表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-
233/260

鬼ごっこ終わり

 ――雑木林で明と聖がフェアリーとの鬼ごっこを開始して十分ほどが経過していた。


「はぁ……」

「ちっ」


 体操着を来た二人は相当の疾さで小さな的を追い回しているが、開始直後と比べると徐々にスピードが落ちているように見える。


「おやおや。随分手こずっちゃうのね」


 高い木の枝に足を組んで腰かけるマジシャンズエースがそう評するのを、同じく木の上ではじめにしがみつく俺は聞いていた。


「だったら手伝ってあげたら……」

「ダーメ。これは二人のためなんだから。貴方にはさっき話したでしょう?」


 それはそうですけれど。

 俺は先輩を恨めしい目つきで見やっていた。二人の邪魔にならないためにこの場所へはじめに運ばれてきたのだけれど、そうじゃなけりゃあわざわざ落ちたら死にかねない場所に上ったりしない。

 さっき先輩に話をされたこととは、今回の依頼を二人の成長に利用しようと考えているという内容だった。


「あたし達って自分のことで手一杯だったから。これからは可愛い後輩の手助けをしてあげたいのよ」


 とは先輩の談であり、決して面倒なお仕事をあいつらに押しつけたわけではないとフォローしておくのです、はい。


「お優しいことですね」


 先輩の気遣いにお言葉を返しながら、ふと考えた。


「……もしかして先輩、自分たちが抜けた後の事を」

「ほらまたぶつかった。これで何回目?」

「四七回。そして四八回目」


 はじめが律儀に数を口にする。何の数かといえば、妖精追って駆け回っている二人がガシガシ体をぶつけ合う回数だ。

 ぶつかる毎に一言二言文句を言ってるのがかすかに聞こえる。足を止めることなく走り続け……またぶつかった。


「あの二人の辞書には協調するという言葉はないのかしらね」

「正確には二人が共有している辞書ですね」


 明はともかく聖には協調性はあるので、問題は二人の関係からくるものなわけだ。


「共有して辞書を見る仲と思う?」

「…………そういう仲になってくれませんかね」

「貴方が取り持ってくれるのが一番の近道かしら」

「みんなでやりましょうよ!」

「わたしも頑張る」


 何故かはじめも会話に入ってきた。


「だからお兄ちゃん、みんなとわたしの仲を取り持って」

「ええい問題を増やすんじゃあない!」

「ひどい」

「妹には優しくしなさい」


 先輩に責められた。こいつなんちゃって妹なんですけどね……。


「かりんおねえちゃんだいすき」

「あらかわいい」


 はじめのやつ、先輩の肩に手を回してきゅっと抱きつきやがった。先輩もまんざらじゃなさそうな表情しちゃってなんだよもういいじゃないか。

 いやそうじゃなく……とにかくまあ男一人じゃどう抗っても不利にしかならない気がしたので泣く泣くそのことに口を出すのを止めるのだった。


「にしても、あいつら本当……」


 またぶつかっている二人を見下ろしながらぼやく。

 仲が悪い……というわけじゃない。あの二人を知った当初ならぶつかった時点で喧嘩をおっぱじめそうなものだが、今は違う。

 お互いに張り合ってると評すべきか、退くということをしないせいで衝突してしまっているのだろう。


「ちゃんと捕まえろよお!」


 上から檄を飛ばしてみるが返答はない。代わりとばかりにまたぶつかってる。もう見飽きてきたよ……。


「どうしたら良いと思う?」

「俺に訊きます?」


 先輩からの問い。解答など持ち合わせていなかったので少々考えてみることにした。


「そうっすねえ。仲良く協力することは諦める……ってのはダメっすよねえ」

「いいんじゃない」

「いいんすか?」

「貴方の考えを訊いているのだから問題ないわ」


 続けて。と促されてしまったので個人の主観で意見を述べる。


「結局あの二人って反りが合わないんでしょうね。ライバル視してるからお互い負けたくないって気持ちが強すぎなんですよ。だから無理に協調させるより、競って高め合う方が向いてるんじゃないかな……と」

「二人がいがみ合って仲違いしてしまったら?」

「それはないです」


 きっぱりと断言しておいた。


「……と思います」


 やっぱり弱気になった。けどしっかり弁明しておくのだ。


「部の中じゃ一番あの二人見てるって自負があるから思うんです、今のあいつらは反目することはあっても憎み合ったり嫌い合ったりはもうしないんじゃないかって」

「根拠は?」

「漢の勘です」

「なるほど。説得力としては五十パーセントね」


 確たる根拠と成りえない理由にも関わらず半分も信頼してくれているだなんて……。


「……それ結局半々で信じてないってことっすよね」

「随分譲歩して信じてるんですけど?」

「うぐぐ……ありがてえ言葉ですよ」


 ゼロパーセントより五十倍マシだと前向きに受け取ろう。ゼロに何を掛けてもゼロだという野暮な突っ込みはナシだ。


「しかしけれど、あの調子じゃあいつまで経っても埒が明かない。そうは思わない?」


 林を見下ろす先輩の言葉に、あの二人には申し訳ないが同意せざるをえなかった。


「日が沈んじゃいますね」


 小さな妖精はまったくもって元気に飛び回っているが、それを追う二人のスピードは先刻より明らかに落ちていた。


「そろそろ先輩が行ったほうがいいんじゃないですか?」

「行っても構わないけれど、もう一人実力を見たい人がいるのよねえ」


 ほうほう。それは一体誰のことなのか、考えるまでもなかった。


「はじめ」

「はいほい」


 かりんおねえちゃんにくっついていたはじめがすくっと立ち上がった。


「もしかして」

「ちょっと行って二人を出し抜いて見せてくれない?」

「お安い御用」


 そのままひょいと木の上から飛び降り、ワンピースをバッサバッサと翻しながら地面に真っ直ぐ着地した。


「パンダ……」

「その目潰した方が良い?」


 指を二本立てた魔女がこっちを見てくる。おっかねえっす。


「ほ、ほら先輩見てください!」


 視線を逸らさんとばかりに眼下の光景を指差した。妹よ頑張って先輩の注目を集めてくれ!

 俺の期待を勝手に背負わせたはじめの動きは……見事だった。

 スキップするような軽やかな足取りでガチガチに牽制し合う聖と明の間をすり抜け、意のままに動く髪を伸ばしてぴゅんぴゅん翔び舞う光体をあっさりと絡め取ったのだ。


「とったどー」


 鬼ごっこが終了したことに二人が気付いたのは、はじめが勝鬨を上げた後のことだった。

 息を切らせて呆然としてるのが手に取るように分かった。さっきまで二人して懸命に追いかけていたものをあっさりと横から掻っ攫われたのだから。


「器用ね」


 終わりを告げる拍手を打つ先輩がはじめと同じように地面に降り立つ。青い髪とマントを翻し……スカートの中は見ませんでしたよ。


「はい終了。お疲れ様。いえいえホント、予想以上にお疲れみたいね」


 マジシャンズエースが運動着を湿らせる聖と明、そして髪を球体の檻を作り標的を捕獲するはじめ達へ声をかけていく。


「わたし全然つかれてない」

「圧倒的でした。偉い偉い」

「えへんっ」

「それに引き換え二人はもう……遊び過ぎでさぞかし楽しかったでしょう?」


 一番楽しそうに言葉を吐きだす先輩が煽り屋に見えてきた。息を整えて黙る二人だが、嫌味っぽい言葉に言い返せないのかもしれない。

 そして俺はここからどう降りればいいのか……一人樹上に取り残されてしまって不安で膝が笑っちゃってるんですけど。

 木にしがみついてゆっくり下っていく……しかないのか?


「はい、反省点。何かあるなら言ってみて」


 教師のような振る舞いで先輩が二人に言葉を促した。二人は黙ってお互い顔を見合わせて、お互いを指差した。


「「こいつが邪魔で」」


 声を揃える二人を見て先輩が肩をすくめるのが分かった。


「そうね。貴女たちが邪魔し合ってるおかげで」

「わたし簡単につかまえた。えらい」


 ぶいぶい。

 ダブルピースを披露するはじめの隣で二人がお互いに責任を押し付け合うように視線を交わしているのが手に取るように分かる。

 ずり……ずり……と木にしがみついた体をゆっくりゆっくり地面へ下ろし、ようやくぺたんと尻が着いた。一人置いていくなんてはじめも先輩も薄情ですぜ。


「おにいちゃん。ほめてほめて」

「お? おう……って、頭は撫でてやれねえぞ」


 褒める手段の一つとして頭撫で撫でが思いついたが、今はじめの頭の上には髪の毛の檻が存在していて邪魔だった。


「捕まえたこいつはどうするんです?」


 このままはじめに捕獲させっぱなしというわけにはいくまい。


「はじめ」


 考えがあるのか、先輩は妹に呼びかけると髪球を解かせた。姿を見せた小さな妖精が羽ばたくより疾く、先輩の手がそいつをパシッと捕らえた。


「このままマガツ機関に資料として引き取ってもらってもいいし」


 資料って……実験に使われるちょっと物騒なイメージを思い浮かべてしまう。心なしか先輩の手中にある存在もぷるぷる震えて見えた。


「近所でいたずらしないなら逃してあげてもいいんだけれど。はてさて」


 妖精さん逃げて、と願わずにはいられなかった。

 手中の相手を無言で見やっていた先輩がニコッと笑うと、そっと開いた手からするりと抜け出した光球がまさに一目散で逃げ去ってしまった。すると周囲の空気が少し騒いで落ち着いた気がした。多分、他の人が受けていた違和感は消えただろう。みんなそのことについて何も言わないけれど。

 聖と明は呼吸を整え、はじめは自在に動く髪を戻して隣にくる。


「戻りましょっか」

「そっすね」


 俺だけが先輩の言葉に相槌を打ち、


「相沢くん。今日見て感じたことをまとめたら二人に聞かせてあげて」

「俺の意見でいいんすか?」

「貴方が一番二人を視てるんでしょう?」


 まあ、そうですね。

 伝えられるものか、何かためになることを言えればいいが。


「はあ……情けないところを見せてしまったかもね」


 此処へ入ってきた時とは逆に、今度は後ろを歩く聖が気落ちした声色で呟く。

 ちょっとは慰めた方がいいだろうか。

 そうだね、たまには俺も聖のためになるんだってところを示しておかないとね。いつも支えられてばかりじゃないってな。


「そ」

「そうだな。醜態を晒した」


 明さん! 機先を制してそんなことを口走らないでください!

 同意されたことでさらに気の持ちようが下がる聖に加えて明も不満気だ。

 生半可な慰めは効かなくなった気がする。首をひねって黙考していると、ちょいちょいと制服を引っ張られた。


「お兄ちゃん」

「どした?」

「わたしにも意見がほしい」

「どして?」


 先輩に指示されて後ろの二人に意見を聞かせることになっているのを受けての発言だろうが、今日の活動をスパッと終わらせてくれたはじめに言えることはそんなに多くない。


「もっと褒められたい」


 さっき褒めたじゃないかと言いかけたが、あの時のはじめの頭は捕獲状態だったのできちんと褒められてなかったことを思い出す。


「えらいえらい。よくやったよ」


 仔猫の頭を撫でるように彼女のさらさらで柔らかな髪をした頭をぽんぽん撫でた。


「ふふん。もっと褒めるがよい」

「はいはい」


 しかし実際のところ、彼女の動きは賞賛に値する。

 行動が早かった。スピードが優れていたというわけではなく、単純な素早さなら二人で牽制しながら追いかけていた聖と明の方が上だろう。

 純粋に捕縛を目的としての行動だったから誰よりも早く見えたに違いない。 

 目的達成のための素早い行動……もしかしたらはじめの行動には無駄というものがないのかもしれない。きっと俺の部屋に寝泊まりしてるのもそれが最善だと判断してるからだろう。でも俺の心情も踏まえて判断してくれると最良なんですけどね。


「この調子で……頑張ってくれたまえ」

「ふんっ」


 強い鼻息で頷くはじめはこれだけ褒めておけば大丈夫だろう。問題は後ろの二人か。

 歩調を落とすとはじめと離れ、追いついてくる聖と明の間に入った。

 俯き加減で歩を進める二人の頭を、今しがたはじめにやったのと同じくぽんぽんぽんぽん撫でてみた。


「ちょっ」


 拒否反応を見せた聖に構わずそのまま頭を押さえるようにして左右に話しかける。


「はじめにやられて気にしてるだろうけど気にすんなって。原因は言わなくっても分かってんだろ?」


 返事はないが聞くまでもないことである。


「あれでいいんじゃないか? 二人がお手々つないで仲良くなんて想像できないし、でも別段喧嘩腰ってわけでもないしさ。協力しろなんて言わねえよ、ただもう少しだけ……上手くやろうぜ」


 なかなかありきたりなことしか言えてない気がするが、これで勘弁してほしい。

 けどやっぱり二人が協力して……って姿は想像しにくい。だったら共に張り合う好敵手として切磋琢磨してもらう方が寧ろ健全とすら思えてくる。個人的にはそう思う。


「と、とにかくっ」


 左手から聖がするりと抜け出していく。


「それはやめてくれよ」

「そりゃ悪かった」


 頭ぽんぽんを嫌がられたか、それとも髪の乱れるのが鬱陶しかったのか。あまりいい顔はされなかったから聖をはじめのように扱うのはよしておこう。

 ぽんぽん。


「……」


 右手の方はというと、まだぽんぽんしていた。


「……」


 聖と違って嫌がらないのか、それとも至極どうでもいいのか。無表情だから良いも悪いも判断がつかないので俺はそっと明の頭から手を離した。


「終わりか」

「お……終わりだ」


 なんでちょっと名残惜しそうなんだ。あんまり妙な含みを持たされると勘違いしちゃうぞ、俺男の子だから。

 と思ったところで明も男の子なのだからそんな気持ちを抱くこと自体アホらしいのだ。そう思っておかないと、傍目から見れば明も、それから先にあしらわれた聖も美形の部類だから気の迷いが生じないこともない。


「……」


 生じてるじゃないか馬鹿!


「そろそろ林の外へ出るわね。今日のレクリエーションはここまで」


 制服姿へと戻っていた先輩が後輩たちに告げてくる。入ってきた時はもっと歩き回ったものだが、事を済ませた後はなんとも呆気なく帰ってこられたものだ。


「それじゃあ部室へ戻りましょう。帰るまでが遠足よ?」

「引率の先生ですか」


 突っ込むのは俺だけ。はじめはピシッと敬礼し、指示に従う部下みたいに振る舞って、聖と明はお疲れなのか返事もそぞろだ。


「さて……帰ってからも楽しみが待ってるわね」


 くっくっく。

 笑う先輩は不気味であった。そういえば音無先輩一人残して勉強させていたのだが、彼女の言う楽しみとはそのことであろう。

 四之宮先輩に付き従って学校へ戻る道中の口数は多くなかった。さっきの慰めはきちんと二人に届いてるだろうかと不安になってきたが訊くのも憚られ、そわつきながら黙って戻るしかなかった。

 元気に歩くはじめが癒やし枠に思えた。

 しばらくして部室に辿りついたのだが、木製の扉を横に開けた四之宮先輩の背後から中を覗き見た時に、


「ああやっぱり……」


 と漏らさずにはいられなかった。

 一人で夏の宿題に取り組んでいた音無先輩は広げた課題の冊子を机の端に追いやって腕枕ですやすやと眠りこけていた。


「せんぱぁい」


 あんな調子でいいんすかと目の前の女性に声をかけたが、彼女はしっと指を立てて沈黙するよう指示してきた。

 素直に従い口にチャックをする俺以下四名が部室に立ち入る先輩に続いて静かに入室する。


「うぅん……うぅん……すやぁ」


 呻いて苦しんでるかと思いきや気持ちよさそうな寝息を立てたりと。妙な夢でも見ているのかもしれない。

 そんな音無先輩を起こさぬように忍び寄った四之宮先輩が、机からそっと課題の冊子を手にとってペラペラとページをめくる。

 俺たちも後ろから覗き込み、小さく感嘆の声を漏らした。

 解答欄が全部埋まっていたからだ。

 ふと見えた四之宮先輩の横顔には薄っすらと笑みが浮かんでいた。


「見ろよ……どうやらご満悦のようだぜ」


 聖と明、ついでにはじめも交えて菩薩の如き先輩の表情を拝みそうになる。

 しかし最も素晴らしいのは四之宮先輩の課したお題をやり遂げた音無先輩だろう。今日のMVP間違いなしだ。

 試練を与えた先輩も労いの言葉を口にする。


「八割……間違っているじゃない」


 あこれ違うわ呆れて笑うしかないって状況だったんだわ。

 それから後輩組は怒り怒られる先輩方を残してそそくさと部室を後にしましたとさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ