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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-
237/260

機関にて・3

「はじめを寄越した最後の理由ですよね?」

「それはわたし自身の成長のためである」


 最後、いきなり真面目な口調ではじめが割って入ってきた。


「言ってたもんなぁ。わたしは学ぶために外に来たって……それを」


 そう、それを他の姉妹に言って聞かせるという使命がある。そのことを思い出した時、胸中に暗澹たる靄がかかってきた。

 呑気な空気に充てられて気が緩んでいたが、おかげでここへ入る前の猜疑心を抱き直した。

 一つ疑い始めるとさっきまでのように雰囲気に浸っていられなくなった。


「――以上、何か質問があったかな?」


 はじめを傍に置いて生活するようにというお達しを上の空で聞いていたのがバレたのか、確認するように神木さんが訊ねてきた。


「……はじめのことは了承しましたよ。理由も納得しました。俺とはじめのためだって」


 笑みを浮かべてうん、と頷く神木さんがこちらの言葉を促してくる。


「あんまり関係ないこと訊いていいですか?」

「構わんよ」

「はじめの姉妹の大勢を眠らせてるって本当ですか?」

「本当だよ」


 事もなげにはなたれる証言にぐらりとするのが分かった。

 こちらを案じてくれる気遣いや優しみの一方で、容易く少女たちに封を施す冷然さをどう解釈すればいいのか判ぜず、言いようのない感情が渦巻いてくる。


「なんでですか?」


 掠れた声を絞りだしていた。そんなことをしていたということが思った以上に衝撃だったらしい。


「おにいちゃん」


 はじめが服の裾をつかんでくる。俺が言わんとする事を止めるかのような行いは、けれど逆に俺の意を決する引き金になった。


「どうしてそんな非道いことをしてるんですか」

「それが必要な処置だったからさ」

「何の必要があるんですか!」


 声を荒げてしまった俺を、はじめが尚も引き止めようと摘んでいたが無視して言葉を続けた。


「ここに来る前見てきましたよ。はじめと同じ顔した女の子たちがたくさん、興味津々に話に聞き入ってるところを」


 活き活きとしてる様を目の当たりにしてきたからこそ、納得できない。


「どうして、みんな同じように話を聞かせてやらないんですか!」


 今いる灰色の少女たちにはじめの話を聞く権利があるなら、今寝かせられている少女たちにもあるはずだ。

 その権利を奪うのは、神木さんが彼女たちを造りだす研究の第一人者だとしても受け入れがたい。

 感情任せにならないよう努めるつもりだったけれど、そこまで冷静でいられるほど大人じゃなかった。


「うん。君が言うとおり彼女たち全員にしっかりとした教養や常識を身につけてもらいたいと考えている」

「だったら……!」


 言ってることとやってることがチグハグだと言い放とうとしたが、先を制して神木さんが手の平を向けて沈黙を促してきた。

 言葉を呑み込んだところですかさず神木さんが告げてくる。


「まず問おう。君はあの子たちをどう思った?」

「普通の女の子だと感じました」


 そう答えるとさもありなんと言いたげに彼は頷いた。想定していた言葉に得心したのか、いつもの笑みで語りかけてくる。


「僕が言っても説得力を感じないと思うが、出自は関係なく彼女たちのことをカムナの職員と同じように想っている。その点は信じてもらう他ないが」

「……」


 沈黙は肯定として受け取ってもらった。


「君は彼女たちを普通の少女と思ってくれているようで大変喜ばしいことだが、それは大きな間違いだ」


 何が間違いなのか問いただす必要はない。神木さんがすぐに答えを授けてくるからだ。


「はじめくんも含め、彼女たちは生まれてまだ一年も経っていない非常に未熟な赤子のような存在なんだ」

 どう見ても十歳前後にしか見えないはじめ。人造魔法少女として肉体だけある程度成長した状態で生を受けたので、実際の年齢は一年未満ということか。

 けれどその事実を差し引いても、はじめと少女たちは人並みに話したり聞いたりと……しっかりしているように見える。

 いいや、そう思い込もうとしてるだけなのかもしれないと……神木さんが彼女たちを否定している気がしたから、俺は受け入れないといけないと感じただけなのかもしれないと考えてしまった。

 はじめに、あの子たちに一般的な常識が欠如してることは身をもって知っているじゃないか。突拍子もないはじめの言動の数々がそうだ。

 振り回されて大変な思いをさせられていることが、少女の未熟さの証明である。


「君のところへはじめくんを送るにあたって、極めて性急な調整をしたため大分負担をかけてしまった」

「わたし覚えるのがんばった。とっても偉い」


 お前も結構苦労したんだなとしみじみ思いながら、話の続きを待った。


「彼女一人の指導でさえ多大な労力が必要だったことを鑑み、一度に彼女たち七十二人全員を相手に同等の学びを施すのは不可能だと判断した」


 説明は理に適っているように聞こえた。


「だから九人ずつの八組に分け、順番にはじめくんから知識や経験を伝え学んでもらうためのシステムを組むことにした。君がこの部屋へ来る前に見たものもその一端さ」

 はじめが数名の少女に経験を語る時間は、カムナ機関が発案したことだった。神木さんが他の子を眠らせたことばかりに目をやっていたから、少女たちのためにそのシステムを組んだという当たり前のことまで思い至ってなかった。


「僕は非難されて当然だ。はじめくんの姉妹には申し訳ないと思いながらも最終的にコールドスリープの実行を判断したのだから。だから彼女たちに対して罪悪感は抱きこそすれ、君が考えているように疎ましいだとか邪魔だとか厄介払いのつもりでこのような真似をしたわけではないと理解してもらえれば嬉しいな」


 内心を言い当てられたところで顔をゆっくりと両手で隠した。

 なんのことはない。与えられた事実から推測したつもりでいたことは、単なる邪推であったのだ。

 それをさも悪事暴いたりと突こうとしていた自分が浅慮甚だしく感じられてお顔が熱くなってきた。


「おにいちゃん耳真っ赤。発熱?」

「やめて言わないで……」


 恥ずかしいよぉ……。そんなに見ないでよぉ……。

 隣のはじめがじっとこちらを見続けている気配を感じながら、俺は貝のように自分の殻に閉じこもるのだった。


「そう縮こまらずに。顔を上げてくれないかい」


 と仰られても面と向かって顔を合わせられないよぉ……。とはいえこれじゃ話が進まないので、仕方なく指の隙間から神木さんの方を窺うことにした。


「君が正直に意見を言ってくれたこと、非常に嬉しく思うよ」


 もう温くなったであろうブラックコーヒーを口に含みながら神木さんが告げてきた。


「このやり方でいいのだろうかと常に自問自答しているつもりではあるが、健全な青少年からの忌憚ない意見を聞くことで完璧ではないということを肝に銘じることができる」

「……」

「僕が誤っていると思ったのなら遠慮なく言ってもらいたい。これは個人的なお願いだ」

「……言いたいことは、言わせてもらいます。けど俺の言ってることだって絶対に正しいわけじゃないですし……俺が出せる意見なんて神木さんは既に過ぎ去った後ですし」


 今回のはじめのことだって、神木さんは悔やみながら判断を下した。ならばわざわざ自分が改めて言わなくてもと思わなくもないのだが。


「それでも、さ。重要なのは人の意見という点だよ」


 人の言葉、人の考え。それを確かめることで自分が捨て置いてきたモノが誤りではないと確認したかったのかもしれない。

 人の、俺なんかの意見にも耳を傾けてくれるということは……それだけ神木さんにも不安がつきまとっていたのかもしれない。この人ほどの立場になると、自分の決定一つで物事の行く末が大きく変わりかねないのだから。


「だからこそ、君を含めて将来有望な少年少女たちが何者かに傷つけられることなど看過できないわけさ」

「はあ……」

「はじめくんをこき使ってやってくれ。彼女のためにも、是非頼むよ」


 俺ははじめに守ってもらえる。はじめは人と生活することで成長できてそれが姉妹のためにもなる。

 すっかり温くなったコーヒーを一息に流し込み、真っ直ぐ見据えて告げた。


「分かりました。かわいい妹をヒィヒィ言うまで働かせますよ」


 事情を知った上で断る理由はなかった。寧ろはじめ達のためになるのなら、積極的に力添えしたいと思った。

 神木さんと視線と想いを交わしていると、隣ではじめがヒィヒィ鳴いてるけど気にしないでおくことにした。




 すぐに次の予定があったようで、神木さんは話が一段落したところで慌ただしく準備を始めながら俺たちを室長室の外まで見送ってくれた。大変そうである。

 用事も済んだということで、はじめを伴って俺はマガツ機関……改めカムナ機関をあとにしていた。

 神木さんから聞いた話を頭の中で反芻しているとあっという間に敷地の出口付近のバス停に辿り着いていた。


「おにいちゃん」

「おう?」


 今の今まで妹は黙ってついてきていたものだから、不意に声をかけられて生返事になった。

 どうしたのかと言葉の続きを待ったが、黙ってこちらを見上げるだけで口を開こうとしてこない。

 マガ……カムナ機関を訪れて過ごした中で思うことが色々とあったのかもしれない。それを上手く言葉にできないとみた。

 だからそれ以上言葉を待たず、はじめの頭にぽんと手を置いた。


「昼飯食いに行くか」

「行く」


 即答ですかい。


「お寿司がいい。日本人のソウルフード」

「回るやつか?」

「ノンノン。職人がヘイお待ちするやつ」

「却下だ」


 そんなもん俺だって口にしたことがないわ。ていうかこの街に店があるかどうかも知らんわ。


「学生のソウルフードにするぞ」

「それはなにやつ?」

「ハンバーガー」


 これなら俺の財布にも優しいチョイスだ。


「おう、甘美な響き。ぜひ食したい」

「任せろ。今ならポテトセットも許可する」

「さすがおにいちゃん」


 両手を挙げて喜ぶ様は無邪気である。これでにこやかで愛らしい屈託ない笑顔を浮かべてくれれば文句はないのだが、表情に乏しい点は要学習か。

 じっくり学んでいけばいい。夏休みだから時間はあるのだ。


「一番高いのを頼んでもいい?」

「それは却下だ。俺が一番オススメのやつを選んでやる」

「……」

「今溜め息ついたろ」

「一番安いポテトセットバーガーかと思ったら自然と」

「お兄ちゃんを馬鹿にすると買ってやらないぞ」


 そう言ってやったら可愛い妹はぎゅっと俺の腰に抱きついてきた。


「ハッハッハ。そうだそれでいいもっと兄を敬え」

「くやしい……でもハンバーガーのため」


 などとやり取りをしてるうちに、ようやくバスがやってくる。


「今度来た時は……ハンバーガーの味を教えてやらないとな」

「うん」


 彼女の体験が九人の妹に伝播する。そして九人が充分育てば、また新たに九人の妹が起きて同じようにはじめが伝え聞かせていく。

 コールドスリープさせられていることについては心の底から賛同できない、けれど現状のシステムに代わる案を創出して神木さんを説得することは今の俺の知恵じゃ無理なのは分かった。

 いち早く全員を目覚めさせても問題ないシステムをいつか思いつければ……そう考えていると、隣のはじめが手を打った。


「うん、次に来た時みんなにハンバーガーをご馳走する。説明の手間が省ける名案」

「ああ……確かにいい考えだ。はじめがお小遣いを貯めることができれば実行できるな」

「そこはおにいちゃんが喜んでお財布を提供してくれるはず」

「うん、それはねえわ」


 冷血非道極悪シスコンというとんでもない罵倒をはじめから受けるのだが、兄は笑ってそれを聞き流すのだ。

 まあ……もしも次に来ることがあって財布の中身にゆとりがあれば考えてやらなくもないが、とはじめには告げずに密かに思うに留めておいた。

 まずはこの兄を敬わない不埒な妹に対してもっとちゃんと「教育」を施さないとねぇ……。


「ハッ。おにいちゃんが悪い顔を」

「クックック……ハンバーガーが人質であることを忘れるんじゃあないぞ」


 そうやって妹をからかいながら、今度は抱っこされることなく正気でバスに乗って街へと戻るのだった。

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