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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-
241/260

彩女と花梨の休日・終わり

 今は全体のどの辺りを走っているのだろうか、と音無彩女は考えた。

 次第に傾き始めた太陽は世界を仄かに暗く染めてゆき、遠くには蝉の声がかすかに木霊する。

 最後尾ではないはずだが、それでも本来のペースには及ばぬ遥か後方を走り続けていた。

 彼女が何より愕然としているのは、早くこの苦難が終わらないかと自身が望んでいることであった。

 ロードバイクで走ることを、苦痛を通り越して止めたいと思うだなんて。

 久しく抱くことのなかった感情に胸の中が掻き乱される。余計に走るのがきつくなってくる。

 前後に続く自然豊かな道の見える範囲には他の参加者の姿はなく、このまま小休止してしまおうかと足をつきかけた時、突然に人影が降って湧いた。

 思わぬ形で、ではあるが結果的に彩女は足を着いて止まることとなった。


「花梨……?」


 何故ここにと言いたげな表情を浮かべる彩女に、未だ青い魔女の衣装を纏う花梨はふすーと息をつきながら前進を止めた友にずかずかと歩み寄った。

 無論その格好についても疑問と抱いたのだが、質問を許さぬといった剣幕に言葉を紡ぐことはできずにいた。


「貴女ねぇ」


 彩女の胸にトンと指を当て、花梨が上目遣いで睨みながら説教じみた調子で言葉を続けてくる。


「男に素っ気なくされた程度でナニいじけてんのよぉ?」

「…………はい?」


 魔女の台詞に思わず気の抜けた返事をした途端、


「おごォ!?」


 突如腹部を貫く鈍痛。鳩尾に花梨の拳骨がみしりと突き刺さっていた。


「あ……んたいきなり、馬鹿じゃないの……」


 お昼に小腹を満たしていたらオロオロとそれを戻していたことだろう。


「馬鹿はそっちでしょう」


 一歩引いた花梨を苦悶の表情で見下ろす彩女であったが、言葉を返すこともないのは図星だからであろうか、疲れのためであろうか。

 とかく、反論のない彼女に対して花梨は言葉で責め立てる。


「彼に久々会って浮つくのは仕方ないにしてもちょっと自分を見失いすぎじゃないかしらちょっときつい忠告を受けただけで趣味にも打ち込めない体たらくっぷりは見るに耐えないわよええ本当にそれとも何かしら戦友らしい気遣いの台詞より甘美な愛でも囁いてほしかったのかしらそんなのよしてよ鳥肌立っちゃうでしょ」

「いやあの……」


 止まらぬ気配を感じた彩女は手をかざしてようやく言葉を遮った。


「……なんでここにいるの?」

「はあ? あんたの走りっぷりを見にきてあげたんでしょうにその言い草はないじゃない」

「頼んでないしいぼァ!」


 再度の拳。酸っぱいものがこみ上げてくるのを堪えていると、


「嘘おっしゃい。来て慰めてほしいってのバレバレだったわよ」


 流石にそれは勘ぐり過ぎであると言いかけたが、また殴られては堪らないとそのことについては口を噤むことにした。


「っちゅうかナニさ! いきなり現れて浮ついてるだの愛だの曰ってきて! 人のことをとやかく罵ってくるだなんて一体何を考えてって誰が愛よぉ!?」


 が、彩女だって黙っておらず反論すべき点には反論を述べていると花梨の発言をようやく理解したところで慌てふためいた。


「貴女、そういうキャラじゃないんだから本当やめてよね鳥肌立っちゃう」


とにかく馬鹿にされていることははっきりと分かり顔を紅くするのだが、その事すらイジられてしまうので結局最後は口論に負けて押し黙ってしまう。


「そうそう、口では勝てないんだから黙ってなさい。貴女にできるのは考えることを放棄して体を動かすことなんだから……ぐちぐち悩んでないで行動しなさい」

「……それ言うためにわざわざ来たっての? あんたも相当暇よね」


 ここまでボロクソに言われれば彩女といえども嫌でも気付く。最後の台詞に花梨の言っておきたかったことが集約されていたことに。


「ご冗談。あたしはあたしでたまたま写真を撮りにきただけよ」


 言い訳が大変雑になっていることに気付く彩女であったが、この場は一先ず見逃すことにした。いかんせん立ち止まりすぎた気がし、早めに動き出さねばコース上で部外者と接触しているところを見られては些か面倒になりかねないと思ったからだ。


「はいはい分かりましたもう大丈夫。ゴールで待っててください」


 そう促したところで自分が走るつもりになっていることに気が付いた。先程までの心境と変わったことに、彼女と話せて少しは良かったなと思えるのだった。


「なら安心。あたしもさっさと行きたかったところよ」


 踵を返してそう言ったかと思うと、すぐに振り返り再度近付いてくる。

 不意の接近。また腹でも叩かれるかと身構えていたが、小さな胸を突き合わせてくるに留まった。


「ああそれから」

「何よ……」

「もしも貴女が自分の力に呑まれることがあったらあたしが止めてあげる。命懸けでね」


 真っ直ぐな瞳で彩女を射抜いたかと思えば、そう告げてさっさと立ち去っていく。


「ゴールで待っててあげるわ」


 背中を向けて片手を挙げる彼女は跳躍一つでその場から姿を消した。後に残された彩女は独りぽつんと立ち尽くし友人が消えた空を見上げていたが、


「……んな風に言われたらヘマできないじゃん」


 釘を差されてしまったことについ溜め息が漏れてしまう。が、それだけ相手を心配させているという事実も理解でき……またしても溜め息をしかけたが。

 両手で頬をパンパンと打ち気を引き締め、


「っし」


 再び前を見据えた表情には先程までロードバイクを進めていた時に覗かせていた浮かぬ気配は失せていた。


「行きますか」


 まだ晴れ切らぬものではあったが、少しずつではあるがその瞳に闘志が宿りはじめていた。


――――――


「――キャプテン」


 西台高校自転車部で彩女と同じ学年の男子が主将の豪三に声をかける。


「どうした?」


 ゴールしてから今回の市民レースで判明した課題や反省点を論ずる軽いミーティングの後、各自解散となり部員の半数以上……一年生は全員先に帰路へ着いていた。

 二、三年生で残っているのは彩女と馴染みの深いメンバーだけである。


「遅すぎじゃないですかね?」

「流しならこんなものだろう」


 後輩の言葉にフムと頷く主将は付近を見回した。スタート兼ゴールの広場は夕焼けの色に染まりかけ、人の姿も次第に疎らになってきていた。


「にしたって……なあ」

「そうだね」


 二年生同士で顔を見合わせては、いつも快速で飛ばす彼女が一般コースでこうも遅いことを案じる。


「待ちきれないなら先に帰っていいぞ。俺一人残っていれば充分だ」

「そういうわけにも……なあ」

「そうだね」


 こうして数名の自転車部員は彩女の到着を待ち続ける。

 残った面子が誰も帰らないことを確認した豪三は、ふと視線を向けた先の木陰に知った女子がいることに気付いた。

 目が合ったところで小さく頭を下げる四之宮花梨に会釈を返すと、彼女の方から歩み寄ってくる。


「君も来ていたんだな」

「はい。暇でしたから」


 首に提げるカメラに収められているものを想像しながら、それはあいつも喜ぶだろうと微笑んで告げた。


「だが到着にはしばらく時間がかかるだろう。遅くなるのはよろしくないだろう?」


 帰りの足を心配しての発言であったが、花梨はくすりと笑みをこぼした。


「ご心配なく。もう皆さんと一緒に帰れそうですから」


 その言葉と同時に残っていた部員たちが声をかけてくる。


「キャプテン! 来ましたよ!」


 見ればゴールゲートの先、夕日に紅く染まるコースからこちらへ向かい走りくる待ち人の姿があった。

 まるで到着のタイミングを知っていたかのような振る舞いをした花梨を見下ろす豪三であったが、我々よりも余程音無彩女を友として熟知しているのだろうと得心するのであった。

 ロードバイクを少し離れた所定の位置に停めて部員たちと言葉を交わす彩女の元へ豪三と花梨も加わっていく。


「先輩、遅くなりました」

「のんびりと楽しめたか?」


 頭を下げる彩女にそのことを咎めることもなく主将が声をかける。彼女の気分転換になればとの招待であったのだし、部員ではないのだからタイムを気にする必要もない……帰りの時間は気にしなくてはならないが。


「えへへ……はい」


 遠慮がちにはにかむ仕草に彼は小さく頷いた。

 どうやらうまい具合に彼女の気は晴れたようである、と。


「ふふ。これでしばらく安心ね」


 隣で花梨が小さく独りごちるのを聞きながら、ロードバイクのもとへ向かう彩女の背を見送っていた。

 一緒に参加していた自転車部の面々やいつのまにかやって来ていた友人から離れて帰り支度に取りかかる彩女が自身のロードバイクに手をかけようとした時だった。


「……お?」


 ハンドルに見慣れぬ代物が添えてあることに気付き、止めていた手を再び伸ばしそれを指に取る。


「……ゴム?」


 黒い子犬の顔をあしらった飾りの黒いヘアゴムである。一体いつの間にと怪訝に思いながらクンッと匂いを嗅いでみるが、何も感じ取ることができなかった。


「…………♪」


 誰が置いていったのか確証はなかったが、それでも何かを感じた彩女は仄かに満足げな表情を浮かべてヘアゴムをポケットに仕舞うのだった。

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