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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-
238/260

彩女と花梨の夏休み

 音無彩女は喘いでいた。

 これほど苦しくロードバイクを漕ぐのはいつ以来だろうと疑問に思うほど、そして自転車に乗ることが苦しいと感じていることに愕然としていた。

 今朝はいつも通りだと思っていたのに、コース上で一人になった途端にこのザマである。自分の不甲斐なさに笑いが起きそうであったが、生憎その余力もないのが現状である。

 何故斯様な状況に陥っているのか、彼女がここに至るまでの経緯を振り返ってみよう。




 早朝。

 自転車部部長である豪三による隣市で行われるレースへの参加勧誘を受諾した彩女は、自転車部の面々との集合場所へと到着した。

 参守町の駅前ロータリーには既に数名が先着していた。


「おはようざいます! すいません遅れましたか!?」


 待たせてしまったかと思いその言葉が口から出たが、その場の和やかな空気に謝罪の言葉は不釣り合いであった。

 五名の男子部員は彩女と挨拶を交わし、そこには当然部長の姿もあった。


「気にするな。出発予定の五分前だ」


 豪三の言葉を聞いてほっと大きな胸を撫で下ろす。


「今日はあと何名来られるんですっけ?」

「三人だ。もう着くだろう」


 部員八名に彩女を加えた計九名が本日集合することになっている。女子は彩女だけであるが、全員が彩り豊かなサイクルウェアと派手なロードバイクを伴っているので彼女だけが目立つわけではない。

 コンディションや雑談をしていると、集合時間きっかりに全員が揃うことになった。出発の音頭を取るのは勿論部長である豪三である。

 本日の市民レースへの参加は残念ながら部員全員とはいかなかったが、きたる夏の大会へ向けての調整が今回の目的である。なので豪三が部員ではない彩女を誘ったのは彼女の気分転換になればと思ってのことであり、彼女もそれに乗った。

 それから部長の指示に従い、まずは彩女含む二年生の四人が駅を発ち、大会の行われる隣市まで一列になって向かう。

 九人一斉に走っては他の道路利用者に迷惑になるとの判断で、なるべく少数で走行して向かうようにとのことだ。二年生だけで組ませたのは同学年ならば彩女も多少気兼ねないだろうという部長の判断である。

 その配慮は功を奏しており、先発した二年生組は和気藹々とした雰囲気で街を離れ、山を登っていた。

 姿は見えぬが後方を走っているはずの三年一年の混成班に追いつかれないか、流石にそれはないだろう、不安ならペース上げよっか。

 会話しながらのゆとりを持ったクライムに交じる彩女の心持ちも比較的楽なものだった。

 この調子なら豪三先輩の言っていたように気晴らしになる……彼女も今はまだそう思っていた。




 大会の会場受付でエントリーを済ませると、代わりに番号の入ったゼッケンを渡される。カラーが二色あり、一つは白地に黒の数字が書かれたものが一般コースの走者、もう一つは黄色地に黒の数字はフルコース……一般コースの倍近い距離を走破するが故に脚に自信のある者たちが着用するゼッケンである。

 西台高校自転車部の八名は黄色地のゼッケンを背中につけて長距離コースへと挑むようにしていた。

 夏の大会へ向けての調整ということでの参加だが、彼らと同じような思惑でこの大会へ来ているチームは少なくはなかった。


「全力を出す必要はないが手を抜くことはしないようにな。あくまで今日は大会へ向けての確認だ」


 部長が部員らに念を押す。そうしなければ負けず嫌いの虫が騒いで前哨戦として全力を尽くしかねないと危惧したためだ。

 無論その虫は彼も飼っているため、こうして後輩に示しをつけている部分もある。

 その様子を、西台高校からの参加者の中で唯一人白ゼッケンを着けている彩女はポケーッと眺めていた。

 事前に指示をしたり個々人にアドバイスを与えたりと、さすが運動部の部長だなあと感心しているものの、自身がボランティア倶楽部の部長であるという事実は今この瞬間すっぽり抜け落ちていた。

 レース開始直前、スタート位置には大勢のレーサーが溢れかえっていた。多くはチームとしてまとまり、黄色ゼッケンは優先的にスタートライン付近へと誘導され、白ゼッケンは後方からのスタートとなる。

 なのでこの時点で彩女のみ西台高校自転車部の面々と大きく離れることになるのだが、全員承知のことだった。

 別れ際に豪三が自身のペースで走るといいと忠告していた。誘った際に歯切れの悪かった彩女を案じてのアドバイスであったが、返事をした彼女は今日の調子は悪くないと、今でもまだそう感じていたのだった。




 そして蓋を開けてみれば冒頭の通りである。

 レースが始まってから丁度折り返しにある休憩ポイントで彩女の脚は止まっていた。

 ここには主催側が準備したテントがいくつも設営されており、往路で疲弊した体を潤わせるためのささやかな催しがされている。

 プラ製の器に適量盛られた豚汁にしなしなのラップに包まれたかしわおにぎり。また参加者全員に配給される軽食の他にも、地元で有名な地鶏の焼き鳥や大きな鉄板で作られる香ばしいソース焼きそば……その場は鼻孔をくすぐる空気に満ち満ちていた。

 一般参加者の多くは配給をありがたく口にするのだが、ロングコースを走る者たちの中には脚を休ませることなく走り抜けていく者も少なくはない。

 西台高校自転車部の面々は彩女よりも早くこの地点を通過していた。あちらよりも短い距離だったのだが、どうしてもペースが上がらなかったのだ。

 さりとて今日の疲労……いやこれは倦怠感だろうか、体が思うように動かないことに彩女は多少思い悩んでいた。

 芝生の縁石に腰かけて汗を拭う仕草をするが、思った以上に顔は濡れていなかった。

 調子が出ないのは気持ちの問題……。

 そう理解できているし、心の靄を晴らせるかと参加したはずであったのに、今はまさに五里霧中、悩み解決の糸口が見出だせずにいた。

 座って休んでいる間に、後から続いてきた参加者の大勢が先に走行を再開していた。

 乾いたハンドタオルを仕舞った彩女は重くなった腰をようやく上げた。いつもならたらふく食事をいただくはずが、今日ばかりは何も喉を通りそうもなく。

 彼女にとって幸いなことは、振るわぬ様を知人に見られずに済んだと思っていることだった。情けない姿を見られたら部長としての威厳が失墜してしまうところだったと、力なく薄く笑って再びロードバイクに脚をかけるのだった。




 四之宮花梨が見たかったものは自転車漕いでヒィヒィ喘ぐ音無彩女の姿であって、全くもって楽しくなさげで悲壮な表情をして進む醜態ではなかった。

 休憩所の近く、上り坂となった道の頂上付近に集まるギャラリーの中に花梨の姿はあったのだが、レース中の彩女がその存在に気づいた素振りはなかった。

 緩めの山ガール風の出で立ちの彼女は思わずカメラに収めたものの、撮ったところでまったく良い気分にならない。ちなみに彼女が携えるデジタルカメラは自宅にあったもので、今度助っ人にいく写真部においてコンクールに出品する作品のため、最近はカメラを携帯する場面が増えている。

 そんな花梨に今日の予定はなく、折角なので友人が参加している大会の様子をわざわざ見にきてやったというのに、そこで目にしたのがこんな光景では憤ってしまうのも已む無しだ。

 しかしながら、先日後輩を連れて見に行こうかしらと提案した時に(結局後輩たちも予定があるとのことでお流れになったのだが)断ろうとしていたのは、彼女たちに遠慮したからではなくこの儚くも情けない姿を見せないためだったのかと思い至る。

 ここ最近おかしな様子が目立っていたのは明らかであり花梨も気にかけてはいたのだが、よもやこれほどまでによろしくないとは完全に見誤っていた。

 賢く頭が回る分、彩女の不調の原因をすぐさま推察してしまう。

 様子がおかしくなったのは終業式前に一緒に帰っていた時に突然別れていった翌日から。

 あたしと帰宅するより優先すべき事態に遭遇したとすれば原因はそこにあると考えられる。

 ……あたしより優先する相手。


「…………」


 思い当たるものがないわけではない。しかしながらそのせいでこのザマを演じる羽目になっているのならば如何ようにか手を打ってやらねばならぬし……考えると次第にイライラが募りはじめるのであった。

 花梨の心情に呼応したかのように、懐に忍ばせているマスターピースと呼ばれるトランプの束が反応を示す。近場に魔的な存在を感知した際の警告である。

 幸いである。

 休憩所にいる彩女に声をかけたところで、心中を発露させた辛辣で棘のあるストレートな物言いしかできないと自覚していた。一旦頭を切り替えておかなくては、まったくもって無用で不用意な言葉で余計に相手の胸の内を抉るだろう……寧ろあの胸を抉り取って分け与えなさいと思ったりもするのである。

 ともかく、今は暴言や冗談に相手が笑って取り合ってくれる保証はない。だからほんの少し冷静さを取り戻すため、微かな反応を告げてきたマスターピースの意志に従うことにするのだった。

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