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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-
246/260

お風呂にて

 湯船の中では聖を挟んで明と音央が背を向けていた。顔を合わせるのが気まずいといった空気を察した聖が仕方なしに二人を分かつ壁役となった。


「ううう誤算です……あきらさんがこんなんだなんて…」

「好きでこうなわけじゃない」

「まあまあ……」


 やはり音央は明の状態については詳しく知らなかったようだと得心した。


「もっと遠慮して入ってくれば痛い目を見ずに済んだのに」


 隠さずにやってきた明にちくりと言ったのだが、予期せず反論を受ける。


「俺は率先して入っていった貴様の方に驚いたがな」

「どうして?」

「どうしてです?」


 聖と音央の問いかけに嘆息しながら明は答えを口にする。


「女と一緒に風呂に入るのに躊躇いのない奴だと思っただけだ」


 その言葉を受けた二人は顔を見合わせて、あっはっはと笑い飛ばした。


「そんな心配いらないじゃないですかぁ」

「そうだよ。僕らは同性……」


 と音央に同調しかけた聖はそこで言葉を呑み込んだ。


「ひじりさん?」


 ぽかぽかしたお湯に浸っているにも関わらず、聖の顔色は徐々に青くなっていく。

 僕は今何を言おうとした?

 両手を頬に当てて愕然とする仕草も、どこか女性的に見えてくる。


「気付いたか?」


 明に言葉を続けられるまでもなく、聖は自分の思考の異変を悟っていた。


「僕……考えが女子寄りになってる……?」


 無言で視線を外す明に対し、音央はきょとんとしたように首を捻っていた。


「女の子なのに変なことを言ってますねぇ」

「違う! 僕男の子だし!」


 ていうか男だった時に会ってたよね!

 そう言われるとそうでした。

 と音央も納得した様子。だがしかしだというのに彼女は警戒する素振りを見せない。

 完全に異性として意識されていない!

 その事実に聖の胸は傷付くのだった。




「――どうして女の子になっちゃったんですっけ?」

「女性の体になってしまった、だよ」


 ごしごしごし。

聖は音央の小さな背中を泡立ちたっぷりのタオルで洗っており、聖の背中を明が無言で洗っていた。

 浴槽もであるが、洗い場も三人連なればかなりの狭さで不自由を感じてしまう。


「原因は……」


 相沢草太の力を借りてデバイスの力を完全に引き出した結果なのだが、その説明では彼に責任を押し付けているように思えてしまい一瞬だけ聖は口籠った。


「俺たちの力量が不足していたせいだ」


 代わるように聖の背後から明が口を出した。


「力不足……ですか」


 音央はなるべく後ろは振り返らないよう努めながら明の言葉を反芻した。


「……デバイスの力を完全に引き出す代償として体組織を創り変えられてしまったんだよ」

「ほへえ」

「僕たちに地力があれば、こんな目に遭わずに済んだんだけどね……結局自分だけの力じゃ覆せない敵の強さを目の当たりにしてしまって、こうしてデバイスの力を受け入れる他なかったんだよ」


 草太のことは伏せつつであるが概ねその通りであることに間違いはなく嘘の説明をしているわけではない。隠し事をしているようで多少の罪悪感は抱いてしまうのは致し方ないことだ。

 聖の説明に納得をしたように音央は小さく喉を鳴らし、そして頷いた。


「でも良かったです」

「何故だ」

「どこが?」


 二人の怪訝な声を受け、しかし音央はにぱっと笑顔を浮かべて言うのだった。


「だって女の子だからこうして一緒に入れるんですもん」


 屈託なく言われたものだからうっかりそうだねと口にしかけたが、


「ん」


 制すように背後の明が聖の背中をごしごし洗いながら肩を叩いた。


「ん、うん……」


 おかげで聖は思い直し言葉を呑み込む。


 いけないいけない、流れに任せて自分の現状を認めてしまうところだった。

 音央の背中をお湯でパシャアと洗い流し、明に背中を洗い流され身を清めてから三人揃ってギチギチの湯船に体を預ける。

 聖が真ん中に陣取るのは、音央が明への接近をご遠慮しているためである。

 先程まで洗っていた音央の小さな背中が聖の右肩にぴたっとくっつき、反対側では明の肩がぐいぐいと押し迫る強さでくっついてくる。

 やはりこの狭さでは落ち着かないと感じる聖であったが、音央に話しかけられれば表情を取り繕って応対する。


「ひじりさん……あきらさんもですけれど」

「ん」

「なんだい?」


 ひどく言いにくそうな表情を浮かべながらの問いかけは、言葉の内容を訊けば合点がいった。


「お二人は男の子に戻りたいですか?」


 その問いは二人の抱く至極真っ当な返答を予想してのものだったが、それでも訊ねずにはいられなかったのだろう。


「そりゃあ……もちろん」


 一瞬言い淀んだのはこの返答で音央がしゅんとするのが容易に想像できたからで、実際そうなってしまった。


「うん……当然ですよね。それが正しい姿なんですから」


 それでも納得する素振りを見せ、


「でもやっぱりもったいないです! こんなにかわいいのにぃ……ぶくぶくぅ」


 だがすぐに迷いが芽生えた様子。拳を握り聖の顔を見上げて力強く説く音央だったが、またもや自分の言葉が二人の意に沿っていないことに思い悩み表情を隠すように湯船に顔を沈めていく。


「顔を上げてくれよ……こ、この姿でいる間は女の子でいいから!」

「……本当です?」


 顔が出てきた。


「かわいいって言われて嬉しいな! だからそうしょげないで」


 バシャア。

 狭い浴槽の中で飛沫を上げて音央が聖に飛びついた。


「じゃあお言葉に甘えます!」


 その表情は至極満足そうなものであった。


「アハハ……」


 仕方なしに半笑いする聖の背後で「フン」と軽薄な音が聞こえた。


「……お前今鼻で笑ったろ」

「別に。ご機嫌取りご苦労と思っただけだ」

「そう言うならお前も取ってみたらどうだよ」


 こちらの胸に抱きつく少女に聞こえないよう小声で言い返すも、


「御免だ」


 と告げて明は立ち上がった。


「俺は嫌われているからな」


 その言葉だけが聞こえた音央がぴこんと反応した。明の背中を直視できず、伏し目がちにもごもごと口を動かす。


「嫌いじゃないですよ……ただちょっと驚いただけでぶくぶくぅ」


 また音央が沈みかける様子に、聖は明へ向けて責めるような視線を向けるのだった。


「……冗談だ」


 仕方なし、といった具合で明は先の台詞を取り消すのであったが、


「だがその様子では仲良くなれそうもない」


 それは図星である。これでは折角の裸の付き合いも台無しとなる。


「二度とこういうことが起きんよう……早く元に戻るかお前のようにならんとな」

「……そこは元に戻るだけにしておけよ。どうして僕のようになることを選択肢に入れる?」

「お前が満足してるようだから、ついな」

「してない!」


 強く否定する聖と未だに考えあぐねている音央を残して、明は早々に浴場を後にした。

 二人ぼっちになりゆとりのできた浴槽を、不思議と広く感じる聖だった。

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