 どうすることもできずにおろおろと二人を見やる俺だったが、そんな俺にもとうとう異変が見て取れた。


「なッ……」

「……んだっ」


 突然二人の周囲が闇に包まれたかと思えばその姿が融けるように落ちていく。

 咄嗟に手を伸ばしたものの、二人に届くことはなく。逆に俺自身までも闇の中に足を踏み込んでしまっていた。


「うわぁ!」


 闇を踏んだ足裏に地面の感覚は伝わってこない。まるで巨大な落とし穴にかけられたような浮遊感を覚えながら、意識とともに体が闇に沈んでいった。

 それを機に、俺はしばらく目覚めることはなかった。

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