鬼ごっこ
あれから俺たちは四之宮先輩に連れられて学校近くの雑木林までやってきていた。
「裏手にこんな鬱蒼とした場所があったなんてな」
足を踏み入れてほんの僅かしか経っていないにも関わらず既に最奥まで迷い込んだかのような不安を抱かされるのは、陽光を遮る背の高い木々が薄暗い闇を落としてくるせいだ。
先輩に続く聖と明はここへ来る前に運動着に着替えさせられていた。二人に何かさせるつもりなのだろうが、まだ教えてもらっていない。
先輩と俺は制服のまま、俺の服をつまむはじめもいつものワンピース姿だ。
「ぱいせぇん」
「ヘタレた声でどうしたの?」
「いい加減何しにきたのか教えてくれませんかぁ?」
「僕も訊きたいですね」
聖もそう言ってることだし。
すると先輩は歩きながらようやく話をしてくれた。
「最近の話。二人連れの男女が人目を忍んでこの場所を進んでいたところ、妙な気配を感じたそうよ」
「気配ですか」
でこぼこで木の根が這いわたる足元は暗さも相まって足を取られそうになる。俺以外の四人は特に苦もなく進み話しているのがちょっと癪である。
「けれど何度も入ったことのある場所。気にせずそのまま進み続けていたところ……どんどんどんどん違和感が募っていった。いつもより長いこと歩いているのにいつもの場所を通った気がしない、流石に変だと思い引き返そうとしたけれど、来た道を戻っても元の場所に着くことは適わず。結局一晩過ぎる頃にようやく木々の谷間から抜け出すことができたんだけど……あんまりにも奇妙でお辛い体験だったから怖くなったって彼女が周囲に話してるのをあたしが聞き出したってわけ」
「まるで遭難ですね」
「そうな……のよね」
今そうなんですよって言いかけましたか?
聖の言葉に返した先輩に訊いてみたい衝動を堪え、
「質問です」
と挙手してから発言した。
「その男女って二年生ですか?」
「そうよ」
「こんなとこに何しに来てたんですか?」
先頭の先輩がピタリと足を止めた。遅れていた俺を待ってくれているわけではなさそうだ。
みんなに追いついたところで、先輩は俺にこう言い放ってきた。
「男女の秘め事を詮索するのは紳士の行いではないわよ」
秘め事……やっぱりそんないかがわしい事をこんな場所で……。なんだかドキドキしてきたよ。
「すけべ」
「変態」
「ロリコン」
「なんで続々と誹謗中傷を受けにゃならん! 特に明とはじめ! お前らずっと無言だったくせにこんな時だけ同調してんじゃねえよ!」
「悪いか?」
「悪くはない」
指摘されたのが気に食わなかったのか、明とはじめの二人だけが更に同調してしまう。なんだか疎外感を抱いてしまう。
俺が独りぼっちの男だからか?
「どうせ俺はすけべな変態ですよだ……だがロリコンは違うぞ!」
はじめの言った癖だけはきっちり否定してやる!
だがその訴えに聞く耳を持つものは誰もおらず、四人は俺を置いて進んでいた。
「待って待ってー」
どんどん先行く集団の最後尾にいるはじめを目指して駆け足で追いすがったが、急ぐ最中でふと気になることがあったので先頭の四之宮先輩にまた声をかけた。
「どうしてこんなにジグザグ進んでるんですか? 捜し物でも」
俺は再度先輩の足を止めてしまった。またさっきみたいなダメ出しが飛んでくるのか、今の発言のどこに非紳士的な要素があったのかと考えていたが、先程とは様子が違っていた。
「そう……貴方にはあたしがふらふら歩いてるように思えたのね」
「え? ああはい……だろ?」
と、一緒に足を止めた聖と明の二人にも確認した。
「いいや。僕には真っ直ぐ進み続けているように思えたけれど」
「曲がった覚えはない」
「いやいやいや、あからさまにあっち行きこっち行きして……」
話が噛み合わない違和感。俺一人だけ狐に化かされているかのような不安に襲われるが、おそらくそれは有り得ない。
何故なら俺は、自分の力に守護られているのだから。
「つまりは、既に彼以外はこの場にはびこる術中に陥ってたってわけか」
瞬間、聖と明の警戒心が高まり周囲の空気が張りつめると共に、はじめが俺に寄り添ってくる。
「まだ肝心なことを訊けてませんでしたね」
「敵は何だ?」
矢継ぎ早に聖と明が先輩に訊くが、質問を受けた当人は至って冷静で慌てる素振りもなく落ち着いていた。
「そう警戒しなさんな」
寧ろ笑みを浮かべてこちらの緊張をほぐそうとしているようにも見えた。
いつの間にかスペードのエースのカードを先輩は手にしていた。魔力を宿す魔法のカード……その姿を変えるきっかけとなるアイテム。
一番に先輩が変身を果たした。女子高生から魔法少女へ、四之宮花梨からマジシャンズエースへと。
ディーラー服を基調とする青マントの魔法少女、マジシャンズエースのスペードフォーム。
彼女は手に携える両刃の剣スペードスラッシャーで印を結ぶように空を斬る。
「さて……相沢くんはよく周りを見てるのよ」
二人はそのままね。
臨戦態勢をとりデバイスを手にしようとしていた聖と明を制しつつ、先輩は地面に剣先を突き立てた。
言われた通り俺はその様子を、周囲をよく視ていた。マジシャンズエースを中心に魔力の波動が拡がっていく。咄嗟に身構えたがその波は俺の体をすり抜けていく。
風が頬を撫でていくようなふわりとした感触は、まるで空気中を伝播するソナーと化して林全体に拡張していく。
探っているんだ。
何を?
それを俺が視ろってことだ!
「いたぁ! 向こう、木の上!」
俺が指し示すと同時、その方角にスペードスラッシャーが投擲される。
木の天辺に直撃した瞬間に俺が視ていた何かがその小さな姿を出現させた。
俺がさっきまで視ていたのは自分の能力であるアイアンウィルで目に見えない不思議な力を可視化していただけである。
それが先輩の投擲した剣に驚いたのか、肉眼でも見えるようになったのだ。
小鳥のように羽ばたく小さな飛翔体はピュンと飛んで木々の向こうに姿を消そうとする。
「あいつを」
「始末すればいいんだな」
聖明がデバイスを装着し我先にと突っ走りかけたところを、マジシャンズエースがひょいと足を引っかけてすっ転ばせた。顔面から地面に突っ込んでる……。
「……何をするんですか」
「何をする」
当たり前だけどムッとしてる。俺だっていきなりこれやられたら頭にくると思う。
「はいはい行く前に話を最後まで聞く。二人がすべきことはアレを始末するんじゃなくって捕まえるの。捕獲よ捕獲」
「捕獲……ですか?」
「念を押さずに送り出したらぶっ潰しそうな気がしたから。ねえ明くん?」
「……」
目を背けた。図星だったに違いない。
「……回りくどい。倒せば後腐れがない……です」
かと思えば考えをまとめたのか先輩に意見を返した。
「相手は悪戯好きのただのフェアリーよ。ちょっと粗相しただけで命まで取っちゃあかわいそうでしょう」
「んん……そう言われるとまあそうかもしれないっすねぇ」
俺は先輩の言葉に頷いた。確かに襲われただの怪我を負っただのの実害があったとは先輩の話にはなかった。
「だから捕まえて仕置きくらいで許してあげようじゃないの」
「それが先輩の指示なら、従います」
「面倒くさい……」
「聞き分けのいい後輩で助かるわ」
そして送り出すのかと思いきや、最後に先輩が注文をつけた。
「それからデバイスはナシね。素の状態で捕まえてきちゃって」
「え?」
「何故……です」
明の言葉じゃあないがどうしてそんな面倒くさいことをと疑問符を浮かべる俺たちに、先輩は無邪気な笑顔でこう言い放つのだった。
「だってすぐ終わっちゃつまらないでしょ」




