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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動二
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魔法少女と紋章

「龍とはいい手下を持っている」


 敵として向き合っている魔法少女の召喚獣を褒める言葉を口にする。しわがれた声から感情は読み取りにくいが、余裕を含んだ台詞であるように思えた。

 と、魔女の前に現出した門が重厚な音を立ててゆっくりと開かれていく。

 その瞬間漂ってくる腐臭に顔を顰め、門の向こうに広がる地の底に続くかのような暗黒の世界に目を奪われる。

 金属が触れ合い鳴る音が聞こえる。湿ったモノが地を歩む音が聞こえる。

 闇の底から姿を現したのは、人の背丈程もある三頭の犬に似た獣だった。

 文字通り三頭である。犬が三頭いるのではなく、三つの頭を持つ獣だ。

 首輪の代わりに鎖を巻きつけられた皮膚に体毛はなく、焼けただれたように醜く、異臭を放っていた。

 見開かれた六つの瞳は狂気に染まり、ダラリと舌を垂らす三つの口には鋭牙を備えている。


「だが幼い。数多の獲物を蹴散らしし我が下僕ケルベロスの敵ではない」


 ケルベロス。確かボランティア倶楽部の部室で読んだ本に載っていたはずだ。今まさに現れた獣のように三つ首を持つ地獄の番犬。仔細な容姿までは知らなかったが、まさかこれほど醜悪なものだったとは驚愕だ。

 地鳴りのように地を這う唸り声。吠えることを忘れてしまったかのように三つ首は唸り、鈴白さんを威嚇する。

 彼女はどんな表情で怪物と向き合っているのだろうか。小さな背中しか見ることができない。体だけは彼女より大きい俺なら、あんなものと向き合った途端その場から離れるだろう。

 けれど、彼女は立ち向かう。


「ドラゴちゃん牽制! ルナちゃんフォロー!」


 バトン捌きに合わせ、二人が動く。ルナは上空へ移動すると発光し、月光をドラゴに浴びせはじめる。

 次いでドラゴが口を開く。これは初めてサモンコンダクターネオが戦ったのを見た時に使っていたのと同じ戦法だ。ルナがドラゴを強化し、ドラゴが敵を撃つ。

 開いた口に火球が作りだされ、大きく練り上げられていく。


「ふん」


 その光景を目の当たりにしても、魔女は慌てる様子もなく腕を組んで突っ立っている。門は消え、残された三つ首の獣が時折ビクビクと首や体を痙攣するように震わせながら待ち構えている。


「クワワァッ!」


 ドラゴの甲高い咆哮と共に放たれた火球は前回見た時よりも一回り大きくなっている気がした。これも鈴白さんが昨日、境回世界で経てきた経験の賜物なのか。

 巨大な火の玉は一直線にケルベロスへ突き進む。直撃すればその皮膚は更にただれるか、骨も残さず焼き尽くされるか、如何程の破壊力を秘めているのか想像できない。鈴白さんは牽制と言ったが、これだけで勝敗は決する気がした。


「え……!?」


 だが俺は驚きの声を上げることとなった。火球は確かにケルベロスの頭を捉えていた。大口を開けて待ち構えていた左の頭をだ。巨大な火の塊は直撃し、しかし徐々に小さくなり、やがて消えた。

 目を疑ったのは、左の口が火球を吸い込んだように見えたからだ。そしてその口が閉じられると、代わりに右の口が大きく開かれ、灼熱に染まった。

 今消え去ったのと同等の火球がそこから撃ちだされたのだ。

 ドラゴの技をそのまま撃ち返された、直感的にそう思った。


「ドラゴちゃん!」


 鈴白さんは動じることなくバトンを振るい指示を飛ばす。


「クエッ!」


 再びドラゴの口に火炎が集まり球体を形成する。同じ技を続けて放ったのだ。

 ドラゴとケルベロス、二人の間で火球がぶつかり、激しい火柱を巻き上げる。熱風がこちらまで煽ってくる、腕で顔をかばい狭い視界の中で顛末を見守った。

 火柱の勢いが少しずつ収まっていく。これが消えるまでお互い手が出せないと思い込んでいた矢先、火炎を突き破って三つ首のケルベロスが突進してきた。

 完全に虚を突かれたのは俺だけじゃない、鈴白さんもだ。ドラゴへの指示が間に合っていない。

 凶悪な唸り声を鳴らす三つ首が正面左右の三方から襲いかかる。ドラゴは自分の判断でその場から飛び退いた。空中へ回避したのだ。

 けどあいつの硬く熱い厚皮に幾つもの裂傷が刻まれている。完全にかわしきれなかったんだ。痛みを噛み殺す苦悶の声が聞こえた。

 ケルベロスの追撃は止まらない。その矛先はドラゴではなく、あいつが飛んだことで遮るものがなくなった鈴白さんへと向いていた。


「危ない!」


 駆けつけても間に合わない。そもそも駆けつけたところでできることはないし、ここから声を上げるのが精一杯だった。

 見ていることしかできないことに歯軋りしてしまう弱者な俺とは裏腹に、鈴白さんは取り乱すこともなく、しっかりと対応する。

 三度目の召喚陣を正面に描き、呼び出すものの名を叫ぶ。


「マシュくん!」


 召喚陣から姿を現したのは初めて見る召喚獣だった。


「……獣?」


 いやあ獣じゃないな。あれはどう見ても巨大な白いマシュマロだ。三メートル以上はありそうな巨体が鈴白さんの前で立ちはだかっている。あんなのも境回世界にいるのか。

 三つ首とマシュが激突する。僅かに上背のあるマシュの体が、突き破ろうと駆けるケルベロスを包み込むように伸びる。

 鈴白さんまで迫ろうかというケルベロスの突進はマシュの柔軟な体によって妨げられ、元の形に戻る反動で魔女の傍にまで思い切り跳ね飛ばされた。

 体当りされ伸びまくったマシュの体にはケルベロスから剥がれた肉片がこびり付いているだけで大きな傷といったものは見られなかった。あの白い巨体で鈴白さんを守り抜いたのだ。


「マシュくんありがとう!」


 鈴白さんに感謝されながら、マシュは召喚陣に吸い込まれるように姿を消していった。場には再びドラゴとルナの二人になる。空に逃れていた子龍は主人に背を向け魔女らを警戒し、ルナはそのすぐ傍に舞い降り月光を当て続ける。傷が少しずつ塞がっているように見えるのは、その光の力なのか。

 新たに目にしたマシュは元々彼女が呼び出せたのか、それとも昨日あちらに行った成果なのかは判断できないけど、堂々と魔女を迎え撃つ佇まいは先日とはどこか違って見えた。


「彼女は心配いらないわね」


 隣でぼそりと呟くのが聞こえた。確かに巻菱さんが言うように、鈴白さんの戦いぶりは今のところ危なげなく見える。


「相沢くんの方はどうなの?」

「お、俺っすか」

「何か見えてきた?」


 俺は首を横に振った。すると困ったような溜め息を吐かれてしまった。本当にすみません。


「相がずれてるのかしら……」


 その言葉の意味が分からず固まっていると、


「集中力が足りていないのかもしれないわねぇ」


 と言葉を変えて説明された。


「そう言われても……俺としては注意深く鈴白さんを見てるつもりなんですけど」

「コツが掴めてないと思うの。一度覚えれば自転車に乗るように簡単にできるんじゃないかしら」


 そう言うと巻菱さんは俺の背後に回り込み、両肩に手を置いてきた。


「お姉さんがお手伝いしてあげるわ。元々そのつもりだったんだし」

「ちょっ」


 向かい合っていた鈴白さんと魔女が動き出そうとした瞬間に視界が遮られた。巻菱さんの右手が俺の両の目を覆ってきたのだ。


「目を閉じて。気を高めるのよ……」


 気を高めるより鈴白さんのことが気になってしまうのだが、年上の女性且つ明らかに俺より強いスペシャライザーである巻菱さんの手を振り払うこともできず、しかたなく目を閉じた。幸い音は聞こえるのでそれで鈴白さんの様子を知ろうと思った。


「……んむ!?」


 両耳が何かに塞がれた。柔らかくふわふわとしたクッションのような感触が優しく耳を包み込む。離れていた鈴白さん達の気配は不明瞭になり、すぐ近くの巻菱さんの声が囁いてきた。


「ほぉら、集中集中」

「どう集中しろっていうんです!」


 身動ぎして抗議を試みたが左肩はしっかりとホールドされて自由に体を動かせない。頭の上から聞こえた声、そして俺と巻菱さんの身長差から計算すると今俺の耳を塞いでいるものは間違いなくあれだ。


「まずは心を鎮めて」

「鎮まりません!」

「気を高めることを意識して」

「気分は昂ってきました!」


 興奮気味に声を大きくして伝えると、うふふと楽しげな微笑が聞こえてきた。俺も愉しくなってます。


「手を離すからこのまま目を開かず、動かず、私の言葉を聞いていてね」


 目と肩から巻菱さんが触れている感触が消える。残っているのは後頭部から耳……というより顔の側面までをすっぽりと覆うやわらかな弾力のみ。

 と、感触を堪能していた頭のその天辺をトンと突かれた途端、全身の力が抜けていった。

 驚いて上げる声にも力は篭もらずにふにゃっとした音が漏れただけだった。


「心身の力を抜かせて自然な状態に近づける……くノ一の扱う術の一つよ、心配いらないわ」


 彼女が投擲した刃物を見た時からもしかしたらそうじゃないかと思っていたけど、やはり巻菱さんは忍、とか忍者とか、そう呼ばれる存在……魔法少女以外のスペシャライザーだったんだ。

 そんな彼女の体に全身を預けながら、俺はひどくリラックスした気持ちでいた。弛緩した体を委ねていると、彼女の言葉が耳に届く。


「いい気分なのは伝わってくるけど、気をしっかりもってね」

「ん……はい」

「相沢くんはどうして力が欲しかったの?」

「それは……先輩たちのためです」

「彼女たちの力になりたい?」

「当然です」

「今……鈴白さんが懸命に戦っているわ。彼女の力にもなりたい?」

「なれるんなら……」

「あなたの力がないと彼女が勝つのは難しい」

「……」

「そうだとしても、相沢くんは力が扱えないのを理由にここで見ているだけ?」

「……もしそれが本当なら、俺は見ているだけなんて嫌です。例え見ることしかできなくても、指を咥えてるだけなんて御免です」

「いい覚悟ね。素敵よ」


 優しく囁かれ、俺の目を巻菱さんの手が再度覆う感触が伝わってきた。


「その思いを切っ掛けに私の術力で相沢くんの力を刺激するわね……気をしっかりね」


 彼女の手から温もりが伝わってくる。次の瞬間、それは押しつける圧力となって迫ってくる。

 不可思議な圧迫感に顔をしかめてしまう。押し潰されそうで目も開けられない。温もりは熱くなり、それは圧力とともにこちらに浸透してくる。

 目が熱い。体の内から発熱するように感じる。


「巻菱さん、目が……!」

「そのまま集中して。大丈夫、これはあなたの持つ力なんだもの」


 彼女の手が離れるが、目には熱と痛みが多分に残されたままだった。これは巻菱さんから与えられたモノ……ではなく、自分の中から沸き上がっている気がする。俺の持つ力というのはそういうことなのか。


「感じている?」

「暖かさと……押し付けるような感触」

「それを意識したまま、ゆっくりと目を開いて」


 目を開けようとしても瞼が重い。ものすごい力で押さえつけられる。


「大丈夫よ。受け入れて」


 そうだ。これは元々俺の中にあったものだ。受け入れるもなにもはじめから俺のモノなんだ。

 受け入れろ、受け入れろ。害意はないんだ、慣れていないだけなんだ。

 閉じられた扉をこじ開けるように力を込めて眼を開く。徐々に開ける視界に映り込んでくるのは、縦横無尽に世界を飛び交う羅列された文字だった。


「あ……」


 視界を埋め尽くす膨大な情報の量に初めこそ言葉を失い、思考が停止してしまったが、その情報の流れはすぐに最適化されていく。

 完全に目を開いた俺は巻菱さんから離れ、一歩二歩と歩み出た。目を閉じる前まで見ていた世界と様相が異なっている点があることにすぐ気付いた。


「どう? 上手くいったかしら?」

「はい……ちゃんと見えてます。魔法式ってやつが」


 俺の視線の先鈴白さんと魔女、そしてそれぞれの召喚獣がいる。その全員の頭上に薄っすらと光るモノが見えている。鈴白さんが扱う召喚陣に雰囲気は似ているが模様が違う。

 鈴白さんの頭上に見えているのは円に囲まれた六芒星だ。模様が違って見えたのは、彼女がドラゴ達を呼び出すために描く陣は更に複雑な線が走っているからだ。それらを取っ払ったシンプルな紋章が俺には見えている。

 対して魔女の頭上には炎を象った紋章が浮かんでいた。それから発せられる暗く黒い波動も見える。鈴白さんの紋章から溢れていたのは優しい慈愛の光だったからいくらでも見ていられたが、こちらは直視するのが辛い。目がギンギンと痛む。


「くあっ!?」


 バチンとした衝撃が眼前に走り頭が弾ける。体が仰け反るのをどうにか堪えたが、咄嗟に目が潰れたと思い両手で顔を覆った。

 恐る恐る手を退けてみると両掌が見えた。血も付いていない。怪我はしてないみたいで少し安堵した。目は痛いけど。


「大丈夫?」

「ええなんとか……」


 背後から聞こえた巻菱さんの声に応じて顔を上げるが、もう鈴白さんや魔女、召喚獣の頭上には何も見えなかった。

 あの紋章が魔法式。俺に見えなかった、見えるはずのモノ。人によって形が違うのかとか、召喚獣との間に繋がりがあったとか、頭の中でまとめなきゃならない項目がいくつもあるが、まずすべきことはこれだ。


「巻菱さん! ありがとうございます! あなたの」


 魔法式を目にする切っ掛けを作ってくれたのは彼女だ。お礼を口にしたくて堪らなかった。俺を優しく包み込んでくれていたあの柔らかな感触にもだ!


「んふっ」

「おっ」


 嬉しそうに笑う巻菱さんの胸には二つ折りにされたクッションが抱えられていた。


「……おかげで」


 すごく元気に心の底から感謝の言葉を述べようとしていた口が途端に勢いを失っていく。


「泣くほど嬉しかったのぉ? お姉さん困っちゃうわぁ」

「ええ……ええ!」


 そうですねきっと俺は泣くほど嬉しかったんです。決して青少年の純情な期待を裏切られたからなんて邪な気持ちで泣いてるわけじゃないんです。

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