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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動二
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魔法少女と魔女

 なんのことはない。巻菱蓮さん、彼女も俺と鈴白さんと同じく、スペシャライザーと呼ばれる特別な人だったのだ。


「もしかしてマジカルシェイクの店員さん全員……」

「まさかぁ。私だけよ。知っているのは風里さんだけ。だからお店の子たちにはオフレコでお願いね」


 質問に答える巻菱さんに先導されて歩いているのは街の南側、海に面した歩道である。

 商店街から南方に位置したこんな場所まで歩かされ、鈴白さんもお疲れのようだ。


「お腹空いてきましたぁ……」

「んふふ、もう少し我慢してね。すること自体はすぐに終わると思うから……あなた達次第だけど」


 含みのある言い方が気になった。それに何をするのかは未だに説明してもらっていない。焦れてしまい、直球で訊ねてしまう。


「あの! 大体何のためにここまで連れられて来てるんですか? ちゃんと教えてくださいよ」


 エプロンを外したとはいえ、マジカルシェイクの制服を着ている巻菱さんの出で立ちは目立つ。後ろから見ているとメイド服のようだ。そんな人の後ろに高校と中学の制服を着た男女がくっついているのだから余計目を引くだろう。道路を行き交う車に乗っている人の視線を集めちゃいないかと思ってしまう。


「だから魔女退治に行こうって、言ったじゃない?」

「ですから具体的に……どこで何をするのかとかをですね」


 魔女退治、と言うからにはそういった存在を倒しに行くのだろう。俺自身に戦う力はないが、今日は巻菱さんと鈴白さんが一緒にいてくれる。この間のように何者かに襲われて恐怖に怯えていた時よりは随分と心強い。

 だけど何故そんなことをしなくちゃならないのか、何故巻菱さんがそれをさせようとするのか、何故今日やるのだろう、分からないことが多く、ちゃんと説明してほしいという思いでいっぱいだった。


「ううんとぉ」


 唇に指を当てて思案する仕草をする巻菱さんだったが、やがて順を追って話を始めてくれた。


「最初に言ったとおり、昨日風里さんからあなた達のことについて電話があったのよぉ。ケーキ作りもだけど、自分の力のことに悩んでるみたいなぁ」


 俺は鈴白さんに目配せした。確かに昨日、俺たちが自分の力について思うことがあり境回世界へ赴いたことを真神店長には話していた。鈴白さんの方は思い悩んでいたことに対して答えが見つけられたのかは聞けていないが、俺の方は見つけられていないでいた。


「だから私が何かお手伝いできないかと思って。丁度ね、風里さんが面倒事聞かされちゃったって頭を抱えていた案件があったからぁ。解決がてらみんなで行ってみましょうって思ったの」

「それが魔女退治、ですか?」


 ご名答。巻菱さんはそう言うが、じゃあ魔女退治って一体どういうことをするんだ。

 訊く前に、彼女は歩道から海辺の砂浜に降りる階段を下っていく。それに従い砂浜に降り立つと、靴の裏に砂のじゃりっとした感触が伝わってきた。


「素敵な場所だね」

「はい。夏はみんなで集まって海に遊びに来たりしてました……またあやめさんとかりんさんも一緒に遊びたいです」


 過去に思いを馳せ懐かしむ顔と寂しさに暮れる顔を同時に見せられると、なんとかしてあげたいなという気持ちにさせられた。


「……ところで、どこまでいくんですか」


 それはそれとしていい加減ゴールが見えてこないことに苛立ちを覚えてしまい、前を行く巻菱さんに訊ねるが、彼女は砂浜で足を止めたために自然と俺たちの歩みも止まった。


「それでその魔女っていうのがこの辺りに潜んでるはずなのよねぇ」

「え!?」

「魔女がいるんですか?」


キョロキョロと見回してみたが人影すらない。波の音と潮風、海独特の雰囲気しか普段と変わったことはないように思える。


「鈴白さん、魔女ってどんなやつなの?」


 巻菱さんに訊ねてもちゃんとした答えが返ってこない気がして、それならばと隣にいる少女に質問先を変えてみた。


「わたしのお友達にも魔女って名乗ってる子はいますよ」

「そうなんだ?」

「その子は色々と……不思議なお薬や道具を作ったりしてます。そんな風にいい子もいっぱいいるんですけど」


 彼女の視線は巻菱さんの後ろ姿を捉えていた。


「かざりさんが面倒って言った上にあの人も動いているっていうことは、きっと」

「その通り。悪い魔女さんが一人……この街にやってきたのよ」


 俺たちの話が聞こえていたらしく、巻菱さんが話を引き継いで教えてくれた。

 そして砂の上で爪先をタン、と踏み下ろした瞬間、周囲の空気が得体の知れないモノに侵食されていった。


「なんだ……!?」


 違和感の正体はすぐに気が付いた。曇天に覆われたように暗い世界、息苦しさを覚える重苦しい空気、それらは以前、公園で襲ってきた魔物と相対した時に感じたものとよく似ているが、そんなものではなくもっとはっきりと異常が現れていることは目に見えて明らかだった。

 さっきまで左手側に見ていた海が右に……歩道が左にある。

 いつの間にか俺が逆を向いていたなんてワケじゃない。世界そのものが、まるで鏡の中の世界のように左右がそっくり反転していた。


「魔女の領域に踏み込んだわ。いつどこから現れるか分からないからぁ……充分気を付けてね?」


 俺たちの方に首だけ捻って警告してくる巻菱さんの目を見てゾッとした。笑っているように閉じられた瞳が微かに開き、その鋭い眼光が俺を射竦めたように感じたからだ。

 あらあらいけないほほほ、とおどけて前に向き直る巻菱さんを見ていると、さっきのあの眼光は嘘のように思えてくるけど。


「鈴白さん。変身しておきなさい」

「あ、はい!」


 巻菱さんに言われ、鈴白さんが手を叩く。両手の間から現れたのは、羽と星の意匠を施した杖。


「トゥインクルバトン!」


 クルクルクル……と回転させたバトンの先端で砂浜を叩くと、彼女の足元に白い円陣が走った。


「光芒よ、我に力を与え給え」


足元から立ち上った光が彼女の姿を包み込み、バトンが光を振り払うと純白の衣装を身に纏った彼女が姿を現した。


「幻獣奏者ネオ……頑張ります!」


 クルクル回したバトンをピッと構え、ポーズを決める。魔法少女の魔法少女らしい登場シーンに思わず拍手してしまうが、気掛かりなことを口にした。


「いきなり変身して、誰かに見られたりしたら……」

「大丈夫です。ここへ踏み込んだのは私たちだけですから、他には誰もいません」


 どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。この反転した世界にいるのは俺たちだけで。


「もう一人いるわよぉ。この領域の主が、ね」


 は、ないようだ。巻菱さんの言葉に俺も鈴白さんも気を引き締めて辺りを警戒した。


「どこにいるってんだろ……」

「わ、分かりませぇん……」


 警戒したところで相手の気配を探れるわけではない。そういうのは先輩たちの得意とする分野だろう。ほぼ一般人の俺が気を付けたところでどうなるわけでもなかった。

 鈴白さんの方も、そういうのは苦手なようだ。


「……」


 ただ一人巻菱さんだけが、ここの主の気配を察知した。


「へ?」

「え?」


 振り返り突き出した彼女の手から何かが飛んだ。

 それは俺と鈴白さんの間を風を切って走り、後方へ真っ直ぐ突き進んでいった。

キン、と金属を弾く音が後ろから聞こえたのはその直後だった。

俺たちが背後に視線を向けた時、弾かれて宙を舞っていた十字の刃物が砂浜に落ちるところだった。それは直接目にすることはほとんどない伝聞でしか知らない武器、手裏剣だった。

 何で手裏剣? という疑問を抱くよりもまず意識を集めたのは、その投擲武器を弾いた相手……陽炎のように揺らめく赤黒い衣に身を包んだ人影だった。


「……機関の犬か」


人影から発せられた声は若い女性のようで、しかし非常にかすれしわがれた老婆と聞き間違うものであった。


「いいえ。私たちは……そうねぇ、ただのボランティア、かしらね」


 手裏剣を投擲した姿勢のまま、巻菱さんの閉じられた瞳が人影を捉えていた。

 鈴白さんは後方に飛び退き、俺は転がるようにして巻菱さんのところまで逃げていた。


「二人とも魔女が後ろにいたのに気付いた?」


 俺と鈴白さんは揃って首を横に振った。その様子を見てクスっと笑われてしまった。


「そんなんじゃダメねぇ。特に鈴白さん?」

「フェ!?」

「昨日鍛えてきたって聞いたんだけれど……本当に強くなったのかしら?」

「そ、それはえっと……そういう強さは鍛えてこなくって」

「そういうのも鍛えなきゃあ誰かを守るのも難しいわよぉ」


 鈴白さんは素直にはいと頷いた。俺は何も言えないでいた。実際、巻菱さんから俺に対しては、鈴白さんのような追求はされなかった。


「それじゃあ始めてもらいましょうか。私と相沢くんは後ろで見てるわね」


 ようやく構えを解いた巻菱さんが後方に下がるのを困惑しながら追う俺。残った鈴白さんは力の篭った返事を、


「はい! はい!? わたしだけで相手するんですか!?」


 そりゃあ驚くだろう。俺だって巻菱さんの言ったことに面食らっている。


「そうですよ、俺なんかが口出せることでもないですけど、彼女一人に戦わせるなんて……」

「危ないと感じたら助けに入るわよぉ。けど折角鍛えたって言ってるんですもの、実戦で成果を見てみたいでしょ?」


 でしょ? と言われても反応に困ってしまう。言葉に窮しているところに畳みかけられる。


「それに相沢くんもね。見えているはずのものが見えていないそうじゃない? ここでしっかりと見極めるのよ」


 ここにきてようやく彼女の意図を理解した。つまるところ、真神店長の抱えていた面倒事と俺たちの抱えていた悩み事を実戦形式で同時に解決しようという腹づもりなのだ。


「煩わしい。三人同時で構わんぞ」


 それまで警戒するように黙していた魔女が声を上げた。その視線は一歩前で相対している鈴白さんではなく、巻菱さんにのみ注がれている。


「三人って……俺も数に入ってるのか」


 俺なんて無視してくれてもいいのに。弱気にそう考える俺を他所に話は進んでいく。


「多対一なんて情けない真似はしなくっても平気よぉ。する必要もないわ」

「不意打ちを見舞った卑怯者の言葉とは思えんな」

「あらあらあら。私が威嚇しなかったらあのまま若い芽を摘む気だったでしょう。卑怯者はどちらかしら?」


 二人の間にピリピリした空気が流れているのが分かる。間に挟まれている鈴白さんは極めて居心地が悪いだろう。


「クク……魔法少女こども魔女おとなに挑むとは無謀だな」


 長髪の隙間から覗く魔女の眼光が初めて鈴白さんに向けられた。端から見ていても恐ろしさを抱かせるには充分な威圧感。巻菱さんの隣にいたけどその背に隠れたいという情けない衝動に駆られる俺とは反対に、鈴白さんはバトンを構えて正面から受けて立っていた。


「貴様の後に二人を始末して一度ここを去るとしよう」

「そうはさせません!」


 鈴白さんがバトンを振りかざし、空に二つの輝く陣を描く。


「ドラゴちゃん! ルナちゃん!」


 召喚陣から現れたのは雄叫びを上げる子龍と、静かに光を湛える三日月に腰掛ける月の精。陣は消え、代わりにその二人が空に浮いている。

 その光景には既視感があった。俺を巨大な岩男から守るために初めてその力を見せてくれた時と同じ構成のメンバーだ。


「召喚術か」


 鈴白さんの力を目の当たりにした魔女が呟くと、右手をゆっくりと掲げ突き出した。

 そこに現れたのは身の丈を超える大きな門。漆黒の表面に禍々しい紋様が彫り込まれている。

 目にしただけで身の毛がよだち、我知らず二、三歩後退っていた。


「何か見えたぁ?」

「いえ……あの、門しか見えません」


 だが見えなくても感じるものがある。それが心を蝕み、恐怖心を抱かせているのだ。

 そんな俺の様子を見ても、巻菱さんは目を細めて笑っているような表情を浮かべるだけだった。

 俺は……俺は、ここで何を学べばいいのだろう。何を掴めるのだろう。疑問に対する答えはまだ俺の中にはなかった。

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