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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-
239/260

魔法少女と野獣と魔女

 近くでは自転車の市民大会が行われていることを彼女は知っていた。

 この場を退いてしまえばそちらに被害が及んでしまう可能性があるならば逃げ出してしまうわけにはいかない。

 本音を言えばすぐにでも逃げてしまいたい、どうして私が戦わなくちゃならないの……という疑問を抱きながら戦場に立ってしまうのは、少女が戦う者になったばかりの未熟な魔法少女だからであった。


「ハッハッハ! 貴様の命運もここまでよ!」


 顔面ツギハギ縫い跡だらけで軍服を模した格好の男が声高に叫ぶ。彼の周囲には……というより、たった一人の少女を取り囲む部下の怪人どもの姿があった。

 奇想天子と銘打つ少女、スタートリックは星を冠する名の通り衣装の端々に星を輝かせているはずだった。しかし彼女が戦う悪の軍団メテオによる度を越した攻勢に押され、ところどころボロボロに傷ついている。

 本来戦いとは一対一で正々堂々と暗黙の了解があるものだが、今回はそのようなセオリーなどまるで無視した攻撃を仕掛けられていた。

 彼女がスタートリックの名を授かって数ヶ月足らず。力をつける前に一気呵成にケリを着けんとする敵の策略は見事に少女を追い詰めていた。

 加えて根は真面目で優しい少女。この場を退けばすぐ近くで開催されている自転車レースの会場に被害が及ぶ可能性を考慮してしまうと、たとえいくら不利な状況に陥っていても逃げ出すことなどできないと思っていた。

 その結果自身の命を危機に晒すことになってしまう。彼女は今になってようやく、はじめて自分が死ぬかもしれないという現実を自覚していた。

 特別な力を授かったことに重責を感じていたし、気持ちが舞い上がっていなかった。力量はわきまえて活動していたはずが、予想だにしない敵の作戦……作戦とも呼べぬ蹂躙に打ちひしがれていた。


「死ねぇいスタートリック!」


 それが号令であった。

 少女を取り囲んでいた怪人たちが一斉に飛びかかる。機械に寄生された生物のような歪な造形をした者どもが頭上より襲いかかっている光景を前に、その瞳は絶望の色に染まっていた。


「ああ……」


 恨むよカミサマ。

 呪詛のような呪いの言葉は己の運命を悲観してのものか、それともかような目に合う元凶となった力を授けたモノに対してか。

 少女はその言葉を発することなく呑み込み、今しがた芽生えたどろりとした感情を抱えたまま瞳を閉じた。

 命運を決する敵の攻撃がその身を貫く瞬間は、到達するまでに永遠とも思える時間を要し……。


「…………」


 いくらなんでも掛かりすぎである。最期の時を目に焼き付けたくないが故に閉ざしていた瞳を、おそるおそる開いてみれば。


「は……?」


 眼前の光景に困惑と疑問のこもった声を漏らしていた。

 スタートリックに背を向ける青年が立っていた。その周りでは瞳を閉ざしていた少女に襲いかからんとした怪人たちが、軒並みもんどり打って倒れ伏していた。

 突然降って湧いた男に対し、スタートリックも、メテオの幹部も怪人も面食らって言葉を忘れてしまい、その場は静寂に包まれた。


「騒がしい……な」


 それを破ったのは当事者の青年である。


「知り合いがあっちにいるんだ。静かにしてもらえないか」


 その口調は落ち着き払っており、いざこざに注文をつけに来ただけと言った様子であった。

 常ならおかしなところはないのだが、殊この尋常ならざる場においては彼の方が異常にすら見えた。

「…………はっ!?」

 いち早く我に返った軍服の男はすぐさま呆けたままの怪人たちに指示を飛ばす。

「スタートリックの仲間か! 何を寝ているさっさと始末しろ!」

 言葉に反応して跳ね起きた怪人たちはそれに従い少女を庇うように立つ青年に向け飛びかかり、


「っ危な……!」

「大人しくしていろ」


 自身の代わりに攻撃を受けそうになる彼のために立ち上がろうとしたスタートリックは彼の言葉に身を強張らせた。

 その言葉が彼の背を見上げる自分に告げられたものなのかと逡巡する間にも青年と敵の間合いは短くなり……そして。

 瞬撃。

 先陣を切っていた生体と機械を融合させた怪力が取り柄の怪人の頭部を右掌で叩き半壊させると、残った首から上の肉械を掴み地面へ打ち落とし圧潰せしめた。

 これには波のように押しよせていたその他の怪人もたじろぐ姿を見せた。彼らの中で最も力の優れたモノが、人間の姿をした化物に難なく叩き潰されたからだ。


「警告はした」


 先の台詞が自分だけでなく敵対してくるモノにも向けられていることをスタートリックは理解したと同時に、彼の姿が眼前から消えた。

 直後に猛々しく吹き荒れる暴虐の竜巻が怪人を巻き込んでいく。嵐から弾き飛ばされた者共の体は激しく損壊しており、抵抗する間もなく容易く致命傷を受けているのが見て取れた。

 千切れ飛ぶ敵の残骸を半開きの口で眺めていたスタートリックだったが、


「お……おおおおお!」


 迫りくる雄叫びにハッと我に返った。

 怪人の一体が矛先を変え(元よりこいつらの相手をするのはスタートリックの使命なので妙な話だが)スタートリック目がけて迫る。


「シューティングロッド!」


 すかさず星をモチーフにした小振りなロッドを構え、振り下ろされる拳を弾き返した。

 先端に煌めく五芒の星が輝きを増し、流星が帯となり敵の体を覆い尽くす。

 対象を飲み込む必殺の一撃は、高熱と閃光を伴った光球と化し――捉えた獲物を浄化した。

 光が弾けた後からは煤けた色の金平糖のような欠片がわらわらと空に向かって飛んでいく。それらが憑依していた元の生き物……今回は小さな野うさぎは、キョロキョロと辺りを見回すと何事もなかったかのようにピョンピョン跳ねて去っていく。

 ふうと息をつくスタートリックの足元がふらりとしたところ、その背に触れるものがあった。

 振り返れば壁のように微動だにしない大きな青年の背中にぶつかったのだ。そのことに気付くと慌てて体を離したのは、先ほどまで見ていた荒れ狂う暴風のヴィジョンが浮かんだためだ。

 しかし既に風は止んでいた。

 彼の背中の向こうに見えた光景は、彼女が施した鮮やかな浄化とは正反対のものだった。

 暴力によって破壊された者共から苦悶の呻きを上げながら、無数の金平糖が我先にと逃げ出していた。

 残された動物たちも怯えたように草葉に隠れるようにして姿を消していく。

 息を乱すことなく敵を屠った青年に、スタートリックは頼もしさ以上に恐れに似た感情を抱いていた。


「終わったか?」

「は、はひ!」


 低く静かな声色。彼の呼びかけに応じた彼女の声はひどく上ずっていた。


「余計な手出しだった……か」

「い、え……そんなことは。助けて、いただいて……ありがとうございます」


 絞り出した感謝の言葉。事実、突然の助っ人がなければこうして話すことができる状態ではなかったのは間違いない。

 二人によって襲いかかってきた敵は全て片付いた。残されたのは、彼奴らに指示を飛ばしていた軍服の男ただ一人。だがその顔は蒼く焦燥の色と汗が滲んでいた。


「なんなのだ……」


 絞り出されたのはかすれ声だったが、次第に理不尽に戦力を壊滅させられた状況への怒りがふつふつと湧き上がる様子が見て取れた。


「……下がれ」


 青年が背後の少女に呼びかけながら左腕を横に掲げた。まるで軍服の幹部から守護するような所作に、少女の胸は少なからずドキリとした。


「貴様! 貴様だ! 突然現れ――」


 怒気を孕んで叫ぶ男の声が途切れる代わりに、地を穿つ灼熱と轟音が響く。


「わっ……!」


 あまりの衝撃と熱波に体が灼けそうになるスタートリックだったが、青年の言うとおりその背に隠れていなければ一層酷い目にあっていたことだろう。

 そんな突然の異変に晒されつつも身動ぎせず真っ直ぐと先を見据える彼の姿を、少女は薄く開いた瞳で見上げていた。

 ようやくと熱波が収まったところ、


「騒がしいと思って来てみれば――」


 その声は今しがた形成されたクレーターの底から届けられる。

 五つのカードを周囲に浮かべ、紅い炎と衣を纏う魔女が二人を見上げていた。

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