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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-
240/260

手合わせ

「――逢瀬のお邪魔だったかしら?」


 片目を閉じて口の端を吊り上げる魔女、マジシャンズエースは嫌味っぽい物言いを頭上の二人……正確には彼女と旧知の仲である戦士、鴻上大雅へと向けていた。

 赤い瞳にツインテール、紅いマフラーとカジノディーラー調の服をベースとしたハートフォームの魔女は大振りの槍へと変化する大鎌ハートスレイヤーの石突と十字の片刃に足をかけんがら、凡その状況を把握しはじめる。。

 彼が背後に庇う若き魔法少女と、周囲に漂う魔獣の残滓。加えて今は魔女の槍に貫かれ粉微塵となった時代錯誤の軍人の風貌をしていた者。

 鴻上大雅と自分の介入が少女の手助けとなったことは想像に難くないのだが、四之宮花梨の表情はおよそ友人との再会を快く思っている様子ではなかった。


「何故此処にいるの?」


 マジシャンズエースが手を振ると必殺の一撃、ストレートフラッシュのトリガーとなった五枚のカード――ハートの三から七までのカードは腰のホルダーへと収まった。槍から下りて柄を手に横へ薙げば、槍から鎌へと魔法のように形状を変えた。

 質問をした彼女の視線は鋭く、鎌の切っ先を向けてはいないもののそれに準じる威圧感を放っていた。鴻上大雅はともかく、スタートリックはその迫力に完全に臆している。


「たまたま近くにいた。それだけだ」

「あっそう」


 地を蹴った魔女はひょいと身を翻し二人のいるクレーターの上へと降り立つ。それは鎌の切っ先が届かない程度の間合いであった。

 しかし一歩踏み込めば届きかねない距離な上、未だに武器を携えたままの強烈なインパクトを与えてきた魔女の姿に、スタートリックの足は自然と数歩下がっていた。


「久しぶりだな」


 少女とは逆に鴻上大雅は足を少し開いてその場に留まる。相対する二人の雰囲気は距離が近づいたことで一層はっきりと初対面の少女にも伝わってくる。


(険悪……?)


 声に出せない感想をスタートリックが思い浮かべていると、マジシャンズエースはさっきの会話を続ける。

「お久。たまたまじゃあないでしょうに」

 告げる魔女は上背のある彼を上目遣いで睨めつける。目も口も笑っているが決して親しみの篭った笑みではない。


「貴方もあの子の出るレース見に来たんでしょう」

「さあな」


 鴻上大雅がはぐらかした直後、彼の鼻先を鋭利な刃が掠めていく――彼がその上体を反らしていなければ確実に喉を掻き斬っていた軌道であった。


「ご挨拶だな……ッ」

「あっ」


 体を引くと同時に後方にいたスタートリックの体を突き飛ばすように強く押し、自身と刃を振り回した魔女から彼女を遠ざける。声を漏らした少女は、一体何をしているのかと対峙する二人を目にしたまま、周囲を満たす不穏な空気に身動きできずにいた。


「久々に顔を合わせたと思えば……」


 突然の攻撃に苦言を呈しかけた大雅の言葉が途絶えたのは遮られたわけではなく、己で言葉を呑み込んだからだ。瞬間的に彼の脳裏をよぎっていたのは先日再会した友の酷く狼狽した表情であった。現状を非難する資格もなければ、彼女らを友と呼ぶ権利さえ自分の手で破棄したようなものだった。


「思えば、何さ!」


 腰を沈めた紅き魔女が飛び込むと同時、大雅は飛び退きその場から大きく離れて魔女の追撃を誘った。

 取り残されたスタートリックはハッとして二人の姿を目で追うが、飛び交う二つの影は疾風と化し捉えることは困難を極める。

 辛うじて動きを追えるのは、二人がぶつかり合う軌跡上で大気が激しく震えるからだ。

 突然現れて文字通りの意味で背中を合わせて戦ってくれた青年と、更に唐突にやってきて一撃で幹部クラスを屠り去った魔女。知り合いのようであった二者が何故戦っているのか……彼女には分かりようもなかった。

 マジシャンズエースの繰り出す刃に加減は一切見られぬが、鴻上大雅は全てを見切り薄皮一枚のところで躱していく。


「……すごい」


 次第に目が慣れてきたのか、交叉する二人が繰り広げる闘争をただ見つめていたスタートリックが感嘆めいた声を漏らす。

 無論二人が戦う背景は知らぬままだが、それが頭から抜け落ちるほどに目を奪われていた。あれが強い人同士の戦いなのか、と。


「フっ――」


 二者の飛び交う上空にてマジシャンズエースの振り下ろす鎌が避けられる。これまでに見せなかった大振りな攻撃に生じた隙を見逃せなかった大雅は、体勢を崩すエースの蒼い瞳が向けてくる視線に気づき咄嗟に拳を引いた。

 先と同じ軌道を二人の更に上空から飛来した白刃が過ぎ去っていく。そのまま大地に突き立つは片刃の剣。

 一瞬だけ注意をそちらに向けてしまった大雅の頭上にすかさず追撃の一手が迫っていた。

 地面に刺さるものと同じ剣を手にしたマジシャンズエースの一閃を、大雅の両掌が挟み受ける。


「あいかわらず野性じみた反応ね!」

「貴様こそ。いつの間に刹那の変身を身に着けた」


 赤から青へ。魔女はハートからスペードへとそのフォームを変えていた。

 両刃の大剣、スペードスラッシャーを分離した双剣状態で呼び出し一振りは手中に、そしてもう一振りを死角となる上方にあらかじめ飛ばしていたカードから撃ちだしたのだが、見事に回避されてしまった。


「ムンっ!」


 力任せに手首を返す大雅によってマジシャンズエースは大地へ落ちるが、くるりと身を翻すともう一振りの剣の元へと降り立ち、剣を一つの大剣へと戻した。

 そこへ追撃するでもなく同じように降りてきた大雅。向き合う二人は再び命のやり取りをするのかと、傍観者と化していたスタートリックは固唾を呑んで見守っていた。

 一歩、青マントを羽織るマジシャンズエースが踏み出したところで大雅は押しとどめるように手の平を差し向けた。


「もういいだろう。今の実力が知りたいのならもう見せた」

「泣き言?」


 聞く耳を持たないと言わんばかりの表情で微笑むエースがその場で剣を振るい足元の草を散らす。刃の切れ味を見せつけているのかと大雅は頭を悩ませた。


「そうじゃない。これ以上戦う意味があるのかと言っている」

「全力を出されていないのにそう言われてもねえ」

「お互い様だ」


 互いの出方を窺っているのか、しばし瞳を覗き合っていた二人であったが先に折れたのは花梨であった。


「オーケー、じゃあ折角だしお喋りしましょう」


 剣を消し戦意を収めたことを示しながらそう提案する。

 先ほどとは打って変わって友人として気安く話しかけるその様に、警戒とともに強張らせていた大雅の闘気も萎えていったが、


「初めからそうしていればいいものを」


 ならばついそのような台詞が口をついて出た。


「あら? あたしとしては最初はそのつもりだったのにそちら様が話をはぐらかす素振りを見せたから手が出てしまっただけなんですけど?」


 なるほど言われれば確かに自分は早々にこの場を切り上げて去るつもりであった。


「だとしてももっと穏便に事を運んでもらえないものか?」

「ご冗談。あたしらの前から永らく姿を消してたのはそっちでしょう。そんな人がさっさと立ち去ろうなんてしたら力ずくで食い止めようとしても道理を外れちゃいないでしょ?」


 用心深く疑り深い彼女ならば尚の事そのような行動に走っても不思議はないと大雅は考えた。


「……分かった、話に応じよう。これ以上お前を怒らせては本当に首が飛ぶ」

「懸命な判断感謝するわ」


 大雅の観念した様子に満足したのか、花梨はようやく友人らしい自然な笑みを返した。


「しかしその前に」

「ほったらかしちゃかわいそうね」


 二人が揃って気にかけたのは知り合い同士のいざこざに巻き込むような形になっていた馴染みのない地で出会った魔法少女のことだった。

 自分のことに話が及んだことを察した少女は思わず身構えた。というより身が竦む思いだった。


「あ……あの、そにょぉ……」


 二頭の猛獣に詰め寄られる仔ウサギのように少女は小さな体をぷるぷると震わせていた。

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