聖と明と
聖と明の二名は言葉を交わすこともなく、相沢草太に指定された場所へと辿り着いていた。
と言っても二人も見知った中央公園の一画であったのだが、いつもと違っていつもそこにある記憶しかないマジカルシェイクの移動販売車が存在しないことに多少違和感を抱いていた。
「あ! お待ちしてました!」
しかしながら公園のテーブルに知った少女がいたのでここがいつもの公園であることは間違いないのである。
二人を出迎えたのは可愛らしいリボンで栗色のツインテールを結った鈴白音央であった。
夏休み期間中であるのに中学の制服を身に着けているのは補習でもあったのか、律儀に学校での言いつけを守って外出時に制服を着ているからであろうか。
ともあれ草太の計らいで出会えた三人であるが、聖と明は何故彼女と会わされたのか正確な理由は判然としていない。
修行できるという男の子が好きそうなワードを受けてやってきたはいいものの、具体的に何をするのかは曖昧にしか教えられてはいない。
それでも彼の言葉に従ってここへ赴いたのは信頼をしているからである。
「こんにちは」
聖の挨拶に音央も笑顔で返す。ふにゃっとした表情は見る者を和ませるが、今は心を穏やかにしている場合ではない。
「夏休みだよね。付き合わせてしまって申し訳ない」
「いいえ。お兄さんからの相談ですし、わたしも助かりますから」
助かるとはどういう意味か。詳しく話を聞いてみると合点がいった。
鈴白音央が持つコレクトブック。彼女が契約し使役する使い魔はこの本に登録されているものから選ばれるが、登録のためには境回世界と呼ばれる異世界に棲まう魔獣や精霊に力を認めさせる必要がある。有り体に言えば戦って勝て、ということだ。
「僕らは君の契約を助け、見返りとして君は現実世界と時の流れが異なる境回世界で僕らが心身を鍛えることを認めてくれる……というわけか」
「はい。そういうことになりますけれど……よかったですか?」
現状を把握する聖と明に向け、音央がその意志を伺う。
「是非もない」
言葉少ない明が間髪入れずに答えるものだから音央は少々面食らった。
「……こいつの言うとおり。僕らには善しか悪しかの選択はないんだ。やらなくちゃいけないのだから、君が受け入れてくれるのなら願ったり叶ったりだよ」
改めてこちらが望んだことであり、音央が気を揉むことではないと伝えた。
「それじゃあ」
二人の想いを確かめたことで音央の意も固まったか、二人を連れてそそくさと公園の木陰へと姿を隠す。
「今日は真神さんはいないんだね」
「はい。お店が忙しいみたいです」
忙しい時はちゃんとお店で働いています。だって店長さんですから。
いつも公園で出店していることが当たり前のように思う節があったが、音央の言葉でその考えを正すこととなった。
三人は公園の木々の合間に姿を消してしばらく歩き周囲から見えなくなったところで歩を止めた。
「それでは」
と言う音央が両手を叩きトゥインクルバトンを召喚し、その衣装を幻獣奏者のものへと変えた。
「あちらの世界に通じる扉を開きます」
公園の敷地の上にバトンで陣を描き出し、輝くゲートに聖と明の二人を導いていった。
境回世界にある大森林の地を流れる大河。そのほとりに建つロッジの近くに三人は降り立っていた。
初めて目にする異世界に拡がる大自然の光景の中において、人の手によって建築された木製の小さな家屋は似つかわしくない存在である。
「ここ。こっちでの活動の拠点にしてるんです」
そうだろうと予想はできた。屋内にはベッドに机といった家具があり少なからず生活感を漂わせていた。ただしどの家具も音央らしさのない質実な作りである。
「よく作ったね。一人でやったのかい?」
戸口で佇む明をよそに室内へ踏み入り中を見回す聖が訊ねた。建築が得意な使い魔でもいるのだろうか。
「えへへ……実は」
これを建てたのは大門真希奈さんなのです。と音央は語った。
二人は聞き覚えのある名であったがすぐにその人物の顔は思い浮かんでこなかった。少しだけ記憶を探ることでようやくぼんやりとその人のことを思い出すことができる程度の関わりであった。
「ああ……確か相沢くんがお世話になったって言ってた」
「あのバイクの女か」
西台高校で行われたさる球技大会の日、明は彼女に遭遇していたことをようやく思い出す。面識があるのは今のところその時のみであり、やはり互いの関係はそこまで深いものではない。
「はい。お兄さんがお世話になったって言うのも、きっとここでの生活のことですね」
「ここでの?」
「生活?」
気になった二人がそれとなく音央を問いただしてみれば、なるほど以前この地へ相沢草太が来た際に大門真希奈も加わっていたとのこと。彼が短期間で肉体的に逞しく変化したのには真希奈の助力が大きかったのだ。……のだが、説明を受けた二人は釈然としない様子である。
「女性と二人きりで……」
「あの女とな……」
「……?」
お話ししたら妙に静かになる二人に、音央はキョトンとした表情を向けるのだった。
動きやすいジャージに着替えた聖と明は、ロッジの側で幻獣奏者の言葉に耳を傾けていた。
「――以上がこの世界における注意事項です。ちゃんとわかりましたか?」
座して話を聞いている二人の前では、音央がバトンを片手にまるで講義をする先生のように語っていた。
内容は境回世界と現実世界の関係から始まり、時間の流れがずれていることをふわふわっと説明し、そしてここで自分が何をすべきか、二人に何をしてもらいたいか……見返りとして何を提供できるかという確認事項であった。
「じゃあまとめておこうか」
挙手をした聖が音央にバトンで指されると立ち上がって言葉を続けた。
「今回僕らが境回世界に滞在するのは空に浮かぶ太陽が七度巡るまで」
「つまるところ一週間か」
「ああ。その間に鈴白さんのコレクトブックに未登録の使い魔に僕らの実力を示して彼女に従わせる」
「力で捻じ伏せる」
「手段はそれが一番だろう。そして活動の拠点はこの場所」
「あの二人が過ごした場所だ」
「それは一先ず置いておいて。とにかく鈴白さんに協力がてら、僕らは力を磨いていく」
「魔物ともお前とも手合わせする。時間はある」
明の言葉に聖は小さく頷いた。互いを鍛えるための共通の意識が芽生えているようである。
「その間にわたしも少しきたえてみます!」
音央の言葉を受けて聖と明の視線が少女に集中する。
「君も戦場に出るのかい?」
聖の質問に音央は小さく首を振る。
「いいえ。今回はそういうのじゃなくて、技術的な訓練といった感じで」
へえと関心を示す聖をよそに、明はさっさと立ち去ろうとする。
「俺はもう行く」
先んじて森の奥へ向かおうとした明に対して少女の呼び止める声が木霊した。
「ああ待ってください!」
トコトコと明に歩み寄る音央が聖も手招きして集まったところで、二人の手の平にそっとある物を手渡した。
「……?」
「これは?」
二人の気を引いたところで少女が人差し指を立てて得意げに解説をしてくれた。
「記憶の栞です」
えっへんと胸を張る音央であるが、それだけでは二人には何のことやらさっぱりであったのですかさず仔細が語られる。
「これはわたしのコレクトブックとつながっていて、どの子が登録済かどうかを持ち主に教えてくれるんです」
「へえ。つまりこれを所持していれば本の内容を知らなくても戦う必要がある相手が分かるんだね」
聖は理解を示したが、反面明は興味のない様子であった。
「俺は勝手にやる」
栞を受け取りはしたものの、乱雑にジャージのポケットに突っ込んでさっさと森の奥へと踏み入っていく。
「ああ……」
まだ説明することがあったんですけど。
音央が小さく嘆くのが聞こえた聖は申し訳なさそうに微笑んで、
「ごめんね。僕があいつの分までしっかり聞いておくから」
そう言って少女を慰めるのだった。




