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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-
243/260

森の散策

 先んじで独りで行動を始めた双葉明であったが、早速行き詰まっているところであった。

 自然と舌打ちが出てしまうのは思い通りに事が運んでいないため。

 獲物を探して大森林を闊歩しているものの、戦うに足るモノに遭遇することがなかった。魔獣や妖精とは何度も出会っている……出会っているのだが、彼らもしくは彼女らと戦うことはなかった。

 というのも、大森林で会うモノの殆どは幻獣奏者ネオの持つコレクトブックに登録済なのである。

 例えば森の木陰で丸くなる豹のようなモンスター。育ち盛りの子どもたちを抱いて眠る様は微笑ましくあるのだが、やれ戦う心づもりである明は堂々と勇んで歩み寄っていく。しかし殺気充分の状態ですぐ側に立ったというのに、眼前の豹は明を一瞥しただけでまた瞳を閉じた。


「……」


 ほとんど無視されている状況に苛立ちを覚えるのだったが、全く戦う気のない魔物を相手にはできない。無理やりその気にさせてやろうかという考えも浮かばなくはなかったが、すやすやと和やかに過ごす家庭に振り下ろす無作法な拳を作ることはできず、やがて踵を返すこととなった。

(まあいい。こんなだだ広い場所だ。獲物はいくらでもいる)

 という目論見もあり、その場をやり過ごすことにしたのだが。

 例えば森の中を歩いていると木々の隙間に自然に溶け込む巨躯が見えた。

 次こそはと駆けつけてみれば、なるほど戦うに相応しい緑の巨躯を誇る猪のような獣が現れたではないか。


「……」


 左右の拳を打ち合わせて臨戦態勢を取ろうかとしたところで、そいつと明の眼と眼が合った。

 なんという覇気のない瞳だ。

 明ですら察せられるほどにその獣の目は死んでいたし、何故か頭の上には大きなコブがでかでかと乗っかっていた。


「……」


 喧嘩か縄張り争いでもして負けたのか。とにかくそいつからは戦おうという意志が微塵も感じられず、何故か大きな釘の刺さったお尻を力なく振って立ち去っていくのを明は静かに見送った。


「……まあいい」


 こういうこともある。そう自分に言い聞かせているようだった。

 例えば森の一番深い場所。明はそこが最奥だとは知る由もなかったが、若干空気が変化するのを鋭敏に感じ取り、この場が他とは多少異なるのだろうと察することはできた。


「……」


 何かいる。

 野性じみた直感で確信する明が歩を進めれば、木々の切れ間に突如として小さな湖畔が広がっていた。

 その湖の中央に、天から僅かに溢れる陽光に照らし出される台座の上に見覚えのある精霊が足を組んで座していた。

 絡み合う蔦で成す四肢と髪の代わりに豊かな緑を茂らせる女型の精。

 見覚えがあると言っても知ったのはつい先程、レクチャーの合間にネオが開いて見せてきたブックに掲載されていたのがちらりと目に入ったのみであるが。

 茨の女王と言ったか。よく助けられていると話していたが。

 明は鋭い視線を女王に向けてみるが、やはり他の召喚獣と同じくそれに敵意を持って反応することはなかった。頬杖をついて微笑を浮かべる様は寧ろ明へ興味を示しているようにも見えた。

 人の形をしているためか、一挙手一投足から感情が伝わってくるような気がしてしまう。

 視線を外そうとした時、女王の長い指が動いた。指し示す先には尚も暗い深緑が続いている。


「……」


 そちらへ向かえと伝えているようであった。行く先に宛てなどなかった明は指図に従ったつもりは毛頭ないのだが、足の進む先はその方角へと導かれていた。

 例えば人生において路頭に迷った時、己がどこへ進むべきか。

 自身で考え選び出した回答というものは、己の意志で決めたものに違いはない。しかしながらそれを選ぶ基準となる考え方とは他者からの影響を大なり小なり受けた上に成り立っているものである。

 そして選んだ道の先に自分の望みや理想とはかけ離れたものが待ち受けていた時に限って、人は自分の意志ではなく他者の影響を非難して自己の過失を認めないものである。


「騙しやがった」


 今の双葉明がまさにそれである。

 茨の女王が指し示した先にはこの世界の猛者が犇めき跋扈する地帯があるのではと少なからず思い描いていたものの、いざついてみればそこは大河が眼前に広がる森の端。鬱蒼とした緑地を抜け晴れて日の下に戻ってきた……もしくは追い出されたか。

 森の女王にしてみれば、森林に迷い込んだヒトを外へ導き救うことに成功したので善しとなるところなのだが、そんな精霊の胸中など知らぬ明はただただ河辺に立ち尽くしていた。

 この河に沿って進めば鈴白音央と訪れた拠点があるのは間違いないが、あれほど先急いで森林に踏み入った手前、今すぐ戻るという行動を起こすつもりにはならなかった。

 それに加えて、やはり何者とも戦闘をしていない事実は些か消化不良であった。

 とはいえ他者へ対する怒りは早急に萎えていった。代わりに胸中に湧くのは、何事もできずにここまで辿り着いた己の不甲斐なさ。


「何をしているんだ」


 自分への問いかけを呟きただただその場に留まっていた。

 そして気が付けば真っ青だった空は緋の色に染め上げられていた。日本とは違う異界の地でも、刻限による空の変化は同じように起こるのだった。

 ようやくこの場を離れようとした時であった。どこからともなくシャンシャンという金属の鳴る音が木霊してきた。

 自然に溢れた土地にはあまり似合わぬ音は、心なしか……いや気のせいではなく、徐々にではあるが大きくなっている。

 まるで空が暗くなるのに呼応するように聞こえ始めた音色に、先刻まで呆けていた明の表情が険しくなる。

 己が辿ってきた方角、森林の奥を黙して見据えながら、来る異変に備え。


「……変身!」


 幽鬼の如く漂う穢れた衣を纏う影が鉄鎖を纏う巨大な鎌を振り上げるのと、タウラスデバイスを手にした明が世壊刃姫アステリオーの鎧装を召喚するのは同時であった。

 黒く輝く剛甲に勇健と連なる双牙を象ったマスクは蒼い闘気を排き出し迎え撃つ。

 袈裟斬りに迫る死神の鎌の切っ先を砕かんと鋼の拳を打ち上げた直後に、明の本能が「躱せ」と警鐘を鳴らしてくる。


「――」


 止まらぬ拳と刃の交叉。キィンと響く耳障りな音は、無理に軌道を変えたアステリオーの右腕の装甲がスイと斬り裂かれるものであった。

 ヤツの斬撃が一枚上手。

 冷や汗と共に僅かに動きが止まった隙を突かれ、大鎌の柄の先端がアステリオーの胴体を打ち貫く。


「ッチィ!」


 幸いそこに刃はなく、胸部の装甲を裂いて生身を刺すことはなかった。が、痛烈な一撃は胸に小さな亀裂を刻みながら明の体を背後の大河まで弾き飛ばした。

 水柱を上げて墜落した戦士は、間を置くことなく水中から飛び出して再度河辺に舞い戻る。

 滴を垂らすアステリオーは不気味な襲撃者からある程度間合いを取っていたが、対峙するやいなや其のモノは鎖を鳴らして近付いてくる。

 自動で追撃してくるように意志を読み取れぬ敵を相手にどう攻め込むかと逡巡した瞬間、


 ドゴンッ


 鈍い音が轟くと同時に追撃者がアステリオーと入れ替わるように河まで吹っ飛ばされた。

 蹴り飛ばしたのは、白銀の鎧を身に纏う一角を携えし幻創闘姫エストルガーであった。眼前に降り立った一野聖の変身体が何故ここにいるのか……明はわずかに訝しんだ。


「お前……」

「まったく。手間をかけさせてくれる」


 疑問を口にするより早く、聖が返答を告げてきた。


「鈴白さんがとても心配していたから急いで来てみれば、厄介な相手に絡まれて」


 まるで相手のことを知っているかのような口ぶりにマスクの下で怪訝な表情を続けていると、


「栞をもらったろう。反応しているのを見てみろ」


 ああ……そんな物をもらったか、と。

 手にした栞を見てみると、なるほど受け取った時には変哲もない紙であったものに、今は警告のような赤い文字でグリムリーパーと記されている。


「暗くなると現れる死神みたいなものらしい。遭遇することは稀だし明るいところには近寄らないそうだから夜になる前に戻るよう彼女に言われたけれど……」

「随分と詳しいな」

「全部栞に書いてある。参照しろ」


 手にした栞を見てみれば、知りたいことを教えてくれるように文字が流れて消えていく。便利な小物だと思いながら、明は歩を河辺に進めていく。


「まあいい、とにかくさっさと戻ろうって……言う傍から何故そっちへ向かう」

「あいつは未登録なんだろ」


 そう栞に書かれていた。


「……僕は戻ると言ったんだ」

「一人で帰れ」

「彼女の言うことを聞かない気か!」

「交戦中だ。後で謝罪する」


 明の口から謝罪という聞き慣れぬ言葉が出たことに少々驚きを覚え、しかし一向にこちらの意見に耳を傾けぬことにムッとしてしまう聖だったが、続く明の言葉に絶句した。


「何を怯えている?」

「なッ……」

「得体の知れない相手に腰が引けているのか?」


 単に疑問を抱いたから溢れた明の台詞であったが、聖からすれば聞き分けのない子どもからの煽りに聞こえたことだろう。


「そうじゃないだろ! 一度退いて体制を立て直すことも必要だって」

「俺がいてお前がいる。これ以上の体制があるのか?」


 悪意のない純粋な言葉。激昂しかけた聖の頭を冷やすには充分なものであった。


「それともあ……音央を数に加えるつもりか。あいつはあいつでやると言ってるんだ、放っておけ」

「う……うん……?」


 なんだか言いくるめられそうだぞ、と聖は薄々勘付いてきた。普段口数の少ない明相手にいいのだろうかと思わなくもないが、言っていることも一理ある。


「尻尾を巻いて逃げるのは御免だ」


 サワ……と静かな水音を立て、河から大鎌を携えた黒衣の影が再出する。


「……僕だって逃げるのは癪だ。けどあいつの実力は相当だぞ」


 不意打ちで蹴り飛ばすことには成功したが、正面切って攻撃が直撃するとは考えにくい。それ程の威圧感を水上から迫る影は十二分に備えている。


「鎌か……」


 呟く明がふと聖に問いかけた。


「誰を思い浮かべる。鎌」


 こんな時に妙な質問をと思う聖だったが、否定的な意見を述べる前にパッとすぐに思いつく人物が脳裏をよぎる。


「……赤い魔女かな」


 眼前の影が携える得物に勝るとも劣らない大鎌を自在に振り回し凄絶な笑みを振りまき真紅のマフラーを風に靡かせる小柄な魔女の後ろ姿。


「あれとどっちが怖い」


 明に訊かれ、聖はハッと気が付いた。


「先輩の方が……」


 その答えに明は驚きもしない。何故なら質問した当人もそう思っていたから。


「死ぬつもりはない。だが戦いもせず逃げ出すのは我慢ならん」


 鎧に覆われた明の背には闘志漲り、勇敢と敵に相対す。


「俺の目標はこんな『雑魚』ではない。すぐ近くにいる『先輩』だ」


 それを聞いた聖は……聖もようやく腹を決めた。


「たまにはお前も説得力のあることを言うな」


 隣に並び立つと二度、三度と腕を振って身構える。

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